4月24日ーー
実技テストから3日後。 VII組が始まって最初の特別実習の朝は前日と代わり映えしない朝だった。
「ーーこれでよしっと」
今日は珍しく早寝早起きレトは鏡を見ながら身嗜みを整えた。 それが終わればアークス、古文書を身に付け、次いで槍を取ろうとした時……隣に立てかけてあったトランクが目に入った。
「……………………」
しばらく硬直するようにトランクを見つめ、ため息を吐いて槍を手に取った。
「あ、レト、おはよう」
「おはようエリオット」
部屋を出ると既にA班が集まっていた。 そして直ぐにレトはリィンとアリサの距離感を察した。
「おめでとうございます」
「な、何を祝っているのよ!?」
「仲直りは良いことだよ? 僕もラウラと喧嘩した時は剣で語り合ったんだから」
「……そなたと喧嘩した時は結果的に全て手合わせになった気もするが……」
「むしろ喧嘩の発端が気になるような……」
今更ながらレトとラウラの関係が気になる3人だった。 その後トリスタ駅に向かい、居合わせたB班とも一時の別れをしてトリスタを出発した。 和気藹々と雑談をしながらワザと乗り合わせたサラ教官と一緒に列車に揺られていた。
「ーーへぇ、じゃあレトはケルディックに行ったことがあるんだ?」
「1度だけどね。 実際に大市には入っていないけど、遠目からでも分かる程盛んだったよ」
アリサがケルディックがどのような町か説明した後、実際に訪れた事のあるレトが説明を引き継いでいた。
「じゃあ、その時はレトは何をしにケルディックに?」
「通りがけにケルディックの西にあるルナリア自然公園に行ってたんだ。 あそこには精霊信仰があるからね」
「精霊信仰?」
「七耀教会とは違う、女神の信仰が始まる前から帝国各地にある民間信仰の事だよ。 今では廃れているけど、昔話や習俗の形で残っていて教会の教えにも取り込まれているんだ。 夏至祭や収穫祭が代表的だね」
「さすがは考古学者、トマス教官とも話が合うわけね」
「あはは、そのせいで度々授業そっちのけで議論が開始されるけどね」
レト達は楽しそうに雑談を交わし、それからあっという間に目的地であるケルディックに到着、レト達は寝ているサラ教官を起こして列車から降りた。
駅を出てまず目に入ったのは、帝都では見られない風車が特徴的な街並だった。 一見静かそうに見えるが、実際に町は大市目当てで様々な観光客や商人が訪れており、活気のある喧騒がここまで聞こえていた。
「へえぇ……ここがケルディックかぁ」
「相変わらずの栄ぶりで何より。 ちょうど良い喧騒で逆に落ち着くよ」
「そういえばラウラは来た事ないんだっけ?」
「うん。 ここには2、3度通り鉄道で過ぎたくらいだ」
「僕がここを訪れたのは旅が終わって、ラウラをレグラムに送った時の帝都まで歩いて帰る道のりだっただからね」
「レグラムから帝都までを歩きで……?」
確かにレグラムから帝都までにはちゃんと整備された街道が通っているとはいえ、ラウラを抜いてリィン達は呆れながらも関心した。 と、ここで立ち止まっている訳にもいかず。 リィンはサラ教官に宿泊先を訪ねた。
「サラ教官。 今回の実習の間の宿泊先はどこですか?」
「すぐそこよ。 着いてらっしゃい」
サラ教官の先導の元、レト達は彼女の背に着いて行く。
「………?」
その時、レトは視線を感じ。 辺りを見回すと……こちらを身なりのいい貴族が興味深そうに観察しながら見ていた。
「!!
