カレル離宮から出ると即座にカレイジャスに乗り込み、離陸。 帝都の煌魔城に向けて進路を向け飛翔する。
『あと3分で帝都上空に到達——そのままドライケルス広場に向かうよ』
『導力機関、飛翔機関共に問題なし。 いつでも強襲作戦に移行できる』
『敵母艦が迎撃してくるだろうが、そちらの対象は任せたまえ』
「了解しました」
すぐ帝都は近くなので、レト達VII組は甲板で待機していた。 リィンはトワ達の指示に了解し……すぐに顔をしかめた。
どうやらエリゼがカレイジャスに同乗している事に納得していないようだ。 エリゼはリィンの反対を押し切って半ば強引にカレイジャスに乗った。 決戦の舞台に立つ訳でもないのでリィンも強く返す事が出来ず、仲間達の賛成もあってそのまま乗せてしまった。
「リィンも大変だね」
「ふふっ、レトこそ。 アルフィン殿下が乗っていたらどう思ったのだ?」
「そ、それは……」
「……似た者同士」
「やれやれ……君達は」
シュバルツァー家の口論に呆れる中、テスタ=ロッサに乗っているレトをエマは心配の声をかける。
「レトさん、具合はどうですか?」
「少し落ち着いたよ。 ありがとうエマ」
「とはいえ油断は禁物よ。 アンタとテスタ=ロッサは《紅蓮の魔人》と繋がっているんだから」
「分かってるって。 そんなの……自分がよく分かってる」
『帝都上空に出るよ!』
見えてきたのはいつもより紅く染まる帝都ヘイムダルの街並みと、変貌したバルフレイム宮……今は煌魔城となって帝都を包み込んでいる。
「こ、これって……」
「あ、ありえない……」
「んー……目算だと800アージュくらいかな?」
「《煌魔城》……250年前の獅子戦役でも姿を現したという魔城ですか」
「そして獅子心皇帝と槍の聖女によって封じられた……」
「こんなものを出現させて何をしでかすつもりなの……?」
その時、煌魔城の影から白い船艦……パンタグリュエル号が現れた。
「あれは!」
「……来るぞ!!」
どうやらパンタグリュエル号はカレイジャスを迎撃するようだ。 放たれる迎撃ミサイル、カレイジャスは機動力を生かして最大戦速で回避、ドライケルス広場に向かって降下した。
すると、今度はドライケルス広場に複数の魔煌兵が出現した。
「あ、あれは……!」
「魔煌兵……それもあんなに!」
「やっぱり出たわね……!」
これでは魔煌兵が邪魔で煌魔城に突入できない。 さらに、ドライケルス広場だけではなく、帝都中に魔煌兵が続々と出現している。
レトは少しだけ考え込み……すると前に歩き出し甲板の縁に足をかけた。
「皆……セドリックの方はよろしく頼むよ」
「レト?」
「何を……」
「これでも一応は皇族の一員……力無き民を守らなきゃいけない」
「まさか……」
レトは、VII組から離脱し魔煌兵の対処に当たろうとしていた。
「本当はすぐにでもセドリックを助けに行きたい。 でも出来ない……だから皆にしか頼めないんだ」
「レト……」
「け、けど……あれを1人で相手にするなんて無茶だよ!」
「大丈夫大丈夫。 トールズの皆もいるんだし、心配ないよ」
「ああ、その通りだ!」
エリオットの心配を無用とするように、パトリック達が艦を降り、武器を構えて魔煌兵と対面していた。
「ここは僕達に任せたまえ!」
「皆さんはどうかそのまま“城”へ!」
「そう言うこと。 ラウラ」
レトは腰に下げていたカンテラを掴むと、振り返らずに真後ろに放り投げ……綺麗な弧を描いてラウラの手元に渡った。
『これは……』
「それは《紅蓮のカンテラ》。 バルフレイム宮地下を攻略する時に使ったアイテムだよ。 城内の構造は変わっていると思うけど、そのカンテラでしか道が開けないギミックがあるのは変わらないと思う。 持って行って、きっと役に立つ」
「すまぬ、レト。 大切に扱わせてもらう』
『……ああ。 帝都の事は頼んだぞ、レト!』
「了解! テスタ=ロッサ!」
『よかろう』
転移でテスタ=ロッサに乗り込み、カレイジャスから飛び降りドライケルス広場に着陸する。 リィン達を煌魔城に送り届けるため、すぐにカレイジャスはバルフレイム宮に向かった。
「さぁてと……行くよ、テスタ=ロッサ。 250年前はこの帝都を闇に落としたけど……今回は、闇から救おう。 君の汚名を晴らす時が来た!」
『今こそ、我が雪辱を晴らそう!!』
