閃3ではオルディスの他にブリオニア島やラクウェルに行けた、それが無くなるとここまで短くなってしまうなんて……
翌日——
レト達は朝から特別実習に励み、商業地区にあるリヴィエラコートという貴族向けの店にいた。
「これで……どうだ、エマ?」
「え、えっと……少しキツイですね……」
「わぁ、これカッコイイー!」
そこで、レト達は少し時期外れの水着選びをしていた。
依頼を出してきたここリヴィエラコートの店長は、来年の夏と宣伝を考え……パンフレットの作成を決めた。 そこで多種多様の若い男女がいるB班にモデルを依頼したわけで。
「なぜ俺がこんな事を……」
「まあまあ、たまにはいいじゃない」
「ふむ、学院指定の水着とは違うのだな」
店の裏方の更衣室でそれぞれ水着を選んだ。 そしてレト達は着替え終えて店内に戻ってきた。
「わあ、皆さん大変よくお似合いですよ」
「そうかな?」
「自分ではよく分からないが……」
「フン、当然だ」
3人それぞれ違うタイプなので見栄えが良いらしく、ガイウスはブーメラン、レトとユーシスはトランクスタイプの水着を着ているが……
「なぜお前は上着を着ているんだ?」
「さあ? いきなり着てくれって言われたから」
「ふむ?」
「——ほ、本当にこれで行くんですか?」
と、そこへ女性陣が更衣室から出てきた。
「ヤッホー! お待たせー」
「うん。 皆も中々似合っているな」
ミリアムはフリルのついた白い水着。 活発なミリアムらしいチョイスだ。
ラウラのはトロピカルな南洋風の花が書かれた赤い水着。 堂々としているが、レトから顔を背けたことからやはり恥ずかしいようだ。
「うう……本当にこれで出なくちゃいけないんですか……」
扉の陰で恥ずかしそうに身を潜めているエマ。 エマの水着は大人っぽい黒いビキニタイプ。 豊満な身体と相まってかなり色っぽくなっている。
「いいじゃん似合ってるんだし。 委員長ー、エロいね!」
「だ、だから恥ずかしいんです!」
顔を真っ赤にして身を隠すエマ。 それから撮影が始まり……終わると同時にエマさバッと、素早く制服に着替えるのだった。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで特別実習は進み、手配魔獣を倒して街道からオルディスへ帰った頃、時刻は午後を迎えようとしていた。
「ふむ……どうやらこれで午前の依頼は全部のようだな」
「ふう、後もう少しですね」
「でもなんか拍子抜けだなー。 もっと面白いの期待してたのに」
「なら沖合に行って見る? 運が良ければ幽霊船が出て……」
「それだけはイヤ!」
「全く……」
西ラマール街道にいた手配魔獣の討伐から戻ってきたレト達。 しかし、彼らは勝利を収めたとは思えない顔をしていた。
「それにして……さっきのは変な依頼でしたね」
「うん。 先日と同じ、何者かが意図的にラクウェルの荒くれ者を差し向けていた……」
手配魔獣を倒したすぐに、レト達は昨日の不良とよく似た雰囲気の集団に囲まれ問答無用で襲いかかってきた。
理由は分からないがとにかく応戦し、日頃の鍛錬とアークスの戦術リンクを相手に荒くれ者の集団が相手になる訳もなく……数分で制圧した。 その後目的を洗いざらい喋ってもらうと……
「またフードを被った男……何が目的なんでしょう」
「どうやら俺達VII組の存在を知っての事だろう。 嫌味な挑発だ」
「まあ、過去を思い返せば心当たりがないわけでもないが……」
VII組は事あるごとに厄介ごとに巻き込まれたり、テロリストと何度も敵対している……その辺りを考えれば恨まれても仕方ないのかもしれない。
「しかし、帝国解放戦線は基本、帝国の東を活動拠点にしている。 こんな西の果てまで来るほど暇な奴らでもあるまい」
「そうなのだろうか?」
色々と疑問があるも、レト達は宿屋に入った。
「エドモンドさん、ただいま戻りました」
「ただー」
「おう、お帰り。 すぐメシにするか?」
「お願いする」
席に着きながら昼食をもらおうとすると、
「お、そうだ、お前さんらに預かりもんがあるぞ。 ほい」
