英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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81話 前触れ

12月25日——

 

「…………ん……」

 

作戦決行当日にして作戦開始10分前……その時刻に、ベットで横になっていたレトが目を覚ました。

 

「……ここは……」

 

「目が覚めたようね」

 

まず最初に視界に飛び込んできたのはセリーヌ。 枕元から顔を覗き込んでいるためかなり近かった。

 

「セリーヌ……?」

 

「尋常じゃない回復力。 まさか作戦決行間近で目覚めるなんて」

 

「これも“古のアルノールの血”がなせるのでしょう」

 

そう言うとセリーヌはベットを飛び降り、医務室から出て行った。 恐らくレトが目を覚めたことを伝えに行ったのだろう。

 

「レトさん、これを。 霊力の回復を早める薬です」

 

「……ありがとう」

 

エマから手渡されたのは緑色の液体が入ったコップ……見た目の色はアレだが、ドロドロしている訳でもなく野菜ジュースと思い口に含むと……

 

「ゴホッゴホッ! な、何これ……?」

 

「ふふ、かぼちゃジュースとでも思ってましたか?」

 

「良薬口に苦しよ」

 

味はそんなによく無く、咽せて思わず吐き出しそうになったが……何とか飲み込んだ。 と、ちょうどそこへセリーヌがジョルジュを連れて戻ってきた。

 

「良かった、目が覚めたんだね」

 

「まあ、なんとか。 他の皆は?」

 

「……今は、皆さんある作戦を決行している最中なんです」

 

エマはレトが気絶してから起きた経緯を詳しく説明した。

 

やはりリィン達とアルフィンや第四機甲師団、鉄道憲兵隊もこの事件を起こしたアルバレア公を許すわけには行かず。 協力してアルバレア公の逮捕を決行したようだ。

 

「それで今日……と言いますか今現在、作戦が開始されています」

 

「! それ本当!?」

 

それを聞くとレトはすぐに飛び起き、壁に掛けてあった上着を手に取る。

 

「ちょ、どこ行くのよ!」

 

「僕もリィン達と合流する。 流石の僕もキレた……アルバレア公をぶん殴ってくる」

 

「お、落ち着いて下さい! まだ霊力の回復が充分な状態で騎神に乗るのは危険です!」

 

「テスタ=ロッサもまだ目覚めてない……行っても足手まといになるだけだ」

 

「っ……」

 

テスタ=ロッサが動けないと知りレトは踏み止まる。 本来ならレトの身一つで事足りるのだが、レトはテスタ=ロッサで殲滅する事しか頭になかった。

 

「第四機甲師団と鉄道憲兵隊の協力もあり、戦局はこちらが有利だ。 今君が行っても蛇足にしかならない」

 

「それでも……!」

 

「今は抑えて下さい、レトさん。 今の不安定な状態のレトさんが行ってはそれこそ……」

 

「それでも!」

 

「——兄様!!」

 

エマ達の静止を振り切ろうと歩き出そうとした時……アルフィンが医務室に飛び込むように入り、レトを視界に捉えると一目散に駆け寄り抱きしめてきた。

 

「あ……」

 

「焼き討ちがその場にいませんでしたが、わたくしには兄様のお気持ちは痛い程分かります。 しかし、それで兄様まで危険な目にあってしまっては、わたくしは……」

 

「アルフィン……」

 

「皇女殿下……」

 

アルフィンの説得とも取れる本音に……血が上っていた頭が急速に冷え、次第に周りが見え冷静になって行く。

 

そして丁度いい高さにあったアルフィンの頭を優しく撫でる。

 

「ごめん、アルフィン……少し落ち着いたよ」

 

「……グスッ……兄様の、バカ……」

 

(……なんでしょう……この関係をどこかで見たような?)

 

(あの2人並みの空気ね……)

 

(あはは……)

 

2人のやりとりを見て、どこか居心地が悪い表情をするエマとセリーヌ。

 

結局、レトは絶対安静となり、アルフィン達はレトを残し医療室を後にした。 残されたレトはベットに横になってボーッと天井を見上げていた。

 

「暇だなぁ……」

 

「——患者さん。 触診の時間ですよ」

 

「……どっかから湧いて出てきたかは、聞くだけ無駄だね」

 

時折、外から戦闘音が微かに聞こえる、何もできないもどかしさがある中……いつの間にかデスクのイスに白衣を着た少年……カンパネルが座っていた。

 

それを目にしてレトは特に無反応だった。この艦にセキュリティがあったとしても、奴にとってはないも同然。 無駄に喚くより大人しくしていた方が身にも優しい。

 

「何かあったの? 身体にダメージを受けているみたいだけど」

 

「いやぁ〜、支援課の人達にボコボコにされちゃってねぇ。 日頃の運動不足を痛感しちゃったよ」

 

