英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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終章II
86話 カレル離宮


 

12月31日——

 

翌日、にわか雪が降り道に少し雪が積もる中……リィンとヴァリマールは学院のグラウンドで完成したゼムリアストーン製の太刀を受け取っていた。

 

「——これがゼムリアストーンを加工した“騎神用の太刀”ですか」

 

「フン、その通りだ。 特殊な形状のため精錬と加工は困難を極めた。 そこの偏屈な弟子がいなければ完成はしなかっただろう」

 

「アンタにだけは偏屈なんて言われたくないんですがね……」

 

「ハハ……確かに」

 

シュミット博士の傲慢的な言いように、マカロフ教官は聞き慣れたような顔をする。 それはともかく、リィン達はジョルジュに引き続きマカロフ教官も博士の弟子だった事実に驚きを隠せない。

 

「大変だったんですねー」

 

「まあ、昔の話さ」

 

「全く、貴様といい、ジョルジュといい……私の元で研鑽を積んでおれば更なる高みに登れるものを」

 

「いやぁ〜、そんな畏れ多い」

 

「ジョルジュ、はっきり言ってやれ。 アンタの傲慢で独善的な研究姿勢にはとても付いて行けませんってな」

 

「フン、それはそうと……」

 

と、そこでシュミット博士はレトに視線を向けた。

 

「イルビス、私が改修したライアット・セイバーはどうした? 久し振りに見てやろう」

 

「ウルグラの事ですか? それならここに……」

 

パチン、と指を鳴らすと……レトの背後に銀色の獅子ウルグラが出現した。 ウルグラはシュミット博士に向かって威嚇しながら唸りだす。

 

「グルル……!」

 

「どうどう……」

 

「組み込んだ自立思考は良し悪しを判断するようになったか。 中々面白い成長をしているな。 マルチアクセラレータも発想としては悪くない……聞けば今所有している武器はお前が作ったそうだな?」

 

「ええ、まあ。 錬金術でですけど……」

 

「あの物質構成変換術か。 過程はともかく、武具の出来は及第点と言ったところか」

 

「ど、どうも〜……」

 

シュミット博士の性格から及第点を貰えるだけマシなのだが、ジョルジュとマカロフ教官に向けられた視線がレト自身に向けられているようで、内心ビクビクしていた。

 

まあ色々あったが、リィンは改めて太刀を手にし……準備が整い、決戦に迎え学生達をグラウンドに召集した。 生徒、教員全員が有角の獅子が描かれた腕章を身につけながら……

 

「トールズ士官学院、全学院生——集合しました」

 

「……うむ」

 

代表として、トワが前に出て報告をし、報告を受けたヴァンダイク学院長は短く頷く。

 

教官、学院生一同がカレイジャスを背にグランドに集い……アルフィンとヴァンダイク学院長が一歩前に出る。 学院生は少し思案した後、口を開いた。

 

「一年生、そして二年生も。 ここに居る諸君のほとんどは入学式の時に聞いた言葉を覚えているのではないかと思う」

 

入学時、ヴァンダイク学院長が生徒一同に送った言葉……その言葉は今もなお胸にあり、根付いて彼らの生きる道と術を教えてくれた。

 

「『若者よ——世の礎たれ』。 獅子戦役を平定し、本学院を設立したドライケルス大帝が遺した言葉だ。 “世”という言葉をどう捉えるか。 何をもって“礎”たる資格を持つのか。 そう問われた時、今の君達ならばそれぞれ心に思うこともあるだろう」

 

頷いて肯定もせず、目線もずらさずにただジッと、学院長の言葉を聞き入れ胸にしまう。

 

「——だが、“礎”とは決して“犠牲”と同じ意味ではない。 共に歩んでいく道を切り開き、踏み固める事であると、少なくともワシは思う。 その意味で——ワシの方から改めて贈れる言葉は一つだけだ。 必ずや生還して学院に戻り、再び春を迎え、共に巣立つこと。 そのために全身全霊と最善を、どつか尽くして欲しい——!」

 

「皆さんに空の女神と獅子心皇帝のご加護を——そしてどうか、ご無事で戻ってきてください!」

 

ヴァンダイク学院長と、エレボニア帝国皇女としての言葉ではなく、アルフィンの個人としての願いに……学院生一同は歓喜の声を上げる。

 

「巡洋艦カレイジャス——及びトールズ士官学院・全学院生。 皇帝陛下、及び囚われた方々を解放すべく出撃します!」

 

『おおっ!』

 

