英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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34話 怪盗紳士の戯れ

7月26日ーー

 

帝都は今日から夏至祭……市民の人々が思い思いに祭りを満喫する中、レト達B班は帝都を疾走していた。

 

「皆、早く早く!」

 

「はあはあ……ま、待ってくださ〜い……」

 

「っていうか、さも当然のように街灯の上を飛び越えて行くんじゃないわよ!」

 

「流石だな、まさに森を駆け抜ける狩人のようだ」

 

「……野猿の間違えだろう。 全く、アレが皇族に連なる者だというからタチが悪い」

 

人混みの中を走るのはとても目立ちら観光客などの視線の的になるもの……そんな事には構っていられず、ただ目的地に向かって走った。

 

何故朝からレト達は走っているのかと言うと……それはカール知事からの一本の通信から始まった。 何でも帝都競馬場で緊急事態が発生し、その対処をしてもらいたいと要請したためだ。 しかも至急に頼むと言われ、レト達は朝食を食べる間もなく宿泊場所のギルドから出たのだ。

 

「ーーよっと」

 

「ふう、ふう……やっと抜けられた……」

 

「昨日通った道なのに、全然違う場所を通ったみたいでした……」

 

「これだけの人混み、ノルドではまず見られないだろう。 とても経験になるな」

 

レト達は導力トラムから降りてからすぐに走り、競馬場に向かうと……早朝にも関わらず競馬場前の広場は人でごった返していた。

 

「こ、これは……」

 

「この人達全員、競馬場に?」

 

「朝からご苦労な事だ」

 

「ーーすみません! 競馬場の関係者なので退いてもらえますか!」

 

レト達は観客を押しのけてどうにか競馬場に入ると……競馬場内は不自然に騒がしかった。 この場所が騒がしい事は広場で分かっているが、ここの喧騒には活気がまるでない。関係者が慌ただしく右往左往しているだけだった。

 

「何かあったのだろうか?」

 

「今日は夏至祭というのに、随分とシケた表情をしているな」

 

「とにかく先ずは支配人から話を聞こう」

 

昨日と同じ道を通って貴賓席に入り、チャールトン支配人を探すと……

 

「はああ、どうしたらいいんだ……」

 

支配人は頭を抱え俯きながらソファに座っていた。 すると、ふと顔を上げた支配人がレト達を視界に入ると……バッと、勢い良く立ち上がった。

 

「はっ、君達! よく来てくれた!」

 

「1日ぶりですね。 それでどうされたのですか? レーグニッツ知事から何か大変な事件が起きたと……」

 

「誘拐事件でも起きたのか?」

 

「そ、それが……そうなんです!! 大切な馬達が誘拐されてしまって!!」

 

ユーシスが冗談のように言った言葉がまさかの的中、支配人は大声を上げ……ゼェゼェと息を荒げる。

 

「お、落ち着いてください。 お身体に触りますよ」

 

「本当に誘拐事件だったのだな。 しかし、誘拐されたのが馬とは……」

 

「……待ってください。 今、()()って言いました? その……一体何頭攫われたのですか?」

 

「……5頭です。 ランバーブリッツ、ブラックプリンス、カイザーダイス、ランドアレスター、ライノブルーム……全部が」

 

支配人から出た言葉にレト達は驚く事も出来ず呆然としてしまう。

 

「それで外と中のテンションにこんなに差があったのか……外のお客達はこの事をまだ知らないみたいですね?」

 

「ええ……しかしこのままだと夏至祭は愚かレースすら開催できません。 この夏至祭のメインレースには夏至賞もあります……帝国市民の皆さんはもちろん、貴族や皇族の方々も期待されている。 それを無下にする訳には……!」

 

多くの人々が楽しみにしている競馬、それが開催出来ないとかなると競馬場の信用が下がるだけでは済まないだろう。

 

「捜索を急いだ方が良さそうですね……チャールトン支配人、犯人の手がかりはあるのでしょうか?」

 

「ああ……それが現場にこのような物が」

 

支配人は1枚のカードを差し出した。 赤いBのマークが目立つそのカードにはこう書かれていた。

 