異空間から剣を取り出して掴み、抜き側に一転……剣を振り回して斬撃を飛ばし、広場にいた魔煌兵を攻撃した。
「この場は任せます。 僕は街の中にいる魔煌兵をなんとかします!」
「気をつけてくださいね〜!」
トマス教官の間伸びした声に苦笑いし、テスタ=ロッサは背中のブースターを起動し、広場から勢いよく飛び出す。
広場から出るとすぐにヴァンクール大通り……その通りは何体もの魔煌兵が闊歩している。
レトは魔煌兵を斬り伏せながら大通りを歩く。 その間、通りの左右の歩道には立ち尽くす市民がおり、レトは避難誘導を行う。
「危険です、早く——」
「ま、また機甲兵が現れたぞ!!」
「きゃああ!!」
「え!? あ、ちょっと……!」
「うわぁあああ!!」
誘導しようにもまともに取り合ってもらえず、さらに混乱が広がるばかりだ。
「ダメだ……全く聞いちゃくれない。 バルフレイム宮はアレだし、霊脈のせいで街の雰囲気も悪くなってる」
『我の存在自体も、恐怖でしかないのだろう』
魔煌兵だろうと、機甲兵だろうと、騎神だろうと……この状況で市民に与える恐怖は全て同じ。 いくら操縦席から声をかけても彼らには伝わらない。
「……ふぅ……やるしかないか」
事前に予想もしていた可能性……それが現実となり、覚悟を決める。 レトはテスタ=ロッサから降り、腕を伸ばしたテスタ=ロッサの手の上に乗り、混乱する群衆の前に立った。
「——聞け!! 我が名は……レミスルト・ライゼ・アルノール! 今こそ、この名を檻から解放する……緋の騎神《テスタ=ロッサ》と共に!!」
何事かと群衆は顔を見上げ、レトの言葉を聞き動揺が一気に広がる。
「私はまごう事なき皇族に連なる者! しかし、それを今証明する物はない……しかし! 信じて欲しい。 私が望むのはそれだけだ。 どうか、今だけは信じて欲しい」
信じて欲しい、その言葉しかレトは言えない。 これだけでは市民はもちろん、領邦軍の兵士も届かない……
「さてと、言葉だけじゃなくて……行動で示さないとね」
『目標、魔煌兵10体。 1体だけではさほど手間がかからぬが、数が多い。 どうする気だ?』
「そんなもの、決まっているよ」
ニヤリと笑みを浮かべながら剣を持つ手を後ろに向け……
「斬って斬って斬り進めだけ!」
身体を横に向け、腰を落としながら倒れるように前のめりになり……
「刹那刃」
ゆらりとテスタ=ロッサが魔煌兵の間を、目に止まる速さで、流れるようにスルリと通り抜け……魔煌兵を抜けた先、剣を振り抜いた状況で立っていた。
「輪切りの一丁上がりっと」
『相変わらず、見事な剣技だ』
「操縦に慣れたものだけど、やっぱりスピードが足りないけどねぇ。 遅いのなんの」
『今の段階ではこれが限界だ』
本来の性能ならもっと動けるのかもしれないが、今は関係ないので置いておく。
と、その時、レトは周囲がざわめき始めた事に気がつく。
「す、凄い……」
「ね、ねぇ……皇族かはともかく、あの人って凄い人なのかなぁ?」
「うおーー! いいぞいいぞ!」
『レミスルト! レミスルト! レミスルト!』
「お……おお、おおぉ……と、とにかくこの場は危険で……危険だ。 領邦軍の兵達は速やか市民の避難誘導を、帝都郊外へと誘導してくれ」
『はっ!!』
溢れんばかりのレミスルトコール。 自身が皇族の真偽はともかく、レト本人は信用された。 これなら順調に避難誘導が出来る……レトは言いかけた丁寧語から強めの口調で兵達に指示を出し、避難誘導を開始した。
「ふぅ……ヴァンクール大通りから避難誘導が帝都全域に拡散すればなんとか」
『だが、避難完了までにはかなりの時間が必要だ。 その間に、事態が急変する可能性もある』
「だよねぇ……」
煌魔城が出現してからそれなりに時間が経っている。 今から避難誘導を進めたとしても今更遅いのかもしれない。
『むっ!』
「! 後ろ……!」
その時、背後から不意打ちで斧を持った巨漢の魔煌兵が現れ、同時に斧を振り下ろして来た。 レトは振り返り側に剣を振り抜こうとすると……
「——ふんっ!!」
横から人影が飛来、魔煌兵の背を斬り上げてから斬り下ろし、2刀で叩き伏せた。
「あ、あれは……」
「ヴァンダール家の……!」
領邦軍の中にミュラーを知る者がおり、それが周りに広がって群衆に勇気が出てくる。
「ミュラーさん!」
