8月22日ーー
「……へぇ、ここがレトの部屋なんだ」
「かなりの読書家なのだな」
「いらっしゃい、2人とも」
レトは自室にフィーとガイウスを招き入れていた。 先月の実習で約束した過去の写真を見せてもらうために。
「にゃー」
「……もふもふ」
「少し散らかっているけど、まあゆっくりしてね。 今アルバムを出すから」
「ああ」
フィーがルーシェを抱きしめ、ガイウスが差し出された椅子に座りレトは棚からいくつかのアルバムを取り出した。
「これが離宮でのアルバムで、こっちがリベールでのアルバム、それでこれが帝国でのアルバムだね」
ドカッと、レトいくつもの段になっているアルバムを床に置いた。 アルバムの数としては離宮が1つ、リベールと帝国が5つとなっている。 おそらく帝国のはまだ増え続けるだろう。
「離宮……そういえばレトってどこに住んでいたの? やっぱりあのバルフレイム宮?」
「僕は基本カレル離宮に住んでいたよ。 一般公開されている時期は念のためバルフレイム宮に移されるて……2年前、コッソリと兄さんについてリベールに行くまではそれの繰り返しだったかな」
「苦労したのだな」
「そんな事ないよ。 いつも側にはルーシェがいたし、兄さんとアルフィンとセドリックは本当の家族として僕を迎えてくれた……」
昔からレトの周りには複雑な事情が颯爽していたが、決して辛かった事はなかった。 古文書の解読や槍の修行に没頭して目を逸らしていた事もあったが、それよりも心を許せる兄弟がいたから……
「……ホント、色んな場所に行ったんだね。 これだけあればガイドブックも作れそう」
「観光名所は全て回ったと言えるだろうね」
「ふむ、それでこれが……」
ガイウスがリベールアルバムの1つに目を落としながら感嘆気味な声を出す。 そこに写っていたのは一体のドラゴンだった。
「……おおー、ドラゴンだー」
「空の女神より遣わせた聖獣か。 何とも厳とした姿だろうか」
「にゃおん」
フィーとガイウスが覗き込んだのは、雲の上を飛翔する黄緑色のドラゴンの姿……
「ーー空の聖獣レグナート、今はもうリベールにはいないみたいだけどね」
「そうなんだ……残念」
「確かに残念だ。 しかし聞くところによれば聖獣は他にもいる……もしかしたら出会う機会はあるだろう」
「………………」
「あはは……」
ガイウスはいつか会えると信じるが……それを聞いたルーシェはバツが悪そうにソッポを向いた。 それを見たレトは苦笑しながらルーシェの頭を撫でる。
「ふむ、他にも魔獣も多いな」
「特にこの何体ものヒツジンが合体した物も面白いよ」
「……それで、これが……」
フィーが1枚の写真を手に取った。 そこには大空を背景にして写っている都市があった。 大きさは小国位だが、何よりも空に飛んでいる事に目を引いた。
「浮遊都市、リベル・アーク。 リベールの起源とも言われる大崩壊の時代より封印された古代遺物……前に見せたゴスペルはここで使われる身分証みたいな物なんだよ」
「……言葉も出ないな。 例え写真からでも巨いなる力が感じ取られる……」
「…………? これ何?」
と、そこで不意にフィーが机にあった本を手に取る。 その本はかなり古そうで分厚く、普通では先ず見られない本だった。
「それは錬金術に関する本だね」
「錬金術……?」
「簡単な物しか載ってないけどね」
「何故そんな物を所持しているのだ?」
「この前の夏季休暇でクロスベルでね。一通り目を通して見たけど……簡単な錬金術なら再現出来そうだよ」
「ホント? ちょっと見てみたいかも」
「ーーそう言うと思って用意……はしてないけど。 錬金術をやろうと思って準備はしてあるよ、今から見てみる?」
「ああ、ぜひお願いする」
まだ見てない写真は残っているが、2人は浮遊都市で満足したようだ。 レト達は部屋を出て学院に向かい、技術棟に向かった。
「失礼します」
技術棟の中にはいつものようにジョルジュ・ノームがいた。 しかし、いつも置いてある導力バイクが無かった。 外にもそれらしきモノは無かった事にレトは疑問に思う。
「やあ、来たね」
「……いつも一緒にいるあの人は?」
「アンの事かい? 今はリィン君に導力バイクのテストをしてもらって、クロウ達と一緒に街道にいるんだけど……僕は忘れ物をしたから一旦ここに戻って来たんだ」
「なるほど、それで……」
「ジョルジュ先輩、もう釜は出来てますか?」
「ああ、設計通りに作っておいたよ。 むしろ設計通りにしか作れなかったけどね」
「作れただけでも凄いですよ」
レトはジョルジュに礼を言いながら奥の扉を開けて入り、部屋の奥に進むと……そこには普通ではありえない大きさの釜があった。
「これが先週に特注で作ってもらった錬金釜だよ! これで錬金術が再現出来るよ!」
「……大きいね」
「これで太古の人々は錬金術を?」
「なんだか、また妙な事をしているな……」
「へぇ〜、面白そう!」
「ーーって、いつの間にマキアスとミリアムが!?」