〈ヘイムダル競馬場の支配人殿へ。 雄々しい平原で生まれ育った5頭の駿馬ーー確かに頂戴した。 ただし、次の条件を満たせば無事にお返しすることを約束しよう。 これは取り引きだ。

一、事件を鉄道憲兵隊には報せぬこと。

一、同封したもう一つのカードを、トールズ士官学院、特科クラス・VII組B班に渡すこと。

一、VII組B班のメンバーがカードに書かれた我が試練に打ち克つこと。

怪盗B〉

 

「……………………(イラッ)」

 

「こ、これって……A班の皆さんが言っていた」

 

「ふざけた言い回しを……」

 

「だが……これは俺達の行動次第では返してもられるようだ」

 

「この文章が正しいのなら、あり得ますね」

 

「……もう一つのカードは?」

 

「こちらです」

 

若干イラつきながら支配人からカードを受け取り、レトはそこに書かれていた文章を読んだ。

 

〈トールズ士官学院、特科クラス・VII組B班へ。 駿馬に至らんとするならば、我が挑戦に応えよ。 鍵は全て緋色の都にあり。 始まりの鐘は……『最も位の高き七耀の僧侶の祭壇』〉

 

「相変わらずイラつく謎かけを……ルーアン辺りでずっとクルクル回っていればいいものを……あ、それじゃルーアンの人達に迷惑か……」

 

(レト?)

 

「怪盗Bって……昨日A班の所に来たっていうあの?」

 

「世間はおろか国を跨って騒がす盗賊……どんな物も盗み出せると聞いているな」

 

「帝国に来てから時折耳にはするな」

 

昨日リィン達A班の前に現れた怪盗Bが、1日経ってB班の元に現れて挑戦状を叩きつけてきた。 昨日盗んだのはティアラで今日は5頭の馬……美の解放を謳うにしては広いジャンルの持ち主のようだ。

 

「それでは私達は捜索を開始します。 力を尽くしますので、どうかご安心下さい」

 

「どうか、馬達をよろしくお願いします……!」

 

「彼らもノルドで生まれ育った同胞……必ず見つけ出してみせよう」

 

「ーータイムリミットは午前10時……0840、トールズ士官学院、VII組B班! 必ず犯人を見つけ出して、レースを開催させるよ!」

 

『おおっ!』

 

時間も残されていないので早速行動を開始した。 競馬場を出て導力トラム乗り場に到着した頃にエマが謎を解き、B班はサンクト地区に向かった。

 

「七耀って言われるたらやっぱり七耀教会だね。そしてこの帝都で“最も位の高い僧侶”と言えば……」

 

「シグマール総大司教猊下……つまりここ、ヘイムダル大聖堂ね」

 

どうやらミサがそろそろ始まるようで、市民が次々と聖堂内に入って行っていた。 レト達もその流れに乗って聖堂の中に入った。

 

「後は祭壇だが……」

 

「シグマール猊下は気難しい事で有名だからねえ。 少し探すだけとは言え、そう簡単に祭壇を探させてもらえるかどうか……」

 

「なら僕がコッソリ行ってくるよ。 パッと行ってパッと取ってくれば何とかなるよ」

 

「ちょっ……!?」

 

アリサ達が止める間も無くレトは気配を消して正面にある祭壇に向かい。 誰にも気付かれる事なく祭壇の中に潜り込み……すぐに出てきてサッと戻ってきた。

 

「祭壇の裏に貼ってあったよ」

 

「ヒヤヒヤさせないでよ……」

 

「まあ結果的にいいだろう。 それでカードには何と書いてある?」

 

「えっと……」

 

〈第二の鍵は……『白ハヤブサ、交差する鐘、雄鹿……全てに通じる玄関口、時が運び去る場所』〉

 

「また遠回しに余計な手間を……」

 

「白ハヤブサといえば、不戦条約を締結したリベール王国の国鳥として有名ですね。 後は隣国のクロスベルに、大陸北部にあるレミフェリア公国と言ったところでしょうか?」

 

「……まさか、その3つの国まで行けってことじゃないわよね?」

 

「怪盗Bならやりかねそうだけど……それじゃあ最初の鍵は全て緋色の都にあるという文面を否定する事になる」

 

「では、その3つの国に関係がある場所に向かえばいいのだろうか?」

 

