魔王降臨 暴虐の双角竜   作:丸いの

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一章 "遭遇"
1. 魔王との遭遇


「暑いし、喉乾いたし……あー早く帰りてぇ……」

 

 照りつける太陽の光、そして容赦なく吹き出る汗。乾燥地帯の気候故に汗はすぐに乾いてしまい、結果として額はべったりとぬめっていた。その上からさらに降り注ぐ日光から少しでも逃れる為に、巨大な岩の影に逃げ込んだ。その隣では5メートルには達してるか、濃緑のがっしりした体に立派な四本の足と一対の翼が生えた大きな龍が同じく岩陰に突っ伏している。厳つい見た目でそれをやるのは正直言ってシュールだ。

 

「グゥ……」

 

 鱗の上に少し羽毛が生えて熱が逃げにくいのだろう、コイツも相当参ってるように見える。時折風は吹くのだが、多量の砂を含む上に生暖かいを通り越してもはや熱風となったそれを浴びるのは結構辛い物がある。

 

「ハー……何時になったら奴さんは現れるんかねぇ……」

 

 岩陰の向こうに広がる無駄に大きな荒野を眺めながら、今回の仕事の確認をしようかと思う。

 

 

 

 依頼の内容は極々単純なものだ。辺境の村の付近の砂漠、つまり今俺が居る場所で最近出没した龍を追っ払うといった物だ。殺すのも良し、ただ言葉通りこの区域から追っ払うも良し。その上手段は問わないと来た。

 

 しかしその出没した龍とやらがちょっと厄介だ。火炎龍の成体で、且つ雄。冒険者ギルドの教訓に、とりあえず見かけたら相手取ろうなんて考えずにまず逃げろ、とまで言わしめた危険な龍の、しかも凶暴な雄。数多くの魔物の中でもかなりの戦闘力を持ち、吐く炎はどんな鎧でも瞬く間に消し炭にする、ランクの高い冒険者にしか斡旋されない、まさに化け物。

 

そんな物が日常生活を送る場所の近くに出没したのだ。その村の方々には同情を禁じ得ない。対して俺らはギルドランクG~Sで分けられた中のAランクの龍騎士と、その相方に火炎龍ほどではないがそれでも文句無しの強さの森緑龍、因みに名前はイト。

 難関と呼ばれる依頼をそれなり程度にはこなしているからか、今回の仕事でお声がかかったのだ。しかし当初から乗り気では無かった。当たり前だ、誰が好んで修羅場に赴く物か。まあ、冒険者のなかにはそういう向上心や闘争心の塊みたいなのも居るが。しかし結局は依頼を断ると信用に関わると言われて今現在砂漠の一角、小ぢんまりとした泉から少し離れた岩陰で待機中である。

 

「クー……」

 

 ドサッと音がしたので見ると、腹が熱いのかイトが横向けに寝転がっていた。これから激しい戦いになるかも知れないのにコイツは完全になまってしまっている。まあ暑い中でただひたすら待機なのだから仕方がない。

 

 だが今俺が取っている方法は別に間違っちゃいない。いくら生命力の高い龍とは言えども、結局は動物だ。水が無いと生きられない。先ほど述べた村の長の話では、この岩陰の脇の泉が砂漠で一番大きな物であるらしい。という事は火炎龍は絶対にこの場所はキープしているはずである。下手に広大な砂漠岩地をイトに乗って飛び回るよりも待ち伏せた方が、体力的にも効率的にも宜しいのだ。

 

「ほら、また水でも浴びてこい。それに暑いのはお前だけじゃねーんだから我慢しろ」

 

相棒の体を軽く叩き、水辺を指さす。イトはヨロヨロと立ち上 がって水辺を目指した――その時だった。

 

 

 

 突如風の音とは違う、鋭く空気を切る音が一帯に緊張感を張り巡らせた。イトはすぐさま上空から見て死角になる位置へ身を隠し、俺もそれに続く。死角という事はこちらからも見ることは出来ない。ただ音だけが岩の向こうから聞こえてくる。力強く羽ばたく音、それが段々と近くなっていき、ドスンと地面に足をつける音が続いた。

 ある程度離れてても感じるその衝撃の元を見る為に岩陰からそっと顔を出し、その瞬間息が詰まる感覚が体中に張り巡らされた。赤黒く染まった鱗に翼、野太い爪の生えた腕、鋭く尖った角、挙句の果てにイトよりも二回りも大きな体。ぱっと見ただけでもヤバい敵である事がわかる。