「よく言うよ。 そのせいで僕と同じく療養中で暇なの? それと何で度々僕に絡んでくるの。 いい加減鬱陶しい」

 

リベール滞在時もそうだったが、帝国に帰国時もカンパネルラは事あるごとにレトに接触、絡んできていた。 今回のような直接的にも、RF社でのイタズラのような間接的にも。

 

「いい加減諦めてくれない? 僕は何があったとしても結社に組しないよ」

 

「アハハ、僕は君が気に入っているからちょくちょく会いに行ってちょっかいを出すんだよ」

 

「うわ、すごい迷惑」

 

「アハハハハッ!」

 

嫌な顔をするレトに対し、笑って誤魔化すカンパネルラ。

 

「それにしても、ここの領主は過激だよね。 まさか自分の領地を焼いちゃうなんて……《ハーメルの悲劇》を起こした軍人達も同じ気持ちでやったのかなぁ?」

 

「…………そうかもしれない。 動機は全然違うけど、許されない事は同じ」

 

「君も大概に大変だねえ」

 

「同情を装って誘うのもやめて」

 

と、そこでカンパネルラは大袈裟に手を叩いた。

 

「あぁ、そうだった。 僕がここにきた本題を忘れていたよ」

 

カンパネルラは懐から1枚の封筒取り出し、レトに投げてきた。 受け取って見ると、それは招待状だった。

 

封を開けて中を見ると……あのラウラ達が行なっている実験、その最終実験を行う日程と場所が記載されていた。

 

「通信でもよかったけど、それじゃあ味気ないから招待状を用意したよ。 実験開始予定日は12月29日の正午。 場所はブリオニア島……立会いとして僕もいるからね」

 

「………………」

 

「まあ、思う所はあるよね。 でもこう考えれもいいじゃない……思い人がいっぱいいてハーレム状態だー、って」

 

「——出来ると思っているの?」

 

冗談気味にカンパネルラは言ったが、レトの刃のように鋭い剣幕とマジ返しにたじろいでしまう。

 

「ま、まあ……彼女達に自我が出来てから面白くなってきているし、君さえ実験に協力してくれれば悪い事にはならない。 それだけは——約束すると、盟主の名に賭けて誓おう」

 

「………………」

 

説明通り、招待状に同じ内容が記載されている。 この実験に参加しなければ……ラウラ達8人が殺処分されてしまう。 レトとは無関係とはいえ、無視できなかった。

 

そして、カンパネルラが《盟主》の名を出した。 その名を出したからには、約束を違える事はないだろう。

 

「分かった。 必ず行くと伝えておいて」

 

「それは良かった。 僕も無抵抗のまま消されて行く少女達を見るのは気が進まないからね。 それと……そろそろ幻焔計画も第二段階に移行する。 “虚ろなる幻”を持って、帝国の焔を呼び起こす形でね」

 

言い終わると指を鳴らし、風が吹いてカンパネルラを中心に渦がまく。 そして……カンパネルラは音もなく消えてしまった。

 

しばらくした後、レトは改めてベットに横たわる。

 

「……やるしかない、か……」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

12月26日——

 

リィン達がアルバレア公の拘束を成功させた事でバリアハートが解放され、カレイジャスは物資補給のためバリアハート空港に着陸……そしていつも通り、トールズ一同は休息を取っていた。

 

「もう身体は大丈夫なの、テスタ=ロッサ?」

 

『ああ。 (ケルン)に少々ダメージを受けたが、身体の外傷はそれほど無かった。 問題なく動けるだろう』

 

格納庫でヴァリマールと対面する形で立っているテスタ=ロッサを見上げるレト。 先の戦闘で大事に至らなかった事を聞き、レトはホッと一安心する。

 

「良かった……僕のせいであんな事になっちゃったから、心配してたんだ」

 

『いや、あれは寧ろ我のせいだろう。 我の中に残留している魔人の因子……あれが不安定になったそなたの精神にフィードバックされ、それに魔剣の力も加わってしまった……』

 

「それもあるかもしれないけど、結局は僕の心の未熟さが原因。 怒りに囚われて隙を見せ、そこを“紅蓮の魔人”に付け入れられた……自分の未熟を痛感するよ。《剣帝》なんて名ばかりだ」

 

落ち込みながら溜息をつき、次いで大きく息を吸い込んで、レトは力強い眼をしてテスタ=ロッサを見上げる。

 

「テスタ=ロッサ。 近いうちに決着をつけなくちゃいけない相手が現れる。 力を貸してくれるかい?」

 

『よかろう、我が起動者よ。 存分に振るうが良い』

 

テスタ=ロッサは頷き、ヴァリマールと共に休眠状態に戻った。

 

その後、レトは鈍った身体を動かすために艦を出て、バリアハートの町を見回りながら散歩する。

 

