魔王降臨 暴虐の双角竜   作:丸いの

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四章 "挑戦"
18. 攻城への計画


「辛うじて救出そのものは成功したものの……怪我人多数に加えて死者は5名、か」

 

 執務室の椅子に掛けるニーガが抑揚のない調子で報告書を見つめ、ため息とともに独り言を漏らした。紙の端を握りしめる手は僅かに震え、無意識の内に苦々しい表情を浮かべていた自分の顔を手で覆い隠す。簡素な紙に並べられた団体名、18個の人名、そしてその中の一部の隣に記載された赤い5個のチェックマーク。その味気ないただのチェックマークが、"竜"の急襲で命を落とした冒険者を表していた。

 依頼の発令当初にその場に居たメンバーの寄せ集めとはいえ、ニーガは彼らの名前をそれなり以上の活躍をしていた冒険者達だと認識している。普段から依頼の失敗などはほとんど無く、グラシスギルドの信用と発展に欠かせない存在であった者達。その大半がこの依頼において命からがら逃げ帰って来るのでも精一杯だったということに、彼は未だに驚きを隠せないのと同時に、見通しの甘さへ後悔を覚えた。冒険者達には逃走をしている筈の近衛隊の救助を要請し、"竜"との交戦はなるべく避けろと指令を出していた。此方から手を出さない限り少なくとも最悪の事態は避けられる筈。しかしそう信じていた彼の予想と結果は、大きく食い違う物となった。

 

「……そして、"彼ら"が出張ってくるとはな」

 

 おそらく、この後に控える街議会の中でも大きな目玉となるであろう議題が、報告書の最後に付け加えられた文言に記されていた。王女の窮地について、規則に従って嘘偽りなく伝書の術式で王都に伝えたすぐ後に、その王都から返事が返ってきたのだ。王女救出の助力、そして危機の排除。王都が持つ最大戦力の一つが、この辺境の街に訪れようとしている。それは、今回の犠牲に関する話や"竜"への我々が行うべき対応と同じく、皆で情報を共有しなければならない重要な議題なのだ。

 

「ニーガ統括、街議会の招集時間です」

「……ああ、今行く」

 

 控えめのノックの後に入るギルド職員。彼は、これまで見たことがないくらいに眉間に皺を寄せたニーガの姿を目に入れた。感情を表に出さない普段の様子とはまるで別人のよう。思わずギルド職員は彼に駆け寄った。

 

「統括、無理をなさらないで下さい。議会には代理の者も――」

「馬鹿を言うな。ギルドの統括たる私が行かずして誰が行くというのだ。無用な心配は、要らない」

 

 感情を押し殺した冷徹な声が、夕暮れ過ぎのほの暗い執務室に響いた。いつの間にか机に押し付けていた握りこぶしをほどき、彼は何枚かの報告書を掴んだ。

 

「……ネイス・ウェイン達はどうしている」

「先ほどまではハンス・ルベルドとギルドの酒場にいることを確認しました」

「分かった。私が議会から戻った後に話せるよう、手配をしておいてくれ」

 

 ギルド職員の了解しましたという返事を背中に受けながら、ニーガは執務室を後にした。

 

 王女の救出と引き換えに失われた冒険者たちの命。事実上のギルドの敗北、そして封鎖が続く北部街道。その折に招集された臨時の街議会。レヴィッシュ伯が重い腰を上げて街の守護兵の運用を考え始めたか、外部からの冒険者受け入れを要請されるか。何が話し合われるのかはさておき、少なくとも現状打破に向けたものにならなくてはならない。ニーガは、書類を持つ手の力をわずかに強めた。

 

 

* * *

 

 

「生きて帰って来れたことに、乾杯」

「……ああ、乾杯」

 

 繁盛する時間のはずなのに、普段の活気はすっかりなりを潜めた夕暮れ過ぎのギルドの酒場。そんな静かな空気の中で、木製のジョッキが打ち鳴らされた。

 小柄な少女を真ん中において仲良さげに杯を交わす三人組も、他の冒険者の羨望と嫉妬を受け流しながら勝利を祝う四人組も、酒場にその姿は見えない。静かになった空間でそれを気にするあたり、普段から自分の考えている以上に周囲を気にしていたようだ。

 

「……ハッ。散々玄人風出して逃げ惑う連中の先頭に立って威張り散らして、なのに今になって手が震えてきやがる」

 

