魔王降臨 暴虐の双角竜   作:丸いの

7 / 18
7. 舞い込む情報

「へェ……大魔道師をサポートに使うか。確かに相手さんからしたら頭に来るだろうな」

「ああ。それっきり俺はパーティーからお呼びが掛からなくなったよ」

 

 ギルドの酒場で俺はハンスと話しながら昼食を食べていた。周りにも、同じく腹を減らした冒険者が自身のパーティーメンバーと飯を食らいながら賑やかそうにしている。流石はギルド。色んな流通業者に顔が効くだけあってか、保存の効く物ならば国の端っこの珍しい物でさえ、こうやって手頃な値段の料理の食材として机に並んでしまう。

 

「しかし実際の所は、サポートに徹する攻撃魔法メインの大魔道師ってのはかなり強力な物だと思うんだ。別にダメージを与えるだけが戦いじゃあ無いんだからさ」

「まァ、結局それは理解はされなかったんだ。俺にしてみればネイスのように話が分かる人間の方が珍しいぜ。どこでそんな割り切った考え方を付けたんだか」

「……龍騎士なんて珍妙な物やっているんだ。そりゃ価値観のちょっとやそっとは捻くれるよ。なんたって強力なドラゴンをサポートに使っているんだからな」

 

 ハンスの疑問に半ば苦笑いを浮かべながら答えた。確かに龍使いというのは確かに強力だ。なぜなら文字通り、高位の魔物である龍を使役出来るからだ。それこそ、自分でいうのも変な話だが龍騎士は単体でも戦力はかなり高い部類に入るのだろう。

 

 しかしその強さを差し引いても、冒険者という特殊な環境においてはマイナスとなる要素があり過ぎると考えている。それを裏付けるものとして、冒険者で龍使いというのは殆どと言っても良い程に存在しないのだ。この国における龍使いというのは、大方が国の衛士に属している。それもそのはず、強力な龍を扱うことが出来るという事は本来であればかなりのステータスなのだ。余程経歴に傷が無い限り、衛士を志せば殆どが上級の兵士までのし上がれる。彼らの多くは汗水垂らしながら死ぬ気で龍使いになっていったのだろう。その努力を以て冒険者を志す者なんて皆無に等しいのだ。

 

 そんな龍使いを俺自身が冒険者に向かないと裁断する理由はただ一つ。龍使いを様々な戦いを行う人間たちとの連携に組み込むというのは意外と難しいという事だ。一般的に想像される冒険者のパーティーとは、例えば前衛の剣士、戦士、魔術剣士等々。後衛の魔道師、弓使い。さて、一体龍使いは何処に放り込めば良いのだろうか。

 前衛につぎ込むと、もう一人戦士か何かが居る場合では、龍使いの大雑把な攻撃で連携を組むのは至難の業だ。だからと言って後衛にしても、あまり上手くは行かないだろう。遠くから龍の魔法で援護するにしろ、それでは魔術師と役割が被る。それも火力は上回るかもしれないが、攻撃精度については二の次というおまけもついてくる。下手をしたら前衛の剣士達が目の前の魔物と同時に、気まぐれで空から攻撃してくる龍使いにも警戒しなくてはならないかもしれない。

 このように龍使いは、それ単体でもオールマイティーに戦えるからこそ。普通のパーティーに組み込むと途端に器用貧乏になるのだ。ある意味龍使い本人とドラゴンの二人パーティーとして完成してしまっていると考えても良いだろう。

 

「確かに、一人と一頭だけで魔物との戦いがマトモなレベルで成り立つんだ。人間同士で連携組むような冒険者ん中じゃ珍妙ではあるな」

「まあ、そんな珍妙な物でも自分にとってみればすっかり板に付いた戦い方さ。なんたってかれこれ六年間通しているんだからな。しかし、そんな大魔道師をサポートなんていう豪華な戦い方でもしない限り、あの"竜"には打ち勝つどころか傷を与える事も難しいと思う」

 

 屈強な甲殻、豪壮な双角。砂漠の炎天下の下で平気に暴れまわる化け物だ。いくら魔法が強力な物だとは言えども、真正面から砂色の鎧を打ち砕くほどの効果が見込めるとは思わない。なにしろあのスピードだ、詠唱に時間をかけていたら直ぐにお陀仏だろう。

