レト達、B班はオルディスでの特別実習を開始していた。
最初は浜辺に巣食う魔獣の一掃と、貴族の晩餐会に使う食材……依頼人に聞くところによればブルマリーナという魚を調達して欲しく。 先ずはその2つの依頼を始めようと歩いていた。
「帝都同様、この街も巨大で全部は回りきれないと思う。 だから海都の代表的な地区を中心に回るのはどう?」
「具体的にはどこー?」
「そうだな……空港地区は良いとして、駅に面した商業区画。 そこから港に通じている北通り。 そしてオルディス湾だな」
「公爵家城館の手前にある、大貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街も一応入れておいた方がいいだろう」
「で、今向かうアウロス海岸道は貴族街から続いているわけ」
貴族街は他の区画に比べてとても綺麗で、特に目を引くのは帝都の次に大きい事あってかオルディス大聖堂も巨大で。 道の突き当たりの先にはこちらも巨大な城のような城館……カイエン公爵邸が鎮座していた。
「ほえー、何度見てもデッカいねー」
「セントアークで見た邸宅とは比べ物にならないな」
「ええ、ですが……」
立ち止まっているだけで周りの貴族の視線が痛く感じられる。 あまり歓迎されていないようで……レト達は逃げるようにそそくさと貴族街から街道に続く道を進んだ。 しばらくして海風が吹き、波の音が聞こえて来た。
「この風は……近くに浜辺があるようだな」
「ここがアウロス海岸道……」
「沿海州の港町や漁村に繋がっているけど、それほど人通りは少ないね。 ま、そのあたりの行き来は海路の方が安全だから当然だけど」
レトは封筒を取り出し、依頼の確認をした。
「この先にある浜辺があって、そこにいる魔獣を全滅させて欲しいそうだね」
「それでその浜辺を使えるように露払いをするのか」
「そのついでに魚を釣るのか……そういえば、この中で竿を持っているのは?」
ラウラがそう聞くと……全員無言を返した。
「……まあ、素潜りの銛突きで何とかなるよ」
「砂浜かぁ……それじゃあ、レッツゴー!」
幸先不安だが、とにかく足を動かして海岸道を進んでいく。
「あっ、ビーチが見えてきた! ほらほら、早く行こーよ!」
「全く、はしゃぎ過ぎだ」
はしゃぐミリアムを小走りで追いかける辺り、ユーシスもなんだかんだで心配しているようだ。
「これが……」
「イヤッホゥー! 海だ〜!!」
レトとラウラはブリオニア島でこれ以上の浜辺を見ていたためそこまで驚かなかったが、
「わわっ、本当にしょっぱーい! ほらほら、ユーシスー! 皆も早く来なよ〜!」
「全く……海には入るなよ!」
「えー! どうせ魚を捕る時入るんだからいいじゃんかー」
「入るのは僕だけだよ」
「あはは……では先にこの浜辺を掃除するとしましょう」
「……あってはいるが、言い方が少々怖いな……」
「ええっ!?」
浜辺の端に移動しながら先ずは魔獣の掃討から始め、レトは作戦を提案する。
「僕が浜辺の西から分け身を使って魔獣を倒しながら追い立てるから、ラウラ達は反対側に待機して逃げて来た魔獣を撃破して行って」
「分かった。 大丈夫だとは思うが、気を付けておくが良い」
ラウラの心配を笑顔で返し、レトはその場で跳躍、かなりの速さで反対側に向かって行った。
「そういえば……浜辺も結構広いし、レト1人で魔獣を追えるかなぁ?」
「ふむ、レトに限ってその程度問題ないと思うが……」
「だが……」
そこで言葉を切り、ラウラは浜辺の反対側を見ると……
『ほらほら! 早く逃げないと刻むよ!!』
「……魔王だな」
「……魔王ですね」
「マオーー!」
剣を振り回してながら声を揃えて魔獣を追い立てるレト達の姿を見て、ラウラ達の元に辿り着く前に全滅させるのではないかと戦慄を覚える。
「ボサッとするな。 俺達も行くぞ!」
「は、はい!」
「了解した」
「では、参るとしよう!」
「行っくよー!」
作戦通り、追い立てられた魔獣に向かってラウラ達が得物を構えて向かって行く。 魔獣達はレトから放たれる剣気による圧力で完全に戦意喪失しており、言い方は悪いが一方的な蹂躙だった。 それから数分後……
「ふう……こんな所かな」