「おっと……」
「はぁ……これは、手紙ですか?」
「確かに渡したからな」
今思い出したようにエドモンドはミリアムに1枚の手紙を渡し、昼食を作りに奥へ行ってしまった。 残されたレト達は手紙に視線を集中させる。
「一体誰からだ?」
「えっと送り主は……《痩せ狼》だって」
「っ……!」
もしかしたら、と驚愕しながらレトはミリアムから手紙を受け取った。
封を開け、中の手紙を読むと……レトは眉をひそめるた。
「痩せ狼? 誰かの異名か?」
「分かりませんけど……どうやらレトさんに向けて送られたようですね」
「……レト、まさかこれは……」
「………………」
「ねぇねぇ。 痩せ狼って、身食らう蛇の執行者、No.VIIIの事だよね?」
まさかミリアムの口から聞かされるとは思ってもみなかったが、直ぐに冷静になってフッと笑った。
「さすが情報局。 そのくらいは知っていて当然かな」
「身食らう蛇……以前に教官が言っていた結社とやらか」
「どうやらこの手紙、挑戦状のようだが……」
だがこんな物を送り付けられた所で彼らは学生の身で今は特別実習中……しかし、レトは手紙を上着の内にしまうと席から立ち上がった。
「皆は先に休んでて。 僕は用ができたから少し行って来るよ」
「おい、まさか1人で行くつもりじゃないだろうな」
「これは僕宛の手紙……なら1人で行くのが筋だから。 それに——皆が来てちゃったら逆に酷い事になるかもしれない」
「いかに相手が強かろうと、我々とて遅れはとらない」
「んー、あり得るかも。 《痩せ狼》って強者との戦いを求める戦闘狂で、必要なら他人を平然と巻き込んでも構わないって聞くからね」
「えっ?!」
「その通りだよ。 この人は僕がどこまで《剣帝》として相応しいか試したいんだと思う……《剣帝》名乗るならこの挑戦、受けなきゃならない」
1人で行こうとするレト。 放たれる剣呑な雰囲気とミリアムの言葉で止める事も躊躇してしまったが……
「レト。 私達はそんなに頼りないか? 私達を……VII組の仲間を信じてはいないのか?」
「……信用はしている。 けど、あの人は惨忍だ。 目障りだと思ったら容赦なく皆に攻撃してくる。 僕もむざむざ負けるつもりはないけど……」
「だったら、俺達を導いてはくれないか?」
「え……」
思いがけないガイウスの突然の申し出に、レトは呆けてしまう。
「それって僕がリーダーになって作戦や指示を出せって? いくらなんでも僕には……」
「何を言っている。 VII組の重心がリィンがなら、お前はVII組の和だ」
「和?」
「率いるのがリィンさんで、まとめるとがレトさん。 ピッタリだと思います。 レトさんが勝手に歩けばそこが道になる。 そして私達は疑う事なくその後に続いていける……そんな気がするんです」
「それに、ついてくるなって言っても勝手に付いてくるからね。 どうなっても知らないからね〜?」
言っても聞かないようで……レトは溜息を吐くと同時に、降参するように両手を上げた。
「——ふう……分かったよ。 エステルさんが前に言っていた扱いに困るってこういう事なのかな?」
「ようやく自覚したか。 旅の時、そなたに付いていくのが大変で大変で……何度も剣の修行の為と己に言い聞かせた事か……」
「で、場所は……」
ようやく、自分の自由奔放さを自覚しながらレトは手紙を広げ、ミリアムが横から覗き込んで指定地を読んだ。
「ロック=パティオ?」
「一体どこにあるというんだ……そのロック=パティオというのは?」
「ここから東へラクウェル方面に、途中の峡谷道の外れに“
「その場所は魔獣も徘徊しているため、地元の人間も寄り付かない……決闘をするにはもってこいの場所というわけか」
ぐぅ…………
「あはは……」
と、その時。 ミリアムから腹の音が聞こえてきた。 真剣な話をしている時に気の抜けた音が響き……レト達は苦笑した。
「全く、緊張感のないやつだ」
「先ずは腹ごしらえ、ですね」
「ああ、腹が減っては戦はできないと言う」
「すみませーん! ご飯まだですかー?」
それから昼食を食べた後、ロック=パティオへ向けてオルディスから東に向かった。