 足止めや威嚇、その他様々な"攻撃目的以外の"攻撃魔法によって戦いを形作らなければ、まず奴と戦う権利すらも受け取れない。小手先だけの戦い方だけでは決して届かない化け物。あいつはそういう魔物だ。

 

「言っちまえばそーゆーこった。確かに俺達自身、敵の恐ろしさは理解してはいるつもりだが、だからこそ自分たちの力だけではどうにもならない事も分かるだろ?」

「そうなると、今するべき事はそういったサポート大魔術をやってくれる魔術師を探す事か。だがこう言ってしまうのも何だが、俺はこの街にそれなりに長い事居るが、人脈など縁が無いに等しいぞ?」

 

 情けなくはなったその言葉を、何故か彼は自身満々の笑みを浮かべて返してきた。

 

「安心しな、俺もだぜ」

 

 果たしてその言葉のどこにを安心するというのか、さっぱり理解出来ない。彼はそう言いながら、ニヤニヤとした笑いのままビールを一気に煽る。また真昼間からビールか、こうも何時も飲んでいる光景を見てしまうと東部出身者は皆ビール中毒なのかと疑ってしまう。それはあながち間違ってはいないのだろうか、と考えている内にハンスは空になったジョッキを机に叩きつけ、口を開いた。

 

「人脈は確かに無いけどよ、あの化け物の存在を知りつつ、尚且つ魔法が効果が無いと理解している奴が居ただろ?」

 

 そんな都合の良い冒険者など――確かにいた。ハンスの言葉を訂正するならば、魔法の効果が無いということを理解したというよりも、どちらかと言えば理解させられたといった所だが。

 

「あのゴンゾのグループの魔術師2人の事か。確かにその条件には当てはまっているけどな……しかしリーダーのゴンゾが確か重体だろ? そんな中であの二人が動くと思うか?」

「あのネーちゃん方にとってみれば"竜"はゾッコンの男を生きるか死ぬかの瀬戸際に叩き込んだ憎き敵って訳よ。俺達が何かをしなくても、連中絶対に行動を起こすぜ」

 

 そこまでうまく行くものなのか、自分は大切な人が云々などと言う経験なぞ生憎持ち合わせてはいないから分からない。しかし、一応はこの希望観測を自分も認める事にしよう。酒の入ったハンスの勢いである可能性も否めないが、残念なことにそれ以外に頼る伝手が無い以上、自分たちは行動を起こしたくても起こせないのだ。

 

 この話は一旦は止めだ、これ以上考えると折角の飯が不味くなる。そこで悩みを紛らわすために、ふと周囲を眺めてみると、この時間にしては珍しい人の多い酒場の光景が目に入った。俺とハンスが入った時はそれほどでは無かったのだが、話している内に結構な人数が入ってきていたのか。しかし人の多さはあれど、喧騒さはそれに比例していない。

 二つ離れた机には、そこそこ名の知れた冒険者の一団が座り皆で食事をしているが、その顔はにこやかと言うよりも険しさの方が浮かんでいる。反対側の机を見てみても、普段頭の悪そうな言い争いをすることで地味に有名な美形カップル冒険者も、普段とは違い困惑したかのような空気に包まれている。

 

 そんな光景を見た俺の顔に怪訝そうな表情が浮かんだのを見逃さなかったのか、ハンスも俺の目線を辿り、辺りを見回した後シニカルな笑顔を浮かべた。

 

「ああ、周囲の変な空気だろ? こうさ、何か分からない事が有りますって面を誰も彼も浮かべてやがる」

 

 解決しない疑問を目の前に突き出されてその答えを暗中模索している、確かに言われてみればそういう表情に見える。しかしそれを皆が抱えるというのは、その疑問が全員共通の物なのか、そうでないのか。もしそうであるならばその疑問は何なのか。全員が疑問に持つほどの公共性を持つような問題。そう言われると、その候補に俺は心当たりがある。

 

「全員、あの"竜"関連の事でなにか悩んでいるのだろうか?」

「そりゃあ当たり前だろ。あのニーガも言ってたろ。砂漠関連の依頼はすべて取り下げるってよ。土地柄もともと依頼が奮発するような物騒な場所でもねェし、あったとしてもゴブリン討伐が関の山だ。それでも依頼が一つも無いどころか砂漠岩地に入る事すりゃ禁止となれば、普通だったらあんな顔を浮かべるさ」