 中身が半々程度で、ハンスはジョッキを机に置いた。ジョッキの持ち手を握る彼の手は、確かに小さく震えている。王族に対してすらも礼儀を無視し、最悪な状況下においてもむしろ笑みを浮かべていた彼は、自身の震える手を見て嘲笑うかのように息を吐きかけた。

 グラシスに戻ってアマネとリンの二名と別れ、街の城門で冒険者たちの帰還を待っていた俺とイトの目に入ったのは、笑顔なんて全く浮かべていない、疲れ果てた表情のハンスの姿だった。彼が引き連れていたエルフの女性や王女護衛の騎士たちが城門を前にして笑顔を浮かべていたのとは対照的だった。今にも倒れそうなその姿を目にして、イトとともに駆け寄ったその瞬間に、ハンスはとっさに取り繕ったぎこちなく歪んだ笑顔をこちらへ向けた。彼の精神は疲れ果てている。それは誰の目に見ても明らかだった。

 

「敵うはずもない化け物をわざわざ怒らせて死んでいった連中も、昔の思い出にしがみついて気丈にふるまおうとした俺も、みんな大馬鹿野郎だ」

 

 昨日や一昨日とは全く違う、自嘲気味に笑うハンス。この彼さえも、この静かな酒場の雰囲気に取り込まれているように見える。

 

「……初めて奴のことをお前から聞いた時に、正直チャンスだと思った。一角竜と戦った時の、強大な敵を万策尽くす寸前に打ち倒した高揚感。あれをもう一度味わえるだなんて。しかもそれを珍しく俺と考えを同じくする奴から聞くだなんて。ラッキー、俺はなんて恵まれているんだろうかと思った」

 

 ハンスの独白は続く。彼と初めてまともに会話をした日、あの馬鹿笑いを繰り返す彼の内面には、そのような意図が隠れていたなど終ぞ気が付かなかった。

 

「今日その実物を初めて目にして、自分を殴りたくなった。規格外、化け物。そんな相手にわざわざ挑もうなんぞ、普通じゃない」

 

 普通、つまりは平均的な冒険者。その普通の規範から外れていることを時折むしろ誇っていた時とは、彼の言い方に違いが感じられた。

 

「……そうか。普通じゃないんだな」

「ああ。間違いなくお前は普通の規範から外れている。そして、散々こんなことを言っているこの俺も、普通じゃあないんだよ」

 

 彼は残ったビールを一気にあおった。まるでうっぷんを晴らすかのように勢いよくたたきつけられた木製のジョッキ。そこから視線を上げれば、幾分か引き攣っているとはいえ、先ほどよりかはマシなハンスの笑顔が目に入った。

 

「どんな手を使っても、奴を打ち倒す。そうだろう?」

「その通りだ。俺は、あの"竜"を打ち倒す。打算も欲望もないけど……何故だろうな、あんな化け物に惹かれるだなんて」

 

 俺たちは狂ってる。そう自覚したら、何故か妙に気が晴れるような錯覚を感じた。狂った人間同士で改めてグラスを打ち鳴らし、互いの異常性をここにきてようやく認め合うことが出来た。

 ふと、周囲へ視線を回した。誰かがこの狂った二人の話を聞いているんじゃないか。これからハンスに打ち明けようとしている内容を、他の人間に聞かれるのは困る。奴の攻略情報の断片だけ盗み聞きされてあの"竜"によって更なる犠牲者が出るのも避けたいし、本気で挑む気の人間以外には絶対に話したくはないからだ。

 

「……ハンス。俺はあの"竜"を見て少しだけ気になったところがある。一角竜を相手取ったお前に、それを聞いて欲しい」

 

 声のトーンを落としてそう持ち出した。そして見る間に、ハンスの口端が吊り上がる。黄ばんだ歯が覗き、下手な猛獣よりもよほど狂暴そうな笑顔が向けられた。ゆっくりと机に置かれる木のカップ。舐めるように周囲を見渡した後に、話してみろと言うかのように、無言で彼が肘をついた。

 

「今まで、あの"竜"は全身刃が立たないと思っていた。魔法を弾く強度の甲殻で全身を包んだ化け物。そのイメージばかりが先行していた」

 

 まるで、動き回る堅牢な装甲城。それこそ随意を凝らした攻城兵器でも持ち出さなければ勝ち目の欠片もない敵だと認識をしていた。その上攻城兵器というものは、その対象が動くことのない城であることを前提としている。何人もの兵士によって運用される鋼鉄の突撃巨槍や、規格外の大きさを持つ岩を放る投石器が、どうしてあの暴れまわる災厄に通用するというんだ。そうだ、こんな考えは真正面から戦おうと超えも出来ない壁を上ろうともがく、己が排除すべきと信じている思考にとらわれたままだ。