それなりの距離があったため苦労したが、西ランドック峡谷道の外れにある洞窟を抜け……きのこの様な形をした岩が点々と並んでおり、その上に木々が生い茂っていた。
「
「なんでこんな地形になったんだろー?」
長い年月を掛けたとしてもどうやってこんな地形になったかは気になるが……それよりも先ずはこの先で待っている人物についてだ。
「……この先にいるんだろうか?」
「さあな。 だが気を引き締めた方が良さそうだ」
「結社、身食らう蛇。 一体何者なんだ? 組織にしては余りにも統率が取れていないようだが……」
「軍隊や犯罪組織と違って遊びが多い組織だからね。 執行者でも結社が何を目的にしているのか知らない人も多いし」
「ますますその存在が怪しくなってきますね……」
疑い深くなりながらも、レト達は薄暗い岩山の中を進んでいく。 すると、突然空気が重くなった気がした。 変わった空気にレト達は身構える。
「! なんだ……急に空気が」
「風が止んだ……」
「……クク……結構早かったじゃねぇか」
「あ……!」
そこにいたのは黒いスーツにサングラス、全身黒ずくめの男だった。 男はタバコを吸ってレト達をサングラス越しに見る。
「サングラス……?」
「もしや、奴が……!」
「久しぶりですね」
「よお、レト。 わざわざご苦労だったな。 呼んでねぇツレもいるようだが……せいぜい歓迎させてもらうぜ」
「あ、あの人が……」
2人は軽く言葉を交わした後、黒ずくめの男は煙を吐きながら口を開いた。
「フゥ…………執行者No.VIII、《痩せ狼》ヴァルター。 そんな風に呼ばれてるぜ」
「そうか……どうやらラクウェルのゴロツキを使って我らをけしかけたのはそなたのようだな?」
「ほう? 気付いてくれたか、俺のプレゼントを。 あんま派手じゃなかったが、余興にしちゃ丁度良かっただろ? ミラさえやれば何でもやる餓鬼ども……中々使い易かったぜ」
昨日と今日、実習中に何度も絡んで来たラクウェルの人間……どうやらそれらはヴァルターが差し向けたようだった。
「貴様……!」
「人をなんだと思っているのですか!」
「クク……社会からはみ出た屑どもを有効活用して何が悪い?」
「相変わらずですね。 ちっとも変わってなくて逆に安心しましたよ」
「クク……用があるのはレトだけだ。 外野は引っ込んでな」
すると、ヴァルターは右手を上げ……指を鳴らした。 すると、岩の陰からいくつもの影がラウラ達に襲い掛かった。
影の正体はそれぞれ3種類の毛色を持つヒツジン6体だった。
「わわっ!?」
「コイツらは……!」
「この辺りに生息している羊だ。 ここに滞在している間暇でな……飼い慣らすついでに少し武術をかじらせた。 ま、せいぜい遊んでやってくれや」
「くっ……卑怯な!」
ラウラ達は血気盛んにシャドーでジャブをするヒツジンに対処する事になってしまい。 分断されてしまったレトはヴァルターの前まで歩み寄る。
「それじゃあ……俺は早めのメインディッシュといこうか」
「………………」
不敵に笑うヴァルターを前にしてレトは左手を開き、ケルンバイターを出現させて掴んだ。
「ケルンバイター……クク、いいねぇ。 レーヴェとは1度も仕合えなかったが、奴の剣をどれだけ昇華させたのか見せてもらおうじゃねぇか」
「僕はただ証明するだけです。 今振るえる《剣帝》としての剣、あなたを倒して証明する」
「構わねぇさ。 ゾクゾクしてくるねぇ」
ヴァルターはニヤリと笑いながら拳を構え、両者は気を放ちながら互いを伺い……一瞬でその場から姿を消した。
「なっ!?」
「速い!!」
「上だ!」
特徴的な形の岩を足場にし、レトとヴァルターが空中で何度も交差、得物をぶつけて火花を散らしてた。
「じ、次元が違います……」
「だが、ここまで来た以上、怖気付くわけにはいかん!」
「ああ——だがその前に」
「こやつらを何とかしないとな」
援護に向かう前に、ヴァルターが寄越した6体のヒツジン。 全員が一斉に力を込め始めると、紫色のヒツジンが高く飛び上がった。
——ヒツジン阿修羅合体!!
