英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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79話 七十七柱の一

 

深夜……レト達はパルムで行方不明になった住民の手掛かりである魔物を追いかけ、南サザーランド街道を北上していた。

 

真っ暗な街道を道脇にある魔獣避けの導力灯沿いに走る中、上空を浮遊するミラージュバンシーに視線を向ける。

 

「予想だけど、恐らくあの魔物が人に取り憑いて、どこかに誘導していたんだと思う」

 

「奴らが一連の事件の犯人なんだろうか?」

 

「分からん。 だが、無関係ではないだろうな」

 

「は、早く終わらせよーー!!」

 

しばらく走り続け……そろそろセントアークに到着しようとした頃にミラージュバンシーは街道から逸れ、そしてレト達は街道外れにある広間に到着した。

 

「ここは……街道から外れた所こんな場所があるとは」

 

「……線路が引いてあるな。 ここは恐らく鉄道憲兵隊が管理しているのだろう」

 

「そだよ、ここはTMPが所有している鉄道路線だね。 帝国の各要所に同じ場所があるよ」

 

「そして……」

 

広間の中心、そこに何人もの人が倒れていた。 それを数体のミラージュバンシーが見張るように取り囲んでいた。

 

「パルムで行方不明になった人達!」

 

「ここに集められていたのか……早く助け出すとしよう」

 

「…………! 待って!」

 

異変に気付いたレトが静止の声を上げると……レト達の前の空間が歪み始め、そこから身の丈3アージュを有する半人半魚……人魚の姿をし、三又の槍、トライデントを持った魔物……悪魔が現れた。

 

「うわああーー!!」

 

「こ、これは……」

 

「まるで御伽噺に出てくるマーメイド……しかし、何て禍々しい姿をしているのだ……!」

 

「七耀教会の聖典にも記されている七十七柱の悪魔……こんなものが出てきているなんて! 皆、気を付けて! やられると魂が抜き取られて喰われるから!」

 

「レト! それなら彼らは無事なのか!?」

 

「まだ手下である眷属を街に放っていた事から……恐らくは」

 

「ひえぇ〜……」

 

「まさしく悪魔か……」

 

気圧されるもそれぞれの得物を抜き、人魚の魔物……ウェパールと対面する。 ウェパールはトライデントを頭上に掲げ回転させると、渦潮が巻き起こり。 レト達に向けて投擲、水の竜巻を起こした。

 

「来るぞ!」

 

「ガーちゃん、バリアー!」

 

アルティウムバリア——アガートラムが前に出ると腕を交差して障壁を展開、襲いかかった竜巻を受け止め……勢いが弱まると霧散して消えた。

 

それを見届けると即座にレト達が地を蹴り、ウェパールに向かって駆け出す。

 

「せいっ!」

 

「はあっ!」

 

ユーシスとラウラが斬りかかるとウェパールはトライデントを構え、2つの剣を受け止める。

 

その間、レトが頭上を飛び越えて背後を取り、振り返り側に槍を振り抜こうとすると……

 

「ぶっ……!」

 

尾びれが鞭のようにしなり、レトの顔面に当たりはたき飛ばした。

 

「レト!」

 

「ってて、油断した……」

 

「——ええい! グランドプレス!」

 

ラウラとユーシスが押され、弾き返され離れた瞬間を狙い……地のアーツを発動させたミリアム。 ウェパールの足元がひび割れていき、爆発するように弾け飛んだ。

 

胸に手を当て……歌い始めた。 その歌は聞くだけでまるで魂を揺さぶられるような気分に陥り……全身の力が入らなくなってしまう。

 

「う、歌だと……?」

 

「……力が抜けるよぉ……」

 

「小賢しい真似を……!」

 

「………………」

 

両手を地に着き支える事で何とか倒れまいとするが、その無防備な彼らの前にウェパールはトライデントを片手に近寄ってくる。 すると……

 

