英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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II部
72話 紅き翼


12月15日——

 

手土産と緋の騎神と共にカレイジャスに合流したレトはVII組の、トールズ士官学院全体の方針として各地を回り、内戦の動きを見極めつつトリスタ……延いては士官学院を取り戻す方針となった。

 

「…………(ガリガリ)」

 

そんな中、レトは1階の工房・船倉区画にいた。 コの字型のコンパスのような物を使い、工房の一角に敷いた板の上に円を描いていた。

 

「さて——っ!」

 

描き終わると青銅と砂を円に乗せ、両手を地面に合わせるとバチバチと電撃が迸り……電撃が治ると、陣の上には砂時計が置かれていた。

 

「ふぅ……釜と違って気を使うね。 それをぶっつけ本番で成功させるなんて……やっぱりソフィーは天才だったんだね」

 

後から出てきた汗を拭い、レトは完成した砂時計を手に取る。 そこへ興味深く、一連の工程を見ていたジョルジュが歩み寄る。

 

「今のが陣を使った錬金術かぁ。 いつもは釜をかき混ぜているイメージであんまりパッとしなかったけど、今回のはとても分かりやすかったね」

 

「はは、錬金術にパフォーマンス性を求めてませんから。 それと試してみた感じ……陣を使った物は無機物の錬成が得意で、釜を使った物は有機物の錬成が得意みたいです。適材適所で使い分けるのが一番でしょう」

 

「なるほど……中々奥が深いね」

 

錬金術は神秘に近い術だが根本は職人などの技術者と同じ、そんな技術者の1人でもあるジョルジュは関心を持っていた。

 

「錬金術について色々と学んできたみたいだけど、それ以前に共和国はどうだったんだい?」

 

「帝国に流れてくる情報通りですね。 東方人街は比較的落ち着いていましたが、それ以外の地域はどこも恐慌状態でしたね」

 

「そうか……」

 

両国の情勢はとても良くない。 どちらもこの事態をいち早く収束させ、互いの国を牽制しなければならない状況である。

 

とはいえ、今は共和国の事よりも、先にこのカレイジャスで帝国内をなんとかしなければならない。 ジョルジュと別れてレトは船倉を後した。

 

「アルフィン」

 

「あ! 兄様!!」

 

少し暇ができたレトはアルフィンに会いに貴賓室を訪れた。 貴賓室に入ると、レトはアルフィンの前に置かれた書類に視線が行った。

 

「早速やっているようだね」

 

「はい、この艦の指揮権をお兄様から一時的に士官学院生に譲渡した証を残しておくと必要がありますので」

 

「……ごめんねアルフィン、僕に皇族としての権利があれば、そんな重荷をアルフィンに背負わせる必要は無かったのに」

 

「いえ、わたくしにはこれくらいしか出来る事がありません。 ほんの僅かでも、兄様達の力になれれば幸いです」

 

「そう……」

 

小さな身体でも、今は必要以上に重荷が彼女の圧となっている。 そんな中でもいつも通り、気丈に振る舞うアルフィンの頭を撫でる。

 

「兄様……?」

 

「もし……もしかしたら、この内戦の流れでは堂々とアルフィンと一緒にいられるかもしれない。 そうなったら、アルフィンは嬉しいかい?」

 

「それは……」

 

まるで本当に可能にするように、しかし可能性と言うレトの質問にアルフィンは悩み……しっかりと頷く。

 

「当然、嬉しいです。 しかし、そうなれば兄様には今以上の重圧にかけられるかもしれません……わたくしにはそれがとても耐えられません」

 

「……そうだね、詮無き事を言った」

 

誤魔化すように頭を撫で、アルフィンは気持ち良さそうな顔をしてされるがままだった。レトは夢心地になりかけているアルフィンをゆっくりとソファーに座らせ、貴賓室を静かに出て行った。

 

次にレトが向かったのは端末室。 そこで共和国で撮り溜めていた写真をまとめていた。

 

「共和国でも結構撮ったなー。 政治や国、人とのわだかまりがあっても……自然と遺跡は変わらないからね」

 

「レト」

 

そこへマキアスが端末室に入ってきた。 マキアスは共和国の話に興味を示し、レトに写真を見せてもらった。

 

「これが東方人街か……まさしく学院祭で出てきた喫茶店のような場所だな」

 

「確かにそんな感じだったね。 服装はこことはかなり変わっていたけど」

 