「という事は、彼らにしてみれば事前に事を聞かされていていて何もおかしく思っていない俺達の方が違和感溢れる存在なわけか」

「そゆこと」

 

 多分統括は今頃街のの上層部と流通の一時的な停止について話し合っているのだろう。そうした話し合いの鍵となるのが、その期限である。一体どれほどの間は流通が滞っても大丈夫なのか、その間における損失はどれほどか、等々。今でこそ冒険者達は、"竜"の存在など全く知らされていない。しかし、何時かは公開しなければならない時が来る。その時は少なくとも――

 

「えー!? 今砂漠に行けないんですかー!? お金が底をついちゃいますよー!!」

「レルネ君、分かってちょうだい!! 今日は砂漠は絶対駄目なの!! 代わりに南部の方は行けるから、ね?」

「今の僕じゃゴブリン以外は倒せないんですよー!!」

 

 ――少なくとも少年よ、今砂漠に居座っている重鎮はゴブリン所の話ではない強さだぞ。受付嬢とワーキャー口論している少年を横目で見ながら心の中でそう呟く。砂漠と言う不毛な地では、魔物も馬鹿みたいに強い物は今のところの見解では存在しない事になっている。時折、この前現れた火炎龍のような強力な魔物が現れることもあるが、それは常ではない。砂漠にワイバーンが一体現れたと言っても多くの冒険者はそこまで強い物としては認識しないかもしれないだろう。

 なので無駄な犠牲を出さないためにも、"竜"の恐ろしさが分かるように説明しなければならない、少なくとも俺はそう思う。

 

「あのガキ、砂漠に行って"竜"見たら心臓飛び出るだろーな」

 

 ケタケタとハンスが笑いながら少年を眺めつつ、残った肉を一気に口に押し込んだ。少年はと言うと、すっかり肩を落としてトボトボと出口へと向かっていった。まだ若いのに哀愁漂う光景である。まあ、砂漠で化け物とエンカウントするよりは良かったじゃないか。彼にしてみれば砂漠入りを断られたのは理不尽以外の何物でも無いのだろうが。

 酒場に残されたのは、先ほどよりかは緩くなった空気。某パーティーや美形カップルの顔には苦笑いが浮かんでいる。少年よ、君の犠牲は無駄にならなかったよ。俺も皿に残った野菜をかき込み、長い昼食の時間を終わらせた。食った食ったと腹を撫でるハンスは、此方が食べ終わったのを見ると受付を指さして口を開いた。

 

「んじゃま、これから行動起こす前に受付にちょっと話を聞きに行くか」

「……別に良いが、一体何を聞くんだ? 碌な事も話してくれなさそうだし、第一彼女が知っている事は俺達も分かっているだろ?」

 

 あそこまで情報統制をしている上に、なんなら"竜"についての話だったらこの俺の方が詳しいまである。そんな疑問に、ハンスは少しだけあきれたように口を開いた。

 

「いやいやいや。アイツが知ってそうで俺達が知らなさそうな事が一つだけあるだろ?」

「まさか、ゴンゾの入院先か?」

「そーゆー事だ」

 

 例の魔道師2人と話をつけておきたいが、生憎彼女達の居場所など俺達が知るわけが無い。ならば彼女達が一番行きそうな場所へ行くのが無難な方法って訳か。そうと決まれば話は早い。椅子から立ち上がると、カチャカチャと皿同士の擦れる音を聞きながら皿の載ったお盆を落とさない様にカウンターへと運ぶ。

 その際カウンターから離れた場所に座っていたから、必然的に別のテーブルの脇を通る事となったが、やはりその机に座る彼らの多くは怪訝そうな顔をしながら仲間同士で話し合いをしている。特に耳をそばだてる気も無かったが、それでも会話のごく一部は聞こえてきてしまう。その断片的に聞こえた会話の中には、砂漠やら禁止などと言った単語が混じっている。とすると、彼らの怪訝そうな顔の要因はやはり砂漠岩地への出入り禁止なのだろう。

 

 カウンターへお盆を乗せて、それを奥の流しへ持っていく店員へ軽く会釈をしていると、後ろから同じようにしてお盆を運んできたハンスが小声で口を開いた。

 