「——スパークアロー」

 

目を閉じ集中していたレトの呟きとともに駆動と同時に発動した風のアーツ。 緑の雷が矢となって飛び、ウェパールを貫いた。

 

それにより歌の力は失い、力を取り戻したレト達は立ち上がると体勢を立て直すため後退して距離を取る。

 

「ふぅ、アーツが発動できてよかった」

 

「手間をかけさせたな」

 

「さあて、反撃だよ!」

 

仕切り直し、警戒を強める。 ウェパールはトライデントを眼前に構え力を溜め始めた。

 

「そうはさせぬ!」

 

阻止しようために走りだそうとすると……その行く手を数体のミラージュバンシーが真上から降りて塞いできた。

 

「そこを退け!」

 

「邪魔だ——せいやあっ!!」

 

洸閃牙——以前、(不本意ながら)蜘蛛の巣の中で回転した経験と研鑽を経て洸円牙が進化した剣技。 ラウラを中心に大きな渦が巻き……全てのミラージュバンシーを引き寄せ、回転斬りを放った。 それにより、ミラージュバンシーは薙ぎ払われ、一掃された。

 

だが、捨て身の時間稼ぎは成功してしまい、ウェパールはトライデントを地面に突き刺すと大地が横に地割れし……そこから大量の水が溢れ、濁流となって襲いかかってきた。

 

「これは……!」

 

「流石に防ぎきれないかも……」

 

「——させるか!」

 

ユーシスは迫り来る濁流に手をかざし……凍りつかせた。

 

プレシャスソード——剣を一閃させ、凍りつかせた氷を砕き破片がウェパールを襲う。

 

「行くよ……」

 

その間に、目を閉じて集中していたレトがアークスを駆動させており……

 

「……ロストアーツ発動——ロストオブエデン!!」

 

聖なる光のごとくアークスが輝きながら発動したのは時・空・幻の三属性をを持つ「聖」を象徴する失われた魔法。

 

上空から巨大な魔力を有した剣がウェパールを中心に降り注ぎ、大地に巨大な魔法陣を描く。 そして溢れ出そうとする力が羽となって舞い……陣から七色の柱が立ち上った。

 

その衝撃波凄まじく、光の柱が消えるとウェパールはトライデントを地面に突き刺しそれを支えにして立っていた。

 

「よし!」

 

「一気に決めるよー!」

 

ロストアーツによりウェパールは大きなダメージを負った。 それを見たレト達は一気に畳みかけようとした時……突然ウェパールはレト達に背を向けた。 その後ろには……気絶しているパルムの住民達。

 

「! まずい、彼らの魂を喰らう事で回復する気だ!」

 

「くっ……やらせはしない!」

 

阻止しようと駆け出すが……そ行く手をミラージュバンシーが塞ぐ。 突破しようと試みるも……その間にウェパールは住民の元にたどり着き、1人の男性に手をかざす。

 

「しまった……!」

 

「やめろーー!!」

 

その手が胸を貫き、魂だけを取り出そうとした時……風を切る音が聞こえてくると、次の瞬間……ウェパールの手の甲に2本のナイフが突き刺さった。

 

「えっ!?」

 

「一体何が……」

 

「——せいっ!!」

 

突然の出来事に驚愕する中、分け身を使ったレトはウェパールの頭上を取り……槍を振り下ろして手を切り、真下に構えていた3人目のレトが受け止め距離を取り……

 

「はああああっ!!」

 

4人目のレトが石突きで思いっきり殴り飛ばし、他の市民が狙われないように突き放した。 ラウラ達も手下を倒して陣形を組み直す中、本体のレトが落ちた2本のナイフを手に取る。

 

「これは……ナイフだ」

 

「どこからこんなものが……」

 

「この暗闇の中で正確に手だけを狙うなんて……かなりの腕前だね」

 

「詮索は後だ。 今は魚もどきをなんとかするのが先決だ」

 

