92話 冬の終わり
3月12日——
レトとリィンは内戦から勉強の遅れを取り戻すと同時に、残り半月の学院生活をVII組に限らずトールズ学生たちは送っていた。
教官たちも駆け足で授業を進め、生徒たちも何とか置いていかれないよう努力する日々が……平和な日々が続いていた。
そして、最後の自由行動日が明日に控えている中……
「……………(カシャ!)」
レトは屋上のベンチに寝そべりながら導力カメラを構え、雲が浮く空を撮った。 画面に映し出される空の景色を見つめ……ピッピッと、ボタンを操作してその写真を削除した。
「………レト」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえ導力カメラをしまい身を起こすと、そこにはラウラがいた。
「ラウラ……水泳部に行ったんじゃ——」
立ち上がって疑問を投げかけようとすると……突然、ラウラは駆け出すとレトの体に寄りかかるように抱きしめてきた。
「ラウラ……?」
「……すまない。 部に行く前に少しだけこうしていてほしい。 その、久しぶりだから……」
「………………」
ラウラの思い掛けない、あまり見られない一面に驚きつつも、レトは優しく彼女を抱きしめ返した。
「ふふ……わがままだな、私は」
「いいよ、それくらい。 それくらいなら……」
それ以上語ることなく、2人はしばらくの間、抱きしめ合った。
その後、気恥ずかしさが残りながらも2人はそれぞれの用事を済ませるため屋上で別れた。 そして次にレトは技術棟に向かった。
「やあ、レト君。 君も来たんだね」
技術棟に入るとジョルジュが黒の導力バイクを整備していており、一緒にいたアンゼリカが軽く手を上げて挨拶をする。
「ええ、まあ。 君もとは?」
「さっきリィン君も来てね。 今はヴァリマールの所さ」
手を止めて顔を上げたジョルジュが技術棟の裏手に増築された部屋に続く扉に目を向けながらそう言うが……レトはジョルジュを見て少し眉をひそめる。
「ジョルジュ先輩、何かありましたか?」
「………どうしてだい? 僕はこの通りいつも通りさ」
「いえ、少し雰囲気が変わった感じがして……すみません、僕にもちょっと分からないです。 変な事を言ってすみません」
「気にしないでくれ。 あんな事があった後じゃ、仕方ないさ」
「後輩に心配される感じを出したジョルジュも悪いが……レト君もそう気に病まないでくれ。 アイツとまともにじゃれ合っていた君がそんな顔をすると、アイツも浮かばない」
「……はい。 そうですね」
気のせいだと思い、それ以上考えるのをやめた。 そしてレトは騎神・機甲兵の格納庫に向かい。 そこには2人が言っていたように、リィンもいた。
「やあ、リィン」
「レト。 レトもテスタ=ロッサを見に?」
「まあね。 テスタ=ロッサ、調子はどう?」
『問題はない。 寧ろやるべき事が無く、暇を持て余している』
「はは、たまにヴァリマールと手合わせをお願いするよ。 お互い、身体を動かしたいだろうし」
『ウム、ソノ時ハ相手ニナロウ』
「おいおい、勝手に話を進めないでくれ」
否定気味だが満更でもないリィン。 と、そこでレトは隣に立て掛けてある剣……霊剣レーヴァティンに目を向ける。
「レーヴァティンは今はどんな感じ?」
『——《
「千の武器全部を使う気はさらさらないけどね。 基本はレーヴァティンと槍、せいぜい弓と大剣くらいで……後は遠距離攻撃で射出するくらい。 千であろうが無限であろうが、使うのは1、本……」
そこまで口にしたところで突然口を紡ぎ、レトは顎に手を当てて考え込み出した。
「レト……?」
「……なるほど、その手があったか。 そのうち試してみるのも……(ブツブツ)」
『思考ノ底ニ入ッテシマッタヨウダ』
『またあらぬことでも考えそうだな』
「あ、あはは……ありえそうで怖いな」
1人と2機の言葉にもレトには聞こえず、思考の底にはまっていく。 その後、現実に戻ってきたレトは学生会館に向かい、写真部に顔を出した。
「やあ、レト君」
「こんにちは、フェデリオ先輩。 レックスは?」
「レックス君なら今、学院中を回っているはずだよ。 卒業アルバムを作るための写真を急いで撮っているんだ」
部室内に部員であるレックスがいないのはいつもの事だがフィデリオに聞き。 卒業アルバムの事を聞いたレトは今思い出したかのようにポンと手を叩く。
「卒業アルバム……そういえばスッカリ忘れてましたね。 間に合うんですか?」
「内戦やその後のゴタゴタで時間が取れなかったからね。 何とか間に合わせるよう頑張るしかない」
そう言って再びテーブルに並べてあった写真を手に取り、アルバムに乗せる写真を選別する。
