英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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終章I
57話 学院祭・準備


どうやらA班もB班と同じくトラブルに巻き込まれたらしく、帝国解放戦線とひと騒動あったそうで……その日、帝国解放戦線の幹部全員が死亡、組織は壊滅したらしい。

 

そしてザクセン鉄鉱山と、ガレリア要塞での功績を称えられVII組のメンバーはバルフレイム宮に招かれた。 だが、そこで問題があった。 関係者しか招かれてなかったため……皇族・レミスルトの立ち位置が曖昧になってしまった。

 

本来ならリィン達と同じように椅子に座る皇帝の前で跪き頭を下げる必要がある。 だがその場にはレトの正体を知る人物のみ……結果、リィン達が跪く中、頭を下げるだけで立つ事になったりもした。 その時のセドリックとアルフィンはユーゲンス皇帝の両隣で笑いを堪えていたのであった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

10月21日——

 

また騒動に巻き込まれてしまったが何はともあれ、こうして無事に学院に戻ってこれ、レト達は学院祭の準備に追われていた。

 

学院祭を2日後に控えているも、レト達VII組は未だにステージで行うバンドの練習を続けていた。 ちなみにバントの際、レトはエリオットと一緒にキーボードを兼任している。

 

「えっと……これがいいかな?」

 

その頃、レトは学生会館にある写真部の部室の中で写真と睨み合っていた。 レトは学院祭で写真部が出す写真を選んでいた。 出し物がステージである分、準備は少ない時間で出来るのでこうして唸っていた。

 

「うーん、これじゃあダメですか?」

 

「ダメに決まっているだろう。 そんな大きな魔獣を子ども達に見せるわけにもいかないでしょう」

 

レトが差し出した四足歩行のサメの魔獣が写っている写真。 それを部長であるフィデリオは首を振って却下した。

 

先ほどからレトが見せているのは全て魔獣の写真……趣味が悪いにも程があった。

 

「たまに風景画はあるけど……なんで君は魔獣ばかり撮るんだい?」

 

「んー、離宮にいた頃は撮る物が無かったし。 兄さんにコッソリついて行って、初めて魔獣を見た時から手当たりしだい……その後はセピスにしましたけど」

 

「え……」

 

「——あ、これなんかどうですか?」

 

何か聞き捨てならない事を聞いた気がするが……操作していた導力カメラを差し出して映し出された画面を見せた。

 

写っていたのはロック=パティオだった。 下から見上げる不思議な形の岩山はとても不可思議だった。

 

「うん、これはいいね。 じゃあこれで最後にしよう」

 

「はい」

 

最後にオーケーが出て、レトは息を吐いた。 だが最後の写真はまだ導力データで実物の写真はない……レトは現像するために第3学生寮の自室に向かった。

 

「あ、レト」

 

その途中、駅前の公園のベンチで座って休んでいたエリオットと会った。

 

「やあ、エリオット。 こんな忙しい日に日向ぼっこかい?」

 

「あはは、寮に忘れ物を取りに行って、少し小休止しているだけだよ」

 

そう言いながらレトはエリオットの隣に座った。 夏も過ぎ、少し肌寒くなったこの頃の日差しはとても暖かく感じられる。

 

「そういえば今まで聞かなかったけど……レトは誰からピアノを教わったの?」

 

「兄さんからだよ。 事あるごとに色んな楽器を押し付けては教えるし、何しなくてもすぐ側で演奏してくるから身体が勝手に覚えてね……あの変態め」

 

「そ、そう……でもオリヴァルト殿下からかぁ、薔薇園で聴いたリュートの音、かなりの腕前だということは分かったよ。 あの音色はそう簡単に出せないよ」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

嫌う節があるも、やはりレトはオリヴァルトの事が好いているようだ。 だが奴はおちゃらけた人間という事からか、素直にはなれないようだ。

 

「じゃあ僕はいくね。 午後になったら旧校舎で練習の続きだから、覚悟しておいてね」

 

「う、うん」

 

少し語尾を強め、エリオットは脅すようにそう言い。 レトは気圧されながらも頷くのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

部室に現像した写真を提出し張り出した後、手持ち無沙汰となったレトは他のクラスの手伝いをしつつ学院内を歩き回っていた。

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

後ろから声が聞こえ、振り返ると……そこには“カプア”と書かれているサンバイザーを付けた、長い青緑色の髪をした女性が荷物を乗せた台車を押していた。

 

「もしかして、レトか?」

 

「あなたは……ジョゼットさんですか?」

 

お互いに知り合いのようだが、長い間会っていなかったからか名前を言って本人か確認する。

 

「久し振りだねぇ! 影の国以来かい?」

 

「はい、お互いあの時は大変でしたね」

 

「そうそう。 特にあの女王がねぇ……」

 

昔を思い出しながら2人は会話を弾ませる。

 