「そうだね。 心当たりが1つあるよ」

 

レトが謎を解いたようでそう答え……次はヘイムダル空港に向かった。 夏至祭である事からかターミナル内は観光客でごった返していた。

 

「さてと、空港に来てみたけど」

 

「怪盗Bの謎かけの『白ハヤブサ』『交差する鐘』『雄鹿』は順にリベール、クロスベル、レミフェリアを示しています」

 

「“全てに通じる玄関口”といえば3つの国行きの国際定期便があるこのヘイムダル空港になるわね」

 

「後は『時を運び去る場所』だが……」

 

「とにかく探してみるしかないな。 この辺りを探してみよう」

 

ターミナル内を順に調べ、手荷物受け取り場のベルトコンベア付近を捜索すると……勘違いしたのだろうか、ベルトコンベア前にいた係員に声をかけられた。

 

「やあ、君達も荷物の受け取りかい? 手荷物を受け取るときは俺に預かり証を見せてくれよ」

 

「いえ、そうじゃなくて……この付近でカードとか見かけませんでしたか?」

 

「カード……? 荷物の預かり証じゃないよね? 悪いけど、心当たりは無いな。 落し物ならカウンターで聞いてくれるかい?」

 

「ああ、そうしよう」

 

「どうもお邪魔しました」

 

ガイウスとエマが係員に頭を下げ、その場を離れようとした時……ベルトコンベアから1枚のカードが流れてきた。

 

レト達は突然の事に呆然と流れていくカードを眺める。

 

「…………えっと、あれは…………」

 

「まさかとは思うんだけど……」

 

アリサは通り過ぎてしまったカードを拾い、レト達に見せた。 それは紛れもなくレト達が探している怪盗Bのカードだった。

 

「まさかそんな場所から流れてくるなんて」

 

「フン、盗賊風情が手のかかることを……」

 

「ええっと、何々……」

 

〈第三の鍵は……『歴史を綴る館にある高原の印』〉

 

「まだあるのか……」

 

「喜びも束の間だな」

 

「『歴史を綴る館』……何の事でしょうか」

 

「だが『高原の印』……もしかしたらあそこかもしれない」

 

ガイウスが心当たりがあるようで、ガイウスの案内でライカ地区にある帝國博物館に向かった。

 

「歴史を綴る館は帝國博物館のことだったのね」

 

「そして高原というのはノルド高原についてで間違いないだろう。 その印というのはこの博物館に展示されているノルドに由来するもの……」

 

「それがこの石切り場の石像というわけか」

 

「薄暗かったけど、確かにこんな石像があったわね」

 

リゲルに断りを入れて仕切りを超えて石像を探し回り……カードを発見した。 そこにはこう記されている。

 

〈第四の鍵は……『かつて都の西を支えた籠手達、彼らが憩いし円卓に』〉

 

「ふむ、また分かりにくい表現のようだ」

 

「……いや、リィン達から事件の内容聞いていたけど……」

 

「使い回されたわね」

 

レト達は昨晩A班が怪盗Bの挑戦を受けた時の内容を聞いており、若干不審に思いながらもヴェスタ通りのB班が宿泊しているギルド支部に向かった。

 

「『かつて都の西を支えた籠手』……話に聞いていましたからすぐに分かりましたけど……」

 

「にゃー」

 

「よしよし、見つけてありがとうね、ルーシェ」

 

ギルドに入るとルーシェがカードを咥えて持って来てくれ、レトはお礼を言いなが頭を撫でてカードを受け取った。

 

「あちらに続いてここの宿泊先に侵入するとはな」

 

「荒らされた形跡はなさそうだが……」

 

「あんまり良い気分にはならないわね」

 

「はい……それに少し怖いですし」

 

「あの変態紳士の考えている事なんか分かったもんじゃないよ。 さて、お次は……」

 

〈第四の鍵は……『四大に繋がる大地に描かれた線が集いし場所、獅子の心を持つ覇者の見つめる先に』〉

 

「謎かけはまだまだ続くようだな」

 

「でも、やるしかないわね」

 

その場で謎ときの答えを思案し、ユーシスの答えでヘイムダル中央駅に向かったが……

 