剣を振り払いながら周囲を見回す。 浜辺には大小の大きさ形が異なる魔獣や人の足跡が無数にあって荒れているが、レト達以外の姿はなかった。
「手強くないとはいえ、この数は流石に疲れるな」
「ええ、レトさんが先に魔獣を混乱させてなければもっとキツかったかもしれません」
「うん。 相変わらず、レトは戦いになると無情になるというか……冷酷になるというか」
「——よっと……」
と、そこでいきなりレトが上を脱いで槍を手に持った。
「きゃっ!?」
「い、いきなり脱ぐやつがあるか!」
「それじゃあ行ってくるよ」
顔を真っ赤にしながら照れを隠すように怒るラウラを他所にレトは海に向かって走り……海の上を少し走った後、海の中に飛び込んだ。
「全く……本当に皇族なのか疑ってしまう時がある」
「……人が海に入る時は徐々に沈んで行くような感じだと思ったのだが……」
「レトに常識は効かない。 慣れるが良い」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「ブルマリーナは常に泳いでいると聞いた。 いくら素早いレトでも水中では追いつきようがないが……」
「まあまあ。 待つだけ待ってみよーよ」
レトが帰ってくる間、魔獣避けの街灯を設置して待つ事、再び数分……
「——獲ったどーー!!」
頭のてっぺんが剣のように鋭い大きな魚の胴体を槍に突き刺しながら、海中からレトが飛沫を上げながら飛び出て来た。
「ヤッホー! 獲れた獲れたー!」
「た、たくましいですね……」
「だがこれで依頼は完了だ」
レトはアークスを駆動し、自分に向かって威力と勢いをかなり落としたハイドロカノンで海水を落とし、フレイムタンとエアリアルが合わさって起こす温風で身体と服を乾かした。 妙な才能の使い道である。
依頼人はどうやらカイエン邸のコックだそうで。 ブルマリーナを抱えながらオルディスに戻り、貴族街に入ると……カイエン邸の方が何か騒がしかった。
「なんだろう?」
少し陰に隠れて様子を見る。 すると城館の方から現れたのは左右に護衛を控えさせている初老……にしては頭がかなり寂しいが、加えて身の丈に合わない高級品を着飾っており、お世辞にも似合ってはいなかった。
(あの御仁は……?)
(ラマールのロクデナシ放蕩貴族、ヴィルヘルム・バラッド侯爵……同じ放蕩だけど兄さんの方が万倍マシな方だね)
(言えてる〜)
(初めて会ったけど。 前に会ったカイエン……あの人のファーストネームって何だっけ?)
(……クロワール・ド・カイエンだ。 まあ、覚えていなくて当然か)
そして、バラッド侯を乗せた導力車は出発した。 恐らくオルディスから西にあるラクウェルで豪遊をしに行くのだろう。
(怠惰と強欲……アレがのし上がる事は永遠にないでしょう)
過ぎ去る導力車を尻目に、レト達はカイエン邸に向かい。 ブルマリーナをコックに渡し依頼を完了した。
次に向かったのは港湾地区。 そこでどうやらラクウェルからやって来た素行不良の少年達がたむろしているようで、追い返すまではしなくても解散して欲しいとの依頼だ。
「それで件の不良は……」
「……いたぞ」
港湾地区から貴族街に続く通りの横にある高台に数人の男達がいた。 かなり騒いでおり、下品な笑い声を上げ周囲の迷惑をかけていた。
「わー、典型的な不良だねー」
「品性が欠けているな、バリアハートではまず見られない。 近隣に娯楽都市があるが故の光景か……」
「これも帝国ならではの側面か」
類稀に見る光景にユーシス達はそれぞれ感想を言い、ラウラが彼らの前まで歩き仁王立ちした。
「そこのお前達。 お前達がそこで騒ぐせいでオルディスの人々が不安がっている。 疾くそこを退くがよい」
「あ? なんでテメェは」
「同じ服を着てゾロゾロと……何の用だ」
「私達はトールズ士官学院の者です。 今回は実習の一環でこのオルディスを訪れていて、依頼を受けてあなた方を
「は! 優等生の軍人の卵がこんな場所までご苦労なことだ」
当然のごとく彼らは反発する。 素直に言葉に耳を傾ける通りもないので当然の結果てあるが、やはり典型的だ。
「俺達がどこで何しようが勝手だろ」
「だが現にオルディスの住民がお前達を煙たがっている。 領邦軍やTMPが出てくる前に帰った方が身のためだぞ?」
「あぁ! 舐めてんのかテメェ!!」