「そういえば今思い出したけど、ジョゼットさんも帝国出身でしたっけ? 僕は帝都出身でしたけど……ジョゼットさんは?」

 

「あぁ……うん、リーブスっていう町。 帝都の西にあって、帝都を挟んでちょうどこのトリスタと反対側にある近郊都市だよ。前に里帰りで寄って見たけど……騙されて奪われた領地は作りかけの別荘地になってたよ」

 

「それは……」

 

「いいさ、これは僕たちカプア家の失態さ。 今はこうしてカプア特急便で充実している……不満なんてないさ」

 

気にしてない風にジョゼットは笑顔でバイザーを指で弾いた。

 

「そうだ。 学院宛に複数の荷物を届けに来たんだ。 多分、学院祭で使う備品だろうね」

 

「そうだったんですか。 なら手伝いますよ」

 

レトはジョゼットの配達を手伝う事にし、学院を案内しながらスムーズに配達物を渡す事が出来た。

 

「へぇ……当たり前だけどジェニスでの学園祭にも参加出来なかったし、この後は帝国西部に向かうから参加は無理かな」

 

「ですね。 それにしても山猫号を使っているおかげか、やっぱり運送が早いですね」

 

「ウチは“最速で、お届けします、真心を”が信条だからね」

 

そして、2人は配達物を全て配り終え。 レトはすぐに次の配達に向かうジョゼットを見送っていた。

 

「やぁ、助かったよー。 お陰で早く配達を済ませることが出来たよ」

 

「このくらい当然です。 リベルアークの時、ジョゼットさん達にはお世話になりましたから」

 

「んー、迷惑かけた記憶しかない気がするんだけど……役に立てたのなら良かったよ」

 

そう言いながらジョゼットはレトに1枚の紙を渡した。 その紙には複数の数字の羅列……恐らくは導力通信の番号が書かれていた。

 

「これは?」

 

「カプア特急便の連絡先だよ。 届ける物があってもいいし、それ以外の相談も受け付けているから気軽に連絡して来てな。 こっちも皇族御用達になれば箔がつくし!」

 

「それが本音ですか……っていうか、本来僕は表に出れないんですよ?」

 

「あはは、分かってるよ。 それじゃあな!」

 

ジョゼットはテヘッと舌を出し、笑いながらトリスタ駅に入って行った。 それを見送ったレトは呆れながら息を吐いた。

 

「全く、あの人もしたたかになったものだね。 いや、あの騙されやすい兄を持てばそうもなるかな……?」

 

ヒゲを生やした豪快に笑う太めの男性を思い出しながらレトは踵を返し、再びを学院に向かうのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「おーい! こっちにテープをくれー!」

 

「はーい、ただいま!」

 

「レト君、ちょっと備品の確認してくれる?」

 

「分かりました!」

 

「レトーー!」

 

日もそろそろ暮れ始めた頃……他の学生に頼られ、走り回っているレトがいた。 だが、学生達が頼っているレトは……複数人いた。

 

つまり分け身のレト達が学院内を走り回っていた。 トールズの学生達はこの光景をもう見慣れているらしく、手品を見ている風な目でレト達を見ていた。

 

レト達が横に並ぶと同学年にいる双子の姉妹以上に似ている……というか、当然同一人物である。

 

「レト、凄く頑張っているわね」

 

「やる事がないから分け身の精度を上げる為に手伝っているらしい。 理由はともあれ一石二鳥だな」

 

「……そうなんだ」

 

「あはは! レトらしいね!」

 

レト達がアリの如く働く光景をアリサ、ラウラ、フィー、ミリアムの4人が本校舎の屋上からその活躍を見ていた。

 

「……相変わらず、変な才能の使い方だね」

 

「——“天才は変人が多い”というのがリベールでの教訓だったりする」

 

「きゃっ!?」

 

いつの間にかレトがアリサ達の背後を取っており、突然声をかけられたアリサ達は驚いた。

 

「わわっ、いつの間に!?」

 

「ふむ、まるで気付かなかった」

 

「というか、こんなに増えて疲れないの?」

 

「大丈夫だよ。 そこで1人休ませているから」

 

「それ、余計に疲れない!?」

 

レトが指差した方向にはベンチがあり、その上でレトが飲み物を片手に休んでいた。

 

分け身の原理は定かではないが、複数の体を頭1つで操るので精神にかかる負担はとても大きい。 休むのなら1人に戻った方がいいとだろう。

 

「しかし、いくら修行とはいえ長時間の分け身をしては精度が落ちていくのではないか?」

 

「そうだね。 その証拠にほら、分け身の質が維持できなくて子どもの分け身が出ちゃった」

 

「……分け身ってそういう減り方するの?」

 

「ビックリだねー」

 