VII組だけではない。 トールズ学院生全ての声が響き渡り……カレイジャスは士官学院から離陸した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同日、正午——

 

最後に帝国東側を巡回した後、カレイジャスは正午から開始させる正規軍と鉄道憲兵隊による帝都解放作戦の騒ぎに便乗して帝都を通過……帝都北西部にあるカレル離宮に降り立った。

 

突入班であるVII組は艦を降り、丘の上に立つ小さな宮殿を見上げる。

 

「ここがカレル離宮……」

 

「キレーな場所だね」

 

「帝都の近くとは思えない光景だな」

 

「うん、こんなに綺麗だとは思わなかったよ……」

 

「ふぅん? 皆にはそう見えるのかな? もう十年くらい見ている景色だからなんとも思わないや」

 

「君はそうだろうが……」

 

呆れていると……甲高い笛の音と共に、街道方面から警備に当たっていた領邦軍が出てきた。

 

そこへ、他のトールズの学生が現れ武器を抜いた。

 

「ここは任せたまえ!」

 

「君達は皇帝陛下を!」

 

「分かった!」

 

「VII組A班、離宮に突入! B班はこの場を確保しつつ、状況を見ながら動くわよ!」

 

『イエス・マム!』

 

サラ教官の支持に応答しながらガイウス、アリサ、ラウラ、エマ、エリオット、そしてサラ教官B班はそれぞれの武器を抜き。

 

突入のA班であるリィン、レト、マキアス、ユーシス、フィー、ミリアムの6人は離宮に突入した。 最初に坂を登り離宮を目指し……当然、途端で警備の兵が立ち塞がる。 が、兵達はレトの姿を見ると動揺を見せ出す。

 

「あ、あなたは……!」

 

「お、皇子殿下……」

 

「や、久しぶり。 君達が悪いとは思わないし、逆に再開早々悪いんだけど——」

 

次の瞬間、彼らの背後にレトが現れ……首筋に手刀を打ち込み、気絶させた。 背後に回ったレトは分け身らしく、気絶を確認すると直ぐに消えてしまった。

 

「彼らはもしかして……?」

 

「うん。 僕がここにいた頃から離宮を警備していた人達。 命令で侍女共に無闇な接触は禁じられていたけど……中に良くしてくれた人もいる。 この人達は違うけど……」

 

「そいつらと鉢合わせした時、お前は今のような事をするのか?」

 

「……うん。 それが領邦軍の兵としての仕事だし、仕方ない。 早く行こう……時間が経つにつれて防御が硬くなる」

 

「あ、ああ……」

 

リィンとマキアス以上に、レトも思う所があるのだろう……居ても立っても居られずに先走る気持ちを抑えながら離宮に突入した。

 

「思ったよりも広いな……」

 

「ああ、さすがに砦ほどの規模じゃなさそうだ」

 

「この離宮に牢屋はないし、囚われているとしたら3階奥の大広間だと思う」

 

と、そこへ軍用魔獣を連れて領邦軍の兵が現れた。

 

「貴様ら! ここがどこだと思っている!」

 

「下がれ——不敬であるぞ!」

 

「くっ……どちらが不敬だ!」

 

「あはは、そうだよねー」

 

「……見た事のない顔だね。 人の家を踏みにじってそんな獣を入れるなんて——とっとと出て行け」

 

「フシャー!」

 

「なっ!?」

 

思った以上にお怒りのようで、自分でも無自覚に汚い言葉が出てしまい、敵の隊長も罵倒されるとは思ってもみなかった。

 

「交戦開始」

 

「行っくよー! ビーーム!!」

 

交戦開始早々にアガートラムの目から水色のレーザーが照射、床を抉って土煙を上げる。 敵が土煙により動きを止めている隙に……

 

「弐の型——疾風!」

 

リィンが高速で移動しながら1人ずつ斬りつけ……

 

「そこだっ!」

 

「よっ」

 

マキアスとフィーが左右から銃撃を放ち1箇所纏め……

 

「せいっ!」

 

「ふっ」

 

ユーシスが人間に対して峰打ちを、レトが魔獣に対して容赦なく斬り裂き。 あっという間に制圧した。

 

「こんなものかな」

 

「まあ、情報で聞いた通りの練度だねー」

 

「さて、気を取り直して行こう」

 

「ああ」

 

「分かった……!」

 

勝利の余韻もなく早速2階に上がり、右折して3階を目指そうとすると……3階に上がる階段の前に数十人の兵と魔獣、そして結社の人形兵器が立ち塞がっていた。

 