「連中の話題、やっぱり砂漠についてだったな」

「ああ、しかしさっきは今思うと不注意だったか……"竜"とか砂漠とか、そこらへん周りに聞こえてなければいいけど」

「大丈夫だって。少なくとも俺の視界にゃ耳をそばだてていた輩はいなかったからよ。みんな、仲間同士のお話に花咲かせたまんまだ」

 

 改めてそれと無く後ろを振り返るが、別段此方を見ている人物など居ない。それぞれが各々の仲間と話しているだけだった。少し敏感すぎる気もするが、酒場が冒険者にとって情報収集の場でもある以上、やはりそれなりの注意は払うべきであると思う。そう考えると注意不足であった事は否めない。今回は昼時でそこまで混み合っていなかったから良かったものの、人が沢山いるような時間帯なら話を盗み聴かれる可能性もあったのだ。

 ともかく心の中で胸をなで下ろし、受付へと目を向ける。今日になって一体何人に砂漠は出入り禁止云々などと言ったのかは分からないが、決して少なくなかったであろう事は分かる。離れていても受付嬢はげんなりとした表情を浮かべているのが簡単に見て取れるのだから。

 

「おゥ、どーしたチビ狸。尻尾が垂れていやがるけどよ。あぁ当ててやろう!! 男にでも逃げられたな!!」

 

 いきなり受付嬢に対して喧嘩を売りながら……というよりも喧嘩を投げつけるハンス。この空間においてデカい声でしゃべるだけでも大概なのに、内容がそれだなんてもう頭を抱えたい。先程は仲間内のお話で夢中だった後ろの皆様方の目線を感じる。俺は関係ないんだと、心の中で自己暗示を唱えた。ゆっくりと疲れた顔で彼女はハンスを見上げると、わざとらしいため息を吐くと、更に疲れたような調子で口を開いた。

 

「そうですねー今日は砂漠は行っちゃ行けないんですよー」

「そうかボケたか、逃がした魚はデカいとか言うけどよ、テメェが逃がした男は伝説のドラゴンか何かか?」

 

 わざとらしく棒読みで返答する受付嬢を、ハンスはまだまだ煽り続ける。そのこめかみに皺が寄っていて、眉なんてヒクヒクと動いているのに、この男は全く気にした様子すら見せやしない。

 

「あーもう!! グチャグチャ煩いですね!! あのですね……あなた方は事情を知っているんでしょ? 朝からその対応ですっかり干上がっちゃったんですよ。あとお二人は私の心配よりも御自身の心配をした方が良いですよ。何が、とは言いませんけど」

 

 どうやら彼女にとって俺もクチャグチャ煩い存在で居るらしい。あと失敬な、俺は恋人もしくはそれに類する存在を作れないのではなく作らないのだ。そうったらそうなのだ。何ならイトという最高のパートナーだっているんだぞ。そして予想通り彼女は色々と対応に追われていたようだ。御愁傷様である。

 

「冗談はこの辺にしとくか。ちょっとお前に頼みがあるんだけどよ、聞いては貰えねェかな?」

「面倒事はお断りです。書類作成はもっとお断りです。砂漠関連を聞こうものなら死んでください」

 

 どうやら俺達は死刑執行を免れたようだ。ゴンゾの入院場所がトップシークレット扱いなら分からないが、まあそこまで面倒な物でも無いのだろう……と思いたい。本当に疲れているのか、と生暖かい目で彼女を見つめたら、きつい目で睨みかえされた。理不尽である。

 

「まあまあそう睨み付けないで……俺達が聞きたいのは、ゴンゾの入院場所について。それだけだ」

 

 なるべく穏やかな口調で、それと同時に少しばかり小さな声で彼女に話しかけた。どうにも俺達が受付嬢と話し始めてから、他の冒険者の注意が此方に向いている気がするのだ。砂漠の事を聞き出そうとして収穫なく終わった人たちにとってみれば、受付嬢と誰かが話すという場面は重要な情報が掴めるかもしれないチャンスであるのだから、今この場の注意をひいてしまうのは仕方がないのかもしれない。それに先ほどあそこまでバカ騒ぎを起こしたんだから、注目の増し方も二倍だ。

