英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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50話 虚像の鏡面

精神が入れ替わってしまったこの現状を打破するため、ついに旧校舎の地下五層に現れた扉へと辿り着いたレト達はサラ教官を残して先へと進んだ。

 

開いた扉を外から見た時は一切光の届かない暗黒の空間にしか見えなかったのだが、一歩そこに踏み入れ、レト達は驚きを隠せなかった。

 

「これは……」

 

思わず声が漏れたのはリィン(見た目はアリサ)だった。 何故なら眼前に広がる光景は、雲が緩やかに流れる青空と、どこまても続く鏡のような水面だったからだ。

 

歩く度に波紋が水面を伝うも、靴が濡れる様子はない。 腰を下げ(その際、スカートには気をつけて)て右手で水面を触り、水面から上げると……右手は濡れてなかった。

 

その事実にも驚くが、なによりも驚くべきはこの空間である。 先ほどいたのは紛れもなく地下の遺跡区画だったはず。 それが今は地上にいるような美しい情景の中にいる。 頰を撫でる風は優しく、夢幻と呼ぶにはあまりにも精巧過ぎていた。

 

「ふう……」

 

とはいえ、悩んでも仕方ない。 今重要なのはこの試練を乗り越えて入れ替わった精神を元に戻すこと……気を引き締め、リィンは皆に再度気を引き締めるように促そうと振り返ると……

 

「——っ!?」

 

そこにいたのは一体の魔獣、リィンの様子を窺うように佇んでいた。

 

「魔獣!?」

 

すかさず距離を取り、リィンは導力弓を構える。 気配を感じ取れなかった事に歯を噛み締めながら矢の狙いを定める。

 

魔獣は人型で大きさは170前後、右手に狭長な骨と思わしき武器を所持しており、見た目は甲殻類の魔獣に近いだろう。 そして他の皆はどこに行ってしまったのか……様々な疑問がよぎったが、それを考えるのはこの魔獣を倒した後である。

 

「てやっ!」

 

力一杯弓を引き、リィンは魔獣を仕留めるべく矢を放った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

同時刻——

 

アリサ(見た目はリィン)もまた、リィン同様に青空とその全てが反射した世界で一体の魔獣と戦っていた。

 

苛立ちを発散させるようにアリサは水面を駆ける。 対峙しているのは遠距離攻撃に特化している人型の魔獣、大きさはさほど大きくないがしつこく棘のようなものを放ち続ける。

 

一方ラウラとフィーもリィン達と同じようにそれぞれが個々人へと分断されていた。 対峙するのはやはり両者とも一体の魔獣。

 

ラウラ(見た目はフィー)の相手は長身で棍棒のような無骨な武器を両手に持つ破壊力重視の魔獣。

 

フィー(見た目はラウラ)の相手は小柄で両手の爪による連撃と、合間に放たれる棘のような遠距離攻撃が厄介な速度重視の魔獣。

 

アリサ達は戦いながら直感的に感じていた……まるで自分を見ているようだと。

 

「ほっ!」

 

同じようにレト(見た目はエマ)も穂先のある鉄の棒を振り回す人型の手数による攻撃型の魔獣と戦っていた。 レトは放たれた突きを軽々と避ける。

 

「っ!?」

 

エマ(見た目はレト)は放たれた突きが軽々と避けられた事に苦悶の表情を見せる。 対峙しているのはボールのような球体を片手の上に浮かしている人型の魔獣。 ノータイムでアーツを撃ってくる魔法重視の魔獣だった。

 

「はあはあ……」

 

エマは苦戦を強いられていた。 慣れない身体と槍といった理由もあるが、何よりも相手が強過ぎた。 こちらから放たれる突きや薙ぎはことごとく見切られ、その合間に放たれるアーツが少しずつダメージを蓄積させていた。

 

「——ティア」

 

槍を大きく薙いで相手を後退させ、自分も後退しその間に水のアーツを駆動させて傷を癒す……その繰り返しで何とか戦っていた。

 

(このままではいずれ私が倒れてしまう……その前に勝機を!)