「なっ……!」
「えええぇっ!?」
——完成! ビックヒツジン!!
白毛が3体、黒毛が2体、そして高く飛び上がった紫色の毛を持つ1体が中心となってヒツジンが合わさり、ヒツジン一族の究極奥義によりヒツジン度600%の巨大なビックヒツジンが現れた!
「って、ただくっついただけですよね?」
紫1体が真ん中に入り黒2体が足となり支え、白3体がその上に乗っかっているだけ……ただの組み体操のようなものである。
「こんなの、ガーちゃんで1発だよ!」
意気揚々にミリアムがアガートラムを操り強烈な一撃を繰り出すが……拳はヒツジンの羊毛で威力が分散され、弾かれてしまった。
「うええぇっ!?」
「跳ね返された! あの羊毛、相当柔らかいようですね!」
「なら、刈り取るまでだ!」
「時期遅れの毛刈り、冬は寒くなるが我慢するのだな」
「うん。 刈り入れ時だ」
得物に刃があるガイウス、ユーシス、ラウラはキラリと刃を光らせながらビックヒツジンの前に出る。 だがビックヒツジンもただではやられる訳には行かない。
八艘飛びヒツジン蹴り——下の黒2体が頑張って飛び跳ね、地面を凹ませて砂塵を巻き上げ、戦場を荒らしていく。
「くっ……」
「ちょこまかと……!」
「動かないで! シルバーソーン!」
動き回るとはいえまったく捉えられないわけではなく、アークスを駆動していたエマが発動した幻のアーツ……無数の槍がビックヒツジンの周りを取り囲い、陣を形成して動きを封じた。
「今です!」
「やあっ!」
間をおかず、動きを止めた隙を狙いラウラが大剣を振り下ろす。 刃は羊毛を斬り裂き、肉まで達して確実にダメージを与える。
「よし!」
「——! ラウラ、すぐに離れろ!」
「なっ……!?」
「あわわっ!」
ヒツジン巻き旋風波——ビックヒツジンもそのままやられる訳もなく、一気に肉薄し……その身を回転させてラウラとミリアムは弾き飛ばされてしまった。
必殺☆ヒツジン残虐拳——ユーシスが白3体に尻尾で掴まれて空高く投げられ……落下し地面に激突すると同時に6匹分の重さでのしかかり、何度も何度も踏みつけすり潰す技……まさしく残虐そのものである。
「ユーシス!」
「がはっ……ふざけた、マネを……!」
ビックヒツジンは再びユーシスに向かって飛び上がる。 またユーシスが踏み潰されそうになった時……チェーンが擦れる音を立てながら何かが飛来、ビックヒツジンに直撃し、吹き飛ばしてユーシスの前に落ちた。
「あれって……」
「鎌の刃?」
ビックヒツジンに直撃して宙に浮いたのは鎖で繋がれている機械的な機構が付いている鎌の刃だった。 鎌の刃は鎖に引っ張られると……カチャッと柄の先端に収まった。
ラウラ達の背後……そこにいたのは機械的なハルバードを持ちながら不敵に笑う金茶髪の少年だった。
「ここ数日、ラクウェルのゴロツキが体良く扱われているから調べてみれば……面白れぇ事になってるじゃねえか」
「そなたは……」
(確か、情報局のファイルにあったラクウェルにいる愚連隊の……)
「しかも何だありゃ?