「また腕を上げたな、レト。 騎神越しでもお前の成長をひしひしと感じ取れた」
こんな状況ながらも、ミュラーはレトの成長を自分の事のように喜ぶ。
さらに、アルノールの盾であるヴァンダールの者と親しくしている事から、もしかしたらレトが皇族だと言うことは嘘ではないのかと思い始めていた。
「お前はお前のすべきことをやるがいい」
「やるべき事……?」
「……おい、お前が昔言っていただろう。 《紅蓮の魔人》が復活するような事があるなら、マーテル公園にある武器が必要になると」
「………………ああ、そういえばそうだった」
「全く……やはりお前とあのお調子者は、兄弟だな」
複雑な事情はあるとはいえ、2人が似た者同士だとミュラーは溜息をつきながら頭を抑えた。
「さっさと行って取ってこい。 私はドライケルス広場に向かう。 あそこに魔煌兵が集中しているようなのでな」
「はーい」
あまり緊張感の無い返事を聞かず、ミュラーは広場に向かって走って行った。 その間も領邦軍による市民の避難誘導は進んでいた。
「住民の避難、残り30分程で完了いたします!」
「了解した、引き続き頼む。 ふぅ……これで一通り避難できたかな」
大通りから兵と市民がいなくなった事を確認し、レトは広場の方向……煌魔城の方へ振り返った。
しかし、レトは煌魔城を見つめるばかりで、向かおうとはしない。 痺れを切らしたテスタ=ロッサが声をかける。
『我らも煌魔城に赴き、参戦しないのか?』
「んー、実は救助の途中である事を思い出してね。 そっちを先に何とかしないと……」
本当ならすぐにでも向かいたいが、ミュラーに言われた事を思い出していたのでどうにも踏みとどまってしまっている。
「ドライケルス広場は士官学院の皆がなんとかしてくれる。
「——レトさん!!」
踵を返し、煌魔城に背を向けて歩き出そうとした時……背後から少年の声が聞こえてきた。
振り返ると、テスタ=ロッサの前に蒼灰髪の少年が息を切らせていた。 レトはその少年に見覚えがあった。
「やあクルト、久しぶり。 帝都に実習に来てた時はゴメンね、自由時間があれば会いに行ってたんだけど」
「そんな事より、行かないのですか……あの城に?」
蒼灰髪の少年……クルトはヴァンダール家の者でミュラーの弟である。 兄は向かったのに、レトが行かないのを不思議に思っている。
「少し野暮用でね。 マーテル公園に行く」
「マーテル公園に? ……あ、ちょっと!」
考える間も無く、レトはマーテル公園に向かって歩き出し。 その後を追いかけてクルトは走り出す。
「ハァハァ……こんな時に遊んでいる場合ですか」
すぐにマーテル公園の入り口に到着し、レトはテスタ=ロッサから降りる。 隣には頼んでもいないのにクルトは全力で走って追いかけ、また息を切らせている。
息を整えたクルトは公園を歩いていくレトに横について行く。
「ここに一体何があるんですか?」
「それは見てのお楽しみに」
はぐらかすレトに不信を抱く中、マーテル公園にある小さな滝の前に来た。
「テスタ=ロッサ」
レトがテスタ=ロッサを呼ぶと、テスタ=ロッサは軽くて飛び、ゆっくりと川の中に足を踏み入れた。 それなりの深さがあり、テスタ=ロッサの膝上まで川の中に入っている。
そしてテスタ=ロッサはレトに向かって手を出し、レトその上に飛び乗り……クルトに手を差し伸べた。
「………………」
何をしようとしているつもりなのか……不信感はさらに増えるが、ここで足踏みしても拉致があかない。 クルトはその手を取り、レトと一緒に手の上に乗った。
2人が乗るとテスタ=ロッサは滝に向かって歩き出し、滝の前に来るとは空いた手を2人の頭上に翳し傘とし、滝を超えて壁に向かってそのまま歩き出し……壁をすり抜けた。
「なっ!?」
壁をすり抜けた事に驚きつつ、さらに滝の裏にこんな洞窟があった事にもクルトは驚愕する。
すぐに岸に上がり、2人はテスタ=ロッサに降ろされて洞窟に足を下ろす。
「マーテル公園の滝の裏にこんな洞窟が……」
「ここは霊的に隠されているからね。 この場所を知っているか、馬鹿が泳いで滝裏に行かない限りは見つからないよ」
「それでここに一体何が……」
聞こうとする前に、レトはスタスタと洞窟の中を進んでいく。 クルトは苦虫を噛み潰したような表情になるもその後を追う。