第三者が影からこの戦闘を見て、助太刀を入れた事に違いはないが、気を取り直しウェパールと向き合う。 ウェパールは両手を前に突き出し、レト達に向かって大量の水を勢いよく放水した。

 

水が迫る中……レトは自ら飛び出しながら左手を突き出し、現れた黄金の魔剣の柄を掴み強く握りしめる。

 

「行くよ——ケルンバイター!!」

 

力を解放し、髪の橙色が落ち金髪に変化する中……ケルンバイターを手の中で回転させて盾とし、放水を弾きながら距離を詰める。

 

「ラウラ、ユーシス!」

 

「承知!」

 

「いいだろう!」

 

レトが正面から突っ込む中、ラウラとユーシスが左右から接近し……

 

「ふっ!/せいっ!/はっ!」

 

3つの剣筋が胴体に六花(アスタリスク)のように刻まれ……ウェパールは断末魔を上げながら消滅した。

 

「ふぅ……疲れた」

 

「何とかなったか……」

 

「ああ、これで事件も解決か」

 

ちょうどそこで空も白くなり始めた頃に決着がついた。 軽く一息ついた後、レト達は気絶している行方不明者の元に向かった。 そこで先にミリアムが彼らの様子を見ていた。

 

「連れ去られた行方不明者の様子はどうだ?」

 

「外的傷害はないけど、かなり疲労しているね」

 

「魂までは喰われなかったけど、人が生きるために必要な生気は喰われていたみたいだね。 七耀教会に連れて行こう、この手については教会に頼るのが一番だ」

 

「——うっ……」

 

その時、先ほど食べられそうになった男性が目を覚ました。 恐らくウェパールが魂魄を喰らうために精神を揺らしたお陰で意識を取り戻せたようだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……」

 

「知識はハッキリしているようだな。

 

「我らはそなた達の行方を追いかけて来た者だ。 己の身に何が起きたか覚えているか?」

 

「…………川で染物を洗っていると、いきなり視界が揺れて……それで……」

 

「そうか……」

 

次第に意識が明確になり、男性は立ち上がってレト達に頭を軽く下げる。

 

「俺はエアルという。 助けてくれて感謝する」

 

「礼には及ばん」

 

「エアルさん。 体調に何か違和感はありませんか? どんな些細な事でも構いません」

 

「あ、ああ……少し気だるいが、問題は——」

 

危うく魂が喰われる所だった。 レトは異常がないかを確認しようとすると……エアルはレトが持っていたナイフを見て、驚くように目を見開いた。

 

「そ、それは……」

 

「…………? このナイフに見覚えが?」

 

「あ、ああ……それは娘が使っているナイフだ。 その指に挟みやすくする為に両内側が凹んでいる柄……間違いない」

 

「で、でもどこにもあの子の姿なんてないし……」

 

「まさか……数アージュ離れた距離から投擲したのか?」

 

武器を投げる行為は思っている以上に難しい。 的外れの場所に飛べば手ぶらになり、逆に危険になってしまう。 それがあの気弱そうな少女によって行われた事にユーシスは半信半疑になる。

 

「妻子と会ったという事は……娘が織物職人という事は知っているな?」

 

「う、うん。 かなり集中してた」

 

「機織り機で使われる杼……あれを使う要領で自然と使えるようになったそうだ」

 

「……馬鹿げた話だな」

 

「——ルキア! どこかにいるんだろう? もう安全だから出てきなさい!」

 

杼……シャトルの形状はナイフに似てなくもない。 そんな事より、エアルが無理をして大きな声で娘に呼びかけると……ルキアは岩の上からひょっこりと出てきた。

 

「あんな所に……10アージュは離れているぞ」

 

「強ち、機織りで得られた戦い方も侮れないというわけだね」

 

「剣の道にも様々な枝分かれがある……あり得ない話ではないのだろう」

 