少年はラウラ達に目もくれず、先を見つめる。 遠くで……レトとヴァルターの交戦している方向をただ。
◆ ◆ ◆
「うらあぁっ!!」
「はっ!!」
繰り出されたヴァルターの正拳をレトはケルンバイターで捌き受け流す。 距離を取り、続けてヴァルターはその場で拳を放ち、正拳による拳圧を飛ばしてきた。
「せい!」
飛んで来た拳圧を斬り払い、続けてケルンバイターを投擲。 回転しながら飛来して来たケルンバイターを籠手で上に弾き……回り込んだレトが弾かれたケルンバイターの柄を掴んで振り下ろす。
「はっはー! いいねぇ、ゾクゾクするじゃねえか!」
「相変わらずですね!!」
ヴァルターは振り下ろされたケルンバイターを白刃取りで受け止められ、続けてレトは右足を振りかぶるが……ヴァルターがそのまま振り回し、レトを地面に叩きつけた。
叩きつけられた衝撃で地面は凹み、砂塵が上がる。 砂塵はすぐに晴れると……そこにレトの姿はなかった。
「見えてんだよ!」
「でしょうね」
背後を取ると読んだヴァルターは後ろに蹴りを放ったが……受けたのは殺気が乗ったレトの残像。 本体はヴァルターの正面におり、ケルンバイターの峰で右肩を強打させ、吹き飛ばした。
「ひとーつ!」
左足を軸にしながら制動をかけ、ヴァルターは右足の蹴りを放つも……添えられるように足に乗せられた右手が受け流し、左肩を切りつけた。
「ふたーつ!」
「いいぞ! そう来なくちゃなっ!!」
受け身を取り、直ぐに静止すると腰だめに拳を構え……前動作無く、同じ構えのままレトの懐に潜り込んだ。
「コオォォ……」
「なっ!?」
「フッ!!」
放たれたボディーブローはレトの腹部に当たる瞬間に止まった。 が、拳圧は止まる事なくレトの腹部にめり込んだ。
「ぐうっ……!」
苦痛で顔を歪ませながらも、悶える事なく反撃に転じる。 振り抜いた薙ぎが裏拳で弾かれるも、腰を落として踏み込んみ右拳を繰り出す。
拳は胸に直撃すると思いきや……身を捻り紙一重の所で避けられてしまう。
「…………!!」
「オラァ!!」
カウンターで放たれた蹴り。 レトに右脚が当たる瞬間……レトの姿がブレ、拳はレトの身体を擦り抜けた。 次の瞬間、ヴァルターの周囲を6人のレトが取り囲んだ。
「分け身か!!」
技の正体を見切ると同時に両足を踏みしめ、両手を左右に突き出して全方位に発勁を放った。 半球状に広がる衝撃は6人のレトに直撃するも、飛ばされないよう踏ん張り……
「一気に……」
「決めるよ!」
同時に駆け出し、一瞬で肉薄し左手のケルンバイターを構え……
「朧——」
『月牙!!』
6人のレトがほぼ同時に、6方向からヴァルターに向かって剣を振るい、六刀のケルンバイターをヴァルターの身に打ち込んだ。
6つの力が一点に集中し……解放されて衝撃が巻き起こる。 1人に戻りながらレトは距離を取って様子を見ると……
「ハッ、ハハハ、アーハッハッハ!!」
ダメージを物ともせずに、刺々しい気がヴァルターから放出される。
「《理》が“静”とするなら、《修羅》は“動”。 そして、感情を闘争の炎を燃え上がらせ、本能に動くヴァルターは確実に《修羅》……」
強烈な気当たりに、レトは気圧される事なく立ち向かう。
「……僕は理に至りたいかもしれない。 でも後に修羅に落ちるのかもしれない……どちらに行くか迷っている。 なら、答えは簡単——我が道を進むだけ!!」
ケルンバイターを構え、レトは全身から鋭く触れたら斬れるような研ぎ澄まされた剣気を放つ。
「ハッ、面白え。 来いよ、《剣帝》!」
「はあああああっ!!」
両者の気が膨れ上がり、踏み込みによりお互いの足場がヒビ割れ……
「——ッ」
「レト!!」
次の瞬間、2人の立ち位置が入れ替わった。 互いに背を向け、得物を振り抜いて静止していた。
お互いに攻撃を喰らっており、先に膝をついたのはレト。 そこへヒツジンと決着をつけたラウラ達が駆け付けた。
「グハッ……!」
その時、ヴァルターが息を吐き、そのまま後ろに倒れ伏した。 刹那の交差、その間の勝利を収めたのはレトの方だった。
「や、やったの……?」
「勝ったのか、レトが?」
「どうやら、そのようだな」