 

 奴は回りを見回した後、その大きな顎を開け、野太い声で咆哮した。その音はまるで砂嵐のように荒れ地を巡り、遠くの岩山で反響した。ぴりぴりと、指の先にまで感じる空気の震え、そして空気の震えから段々と自身の体自体への震えと変わっていく。

 

 

 トン、とふと肩に軽い衝撃を感じた。後ろを見るとイトが鼻先を俺の肩に当てていた。その途端、スッと震えが体から引いて行った。イトはまるで、「大丈夫、大丈夫」と言ってるかのようにもう一度鼻を当てる。その目は今は何よりも自分を落ち着ける物だった。

 そして自然と、俺の手はイトの鼻先を撫でていた。龍に宥められる龍騎士は如何なものだろうか、ふとそんな考えが頭を過る。だがそれは互いの信頼の上に成り立つ物だ。龍を従える騎士がいるなら、龍と協力する騎士もいても良いではないか。笑いがふいにこみ上げてくる。こんな事を考えられるような余裕が心に戻ってきたのだ。

 

「有難うな、イト」

 

 小声で笑いかけると、イトも満足したように鼻を鳴らした。

 

 

 俺らは揃って火炎龍に目を向ける。奴はこちらの精神的葛藤なんて知る筈もなく、大きな口を開けて泉の水を啜り始めた。口から覗く牙は龍の名に恥じない、むしろ立派すぎる程に野太く、鋭い。後ろにイトの存在を感じつつ、背中に差してある剣の柄を撫でる。その冷たさが俺を闘争の雰囲気へ持って行く。奴が水を飲んで背中を向けている最中がチャンスだ。早く岩陰から飛び出ないとそのチャンスは失われる。

 もう一度イトの方を向くと、了解の意を頷く事で返してきた。鞘から剣を抜き、構える。狙い目は後ろ足の、鱗の覆ってない腱の部分。イトが陽動する間に懐へ入り、一気に腱へ叩き付ける。手順が頭の中を巡り、整理される。

 

「オーケィ……もうなるようになれ!」

 

 そして剣を掴み一気に駆けだし――

 

 

――ズ ズ ズ ズ ズ――

 

 

 辺り一面に地鳴りが響き渡った。反射的に、飛び出そうとした岩場の中に身を隠す。その地鳴りと共に足元が、そう変に揺れている。これは地震の揺れとも違う、規則の無い揺れだ。すぐさま構えを解き、後ろを確認する。そこには同じように警戒しているイトの姿しか無い。ならばと前を確認する。火炎龍も"同様に"して"足元"を警戒している様子である。

 そう、火炎龍による揺れでは無いのだ。もちろんイトが地団駄踏んでいる訳でも、俺の気のせいでも無い。今この場にいる何者も、この揺れには関与してないのだ。そうこうしている内に、更に揺れと音は大きくなっていき、ふと止んだ。

 

 空を飛ぶ鳥の鳴き声や風の音が嫌に耳についた。火炎龍が降り立った時よりも輪をかけて緊張感が一帯を支配する。音が止んでも緊張感は膨張を続けている。何かヤバい事態になった、それだけが頭の中を駆け巡る。

 

 ヤバいヤバいヤバい、本当にヤバい事が起きる前は何時だって今のように静かなんだ。そう今みたいに――

 

 

 

 地面が爆ぜた。そう表現するしかない。そうとしか言いようがない。静かな空間にその音が響き渡り、弾けた礫や砂が空を舞う。この場にいた皆が弾けたようにその音源を見つめ、見つけてしまった。

 

 照りつける太陽を後ろに、体に被っている砂を振り落している余りにも巨大な"竜"。イトよりも二回りも大きかった火炎龍の体格を鼻で笑うかのような、もはや要塞と見紛う砂色の巨体だ。表面を覆うのは、もはや鱗なんて生易しい物ではない、あれは甲殻だ。

 見たことも聞いたこともない容貌の"竜"は"二本"のがっしりとした足で大地を踏みしめて、これでもかという程に野太く、長い尻尾を振った。ただ振っただけなのに、まるで槌のようになった先端が地面を抉り、砂煙が舞い、大きな音を立てる。そしてふと、一方が先端で折れているねじ曲がった二本の巨大な角を生やした、これまた巨大な頭をフルフルと振った。

 

 