ルキアは岩から滑り降り、パタパタと小走りに駆け寄ってきた。

 

「パパ、大丈夫?」

 

「ああ、心配をかけたな」

 

父の身の心配をしているようだが、気が弱い割にあまり動揺してなかった。 思いのほか胆力があるようだ。

 

「へぇ〜、意外と度胸があるんだね」

 

「あの悪魔を前にしても怯える事なく、正確で見事な直線を描いた投擲……中々出来る事ではない」

 

「さて……そろそろ帰るとしようか」

 

「ああ、行くとしよう」

 

意外な一面を垣間見るも、レト達は目を覚まし始めた市民を連れてその場を後にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

日が昇りかけた頃に、レト達は気絶した市民をパルムに連れ帰った。 念のため七耀教会で検査してもらい、異常がない事を確認し……ようやく一安心した。

 

「これで依頼は完了……皆、お疲れさま」

 

「ふぅ、何とかなったねー」

 

「よく言う。 終始震え上がっていただろう」

 

「あー! ユーシスそんな事言うんだー!」

 

抱きつこうとするミリアムを避ける続けるユーシス。 その光景をその場の人達が微笑ましそうに見る中……ルキアとヘレナがレトとラウラの元に歩み寄って来た。

 

「皆さん、夫を救っていただきありがとうございます。 加えて娘についてもご迷惑をおかけして……」

 

「気にしないで下さい。 彼女がいなかったらエアルさんは助けられませんでした」

 

「そうですか……機織りにしか脳がないあの子に出来た変な特技だったのですが、助けになれたのなら幸いです」

 

「酷いよ、ママ」

 

「ふふ……感謝している、ルキア」

 

若干酷い事を言っているが……危ない所をルキアに助けられたのは事実。 ラウラはクスリと笑いながらお礼を言った。

 

その後、行方不明者が手当てが進み、ひと段落した所でレトは教会内を見回す。

 

「しかしこの状況……この帝国もかなり危なくなって来ているね」

 

「あの聖典に記されている悪魔の出現か?」

 

「うん。 今回はただ迷い込んで餌を探していただけだけど……内戦を皮切りにこの帝国は歪み始めている」

 

「それは……」

 

表では内戦。 裏では魔獣の異常行動、幻獣や悪魔の出現……恐らくこの2つは無関係ではない。

 

「このパルムも、ずっとここのままではいられないかもしれない」

 

「今のままじゃいられない……」

 

「酷な話かもしれんが……内戦が行き着く先には、そうなる可能性も少なくはない」

 

「………………」

 

話を聞いていたルキアは思うことがあり、考え込むように俯き……少しした後、ポツリと呟く。

 

「変わらないと……ダメなのでしょうか」

 

「……この先、確実に帝国は変貌する。 その流れに乗るか逆らうかは、僕達次第だ」

 

「私達、次第……」

 

「あんまり深く考えなくてもいいと思うよー?」

 

「お前はもう少し考えて行動しろ」

 

そして……一同はアグリア旧道の入り口に向かい、パルムの市民に見送られる中、この地を出発する。

 

「それでは僕達はこれで失礼します」

 

「また何かがあれば気軽に呼んでくれ」

 

「ありがとうございます。 皆さんには本当に感謝しても足りないくらいです」

 

「あの……お礼に……」

 

遠慮がちにルキアから差し出されたのは1枚のケープだった。 風を模したような模様は美しつつも、目地がしっかりとしていて機能的である。

 

「わぁー、キレー!」

 

「ふむ、言葉も出ない美しさと言うのはこの事を言うのだろうか……?」

 

「私が織ったケープです。 皆さんの行く先から吹く向かい風、それから守ってくれるように……」

 

「そう……ありがとう、大事にするよ」

 

ケープは人数分あり、レト達はそれを羽織ると……とても暖かく感じられた。

 

そしてレト達はルキア達に別れを告げ、パルムの地を後にした。

 

 


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