相手が戦闘不能になったのを見て、ラウラ達はレトの勝利を確信し、レトに歩み寄る。
「大丈夫か、レト?」
「な、何とかね……」
「おいおい……アンタに盗られたミラを奪おうとした奴らが返り討ちにされたと聞いて、かなり腕が立つと分かっていたが……相手もかなりヤベェじゃねえか。 とんだ人外だろ」
ラウラ達の介抱を受けているレトの横に金茶髪の少年が寄り、ありのままの感想を口にする。
「君は……」
「俺のことはどうでもいいだろ。 さて、先にコイツを締め上げるとするか。 ラクウェルを荒らした落とし前、キッチリと付けて、結社とやらについて洗いざらい吐いてもらうぜ」
少年はハルバードを構えて警戒しながら倒れているヴァルターの元に向かうと……
「——よっと」
「なっ!?」
突然ヴァルターは起き上がり、驚愕する少年を他所に自身の身体を見下ろし……落胆した。
「チッ……致命傷を避けやがったな。 あーあ、もう少しスリルを味わいたかったかが、ここいらで引き上げるとするか」
ヴァルターは満足した風にしながら両手をポケットに入れ、そのまま両足を曲げて跳躍して後退した。
「待ちやがれグラサン野郎!」
「おっと、威勢が良いガキだ、な!!」
「な、マジか——うおっ!?」
飛んで来た鎌の刃を手の甲で弾き飛ばし、少年は鎌の刃に引っ張られて壁に激突した。
「さて、頼まれてたお仕事も済んだ事だし、そろそろ帰るとするか」
「——待って。 こんな回りくどい事をしたんだ、何か思惑があるんでしょう……結社の方で?」
「あ……」
「そういう事か……」
「ん……ああ、今回の目的はお前だ」
帰ろうとした所を引き止め、質問するレトにヴァルターは答え……レトを指差した。
「なに? どういう意味だ?」
「結社が計画を進める上で、どれくらいお前の存在が障害になるのか見極めるためのな」
「……それで、お眼鏡に叶ったのでしょうか?」
「個人的にはまあ満足だが……結社を止めるには足りないな」
いくらレトが卓越した強さを有していたとしても、結社には躓くための道端に転がる石にもなれないという事だろう。
「次にやり合う時は、もっと俺を楽しませろよ」
「ま、待て!」
「いいよ。 行かせて」
「——クソ! 待ちやがれ!!」
レトは追いかけようとするラウラを手で制する。 だが、吹き飛ばされた金茶の少年は起き上がり、得物を構える。 ヴァルターは自身に爪を向ける少年を見つめ……ニヤリと笑った。
「金茶のガキ、良い目をしているな……《漆黒の牙》……いや、昔の《殲滅天使》と同じ目だ。 いや待て、その左眼……」
「なにブツブツ言ってやがる!」
「クハハ……帝国も面白くなりそうだな。 だが、俺はこの後共和国に向かう。 次に会うのはいつになるか知らねぇが……また会おうぜ」
再び跳躍し、《痩せ狼》はロック=パティオの闇の中に消えていった。
「チッ、クソが……!」
行ってしまったヴァルターが見えなくなると少年は悪態をつき、その場を去ろうとする。
「待て、そなたは一体……」
「んな事、アンタらには関係ねえ。 俺はただラクウェルを荒らしやがったグラサン野郎が気に食わなかっただけだ」
「それでも助けてくれた事には変わりありません」
「感謝する。 名前を伺っても?」
「ケッ……」
名乗らず、少年は背を向けて片手をヒラヒラさせながらその場を去って行った。
「彼は、ラクウェルの人間だったのでしょうか?」
「さてな。 別段気にする必要も無いだろう」
「にしても今のが痩せ狼かぁ。 ヤバさ満載のおじさんだったね」
暗闇に消えて行った先を見つめながらミリアムは身震いを起こす。 と、そこで「さて」と言いながらレトは膝についた砂をはたきながら立ち上がる。
「午後の実習放ったらかしにしているし、早く帰って依頼を終わらせないとね」
「そうだな。 宿の店主を心配させるわけにもいかないだろう」
「ええ〜? もう帰って寝ようよー!」
「なんだ、もうへこたれたのか?」
「早く帰って終わらせないと、日が暮れちゃいますね」
「うん。 急ぐとしよう」
ひと騒動起きたが、それでも終わればいつまのVII組。 レト達は駆け足でオルディスに戻るのだった。
二話でオルディス終了……ちくせぅ……