「ユーシス、脅しちゃ駄目でしょ……」
「しかも逆効果だし」
ユーシスが脅すように説得するも……彼らの神経を逆撫でするだけだった。 と、そこで不良の1人がレトに目をつけた。
「……ん? そこの橙髪のお前……」
「僕?」
「お前……まさか、
本人は何のことか分からないが相手はレトの何かの異名を知っているようで、他のメンバーも“オレンジ”と聞くと顔色を変えた。
「オレンジ?」
「オ、オレンジだって!?」
「聞いた事ある……2年前、ラクウェルの闇カジノを荒らしに荒らしまくってミラを巻き上げた橙色の髪をしたガキがいたって……!」
「帰り際を襲撃した奴らを半殺しにして、笑い声を上げながら渓谷の闇に消えていったと言う知る人ぞ知る伝説……襲撃した中には猟兵もいたって話だ!」
「うーん、間違ってはいないと思うけど……笑ってた覚えないような……」
どうやら色々と尾鰭がついているようだが、ミラを荒稼ぎして襲撃した人間を返り討ちにしたのは事実のようだ。
「あの時のか……どうやらかなり噂になっていたようだな、レト」
「アハハ! そういえば一時期、情報局でも噂になってたね。 娯楽都市を一夜で蹂躙した子どもがいるって」
「それが皇族の人間という訳か……相変わらず常識が通用しない奴だ」
「あ、あはは……」
目の前にいるレトが一応、皇族だという事に
……ユーシスは比喩でも頭痛がしているように頭を横に振る。
「それで……君達はどうしてここでたむろっているのかな? 依頼書を見る限り昨日からしいけど」
「は、はい……俺達は変な奴からここで待ってろって言われてここにとどまっていたんです」
ここでたむろっていた理由が誰かによる意図的な行動……それが何を意味するのか現段階では分からなかった。
「変な奴から? それは一体誰なんだ?」
「ああ、そいつは仮面をつけていて、声も変えて男か女かも分からなかったんだが……ここで待っていればミラをくれるって事で、居座っていたんだ」
「……どういう事でしょう?」
「分からない。 だが、何者かの意図があっての事だろう」
「………………」
しかし、何はともあれたむろう理由もなくなり、彼らはレトを畏れ敬いながらラクウェルに帰って行き。 これにて依頼完了となった。
◆ ◆ ◆
夕方になる頃にはもう一つの依頼を完了したレト達B班。 手慣れたものでスムーズにこなし、駅前から宿に向かって帰路についていた。
「いや〜、大変だったねー。 あのおばーちゃん元気良すぎだよ」
「あそこまで人は強欲になれるのだな」
「そこは感心しなくてもいい」
雑談を交わしながら商業地区に差し掛かった。 空の夕陽と海に移る夕陽が重なろうとする瞬間がとても美しい景色を見せているも、レト達は特別実習の疲労によってあまり見る気にはなれなかった。
「宿に戻ったら今回のレポートを直ぐにまとめて、学院祭に向けてエリオットが用意した発声練習をやるとしよう」
「それもあったかー。 “全員が歌うかもしれないからやっておいて”って言われてたっけ」
「じゃあじゃあ。 宿屋まで競争しよ! ビリの人は公衆の面前で歌う事!」
「地味にキツイ!?」
「誰がそんなふざけた真似を……って、おい! 先に行くな!」
「あははは——あて!」
先に走り出したミリアムは……前方を歩いていた巨躯な男とぶつかって尻餅をついた。
「あいたた……」
「大丈夫、ミリアムちゃん?」
「ヘーキヘーキ」
「あなたも……おや?」
ミリアムから視線を外しぶつかってしまった男に謝罪しようとすると……目の前には誰もいなかった。
「誰もいない……」
「おっかしいなぁ? 絶対に誰かとぶつかったと思ったのに……」
「………………」
(レト?)
ミリアム達が辺りを見回して男を探す中、レトだけが険しい顔をして考え込んでいた。 と、不振に思ったミリアムが「ねぇ」と声をかけ、レトは正気に戻った。
「どうかしたの? ボーッとして」
「い、いや……何でもないよ。 さ、早く宿に戻ろう」
「???」
ミリアムの質問に笑って誤魔化し。 悟られぬよう、顔を見られないように駆け足で先頭を歩いていく。
(まさか……この海都に血肉を求める狼がいるなんて。 結局……僕の身体には常に蛇が纏わり付いているんだね)
陽は沈み……海に移る月を見ながら、レトは独り自分の運命を呪った。