 

槍を両手でしっかりと握り、魔獣の出方を窺う。

 

 

そして、レトは……

 

 

「………………」

 

鉄の棒を構えてこちらを見つめる魔獣を、レトも顎に手を当てて観察していた。

 

戦いが始まってからレトは襲いかかってきた魔獣の攻撃を避け、魔導杖を振るってアーツをぶつけ、魔獣は水のアーツを駆動させて傷を癒す……それを繰り返していた。

 

(うーん、なーんか変だ)

 

ほぼ青一色の世界……なんとなく足元に目をやり、一瞬白いのが見えて慌てて上を見上げながらもレトは考え込む。

 

「ちょっと仕掛けてみるかな」

 

レトは魔導杖を眼前に構え……分け身を使い5人に増えて横一列に並んだ。 そして5人一斉にアークスの駆動を開始した。

 

「なっ!?」

 

エマは目を疑った。 魔獣が陽炎のようにブレたと思うと……5体に増え、全部が魔法の駆動を始めた。

 

「っ!」

 

踵を返し、背を向けて走り出す。 次の瞬間、放たれたのは水のアーツであるハイドロカノン……直線上に放たれるこのアーツを5つ同時に発動、大波のようにエマに向かって襲いかかかる。

 

「でやああああっ!!」

 

槍を振り回し、石突きを地面に立てて棒をしならせ……エマは棒高跳びのように上空に飛び上がった。 そしてハイドロカノンは眼下を通り過ぎる。

 

(負けられない!)

 

エマは重力に引かれて落下する前に槍を投擲、すかさず腰から銃剣を抜いて大雑把に狙いを定めて銃を乱射する。

 

槍以外の武器の指導はレトから受けてなかったが、今は四の五の言ってはいられない。 とにかく勝つため、生きるために何でも使うしかなかった。

 

「——うわっ!?」

 

5連ハイドロカノンを飛び上がって避けられ、次いで魔獣は自身の武器である鉄の棒をレトに向かって投げてきた。 レトはそれを難なく避けたが、レトが驚愕したのはその後。 魔獣は右手を構えると無数の棘をデタラメに撃ってきた。

 

5人のレトは水面を蹴って散開、襲いかかる棘を避ける。 魔獣が地に着いた事を確認するとレト達は導力杖の柄頭を水面にぶつけた。

 

『赤雷よ……謳え!』

 

レトの魔力が導力杖を経由して導力魔法に変換されながら水面に流れる……地面から赤い槍のような雷が魔獣向かって隆起していく。

 

赤雷は魔獣に直撃し、雷が晴れていくと……そこには倒れている魔獣がいた。 レトは倒したか確認しようと魔獣に歩み寄り……

 

Fiat lux(光よあれ)!」

 

「グッ!?」

 

エマは地面から襲いかかってきた赤い雷をクレセントミラーで間一髪のところで防御し、倒したか確認しようとして近寄ってきた所を魔女の秘術……魔術による閃光を放ち、魔獣は腕で顔を覆う。それにより闇が祓われるかのように分身が消えていく。

 

「やあああっ!!」

 

勝機を見出しまたエマは銃剣を変形させて刀身を出し、両手で柄を持ち全身全霊の突きを魔獣の胸に向かって放ち……魔獣の胸に深々と剣が突き刺さった。 勝った、とエマは心の中でそう確信した。 が……

 

「——悪いね、それは残像だよ」

 

レトは目眩しの瞬間、一体だけ残して他の分け身を消し、本体は気配を消して魔獣の死角に隠れた。 そして魔獣の爪が分け身の胸を貫き……駆動していた地のアーツ、グランドプレスを発動、魔獣を水面に叩き伏せた。

 

「…………」

 

苦悶の声を上げる魔獣を見下ろし……レトはこう思った。 まるで……自分自身を見ているようだと。 そして、1つの答えに辿り着いた。 それは……

 

「“エマ”」

 

 

魔術の目眩しも使い、渾身の一撃も呆気なく交わされて上からの重圧に押しつぶされて顔を水面に叩きつけられているエマ。

 

(そんな……)

 

渾身の連続攻撃を避けられ、上からの重圧で叩き伏せられたエマは絶望の淵にいた。 このままでは殺されてしまう……だが身体は動かない。

 