フィーとガイウスの他に、いつの間にマキアスとミリアムがいた。
「僕はミリアムに連れ回されていたんだが……君達を目にしてそのままついて来たんだ」
「ねえねえ、一体それで何をするの?」
ミリアムはキラキラした目で釜を指差しながら聞いてくる。 レトは多少困惑しながらも錬金術について説明した。
「というか、そもそも錬金術とはなんだ?」
「何でも、元素を組み合わせて新しい物質を生み出す魔術を錬金術って言うんだって。 錬金術に限らず魔術を使うには魔力が必要なんだけど……これは古のアルノールの血による魔力が解決してくれるはず」
「前に言ってた導力魔法の適正のことだね」
「そ、錬金術は才能に左右されやすいと言われているけど……簡単な物なら出来るでしょう」
兎にも角にも細かい説明をした所で意味はなく、論より証拠と思いレトは火をかけた錬金釜と向かい合う。
「さてと、じゃあ始めるよ。 先ずは釜に火をいれたら……さっき買った材料の麦粉と切ったリンゴとハチミツと水を入れて……」
「ーーちょっと待て! 君は一体何を作る気だ!?」
マキアスを余所にレトは釜の中にポイポイと材料を投げ入れる。 それから棒を釜の中に入れて混ぜて蓋をし、30分後……
「タッタタタ〜ン♪ リンゴのタルトが出来ました〜♪」
「何でぇッ!?」
「どこをどうやったらそうなったんだ!?」
「……リンゴの……タルト? 今ので? この釜で……タルトを?」
「不可思議な物だ」
当然の反応をする4人、あの一連の工程でどうやって完成させたのか疑問に思う。
「何でも暗黒時代の錬金術は等価交換とか物理法則に喧嘩売る学問だったみたいだねー」
「…………(モグモグ)。 味はいまいち……」
「モグモグ……ホントだ、あんまり美味しくない」
「そりゃあ、初めてだからね。 出来ただけマシ。 最悪、失敗して爆発なんて可能性もあったから」
「それを先に言ってくれ!」
マキアスが釜から身を引き、タルトを口にして眉をひそめるレト。 と、そこでミリアムが近くにあった三角フラスコを手に取った。
「おお〜……!」
中に入っていた赤い液体を見て驚きの声を漏らし……釜の中に流し込んだ。
「あ、それ入れたら爆発する……」
『ーーえ……』
「わ〜い、逃っげろー♪」
釜の中が不穏に沸騰する中ミリアムは駆け足で部屋を脱出し、そして……
ドカーーーンッ!!!
爆発音を轟かせて技術棟の窓が吹き飛び、爆煙が立ち上った。
◆ ◆ ◆
「ーーで、これは一体何事?」
黒く煤汚れたレト、フィー、ガイウス、マキアスは仁王立ちで額に青筋を立てるサラ教官の前で東方風でいう正座をさせられて並べられていた。
硬い床の上での正座なのでとても痛く。 レトは東方文化を嗜んでいてそれ程苦ではなく、他の3人は慣れてないので仕切りに身を揺らしていた。
「ケホ……えーっと、実はですねー」
レトは煙を吐きながらことの次第を話した。
「ふーん、錬金術ねー。 東方でそんな術があるとは聞いた事あるけど……それを独学で再現するとはねえ」
「……………あはは、昔からそういう事だけは得意だからね」
「……そういえばレトって槍術も本を読んだだけの独学だったっけ」
「本当に、羨ましい限りの才能だな」
レトはサラ教官の言葉に一瞬だけ眉をひそめる……が、すぐに笑った。
「はあ……まあとにかく、あんた達は技術棟の後片付け。 それとレトは何をするにしても細心の注意をすること」
「はーい」
「承知した」
「……メンドイけど、仕方ないか」
「くっ、どうして僕がこんな目に……」
ほぼ巻き込まれてしまったマキアスは多少愚痴を言いながらも手を動かし、片付けが終わる頃にはすっかり夕方にり、雨も降り出してしまった。
「……あーあ、もうこんな時間」
「ふう、雨も降り出したな」
「……夕立だろう。 終わる頃には止んでいる筈だ」
「傘、持ってきておいて良かったかもね」
外を見ながら最後の片付けを終わらせた時……室内にクロウが入ってきた。
「よお、オメェら。 ご苦労様だな」
「クロウ先輩。 確か旧校舎の探索に行ってたのでは……」
「ちょうど今さっき終わってな。 それで一度ここに寄ってみたらオメェらがボカやらかしたって聞いてな。 いやぁ、見てみたかったぜ」
「もし見てたらクロウ先輩も後片付けに付き合わされましたよ?」
「……相変わらず俺には辛辣な事言うな、オメェは」
何か気に触る事でもしたのかと思うくらい、とレトの辛口にクロウは愚痴をこぼす。
「さてと、まあクロウの事は置いておいて『やっぱひでぇ……』お詫びに何か錬金術で作ってみるよ」
「やめてくれ! また爆発でもされたらどうするんだ!?」
「アレはミリアムがいらないものを入れたから起きたの。 今度は細心の注意を払ってやるから安心して」
「…………無理……」
「えーっと、乾燥したハーブに布と糸を入れてグールグルっと……」
「やめろーー!!」
その日、夕立が止むまで技術棟からは叫び声が途絶えなかったとか何とか……