 だがこちらも易々と情報を洩れさせるつもりは無い。ならばするべき事は、出来るだけ自然に内容を悟られない話し方をすることだ。

 

「ゴンゾさん……ですか。今までも数回程その質問を受けてきたんですが、全て知らぬ存ぜぬで通したんですよ。あなた方はどういった理由でその質問を?」

「……あの化け物相手に自分たちの力だけじゃ太刀打ちする事なんか出来ない。だからあの"竜"の恐ろしさを理解している、レベルの高い冒険者を引き入れたい。そして俺にはそうした冒険者に心当たりがあるんだよ」

 

 ハンスと受付嬢も同じように声を小さくして話し始めた。ハンスは相変わらずニヤニヤと笑っているが、それに対して受付嬢は、顎に手をあて、疲れた顔から一転して険しい顔をしている。

 

「……彼の仲間の冒険者達ですか、あなた方が会いたがっているのは」

「ああ、分かってくれりゃ話は早い。んで、どォなんだ?」

 

 身を乗り出して受付嬢に迫るハンスに対して、彼女は一度俺にも目を合わせると申し訳なさそうに首を振った。

 

「……すいません。彼が何か知ってるに違いないと考えている他の冒険者にも教えていない中、あなた方に教える事は出来ません」

「そう言えばギルドのポリシーか何かにあったな、全ての冒険者に公平な対応をって奴か――んで今それを掲げようかってか?」

 

 ニヤニヤとしていたハンスの顔は一転して、ドスの効いた険しい表情へと変化した。言葉も刺々しい語調になり、普段とはまるで違う印象を与えるような態度である。軽薄そうな様子から一転してそれとは、冒険者というよりも若干後ろ暗い世界で生きている人間かのような気配すらも感じさせた。しかし、それを前にしても受付嬢は申し訳なさそうな顔を崩さない。

 

「……ギルドとしても報告をしてくれたネイスさんや昔に同型の魔物と戦った経験があるハンスさんには非常に感謝をしています。でも、だからと言って他の冒険者達と違う扱いにはできません……本当にすいません」

「テメェ……」

 

 横顔を伺っているだけでも、彼の異常に鋭い視線には思わずこちらが身震いしてしまう。そしてそんなものを真正面から向けられてこれとは、もう脅してどうのこうのいうような話ではないということだ。

 

「……ハンス、これは彼女の独断では無く、ギルドの総意として捉えた方が良いんじゃないか? だから彼女をそこまで追求してもあまり意味は無さそうだぜ」

 

 ドスを効かせたを通り越して、何か色々ヤバい事に手を染めている感じの顔になってきたので慌てて仲裁を入れる。実際、自分にとってみてもこの答えは内心腹の立つ物ではある。折角情報を明け渡したのに、此方が知りたいといった物は貰えないのだから。

 しかし、特定の冒険者を肩入れしたとなると、ギルドの信用は着実に落ちてしまうことは少し考えればわかる。自分が仕入れる事の出来なかった情報を他の誰かが簡単にギルドから教えてもらっていたら不満は溜まる。俺だってそう思う。

 今のような状況でも、それだけは守らないとギルドの統制が効かなくなってしまうのかもしれない。そう考えると、その組織としての体面を守るために色々な冒険者からの矢面に立たされている彼女を不憫に思えてしまって、無理やりな追求がとても居心地の悪い物に感じてきてしまうのだ。

 

「……あー、わかったわかった。これじゃ梃子でも動かんか。こんな中年親父が年甲斐もなくドス効かせて悪かったな、お嬢ちゃん」

「馬鹿にしないで下さいよ……本当にすいません」

 

 ともかく話は聞けなくなった。つまりゴンゾが入院している場所は何処にあるのかが全く分からないのだ。

この街は広い。それこそ入院が出来るような診療所は、両手で数えきれないという事は無いにしても複数はあるだろうし、しかもどの部屋なのかを虱潰しするという事は不可能だろう。

 それに、いざその診療所が特定できたとして、果たしてそこの看護師は患者の場所をそう易々と教えるだろうか。大方ギルドからの情報統制によって口を噤んだまんまであろう。

 

「これでゴンゾの居場所の特定は無理か。となると、どうするべきか」

「規制が入る直前になっての、砂漠から大怪我で帰ってきたパーティーと言ってみりゃ、確かに人は群がるよなァ。ああ面白くねェ、他の連中も俺達と同じことを考えているなんてよ」