ケルディックでの事件が少なからず影響しているようで、どこか街の雰囲気が悪くなっていた。 しばらくして貴族街に向かうと……

 

「ここにいたのか」

 

「あ、レトさん!」

 

木陰のベンチに座って休んでいるエマを見つけた。 エマは寄ってきたレトを見つめ……ホッと息を吐いた。

 

「もう霊力は充分のようですね。 一先ず安心しました」

 

「霊力が少なくなっているなんて、あんまり実感はないけど……エマがそう言うなら大丈夫なんだろうね」

 

騎神のダメージが起動者にフィードバックされるが、霊力が無くなった時の症状はあまり心身に現れていない。 霊力が無くなるといえば騎神が動かなくなる事くらいである。

 

「もうあまり無茶はしないでくださいね。 テスタ=ロッサに残っている“紅蓮の魔人”の因子はレトの負の感情に反応します。 それに加えて《外の理》の力を持つ魔剣の影響力もあります……リィンさんが持つ《鬼の力》よりもっと危険です。 重々気をつけてください」

 

「了ー解っ。 危険って事は身をもって知っているからね」

 

「本当に分かっているんですか……?」

 

あっけらかんとするレトにエマは頭を悩ませる。 と、そこでふと、エマはレトをジッと見つめ出した。

 

「……レトさんの髪にかかっていた髪の色を変色させる魔術……魔剣の影響でもう解けかけていますね」

 

「え、そうなの?」

 

「恐らくその魔術をかけたのはおばあちゃん……私達、魔女の長です。 しかし、いくら強力とはいえ《外の理》の力で弱まっています」

 

「って事は、そろそろこの髪色ともおさらばって事かな。 分かってたとはいえ、少し寂しかな」

 

元々自分は母親に似た、金糸のような金髪であるのは知っているが……それでも長年橙色の髪だったので、名残惜しそうに前髪を触るレト。

 

そして、レトは軽く息を吸った後、改めてエマの方を見る。 どうやらエマを探していた理由で、本題に入るようだ。

 

「急な頼みで悪いんだけど……エマにお願いしたい事があるんだ」

 

「え、お願い、ですか?」

 

突然のお願いにエマは驚く中、レトは静かに頷きながら口を開いた。

 

「うん。 エマにしか頼めないんだ。 皆には……特にラウラには絶対にないしょにしてほしい」

 

レトはお願いしたい事を淡々と告げると……次第に、エマの表情が驚きに変わって行く。

 

「……そ、それは本当ですか!?」

 

「……うん。 冗談なら良かったんだけどね」

 

「………………」

 

愛想笑いをするレト。 そんな中、エマは少しの間考え込み……ゆっくりと頷いた。

 

「分かりました……お引き受けします。 でも、後になったらまたラウラさんに怒られますよ?」

 

「その時はその時さ」

 

「——レト、エマ!」

 

その時、2人の元にラウラが走ってきた。 息を切らすラウラの姿に、2人は首を傾げる。

 

「ラウラさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」

 

「ふう……そなた達と連絡が取れないから探しに来たのだ。 まあよい。 早く艦に戻って欲しいとトワ会長が。 なにやらクロスベルで起こったらしい」

 

「クロスベルで?」

 

詳しい事情を聞くため、3人はカレイジャスに向かって走り出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

バリアハートから飛び立ったカレイジャスは路線沿いに北上した後、今度は大陸横断鉄道を沿ってクロスベル方面へ飛翔する。

 

レト達VII組一同はクロスベルの変化見るため、カレイジャスが高速で飛ぶ中、甲板の上いた。

 

「うっ……さすがに風が強いわね」

 

「大丈夫か、アリサ?」

 

「ええ、なんとか……」

 

「あ、クロスベル方面が見えてきたよ」

 

風に煽られて足元がおぼつかないアリサに、リィンが手を差し伸べる。 その内にカレイジャスはガレリア要塞跡地の上空へ……そして、クロスベルが肉眼で見える地点に到着する。

 

「なにやら向こうの空がほんのり光っているが——」

 

(……肌がピリピリする……)

 

そして、レト達の前に映った光景は……

 

「な……!?」

 

「な、何よ、あれ……!?」

 

「ま、前に見かけた蒼い障壁は消えているみたいだけど……」

 

進行方向正面、クロスベルの地には……青白い光を放つ大樹が聳え立っていた。 以前にクロスベルの街を囲っていた結界の姿は形と無くなり、代わりに天に届くほど高い大樹があった。

 

リィン達が大樹を前にして驚きを露わにする中……レトは静かに大樹を睨みつける。

 

(……虚ろなる幻を持って、帝国の焔を呼び起こす……この大樹の出現を機に、結社が帝国で動き始める……内戦が動くかもしれない)

 


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