95話 2年後
七耀暦1206年、3月30日——エレボニア帝国・クロスベル市、クロスベル駅内。
「言え! 一体何をしに帝国に入国した!?」
「あう……」
駅内にある正規軍の詰所の取調室で、裾と袖の大きな紺色のコートを着て、紅のような色をした艶のある赤目赤髪のショートカットを白い頭巾をカチューシャのように留めている少女が理不尽な尋問を受けていた。 彼女の側には身の丈と幅を超えているリュックがずっしりと置かれている。
「で、ですから先程から言った通り、あたしは《トールズ士官学院》に入学するために帝国に入国したのです。 証明書にも書いてあるはずです」
少女はとある目的でカルバード共和国から出国してエレボニア帝国に入国しようとしていたが……現在、両国は一触即発の状態にあり、一般市民でもスパイの疑いをかけられる始末だ。
男は両者の間にあるテーブルに置かれた証明書を手に取って目を通し……パッと少女に向けて投げ捨てた。
「なっ!」
「こんな簡単にバレる偽装でよく自信満々で来たものだな。 そもそもお前みたいな異国人が名門校であるトールズに入学できる訳がない」
「私が入学するのは今年から設立されたトールズ士官学院、第II分校の方です!」
「聞いたこともない」
聞いたことがないのではなく、聞く耳を持ってないの間違いではないのか……と、少女は胸に怒りを覚えながら堪える。
「本当のことを言いたくないのなら、お前は不法入国者として逮捕する」
「ふ、ふざけないでください! ただ共和国人というだけでこのぞんざいな扱い……
「チッ……ガキが、調子に乗ってるんじゃ……」
反論する少女に、思い通りにいかず憤慨する男が手を上げようとした。
(………………)
少女は男に冷たい目を向け、何んらかの力を行使しようとした時……突然、取調室の扉が開き、白いシャツの上に同色の白いジャケットを羽織っている、腰まである長い金髪を金属製のバレッタで一纏めにした青年が入ってきた。
「おい貴様っ、ここがどこだか……!」
「——控えろ」
男が席から立ち上がり青年の前に向かおうとすると……青年の後ろから正規軍の制服を着た巨漢の老人が現れた。
「ヴァ、ヴァンダイク総帥っ!」
男は老人が帝国軍総帥であるヴァンダイクだと分かると慌ただしく姿勢を正し敬礼する。 そんな男が萎縮しているのを余所に、青年は少女の手から証明書を取る。
「あ……」
「……しっかりと皇室専用の印が押されてある。 これを偽装することはほぼ不可能……これを見てなお疑いをかけるというのか?」
「そ、それは……」
「もうよい、そなたは席を外してくれ」
「し、しかし……」
渋る男に、ヴァンダイクは軽くひと睨みすると男は萎縮し「し、失礼しましたっ!!」と言って逃げるように取調室を出て行った。
「さてと……久し振りにだね、ソフィー。 半年振りくらいかな?」
「レ、レト先生!!」
青年……レト・イルビスが少女の方に向き直ると、ソフィーと呼ばれた少女はパタパタとレトに駆け寄る。
「皇族が招待状に使う印を使ったから問題無いとは思ったけど……まさか本当にこんな事になるとはね」
「申し開き用もない。 誠にこの度は迷惑をかけてしまった」
「いえ、ここまで案内してくれてありがとうございます。 改めてこの子の身元は僕が証明します。 この後は帝都に移動しますが、構いませんか?」
「うむ。 儂も用事を済ませたらガレリア要塞に向かう。 積もる話はまた、次の機会にでも」
「はい」
先にヴァンダイクが退室し、それを静かに見送っていると話の流れについていけないソフィーがオズオズと声をかける。
「あ、あのー……」
「ああ、ゴメン。 一先ずここから出よう。 少し落ち着いてから今後について説明する」
「は、はい!」
取調室を後にするレトを、ソフィーは巨大なリュックを背負って追いかける。 その後、レトは駅ターミナルで帝都行きの乗車券を購入し、列車に乗ってクロスベルを出発した。
しばらく流れる景色を眺めてからソフィーはレトに話しかける。
「レト先生。 さっきはありがとうございます。 本当に助かりました」
「いいよ、むしろ悪いのはこっちだし。 まさか共和国の人間だけであそこまで邪険にするとは思ってもみなかった。 軍人が戦うべきは敵国の軍であって、市民ではないのに……」
「……その区切りが付けられないんですよ。 お互いに……」
少し考えればいいはずなのに帝国人、共和国人というだからで互いに嫌悪し合う。 人種と国籍などで人を見るのは愚行の極みだというのに、それでもやめることはできない。
「そういえば
「あー、彼なら“先に言って少し帝都を見て回ってくるー”って言って、あたしより早く帝国入りしたと思うんですが……」
「なるほど………まあ、本人は
レトは懐から戦術オーブメント《アークスII》を取り出すと操作し、表示された情報に目を通した。
「どうやら5日前に帝国入りしたようだね。 ソフィー同様、揉めたようだけど、何とか通れたみたいだ」
「な、なんで私だけ……」
「運が悪かった、と言うしかないかな」
「——ワン!」
落ち込むソフィー。 すると突然、彼女の隣に置いてあったリュックが開き……中から垂れ耳で茶色い毛並みの子犬が飛び出て来た。
「犬?」
「あ! こら、ヘイス。 ごめんなさい。 この子、私の助手なんです」
「助手? この子犬が?」
「はい! 先生と別れたすぐ、帰り道で死にかけていた犬を錬金術で回復させて、そのまま助手にしたんです!」
「………………」
倫理にギリギリ触れそうな危険なラインをスレスレ……とんでもないことを笑顔で口にしたが、レトは「コホン」と咳払いをして気を取り直した。
「さて、先ずはこの大陸横断鉄道で帝都まで、そこから西側にある近郊都市《リーヴス》に向かう。 そこがこれから僕たちが暮らしていく街だよ」
「はい! 頑張ります!」
「ワオーン!」
列車は渓谷を超え、エレボニア帝国へ……新たな舞台へと向かっていく。