 

「だがそれ以前に、あいつは生き物だ。生き物なのだから全身隈なく甲殻で覆うなんてことは無理だ。生き物である以上動けなければならないし、時には肺も膨らませることもあるだろう」

 

 息を限界まで吸い込んだあの"竜"を見て、当然のことと見落としかけて気が付いたある当然とも言える事実。そんなもの、今更言ったところでどうしろというんだ。自分の中の冷静な部分がそう問いかけてくるが、それでも口を止めることはしない。

 

「……アイツの肋骨部分。あそこは、甲殻で覆われていない。息を吸い込んだ時に、あの部分だけは明確に膨らんんでいた。生き物である以上、その部分の表皮はある程度の遊びが無ければならないんだ」

 

 鱗ではなく甲殻を持った"竜"の姿を思い起こす。もはや正面から打ち破ることが実質的に不可能である俺たちに残されたのは、防御が薄いところを狙うという、至極真っ当で誰もが考え付くような結論だった。

 

「ハンス、どう思う」

「……そりゃあお前、どう思うって言われても、そうですねとしか言えねェよ。」

 

 そんな俺の説明を前にしてもにべもない彼の返答に対し、顔を顰めつつなんだそりゃと思わず返した。だがそう話す彼の口調こそは軽いものでも、表情はみるみる内に笑みを深めていく。狂奔、他者を追い立てるかの如く獰猛な笑顔を浮かべた彼の表情は、とてもじゃないが他人に見せられるようなものじゃあない。

 

「別に馬鹿にしたわけじゃねェよ。当然あって然るべきことも、立ち止まって見なければ簡単に見落とす。散々追い掛け回された俺でさえ見失っていたんだ。考えてみれば当然じゃないか。胸まで甲殻で覆われていたら、外的要因による内臓の膨張に耐えられる訳がない。だからこそ、狙うならその一点のみだ」

「そうだ。奴は魔物という化け物であり、そして魔物という生き物だ。そこに至る手順はさて置き、その最終段階については朧気ながら浮かんできたよ」

 

 だからこそ、そこに至るための手順が非常に重要なのだ。急所を狙うには、まず急所を晒させなければならない。脚の腱を斬って転がす、視覚外から不意を打つ、攻撃を受け流して懐に飛び込む。そのどれもが、到底あの"竜"には通用するようには思えなかった。脚全体を覆う甲殻、縄張り意識の高さ。そしてあんな巨体が繰り出す逃げ場のない面攻撃をどう受け流すというのか。

 

「このお伽噺の頭と尻はもう決まってるんだ。ハンス、お前ならどんなシナリオを描く?」

「……自明なのは、俺たちの地力ではハッピーエンドはあり得ないというこった。面白くなってきたじゃねェか。俺たちらしい。地力以上のことをやれだなんて、そんなもの――」

「――周囲の環境を使え、ってところかしら」

 

 彼の意思を代弁する一つの声が、頭上から聞こえてきた。流石に日中極限の撤退戦において散々背後から浴びせられた声色を、その日の内に忘れることなんてあり得ない。

 

「まったくヒロイックじゃないわ。街の子供達が憧れる龍を倒す格好良い冒険者じゃなくて、小難しい本に書かれた軍師のようね」

「……冒険者とは本来後者だ。ねーちゃんみたいな一騎当千の魔術師ならいざ知らず、泥塗れで這えずりまわり日銭を得る連中はそうやって生き残ってきた。だからこそ、冒険者という職業は立ち消えずに、今日この日まで残ってきたんだよ」

 

 一度別れたはずの魔術師の内の一人、赤い色の髪の毛を揺らすリンが、興味深そうな様子でハンスを見下ろしていた。彼女のとなりには、普段のようなメンバー達の姿は見られない。直接的な被害を受けた男性陣はまだしも、相方とも言えるもう一人の女性魔術師の姿もなかった。

 怪訝そうな表情に気がついたのか、彼女は俺の方を向いて渋い顔を浮かべて口を開いた。何故この場所に、たった一人でいるのか。

 

「……肺が片方潰れていたのよ、うちのリーダー。冒険者稼業の続行は絶望的。本人の意識が未だ戻らない中、それを医者から聞かされたアマネの様子はもう見てらんなくてね……なのであたしだけ先にこっちに戻ってきたのよ。あんたの相方の信頼性をこの目で確かめるためにね」