「……ここだけの話ですがね。一番の問題は、ゴンゾさんたちが大怪我をしたという情報が漏れ出ちゃった事なんです。どうにも職員達がそれを話しているのを聞きつけた冒険者が居るみたいで」

 

 確かにその情報がリークされなければ、問題は少なかったように思える。実際に俺がゴンゾのパーティーが負傷して帰ってきたのを聞いたのも、朝に酒場を訪れて本当に砂漠の依頼が無くなっているか確認した時であったし、結構な人数が知ってしまっている情報なのかもしれない。

 

「そしてあなた方は、ゴンゾさん達よりも更にトップシークレット扱いなのですよ……そこらへんを自覚してください」

「へぇへぇ、分かった分かった。まあこれで出来る事がすっかり無くなっちまったか。一体どーすりゃ良いんだ」

「そこらへんは追々考えよう。別にゴンゾの居場所の特定は方法であって目的では無いんだしさ」

 

 

――バンッ――

 

 

 そう言い終えた直後、酒場の扉が勢い良く開かれた。酒場の皆が驚いたように入り口の方を見つめる。受付嬢や俺達も、話を一旦止めて入口へと目を向けた。外の明るい陽射しが見えたのも束の間、すぐさま戸を開けた人物によって遮られる。入ってきたのは、きちんとした身だしなみの、あの服は確か街の事務局員だろうか。ともかく彼は扉から受付、つまり此方へと真っ直ぐ向かってくる。酒場の殆どが、その闖入者を何事だ、といった目で見つめる。

 若干の早足で急いだ様子で受付までたどり着いた彼は、俺とハンスを一瞥すると、カウンターへの戸を開けて受付の中へと入っていき、そして受付嬢の耳元で何かを伝え始めた。さすがに声は全くとも言っていいほど聞き取れないが、酒場の皆はしんと静まり返り、その光景を見つめた。

 

 そして話している内に見る見る受付嬢の顔が青ざめていき、机に置かれた手がカタカタと音を立て始める。どう見てもただ事の様子では無い。静まり返った酒場に、震える手の立てる音だけが響き渡るのは非常に不気味な物に感じられる。話を聞く彼女は、俯きながら小さな手を握りしめている。

 話し終えたのか、彼は最後に「それでは後は頼みます」と言い残すと、また同じようにカウンターの戸を開けて受付から出て、冒険者達の視線を背中に受けながら、また急ぎ足で酒場を後にした。酒場の扉が揺れてキーキーと音をたて、冒険者達が互いに顔を見合わせている中、彼女は意を決したかのように顔を勢いよく上げた。同時に小さな握りこぶしを机に叩き付けて、バンという音を辺りに響かせた。

 

 酒場の扉を見ていた者達は、何事だと言った調子で彼女を見る。俺とハンスも、一度顔を見合わせて彼女の方を見た。大方の視線が自分に向いていることを確認した彼女は、強い調子で話し始めた。

 

「皆さん!! 只今緊急依頼が入りました」

 

 

* * *

 

 

 砂どころか、足元に転がる小石大の礫さえも空高く巻き上げるような勢いで"竜"は吠える。騎士達は己の誇りたる持っている剣を投げ捨ててまで必死に耳を覆い、レーナは第三王女の頭をきつく抱え込んだ。皆の目線の先には、堅牢な矢倉を更に大きくしたかのような、物語に出てくる悪魔の様な風貌にも見える"竜"の姿だった。体が砂色であるという点を除けば、頭の角、尻尾、そして翼など正に恐ろしい悪魔として君臨している。

 

 雷龍は角にバチバチと電気を纏わせ、警告の意を示す。これ以上近づいたら手加減はしない、と。見る見るうちに蒼白い雷が雷龍を覆い、辺りに細かな雷の音が響く。しかし、"竜"は全く気にした様子も無く、雷龍を真正面から睨めつける。そうしている内に騎士達の中に動きがあった。

 

「レーナ殿、あの向こうの岩山まで一気に走りましょう!! 入り組んだ中では少なくともあの"竜"は追ってはこれないでしょうから!!」

「……この"竜"がそんな隙を見せるとでも?」

「何が為の雷龍ですか!! 少なくとも彼は時間を稼ぐ事くらいは容易いはず!! お前たち、用意は良いかッ!?」

 