「……かなりの人数。 突破は難しいかも」

 

「それなら左側から回ろう。 そこから大広間に行くルートを知ってる」

 

「よし、ならそこから行こう」

 

レト達は広間まで引き返し、反対側から3階に上がった。 警備が全くいない事から囚われているエリゼ達は間違いなく大広間にいるだろう。

 

「おいレト、皇族の私室や賓客室がある西側から直接東側に続く通路はないはずだ」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ、玄関口の広間を経由しなければ行き来は出来ん」

 

「だけど……あるんだよねぇ、実は」

 

「へぇー、そうなんだー!」

 

そうこうしているうちに簡単に3階に到着した。

 

皇族の方や来賓しか使用する事がないからか、廊下には数えるくらいの扉しかなかった。

 

「っと……ここ、ここ。 ここから行けるよ」

 

「……ここから大広間に?」

 

「ナァー」

 

その中の1つ……最奥の一歩手前でレトは足を止めた。 するとルーシェはレトの肩から飛び降りると、扉の下にあった小さな扉から入って行った。

 

「もしかして……ここが?」

 

「うん。 僕の部屋だよ」

 

レトは鍵を取り出すと扉の施錠を開き、そのまま部屋に入る。 何故今レトの自室に来たのかは分からないが、とにかくリィン達も後に続く。

 

「こ、これは……」

 

「うわぁーー! 広ーーいっ!!」

 

「……景色もいいね」

 

部屋は学院の教室と同じくらいの大きさで、3階にある事から外の景色も良く見える。 ルーシェは天幕付きのレトのベットの隣にある、猫用のベットで丸まっていた。

 

「……ルーシェ、緊張感ないね」

 

「ナオ〜ン」

 

「そして呆れるくらいの本の数だな」

 

「色んなジャンルがあるんだな。 もしかしてこれ全部を読んだのか?」

 

「あはは、ここに閉じ込められている時の趣味娯楽なんて読書くらいだからね」

 

こんな時でなかったら友人として招き入れたかったが……それに加え、ゆっくりもしてはいられない。

 

「さてと……」

 

「レト?」

 

レトは家具類が何も置かれていない壁に向かって歩き、付けられていた燭台に手を伸ばし……真上に押し込むと、壁の一部が凹むで沈み、隠されていた通路が出てきた。

 

「なっ!?」

 

「……隠し扉」

 

「避暑地であっても思いがけない事態がおこる事だってある。 離宮にはこういう仕掛けが多数あるんだ。 と言っても、知ってるのは僕くらいだけど」

 

長年このカレル離宮に閉じ込められていたレトしか知らない秘密……皮肉にもレトはこの時だけは閉じ込められた事に感謝した。

 

「ここから東側の3階、大広間前に出れるよ。 そこには確実に護衛がいるから……皆、準備しておいてね」

 

「分かった」

 

「それじゃあ、レッツゴー!」

 

そして隠し扉を通り抜けようとするが……先程通った通路よりもかなり高さも幅も狭く……レト達は横歩き状態で通り抜ける。

 

「せ、狭いな……」

 

「脱出用の通路だからね。 ダクトを潜るよりはマシでしょ?」

 

「それはそうだが……」

 

「……どっちもどっち、だね」

 

レト達には狭いが、フィーとミリアムはスイスイと進んでいく。

 

「お、見えたよ」

 

しばらくして、少し開けた空間に辿り着いた。

 

「ふぅ……抜けられた……」

 

「この先が大広間の前……準備はいい?」

 

ja(ヤー)

 

「問題ない。 行くぞ」

 

この先に大広間がある……レトは壁に付けられていたレバーを下げ、扉を開き。 武器を抜きながら飛び出した。

 

「なっ!?」

 

「な、何故そのような場所から!?」

 

「さて、何故でしょう?」

 

「答えは寝てからねー!」

 

相手にしてみれば思いがけない事態、レト達は一気に奇襲を仕掛けた。

 

今回は相手の意表をついたため、一気に攻め落とし制圧した。

 

「ふぅ、思った以上に楽に倒せたな」

 

「こんな所に道があるなんて思ってもみなかったんだろう」

 

「……結構騒がしかったみたい。 後ろから増援が来そう」

 

フィーの言う通り、正規の通路の先から複数の足音が聞こえてくる。

 

「一々相手にしている隙はないぞ」

 

「大広間に突入したら、外から扉を開かないようにしておこう」

 

「——よし……行こう」

 

手早く準備を整えてから大きな扉を開け、大広間に入った。

 


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