レトは一度部室内を見回し、壁に貼られている写真の数々を見る。 写真部3人がこの1年間撮って来た写真……それを一通り流し見してから、レトは手持ちの荷物から一冊のアルバムを取り出してフェデリオの前に差し出す。
「これは……」
「VII組のみんなの写真です。 使ってください」
「いいのかい?」
「もちろん。 残りのトールズみんなの写真も手伝いますよ」
「ありがとう、本当に助かるよ!」
有難くアルバムを受け取ったフェデリオと、レトはアルバム制作を始めた。
そして日も暮れ始めた頃に2年生分のアルバムがまとまり、細かい部分をフェデリオがやっておく事になりレトは一足先に写真部を出て寮に帰ろうとした……と、その前に、反対側にあるオカルト研の扉に目を向け……取手に手をかけて中に入った。
「あら」
部室内はいつも通りカーテンが閉められて暗く、またいつも通りの場所でベリルが珍しく驚いたような表情を見せる。
「久しぶり、ベリル」
「ウフフ、そうね。 それで何の用かしら?」
「それを聞くのは愚問、じゃないかな?」
「ウフフ、ウフフフフフ…………ええ、そうね」
不気味に笑みを浮かべるベリル。 レトは対面の座席に座り、ベリルはテーブルに置かれた水晶玉に両手をかざす。
「人の運命は無数に枝分かれしている。 けど貴方の運命の道は2つだけ……人か、修羅か……そのどちらかね」
「…………そう…………」
占いの導きに、レトはボソリと呟くように首肯し、席から立ち上がった。
「もういいのかしら?」
「それが正しいのか分からない。 でも、どうしたいかは決まった。 ありがとう」
1人納得し、早々と退室していくレト。 そして、ベリルは閉められた扉を見つめながら口元を歪めるように緩める。
「ウフフ。 貴方はどんな選択をするのかしら……レト・イルビス——2つの獅子の心を持つ男」
◆ ◆ ◆
少しだけ気が晴れた気持ちになりながら帰路につこうとするレト。 学院を出ようと正門に向かうと……そこにはレト以外のVII組の面々が集まっていた。
「あれ、みんなも今帰り?」
「ああ、みんな今帰る所で鉢合わせしてな」
「まさか全員がここで出くわすとはな」
「何はともあれ、揃った事だし行くとするか」
「うん、行くとしよう」
全員揃って帰路につきトリスタの街に入ると、全員が顔を上げ、ライノの木々を見上げる。
「……………………」
「もうちょっと、かな」
「ああ、今月末くらいに満開になるんだったか」
「3月末……ちょうど入学式と同じか。 我らが初めて出会った日と」
「そうですね……」
皆、懐かしむように入学式のことを思い返す。
「みんな、入学式の日に初めて会ったんだよね?」
「ああ、レトとラウラ以外はな。 正直あの時はどうなるかと思ったもんだけど」
「えへへ、そうだね。 マキアスとユーシスなんか出会っていきなりだったし」
エリオットは面白おかしく言い、マキアスはバツの悪そうな顔をする。
「あれは……その、僕も悪かったというか」
「まあ、気にするな。 未熟さゆえの過ちは誰にもあるだろうからな」
「ありがとう——って、自分は悪くないような顔をしてるんじゃないっ! 散々上から目線でこき下ろしてきたくせに!」
「だから誰にもと言っているだろうが?」
「あはは……」
口論は相変わらず変わらないが、その中に険悪な雰囲気が全く無いことを全員分かっており、エマは苦笑いする。
「レトさんとフィーちゃんも、勝手気儘に先に行ってしまいましたね」
「あはは、遺跡を調べてみたかったからね」
「……めんどかったから」
「お前たちはそこの部分は全く変わってないな……」
変わる者もいれば、あまり変わっていない者もいる。 実力や人間関係なのでは無く、性格が。
「ふふ……今となっては懐かしいわね」
「ふむ……懐かしいといえば、アリサとリィンのあれもあったか」
「ちょ、ラウラ!?」
(誰か言うと思った……)
慌てふためくアリサに、リィンは予見していたようにため息をつく。 そしてその話にミリアムは面白そうに食いつく。
「なになに、面白そう!?」
「ん、実は——」
「わ、わざわざ言わなくてもいいのっ!」
「なら——」
「言わなくてもよい」
(っていうか、見られてたんだ……)
アリサがダメなら次にフィーが視線をラウラに向けた瞬間、ラウラは気迫でフィーを黙らせた。
そんな事がありながら、話しが長くなりそうなのでレトたちは駅前の公園に寄った。
「ふふ……それにしてもサラ教官には驚かされたな」
「いきなり落とし穴がガコン——だもんねぇ」
「その後、何とか脱出して
「苦戦はしたが、何とか全員で倒しきったのだったな」
「そうそう、その後ちゃっかり、サラ教官が現れたんだった……」
「タイミングを見ていたとしか思えなかったわね」