「『四大に繋がる大地に描かれた線が集いし場所』……これは、四大名門の主要都市に繋がる大陸横断鉄道、そしてヘイムダル中央駅を指しているはずだ」

 

「で、『獅子の心を持つ覇者』はもちろんこの先にあるドライケルス広場にあるドライケルス大帝の像だね」

 

「にゃー」

 

「……って、またルーシェを連れて来たの!?」

 

「うん。 勝手に引っ付いてきたんだ」

 

レトはルーシェの首根っこを掴んで引っ張ろうとするも、ルーシェは爪を肩に突き立てて離れようとしなかった。

 

「全く……」

 

「あはは……そしてドライケルス像の目線はヴァンクール大通りからこのヘイムダル中央駅の方向に真っ直ぐ向いている」

 

「その『見つめる先』には……」

 

中央駅の前には花に囲まれた像が乗りそうな1つ台座があり、付近を調べると……囲いの中にカードを発見した。

 

「ふう、いい加減振り回されるのにも慣れて来たわね」

 

「さてさて、そろそろ終わりも近付いて来た頃かもね……」

 

〈最後の鍵は……『2番目の剣帝が隠れ住まう常夜の都。 駿馬は銀の獅子が目をつけているだろう』〉

 

「……………………」

 

レトは文面を見て固まり、アリサは変に思ったのかレトの手からカードを奪い取り、他のメンバーに見せた。

 

「相変わらず分かりにくいわね」

 

「“2番目の剣帝”は分からないが……常夜の都というのは恐らく地下道の事だろう」

 

「最後の鍵と駿馬と言うのだ、これが最後の謎かけだ」

 

「でも、今までと違って全然分からないし、広過ぎる地下道をしらみつぶしに探す時間も残されていないし……」

 

「ーーあ、レトさんは何か知っていますか? 地下道は隅から隅まで把握しているんですよね?」

 

エマがそう問いかけると……レトは溜息をついた。

 

「……こっちだよ。 その謎かけが言う場所は中央駅の地下にあるんだ」

 

「やった! これで馬達が見つかったのも同然ね!」

 

「では、早速行くとしよう」

 

レトの案内で駅の隅にあった扉から地下道に入り、隠し通路を通りながらさらに下に向かうと……

 

「ここは……」

 

「昔に使っていた蒸気機関で動く列車の為のターミナルだよ。 今はその列車もないから線路だけだけど……」

 

僅かに点々とする導力のランプが周囲を照らし、中央に回転する転車台があり東西南北に5つの路線が引かれ、線路の先の通路は闇に包まれていた。

 

アリサ達が驚愕しながら辺りを見回す中、レトはまるでここが自分の家のように気兼ねなく歩き、5本目の線路が繋いでいる車庫の扉を開けた。

 

「いたいた」

 

「あ! 競馬場で見た馬達!」

 

そこには列車はなく、代わりに5頭の馬がいた。番号がつけられた鞍を付けられている事から競馬場の馬達なのは間違いないだろう。

 

「ふむ……5頭とも揃っているようだな」

 

「目立った外傷もないしストレスも感じていないようだな。 これなら最高の状態でレースに挑めるだろう」

 

馬に通じているガイウスとユーシスが馬の体調を確認し、馬を車庫から出した。

 

「しかし、レトさんはよく知っていましたね?」

 

「そりゃそうだよ」

 

レトは当然のように答え、車庫の隣にあった壁と一体化している家のような扉を開けた。 その中にはソファやテーブル、書棚や導力ラジオなどもあり生活感があった。

 

「ここ、僕の秘密基地だから。 ラウラも知っているよ」

 

「にゃ」

 

「何だと……?」

 

「か、勝手にそんな事をしても大丈夫なんですか?」

 

「幾多もの隠し通路で隠されているからバレないよ。 さて……」

 

秘密基地の扉を閉め、レトは転車台の方を向き、鋭い目つきをして睨みつける。

 

「ーー茶番はこのくらいで終わりにしよう……ウルグラ!!」

 

レトは首を左右に振って肩をほぐし、背にある車庫に向かって声をかけ……車庫から銀の影が飛び出しレトの隣に銀獅子、ウルグラが現れた。

 

「なっ!?」

 