「これのことか? 確かにあまり見ない服だが……涼しそうだな」

 

「“着物”っていうみたいだよ」

 

マキアスが指差したのはゆったりとした、全身を1枚の布で包み込むような服を着た男性。いわゆる民族衣装というものだろう。

 

レトとマキアスは写真を見ながら雑談を続けていると……今度はラウラが端末室に入ってきた。

 

「ここにいたか」

 

「ラウラ、何か用?」

 

「うん。 剣の稽古に付き合ってもらおうかと思ったんだが……また今度にしよう」

 

テーブルに置かれていた写真を見て、残念そうに首を振るい、ラウラはレトの隣に座った。

 

それからラウラも交えて雑談を続けるが……ふと、レトはラウラの顔をジッと見つめる。

 

「………………」

 

「…………? 私の顔に何かついているのか?」

 

レトは話すべきか迷った。 ウルスラ病院での出来事を……アルゼイド卿から誕生させられた、ある意味ラウラの姉妹とも言える少女達について。

 

これはアルゼイドの罪ではない、結社の身勝手な私欲の結果である。 だからこそ、話すべきか迷ってしまう。

 

「う、ううん……何でもないよ」

 

「ふむ、そうか」

 

結局何も話せぬまま誤魔化すしかなかった。 と、そこで唐突にトワからの艦内放送が入ってきた。

 

『艦内にいるVII組関係者に通達します。 至急、ブリッジに来てください。 繰り返します——』

 

「何かあったんだろう?」

 

「行ってみよう」

 

不思議に思いながら進めていた手を止めて後片付けをし、ブリッジに向かった。 既にトワの前には艦内にいたVII組メンバーがおり、ちょうどそこへ地上から戻ってきたリィン達がブリッジに入ってきた。

 

「あ、リィン達……」

 

「……お帰りなさい、皆さん」

 

「ただいま戻りました」

 

連絡をもらい戻ってきたようだが、トワ達の浮かない顔を見て怪訝そうにする。

 

そして、トワから語られたのは……エリオットの姉、フィオナ・クレイグが双龍橋に半ば無理矢理に連れていかれたという事だった。

 

「姉さんが……!?」

 

「ええ。 昨日、帝都から双竜橋に移送されたそうよ」

 

「人質というわけか……」

 

「たぶんガレリア要塞方面にいる《第四機甲師団》を牽制するためにさらってきたんじゃないかな」

 

「家族を人質にとるとは……さすがに卑劣すぎるだろう」

 

しかも、一連の事件に貴族連合は関わっておらず、クロイツェン連邦軍の独断……つまり、ユーシスの父が貴族連合の主導権を握るため、勝手に行ったという事。

 

「……愚かな……とうとうこのような愚行に走ったか……!」

 

「ユーシス……」

 

「で、でも……姉さんを人質にしても父さんは絶対に降伏しないと思う。 どんなに辛くても、絶対に……例え僕が人質だったとしても」

 

「オーラフ・クレイグ中将……軍人として、家族の人質で止まる男ではないと言うことか」

 

初対面の印象では先ず考えられないが、それでもエリオットの父は帝国の軍人。 豪胆な部分だけを見れば身内の人質がいてたとしても軍を進めることを止める事はないだろう。

 

重い空気のまま沈黙が続き、時間だけが過ぎようとした時……レトが口を開いた。

 

「なら、僕達で助けだそう」

 

「え……」

 

その言葉に一瞬驚いたが、すぐに気を引き締めて頷いた。

 

「ああ……そうだな」

 

「いくら戦争とはいえ、このような事は許されません」

 

「しかし、何か理由が……大義名分が必要になってくるな」

 

レト達がやろうとしている事は内戦に、正規軍と貴族連合の争いに横槍を入れること。 皇族のアルフィンが後ろ盾にいるとはいえ、理由付けは必要である。

 

「そんなの“フィオナさんを助けだす”……それじゃあダメなのかな?」

 

「いいんじゃないかしら。 ダメなら遊撃士の規約を使えばいいだけだし」

 

「……職権濫用……?」

 

「まあ、今回ばかりはいいんじゃないかしら」

 

「うん。 何にせよ、大義名分には十分だろう」

 

その後、レト達は会議室に集まりフィオナの救出作戦の案を練った。 その結果——《双龍橋》の東西の二方面から騎神をもって守りを突破し……混乱の隙を突いて突入部隊が砦に潜入するという段取りとなった。

 


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