フィーは言うと共に同じ身長になったレトを見て、顔に出さないも内心かなり驚いていた。

 

「相変わらず常識が通用しないわね……頭痛くなって来たわ」

 

「うん。 流石の私も驚いた」

 

「———! 全員終わったようだねっと」

 

そうこうしているとレトは立ち上がり、一息吐くと背筋を伸ばした。 どうやら手伝いが終わったようで、レトは分け身を消したようだ。

 

それと同時に正門から導力バイクに乗ったリィンとエマが帰ってくるのを見た。

 

「どうやら衣装は届いたようだし、僕達も行こうか」

 

「うん」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「へえ……悪くないんじゃない?」

 

「ふむ、露出は多めだが良いセンスをしているな」

 

「黒でお揃いなのもカッコイイ感じだよねー」

 

「……これなら悪くないかも」

 

旧校舎のホール。 リィンとエマが受け取って来た学院祭のステージ衣装に身を包んだアリサ達、一人一人細部が異なり露出もあるが許容範囲のようで特に気にしては無かった。

 

が、しかしこの4人と違い、ただ一人だけが意気消沈していた。

 

「ううっ……何だか落ち着かないです……」

 

シャロンによってコーディネートされ、眼鏡をはずし、髪を下ろしてステージ衣装を着たエマ。 露出は少ないものの、身体のラインが綺麗に浮き出ているためかかなり恥ずかしいようだ。

 

「いいんちょ、色っぽいねー!」

 

「フフ、まさかここまで華やかになるとは……」

 

「これなら成功する事間違いなしですね」

 

「ぶっちゃけエロいね」

 

「うううっ……信じた私が馬鹿でした……」

 

恥ずかしがるエマを見て、アリサは顎に手を当てて何度も頷く。

 

「うんうん、睨んだ通り、髪を解いたのは正解だったわね。 さすがシャロン、セットも完璧、グッジョブだわ!」

 

「ふふっ、恐れ入ります」

 

褒められやんわりと返すシャロンを余所に。 明日、この格好でステージに上がるのかと思うと……

 

「……もういいです……こうなったら恥も外聞も捨てて開き直るしか……」

 

「いいんちょーが壊れた!?」

 

と考えたいたエマが壊れた。 その光景を、天井近くの柱に座っていた黒猫が溜息をつきながら見ていた。

 

「へえ…みんな予想以上に似合ってるな」

 

その時、白い王子様をイメージしたステージ衣装に着替えたリィン達が歩いて来た。

 

女性陣と違い細部の違いはなく、統一感のあるステージ衣装だ。

 

「あら、そっちもいいじゃない」

 

「白い装束……古い宮廷風の意匠も入っているようだな」

 

「エセ王子っぽいけど悪くないかも」

 

「あはは、ボク達と違ってデザインは同じみたいだけどー」

 

アリサとラウラは素直に褒めるも、フィーはユーシスとマキアスが微妙に気にしていることをズバリ言ってのけた。 ミリアムに至っては指をさして笑う始末。

 

「まあ、期間も期間だったから違うデザインにはできなくてさ」

 

「野郎のステージ衣装なんざあんま凝っても仕方ねえだろ。 華は女子どもに持たせて男子はあえてお揃いにする…これぞメリハリってヤツだぜ」

 

「フフ、なるほどな」

 

「髪の色や背の高さが違うから逆に引き立つかもしれないね」

 

「…………? そういえばレトは?」

 

互いの衣装を見合わせる中、フィーがレトの姿が無いことに気付いた。

 

「ああ。 なんか用があるとかで昇降機の方に行ったぞ」

 

「ふぅん? 逃げたのかしら?」

 

「それは違うだろう。 一足先に着替え終えてから向かったからな」

 

リィン達が昇降機の部屋がある扉を見つめる中……その中にいたレトは昇降機の上に乗り、制御盤を見ていた。

 

(今いける階層は第6層。 僕の時とは違うけど……恐らくここの試練、今月中に佳境を迎えるだろうね)

 

「——なぁ」

 

レトの背後から赤に近い茶色い毛並を持つ小柄な猫、ルーシェが歩み寄り。 跳躍すると肩の上に乗った。

 

「うん。 この先帝国が……世界がどうなるかなんてわからない。 けど、僕はこの国というオーブメントのフレーム、その中に潜む歯車を見極めてみせる」

 

「にゃあー」

 

「——おーい!」

 

「レトー!」

 

そこへ、レトを呼びに来たリィンとアリサが中に入ってきた。 何故か2人は妙に焦っていた。

 

「そんな所で何してるのよ、早く来なさい。 エリオットが少し怒っているわよ」

 

「あのエリオットが怒るなんて……早く行った方がいいね」

 

「にゃ」

 

少し想像できないがこれ以上ここに止まる理由もなく、レトは駆け足で旧校舎のホールに戻るのだった。

 


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