洞窟は側面や天井は岩肌が剥き出しに対して床はしっかりと平らに整備されている。 広さもそれなりに広いが、騎神には少し腰を落とす必要があるも問題なく進めた。
「こ、これは……」
5分程歩くとさらに開けた空間、テスタ=ロッサが暴れても問題ないくらいの広場に出た。 実は今までの道のりは平坦のようだったが実は少しだけ下りになっており、この広場は地下にある。
広場の中央は丸い舞台のようになっており、規則正しく幾何学的な模様が彫られてあった。 まるで広場自体が台座の役割があるような……そして、そこに祭られていたの一本の剣。
鍔に大きなオーブが埋め込まれている巨大な剣……騎神が持つにしても大きく、アルゼイド流の使うような大剣が地に突き刺さっていた。
『この剣は……』
「なんて巨大な……」
「250年前……かのドライケルスが灰の騎神ヴァリマールを駆った際に使っていた剣。 そして、君を貫いた剣でもある」
『…………ああ、よく覚えている。 我は、この剣と聖女の槍によって、あの城の奥深くに張り付けにされた……』
「し、獅子心皇帝が使っていた、剣……」
ゴクリと、クルトは唾液を嚥下する。それだけ貴重な物だと思っているのだろう。 触れることさえ尻込みする程に。
「銘はなんと言うのですか?」
「この剣の名前は—————って言う………あれ? これ喪われているね」
「? 今なんて……」
レトは剣の名前を言ったが、その部分だけノイズがかかったような気がし、聞き取れなかった。 クルトは聞き返そうとするが、その前にレトが再び歩き出す。
『これで我が半身を打ち倒すのか?』
「いいや、違うよ。 剣は自前のものがある。 それにこの剣は普通の剣じゃない。 この剣は——概念武装だよ」
剣の前に歩み寄りながらテスタ=ロッサの言葉を否定する。 そしてレトはテスタ=ロッサに乗り込み、剣の柄を握りしめ……台座から引き抜いた。
「………………何も、起きないか……」
剣が抜かれるのを見ていたクルトは仕切りに辺りを見回し……何も起きないとホッとする。 クルトは小説なのでよくあるお約束を懸念していたが、取り越し苦労だった。
「この剣は物質ではなく、霊力で構成されていて概念という現象が剣の形を模しているだけ。 だから実際は形を持たない……」
クルトが一安心している間、レトは剣から流れる力をひしひしと感じ取る。
「これから何をするつもりなのか……君なら分かるよね?」
『ふっ、何度もこの剣には斬られ刺されて来たが……まさかこんな日が来るとはな』
するとレトは剣を翻して逆手で持ち、天高く掲げるように振り上げ……剣先をテスタ=ロッサの腹部に向けて振り下ろした。
『グゥッ!』
「ッッッ!!」
「?! な、何しているんですか!?」
操縦席は胸の辺りにあるのでレトは無傷だが、痛覚のフィードバックで腹が焼けるような激痛が走っていた。
突然の奇行にクルトは驚愕と動揺、そして怒りが湧き出し叫ぶ。
「アレを止めるんでしょう!? 自殺とか本当に馬鹿ですか!!」
「ッッ……普通に考えれば……別たれた緋の騎神のどちらの方が強いのかは明確……地力は愚か武器の差だって火を見るよりも明らか……だから……!!」
クルトの叫びが聞こえているのかは定かではないが、レトとテスタ=ロッサは痛みに耐えながらさらに剣を腹部にねじ込む。
すると、剣が緋色に輝き出し……ボロボロと崩れ始めテスタ=ロッサの中に入って行く。さらにレトの懐から石が、レグナートから貰った白い鉱石が飛び出して霊力の奔流に一緒に飲み込まれて行く。
「そ、そんな……まさか……緋の騎神と剣が融合している!?」
「ぐぅぅ……あぁっ……!」
『——ウッ……オオオオオオォォ!!』
そして、剣が完全にテスタ=ロッサに吸収された瞬間……緋い霊力が爆発するように解放された。
「うわあああぁ!!」
その衝撃は凄まじく、クルトは壁まで吹き飛ばされてしまう。
「ハァ……ハァ……」
『……………』
衝撃で土煙が舞い、騎神の姿は煙の中に隠れていた。
起動者は荒い息を切らせながら身体中を巡る力をゆっくりと実感して行き、緋い騎神は上を見上げると……背にクリアレッドの翼を広げ、一気に飛び上がり天井を貫いて空高く飛び上がった。
「ッ……一体何が……」
後に残されたクルトは、緋い騎神が作った穴から降り注ぐ光に目を細めながら呟いた。