「間違いないと思う」
「でも——あれが俺たちの“始まり”なのは間違いない。 多分、あの日のことはずっと覚えている気がするな」
「リィン……」
「ふふ……そうだな」
「……どんな時が流れても、色褪せない気がします」
「むー、いいないいなぁ。 こうなったら、ボクがもっと凄いことをして、最後に強烈な思い出を——!」
「やめときなさい」
「まったく……先が思いやられるな」
VII組の始まりの日の思い返し、改めて結束を深めながら再び帰路につき、第3学生寮の前まで歩く。
「そういえば……晩ご飯、みんなどうする?」
(あ。 なんかフラグ立った気がする)
(……ありえそう)
第3学生寮から吹くそよ風から、空気中に僅かに感じられるいい匂いがレトとフィーを納得させる。
「ふむ、キルシェあたりで済ませるつもりだったが……」
「自炊をしてもいいかもしれませんね。 手分けすればメニューも豊富になりそうですし」
「そうね、たまには料理しないと腕も鈍りそうだし」
「うん、私も異存はないぞ」
「よし、それなら買い出しも含めてみんなで手分けして——」
「その必要はありませんわ」
リィンの言葉を塞ぐように、音も気配もなくそこに現れたのは……
「へ——」
「貴女は……」
「だからシャロン! なんで貴女がいるのよっ!?」
「……フラグ、立ってたね」
「お約束」
RFのメイドであるシャロン。 彼女は初めて会った時のようにスカートの裾を軽く摘み、優雅にお辞儀をする。
どうやらアリサの母であるイリーナに許しをもらい、短い期間ではあるが再び第3学生寮の管理人になったようだ。
その後、サラ教官も交え、豪華な夕食を全員で食べるのだった。
◆ ◆ ◆
「えーっと……これは、そこで。 これはここ……これは…………どこだろう?」
久し振りにシャロンのご馳走を食べた後、レトは自室で散らかり放題だった遺跡や神殿の調査資料を種類ごとに分けてまとめていた。
「ナァオ〜」
「あ。 ありがとうルーシェ」
「ナァオン」
丁度探していた資料を咥えて持ってきたルーシェにお礼を言いながら受け取り、部屋の掃除をするように再び資料をまとめていると……
コンコン
部屋の扉がノックされ、レトは「どうぞー」と入室を許可すると、部屋にリィンが入って来た。
「リィン、何か用?」
「いや、少しみんなの今後について話し回っていてな。 レトは一足先にトールズを卒業するけど、その後何をするのか詳しく聞いてないよな?」
「んー、まあね。 みんなが卒業した後、自分が進むべき道を歩き出そうとしているんだけど……僕はそう簡単には選べないから」
苦笑いするレトの言葉にリィンは察する。 少し前ならともかく、今のレトは名実共に皇族……兄のように放蕩でもしない限り自由には動けないだろう。
「政府や宰相の傀儡に成り下がる気はないよ。 けど、皇族としての僕はリィン以上に自由が許されなくなる」
「……ならレトは、どうするつもりなんだ?」
「共和国に逃げる」
軽く言ったその言葉に、リィンは驚きより奇行に走るレトに怒りの方が出てくる。
「な、何を考えているんだ!? 今の帝国と共和国の関係を考えれば無事じゃ済まない! それどころかレトは皇族……戦争や争いにまでには発展しなくても、混乱の火種になりかねないぞ!」
ジョルジュも卒業後、可能なら共和国のヴェルヌ社に訪問したいと言っていたが……レトはそれ以上に難しい。
「表向きの名目としては考古学者レト・イルビスが遺跡の調査を行うため共和国に行く。 一部のお偉いさんにはレミスルト・ライゼ・アルノールが捕虜とか人質みたいな名目で国に置く……そんな感じだね」
「だ、だが……」
「大丈夫大丈夫。 共和国政府も僕を開戦の引金にするつもりは無いそうだし、お互いに持ちつ持たれづの方が有意義なのは知っている。 むしろ牽制になればいいと思っている」
最もな事を言うが、それでも納得のいかないリィン。 そんや心配そうな顔を見ても彼を見てもレトの考えは変わらない。
「それに、アルタイル市にある《教団》が使っていたロッジや1202年に共和国領内にて出土された“巨大な像”にも、考古学者として興味がある。 それとあっちの方に弟子も残しているしね」
「ナァー」
「………………」
「大丈夫。 生存報告の連絡は頻繁に取るつもりだから、そんなに心配しないで」
「……物騒な事を言うなよ……」
「はは。 ……これが正しいかどうかは分からないけど、どうしたいかは決まった。 この二大国を争わせないためにも……それと、僕の心配より自分の心配をした方がいいよ。 僕はこれでも《剣帝》だからね」
「レト……」
決心がついたレトの意志に、リィンは止める事できない。 そしていつもと変わらず、夜は更けていく。