 気が付いたら、剣を落としてまで俺は両耳を抑えていた。冗談みたいな音量で"竜"は吠え、その音量は離れた位置の俺でさえ耳を塞ぐほどだ。そしてそれは、決して音量だけではない。己の中の動物的な本能が、理性を無視して腹の底から竦み上がっている。"竜"の口が閉じた後も、遠くの渓谷で反響し、残り続ける。

 咆哮に乗った砂が舞いあがり、"竜"の顔にかかる。それを鬱陶しそうにしながら"竜"は火炎龍と向き合った。

"竜"と火炎龍は離れて向き合っている。火炎龍は突然の侵入者に対して猛烈な敵意を放っているようだった。唸り声と炎が口から見え隠れしている。しかし対する"竜"は動じず、ただ火炎龍を睨み付けている。

 

 今にも弾けてしまいそうなこう着状態に耐えられずイトを見ると、同じ心境なのか見返してきた後、小さく鼻を鳴らした。既にこの水辺で火炎龍と戦う事は叶わないだろう。それ以前にあの"竜"に見つかる前にこの水辺を早々に離脱しなくては、俺たちの身が危ない。あの"竜"の戦闘力が如何な物なのかは全くの未知数である。しかしどう見積もっても、あの風貌で並みの強さという事は無いだろう。

 

 見ず知らずの魔物に出くわした。そんな状態で戦いを仕掛けるのは勇敢を通り越して、もはや愚か者のすることだ。このような事態ではまずギルドに報告をするべきであろう。適当な隙を見計らって脱出をしよう。そうしよう。別に俺は悪くない。

 

 

 そうこうしている内に動きがあったようだ。火炎龍がその巨大な口を開き、その中に見る見るうちに炎が溜められていく。ブレスだ。火炎龍を強力な魔物足らしめる要因の一つだ。火力は他のどんな魔物にも引けを取らず、人に当たれば言うまでもない。奴はそのまま"竜"に向かって思いっきりそれを吐き出した。"竜"は驚いたように顔面への直撃を免れようとするが、もう遅い。

 熱せられた大地の、更に何倍もの熱量を持った火球は、ただでさえ短い距離を豪速で迫り、直撃した。瞬間、先ほどの地面が爆ぜる音に勝るとも劣らない大きな爆音が響き渡った。圧縮、内包された炎が舐めるように"竜"に絡みつき、周囲に飛び散る。その対象が人間であったならば、その身にまとう鎧も含めて消し炭すらも残りはしない。さすがに"竜"もこの爆発には堪えただろう。これで耐えていたらその時点で火炎龍に並ぶ化け物だ。

 

 

 しかし火達磨になった"竜"は、数歩よろめいた後小さく唸り声を上げ、そして前を見据えて首を大きく上げた。闘争心に燃えた目が炎の中から火炎龍を睨み付ける。

 

 

 もはや耳を防ぐことすらもままならない。足が、手が、体の各所が逃げ出すということすらも放棄をした。それほどの大音量が、この一帯に響き渡る。大気が、まるで霞んだような錯覚を見た。この先ほどにも増して更に大きな咆哮を上げた瞬間、燃え盛っていた炎が一気に消え去る。打ち震える空気の中で、砂色の巨体がまた露わになった。少し焼けて黒ずんでいる物の、それ以外にはダメージらしき物は見当たらない。

 口からはまるで激昂を表すかのように白い息が上がり、その立派すぎる捻じれた角が火炎龍に向けられる。結局、"何もかも焼き尽くす炎"は"竜"に対しては闘争心に火をつける程度の物だったのだ。

 

 "竜"は角を向け、構えた。一体何をするつもりなのか、それは何となく予想が付いた。端からこの"竜"は炎を吐いたりするような、"魔力"を使うような物では無いのだろう。そしてその予想通り、"竜"はただ駆けだした。ただ走るなんで生易しい物ではない、"突進"だ。巨体を生かしたその一撃は、例え王都の城壁でさえも一撃で粉砕するだろう。その巨体からは考えられないほどの速度で、"竜"は砂煙を上げながら火炎龍へと駆ける。一歩毎にまるで地響きの如く、巨大な振動が伝わってくる。

 

 火炎龍は慌てて翼を開いた。気性の荒いこの雄でさえ、今は撤退という考えしか浮かんでないのだろう。

離陸の素早さは全て龍種の持つ、彼らの象徴とも言える能力だ。現にもう火炎龍はその体一個分以上はまで浮き上がっている。しかしもう"竜"は目の前に迫っており、体高がどう見ても小型の矢倉は超す"竜"の突進から逃げられるかどうかはギリギリだろう。