「? レト、どうかしたのか?」
「すみません! 急用を思い出しました!」
「ちょ、ちょっとレト!?」
止める暇もなく、力強く大地を踏みしめ……土煙を立てずレトは掻き消えてしまった。
「っ……どこに行った……!」
場所は東ケルディック街道、レトはとある人物をそこまで追いかけて来た。
「ーーやれやれ、偶然紫電の君を見かけたと思ったら、まさか君までいるとはね」
「!」
声をかけられ、レトは周囲を探すのをやめ、姿勢を正した。 背後にある木製のアーチ、そこに目元しか隠してない羽根飾りのある仮面を被った胡散臭そうな人物が立っていた。
「……この際なんで帝国にいるのは聞いておかないけど……まだ美の開放を続けているの?」
レトは振り返らず、声をかけるだけで背後の人物に問いかける。
「当然、美の開放は私の使命だからね」
「そう……また勧誘してくるのかと思ったよ」
「それはカンパネルラの仕事だ。 君こそ、彼の意志を継ぐのはやぶさかではないと思うが?」
「何度も言っているけど答えは同じ。 アレだって必ずあの人の元に返却する。 僕には荷が重過ぎる」
「ふむ? 私個人の見解でも充分過ぎると思うが……まあ、私に君を止める権利はない。 だが、門を叩くのならいつでも歓迎する」
その言葉を最後に、不可解な一陣の風が吹いた。 レトは振り返り、飛んで来たものを掴んだ。 手の中にあったのは赤いバラの花びら……視線を上げると、アーチの上には誰もいなかった。
「はあ……神経質になり過ぎかもね。 認める訳には行かないけど……目を背ける事も出来ないんだし」
レトはため息をつき、トボトボとケルディックへ戻って行く。 到着するとここの住民に宿屋の場所を教えてもらい、風見亭に向かった。
中に入ると正面カウンターにリィン達がおり、昼間っから酒ざんまいのサラ教官を呆れながら見ていた。
「皆、お待たせ」
「あ、レト! いきなりどうしたの?」
「急に目の前から消えるからビックリしたわよ」
「あはは、ちょっとね」
笑ってごまかす。
「それより部屋割りは? やっぱり男女別?」
「いや、全員同じ部屋となった」
「へえ………………」
やはり異論があるのか。 たっぷり考え込んだ後、口を開いた。
「それで特別実習の活動内容は?」
「って、たっぷり間を置いたんだから他に言うことがあるんじゃないの!?」
「まあまあ、活動内容の入った封筒を貰った。 とにかく、先ずはこれを確認しよう」
リィンは持っていた封筒を見せ。 早速、特別実習を開始しようと宿を出ようとした時……
「レト」
不意に、酔っていたはずのサラ教官がレトを呼び止めた。 振り返ると、サラ教官は酔いを見せない真剣な表情をしていた。
「あんたの事情はそれなりに知っているわ」
「……………………」
「あなたはあなたの選んだ道を選んで歩きなさい。 結果はどうあれ、自分で決めたのなら後悔はしないでしょうし」
「……助言、ありがとうございます」
振り返らずお礼を言い、レトはリィン達を追いかけて風見亭を後にした。
◆ ◆ ◆
「これで……よし」
「終わった?」
現在、風見亭の女将から渡された封筒に入っていた実習内容は……ありて言えば雑務だった。 実習の課題は全部で3つ。その課題の1つのため、レト達は西ケルディック街道にいた。 リィンが街道灯の交換を終えると周囲にいた魔獣が散るように逃げて行った。
「そっちも終わったようね」
「皇帝人参、貰ってきたよ」
近くにあった民家からアリサとエリオットが出てきた。 課題の1つに必要な物を貰ってきていたようだった。
「後は壊れた街道灯を工房に、薬の材料を教会に届けるだけだな」
「あ、ならちょっと寄り道してもいいかな? この先がルナリア自然公園なんだ」
「あなた、自分が行きたいからって……」
「まあ、中に入るのはまだしも門の前まではよかろう」
「ホント? なら行こう!!」
アリサが呆れる中、ラウラの一声でレトは飛び跳ねるように喜んだ。 やはり、ラウラはレトの扱いに慣れていた。
「へぇ、あれがルナリア自然公園かぁ」
「サザーランド州にあるイストミア大森林よりは小さいけどね。 ……って、あれ?」
そうこうしている内にルナリア自然公園に到着したのだが……門の前に2人の大人の男性が立っていた。 レト達の存在に気付くと近付いて来た。
「なんだお前ら?」
「今自然公園は封鎖されている。 さっさと帰れ」
「それより元の管理者は? どこに行ったか知っていますか?」
「そいつは州の命令でクビになったよ。 今は俺達が管理をしている」
それだけを聞くと、レトはお礼を言い。 そそくさと自然公園から離れた。
「なによ、感じ悪いわね」
「…………………」
「何か気になるのか?」
「うん。 前の管理者とは1度とはいえ面識があってね。 問題を起こすような人でもなく、自然公園の管理に誇りを待っている切実な人だ。 ここの州……クロイツェン州の管理はアルバレア公爵家……」
「アルバレアって、ユーシスの実家の?」
「ああ、バリアハートにいるアルバレア公爵閣下が治めている。 気になるが、先ずは1度ケルディックに戻ろう」
「それがよかろう。 それに元締めなら何か知ってるかもしれない」
次の依頼、魔獣討伐の為レト達はケルディックに向かって歩き始めた。