「人を詐欺師かのような扱いしてんじゃねェよ。何年ここで生きてきたと思ってる。顔くらいは見かけたことはあんだろ。んで、お前さんが例の勇者主義んとこの魔術師か」

 

 そのまま俺の隣に腰を下ろした彼女は、真正面からハンスと向き合った。冒険者という狭い世界の中で、顔くらいは見かけたことはあるだろうが、実際に顔を向けって話すのはこれが始めてのはずだ。散々取り込もうと言っていた魔術師の片割れが目の前にいる。そんな状況で、ハンスは涎を垂らすどころかその目付きを更に凄めた。

 

「さっきも言ったが、俺たちはお伽噺の英雄じゃなく、地面を這えずりまわりしぶとく生きる人間だ。アンタはこちらの仲間に引き入れたいが、理念に共感出来なければ願い下げだ。奴を倒す確率よりも、全滅する確率を上げる気は生憎ねェんだわ」

 

 誘う気が有るとは到底思えないような発言だ。街のギルドを代表するパーティーの一員に対してこの言い方だ。少しくらいは腹もたつだろうに、言われた張本人も面白いものを見るかのように口元をつり上げた。

 

「面白いわね。隣の仏頂面があそこまで言うからどんな人間かと思えば、このいいぐさ……本当に面白いくらいに腹が立つ。理念がどうとかはどうでもいいけど、この際方法も問わない。あたしは、あの化け物に一泡吐かせるために、最短の道のりを歩むだけよ。だからアンタの前に来た」

「……いいねェ、その表情。仲間が半殺しになったのにその狂った笑顔、採用だ。このイカれた世界にようこそ」

 

 そう、彼女は楽しそうに笑っていた。それも年頃や見た目に似合わぬ、獰猛な表情。散々ハンスに見せられたそれと、性質は同じものに違いない。

 恐らく仲間の見舞いから帰って来た直後だというのに、こいつの腹のなかには仲間を伸した敵への復讐心などはなく、ただ純粋に己よりも強い化け物を倒したいという欲求のみ。行動だけ見れば英雄物語の主人公を張れても、その腹のうちは英雄的でもなんでもない。一度は無惨な敗けを喫した相手に何故そんな欲望を抱けるのか、それは俺たちと同族だからだ。

 

「……狂っているとは失礼ね。強い化け物の打倒を目指して何が悪いの?」

「英雄思想も上限を振り切れば俺らと同族だ。これから仲良くやろうじゃねェか」

 

 ようやく交渉成立、といったところか。ゴンゾのパーティーの生き残りを引き入れるというミッションは、とうとう決着がついたのだ。これはスタートラインだ。あの"竜"をこそこそと裏側から搦め手で打ち倒すための、準備体操を始める準備ができたに過ぎない。

 さあ、何から考えはじめてやろうか。相手は格の違う暴君、挑むのは自殺行為。そうだというのに、不思議と高揚感が浮かんできている。多分仲間の数が揃ってきて取れる戦略の幅が広がってきたからだろう。昔から、こんな卓上での考え事は嫌いではない。

 

「……アンタも相当ね。この中で一番ネジが外れているのは、もしかしたらアンタかもしれない」

「はぁ? それは少し酷いんじゃ――」

 

 そこまで言って気がつく。自分の口へと手を触れて、その手触りによりどうやら自分が相当に歪んだ笑顔を浮かべていたことを自覚した。口の端は震えて、頬はひきつる。あのハンスですら怪訝そうな顔を浮かべているのだから、その表情の見た目は察して知るべきだろう。それでは人のことは言えたものではない。

 

 だがしょうがないじゃないか。こんな心がたぎるようなことなんて早々ない。こんな楽しい考え事を無表情で出来るほど、俺は人間が出来てはいないんだ。

 

 

「――なあ、聞いたか? 今回の一件で、王都から支援があるって」

「ああ。なんでも虎の子の龍騎士の一部隊が――」

 

 

 そんな、背後から聞こえてきた話し声を理解した瞬間。自分の口に浮かんでいる笑みが、自覚できるほどに歪みを増した。ハンスとリンのギョッとしたような表情を目に入れるまで、俺はその馬鹿みたいな笑顔を収めることすらも忘れて作戦の方針転換について楽しく考えを巡らせていた。風向きは、間違いなく俺たちへ向いている。




マオウやらなんやらを紙きれ(チケット)のためにちゃっちゃと狩るハンターは8492周くらいして狂っているのでは

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