 

 ふと、火炎龍を目の前にした"竜"は、あの速度から突如急停止して、頭を振り下げた。突進のままだったら火炎龍は逃げ切れたのだろう、しかし"竜"は振り下げた頭を、左足を軸にして体全体ごと思いっきり振り上げた。見えたのも一瞬、鋭い角は巨体の回転で恐ろしい程の速度で突き出され逃げる火炎龍に迫り……貫いた。そう、完全に貫いたのだ。

 硬い鱗に覆われている筈の赤黒い体を野太い角がなんの抵抗もなく貫通し、遅れて鮮やかな赤い液体が空中に舞う。ほとんど一瞬の出来事だった。

 

 ほとんど一瞬だ、ほとんど一瞬で"ギルドに恐れられていた高ランクの魔物"が正体不明の"竜"に負けたのだ。

 

「あ……あぁ」

 

 言葉にすら出来ない。今俺たちは一体何を前にしているんだ?"正体不明の竜"?そんな、"そんな優しい物"では断じてない。"竜"は頭を振り、角から火炎龍"だった物"を強引に振り落した。体が地面に打ち付けられ、ドサッというの後、ピクリとも動かなかった。そして血を浴びて所々赤く染まった頭を上げて、"竜"は勝利の雄たけびを上げた。

 

勝者と第三者しか居なくなった荒野に強烈な咆哮が響き渡り、その足元に砂煙を上げさせる。そう、あれは、あの"竜"は"高ランクの魔物の命を一瞬にして奪った正真正銘の化け物"だ。魔力を使う連中と異なり、己の体力のみで全てを退ける、まさに暴君。

 

 体がブルブルと震える。止めようと思っても上手くいかない。イトのフォローも入らない。コイツも俺と全く同じ心境なのだろう。怖い。本当に怖い。もしあの"竜"に見つかったら、いや、もしこの岩陰から一歩出よう物なら俺やイトは一体どうなるか言うまでも無い。

 

「……早いうちにずらかるぞ」

 

「クルル……」

 

 イトも全く同感のようだった。素早く翼を広げ、俺はそれにそそくさと跨った。暑い荒野の中でも、イトの温もりはどこか俺を落ち着かせる。首に駆けられた手綱につかまり、背中をポン、と叩いた。

 

「飛べッ!!」

 

 大きく翼をはためかせ、空気の流れを一瞬で掴み、イトの体は岩陰から空中へと一気に飛び出した。"竜"は急に姿を現した俺たちを首をもたげて発見したようだ。離れていく地面の上で、砂色の巨体が俺たちをその緑色の双眼で見据える。

 

 心臓が鷲掴みされたような感覚が体を駆け巡る。どんどん上昇している筈のに、威圧感は纏わりついたまま離れない。もしかしたら巨体の脇で横たわる火炎龍が俺たちだったかもしれない。そう考えると熱風が吹きつける中でも俺は首に冷や汗がかかるのを感じた。ある程度上昇した後、イトは滑るように空気中に身を走らせる。そして瞬く間に"竜"の姿は岩の影に見えなくなった。

 

「やっと帰れる……一体何なんだよ、アイツは」

 

 やっと照りつける太陽の光が熱いと感じられるようになった。早く村長とギルドにこの事を伝えなくては。それが今俺がするべき唯一にして最重要な行動だ。まるで"魔王"でも前にしたような感覚は、中々忘れられる物ではなさそうだ。

 

「……当分この砂漠は立ち入り禁止かね」

 

 後ろに広がる広大な荒れ地を見ながら、俺はそうポツリと呟いた。




ギルド報告書

名前:ネイス・ウェイン
階級:ランクA 龍操士(森緑龍)
内容:未確認の魔物の発見

詳細:レヴィッシュ領ゴゾ村付近の砂漠岩地にて二脚の竜種に遭遇
   30メートルに及ぶ砂色の巨体に片方が先端の折れた二本の巨大な角を持ち、太く発達した尻尾を持つ、既存のどの竜種にも当てはまらない模様
   一撃でAランクの魔物の火炎龍を打倒しており、戦闘力は非常に高いと思われる
   
補足:ゴゾ村の住民には隣村への自主的な避難を提案し、村長はそれを了承

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