そんな事を走馬灯のように思いながら、エマは目の前の魔獣をどことなく自分と重ねてしまう。 そしてこう思った……まるで入れ替わったエマの身体で戦っているレトだと。

 

「———」

 

その事実に気づいたように魔獣は……いや、彼はエマを見下ろしていた。 もっと早く気づいていれば、とエマは悔しく思った。 そして……エマは懇願するように彼の名を叫ぶ。

 

「——“レトさん”」

 

次の瞬間—-世界が割れた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

砕け散った破片は塵となって消え、レトの目に映ったのは扉を潜る前と似た薄暗い広間だった。

 

少し倦怠感を感じながら立ち上がると……レトは身体に異常を覚えた。

 

「……ん?」

 

身体を見下ろすと足元が見え、身体全体の丸みもなくなった上、声質も低くなっていた。 左手には馴染みのある槍も持っていた。

 

「元に戻った?」

 

軽く飛び跳ねながら調子も確かめると、いつもと同じ調子だと自覚し。 武器や手荷物を触り、自分の持ち物である事を確認して元の身体に精神が収まった事を確認する。

 

「レトさん!」

 

そこへエマが慌てながら駆け寄ってきた。 レトが上手く戦っていた事もあり、大した怪我はしてなかった。

 

他の4人もどうやら元に戻っているようだが、レトとエマと同じような戦いをしたのか、かなりズタボロだった。

 

「大丈夫ですか!? 私、レトさんの身体を傷つけてしまって……」

 

「気にしなくていいよ。 これが本当の自業自得ってやつだから」

 

お互いに謝りながら辺りを確認すると……広間の奥に赤い扉があった。 恐らく、第四層の時に現れた扉と同じ物だろう。 4人も赤い扉の存在に気付いた。

 

「ま、また扉!? 一体いくつあるのよ!?」

 

「流石にあれで最後だと思いたいが……しかしこの気配は……」

 

「……ん。 凄い殺気だね」

 

「うむ。 だが試練とはいえ、我らにこれほどの仕打ちをしたのだ。 一歩間違えれば、自らの手で大切な仲間を殺めていたかもしれぬ。 その報いは受けてもらわねばな」

 

「悪趣味な試練、ここで終わらせないとね」

 

「はい……」

 

「同感。 なんの試練かは知らないけど、年頃の女の子を男の子と入れ替えるなんて最低よ。 万死に値するわ」

 

「いや、何もそこまでしなくても……」

 

リィンが戸惑ったようにそういう。 エマもその被害者だが、対照的にどう反応していいか分からず愛想笑いをする。

 

「……まあリィンは男の子だしね。 実は嬉しかったり?」

 

「そんなわけないだろ……俺は」

 

「リ、ィ、ン?」

 

「い、いや、だから俺は別にやましいことはだな……」

 

「レ、ト?」

 

「飛び火した!?」

 

アリサとラウラに笑顔で凄まれ、リィンとレトは背に冷や汗をかいていた。

 

「……でもラウラ達の言う通り、私もお礼は必要だと思う」

 

「フィー、そなた……」

 

「……ん。 仲間を傷付けたのは許さない」

 

「そうだな。 俺も皆の意見には賛成だ。 何か意図があるのだと思うが、ラウラの言うように、もう少しで俺は大切な人を——アリサをこの手にかけるところだった」

 

「リィン……」

 

頰に朱の散ったアリサと目が合い、リィンは静かに頷く。

 

「たとえそれが僕達が乗り越えるべき試練だったとしても、仲間に剣を向けた償いはつけさせてもらおう」

 

「その通りだ」

 

「はい」

 

「ええ」

 

「うむ、同感だ」

 

「……だね」

 

全員の意見が一致し、一同は揃って新たな扉へと向かい合う。 先ほどから扉の先からは殺気が放たれたまま、何も起きずに静かなままだ。

 

この先はさらに過酷な戦いになる。 その前にレト達は治癒系のアーツやアイテムなどで、出来るだけ回復を図った。

 

「レトさん、怪我は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ。 エマに筋力がもうちょっとあればダメージは深かったけど……不幸中の幸いだったね」

 

「良かった……」

 

「ラウラももう大丈夫そうだね?」

 

「うむ。 私もフィーの身長がもう少しあれば危なかったやもしれん」

 