 王女の無事を正確な物にするためには、いち早くこの場所から逃げさせる事であるという事は、皆も重々把握しているのだろう。隊長の言葉に、誰一人反論することなく意思の籠った眼で騎士達は無言で頷く。それをみたレーナは、"竜"から視線を外さずに、抱きしめる王女へと語りかけた。

 

「いいですか、今から私が貴女を抱いて走ります。瞑ったままでいてください。絶対にあの化け物を見てはいけません」

「……はい、分かりました!!」

 

 一触即発の空気の中、レーナは素早く王女を抱き上げ、騎士達にむかって頷いた。そうするとすぐさま彼らはレーナを守るかのようにして囲う。雷龍は囲いを作った彼らを一瞥し、"竜"へと向かい直り、ここは通さないと言わんばかりに睨めつける。ズシリ、と"竜"が一歩踏み出し、バチリ、と雷龍がそれを威嚇する。両者の距離はそう遠くない。なにか切っ掛けがあればすぐさまに戦いが始まってしまうのは誰の目にも明らかであった。

 

「……行きますよ!!」

 

 その隊長の言葉を合図に、皆が二頭を背にして一斉に走り出す。そして雷龍も同時に動き出した。

 

 走り始めた彼らを目で追おうとした"竜"の顔、その角の付け根の緑色の目に向かって、満身の力を込めた雷撃を見舞う。まるで雷が落ちたかのような轟音が荒れ地に響き渡り、その衝撃で"竜"は数歩後ずさった。放電の影響で辺りの草には焦げてしまった物も目立ち、舞い上がった枯草が電気に当てられてバチリバチリと燃えていく。

 振り向くことなく走り去る騎士達を確認すると、雷龍は更に攻撃体制を整える為に蒼い身に電気を纏う。出来るだけ長くこの化け物を相手取る為に。轟雷に当てられた"竜"は、呻き声を漏らすと、分厚い甲殻に覆われた瞼によって無事のままであった緑の双眼を見開いた。所々黒く焦げ付いた甲殻は電撃の強さを物語るが、しかしあくまでも焦げただけである。

 

 雷龍は警戒も構えも解くことなく、その"竜"を化け物足らしめる要因を見据えた。瞳から近い所が大きく焦げているのも気に留めた様子も無く。まるで何かを堪えるかのように砂色の巨体を震わせ。開かれた口から吐かれる息は、白い色から段々と真っ黒にと変化していき。天高く二本の巨角を掲げ、勇猛な翼を大きく広げ。

 

 そして極限にまで息を吸い込んだ"竜"は、高貴な佇まいで攻撃の準備を緩めない雷龍を見下すと、これでもかと言うほどに口を大きく開いた。そして限界まで吸い込まれた息により、"竜"の胸部は大きく膨らむ。その莫大な体積の空気が、一気に放出されて"竜"の声帯を極限まで震わせた。

 

 

 音なのか衝撃波なのか、それともその両方なのか。最早その判別すらも付けられない爆音が、周囲の何もかもを巻き込んで破裂した。砂も礫も、舞い上がるどころか爆心地から弾け飛び、何本もの草が外側へと勢いよく靡く。雷龍の纏っていた電撃さえも、その衝撃波に負けて勢いを無くしていく。そして咄嗟に聞き耳を守るために右耳を庇ったせいで、彼の左耳の鼓膜は爆音の衝撃によって容易く破壊された。しかし、痛みに負けて目を閉じれば殿も務められなくなってしまう。そう考えたのか、血が流れだした左耳を無視して、彼は前を見据えた。

 

 咆哮をひとしきり一帯へと響かせた"竜"は、黒く染まり切った息を吐き出し角を構えた。片方はどの様な物でも貫けるほど鋭く、もう片方は先端が折れてこの"竜"の獰猛さを物語る、熱砂で鍛えられた双角だ。対する雷龍も、神々しくもあり、同時に威圧的でもある蒼い雷を纏い直し、何が来ても対処できるように構えた。

 

 ちっぽけな人間など入り込める隙もない、王国の象徴と片角の魔王の、文字通りの死闘が幕を上げようとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。