「………………」

 

と、そこでアリサの頰にあった傷が治ったことを確認したリィンはホッと胸を撫で下ろしていた。 不可抗力とはいえ、女の子の顔を傷付けた事に罪悪感を覚えたのだろう。その視線に気付いたアリサ、2人の視線は自然と重なる。

 

「どうしたの? リィン」

 

「いや、綺麗になってよかったと思ってさ」

 

「……えっ? い、いきなり何言ってるのよ!?」

 

一瞬にして顔が茹で上がったアリサは慌てふためきながら身体を抱いて後退る。 その行動にリィンは不思議そうな顔をしていると、フィーが小首を傾げながら言った。

 

「……夫婦漫才?」

 

「ち、違うわよ!」

 

「……じゃあ一人相撲?」

 

「違う——って、え、えっと……そ、そんな事はないと思うんのだけれど……」

 

ちらり、とリィンの反応を上目で窺えば……

 

「——ラウラも準備はよさそうだな」

 

いつの間にか素振りを行うラウラの隣にいた。 それを見たアリサは気がすごく沈み、フィーはゆっくりと親指を立てた。

 

「……どんまい」

 

「……はあ。 一応、応援の言葉として受け取っておくわ……」

 

そんな事がありがらも準備は整い、一同は新たな扉の前へと進む。 すると、扉に刻まれていた花びらのような文様が輝き始めた。

 

『——《精神同調ノ試シ》“第一項”解除後ノ“初期化”ヲ完了』

 

「——なっ!?」

 

(………………)

 

突如響いた謎の声にリィン達は息を呑み、レトは警戒を強め、声はさらに響く。

 

『——精神同調状態ニアル《起動者》候補ノ波形10あーじゅ以内ニ確認。 コレヨリ《精神同調ノ試シ》“第二項”ヲ展開スル』

 

そう告げると、扉は唸るように音を響かせながら上にはスライドし、重鈍な扉は開けられた。

 

『——っ!?』

 

そうして中から現れたのは、第四層でレト達3人が倒した巨大な首なしの甲冑と類似した赤い巨人だった。 その右手には同じような剣が握られている。

 

「こいつはあの時の……」

 

「オル・ガディア……その亜種って所だね」

 

「そのようだな。 しかしなんという威圧感だ。 “残骸”は確認していたが、まさかこれほどの相手だったとは……」

 

「……ん。 厄介そう」

 

「でもやるしかないわ。 せっかく元に戻ったんだもの」

 

討伐すると消滅する魔獣とは異なり、倒しても消滅しないで残骸を残す人形兵器のような存在……それを前にしてレトとエマは同じ事を考えていた。

 

(地精……魔女と対を成す存在か)

 

(あれは……間違いなく地精の手によって作られた……)

 

未知の金属と技術で動いている赤い巨人を前に、2人は他の4人とは違う視点で状況を把握している。

 

「ああ。 こいつを倒して必ず帰ろう!」

 

太刀を右腰に佩刀しながら、鋭く巨人を睨むリィンに、皆もそれぞれの得物を手に頷く。

 

「当然よ! こんな所で負けていられないもの!」

 

アリサは導力弓を……

 

「右に同じだ。 我がアルゼイド流の真髄——しかとその身で味わうがよい!」

 

ラウラは身の丈ほどある大剣を……

 

「……戦闘開始、だね」

 

フィーは双銃剣を握り……

 

「皆さん、援護はお任せを!」

 

エマはアーツの駆動を始めながら魔導杖(オーバルスタッフ)を眼前に構え……

 

「これで終わりにしてほしいね!」

 

そしてレトは槍を片手で持ちなぎら頭上で振り回し、眼前にそびえる巨体へと意識を集中させる。

 

「———————ッッ!!」

 

レト達が戦闘行為を開始したのを確認したからか……声にならない雄叫びをあげ、巨人は自身の力を高めた。

 

「——いくぞ、皆っ!」

 

叱咤するように声を張り上げたリィンに……

 

「ええ!」

 

「承知!」

 

Ja(ヤー)!」

 

「はい!」

 

「いざ、参る!」

 

皆も強く答え、最後の試練が幕を開けた。

 

 


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