「そう言えば謎かけには『駿馬には銀の獅子が目をつけている』って……まさか、魔獣!?」

 

「いや、あれからは命の息吹が感じられない!」

 

「機械仕掛けの銀獅子!」

 

「ーーいるんでしょう? 怪盗B……いや、結社、身食らう蛇の執行者、No.X……怪盗紳士、ブルブラン!」

 

アリサ達が突然現れたウルグラに警戒する中、レトは怪盗Bを呼ぶと……

 

「フフ、フフフ……ハーハハハハッ……!」

 

笑い声とともに転車台の上に旋風が巻き起こり、現れのは目元しか隠していない羽飾りのある仮面をつけ、貴族を模したような白い服を着ている怪しい人物……怪盗Bことブルブランだった。

 

「フフ、青い果実もいいが……緋に染まり熟れ始めた果実もまたたまらない」

 

「あ、あの人は……バリアハートで見たブルブラン男爵?」

 

「それに、あの仮面は……」

 

「既に剣帝が言ってしまったが、改めて……怪盗Bこと、怪盗紳士ブルブランという。 ブルブラン男爵は、あくまで仮初めの姿に過ぎない。 そして、久しぶりと言っておこうか、結社No.II……剣帝、レミスルト」

 

「ーーはあっ!!」

 

ブルブランがその名を口にした瞬間、レトは一瞬でアーツを発動し。 ブルブランの周囲に銀の刃が突き刺さり……陣を描き衝撃を放った。

 

避けるそぶりもなく、確実に直撃したようにみえたが……ブルブランはいつの間にアーツの攻撃範囲外に立っていた。

 

「はははっ! シルバーソーン……レーヴェお得意のアーツだったね」

 

「それ以上無駄話を言ったら八つ裂きにするよ」

 

「え……」

 

「なんだと……?」

 

ブルブランはレトの事を結社No.IIと呼び、アリサ達はレトに視線を向けるが……レトは溜息をついて首を横に振る。

 

「僕が受け継いだのは剣帝の名のみ。 結社に属した覚えはないよ」

 

「フフ、そう思っているのは君だけだ。 1度くらいは見に来てはどうだ? ここで言う見学のようなものだ」

 

「相変わらず色々と人を引っ掻き回すのがお得意のようだね。 イラッ☆て来るよ」

 

内心見学したら面白そうと思っておきながらも、ブルブランの口調のせいで苛つきの方が強くなり、レトは即座に断った。

 

「昨日、リィン達にも会ったそうだね?」

 

「ああ、光の剣匠の娘に西風の妖精も興味深かったが、あの黒髪の少年にはさらに興味を引く何かがあった……フフ、君はもちろん、その周りも中々面白い事になっているようじゃないか」

 

「そう……一応、兄さんに貴方は元気にしているって伝えておくけど……」

 

そこで言葉を切り、銃剣を抜いて軽い闘気を放つ。 レト自身は軽めだと感じているが、背後にいるアリサ達には肌がビリビリするようなものに感じられる。

 

「ーーこれ以上相手にしている気はないよ。 そこを自分で退くか、無理矢理退くようにするのか……選ぶといいよ」

 

「フフ、カンパネルラの話が正しければ、神速の戦乙女を軽くあしらった君は既に剣帝の足元に届いているだろう。 流石に私だけでは手に余る……それに先日と同様にVII組には大変楽しませてもらった」

 

「その話はカンパネルラと同じナンバーくらいで信用して欲しかったな……」

 

だが邪魔をするつもりはないようで、ブルブランは貴族のように恭しく礼をした。

 

「それでは諸君、私はこれにて失礼する。 祭りを盛り上がらせる駿馬の猛々しい疾駆……楽しませてもらうとしよう」

 

すると、ブルブランが光だし……バラと旋風の演出もなく早々と音もなく消えてしまった。

 

「き、消えた……」

 

「妙な術を使う。 どうやらお前とオリヴァルト殿下と知り合いのようだな?」

 

「知り合って言うより腐れ縁かな。 僕はあの2人の理解不能な問答に巻き込まれただけ」

 

「ふむ、あの御仁と」

 

「……………………」

 

オリヴァルト皇子とブルブランの間に何かあった事は分かり、エマは顎に手を当てて考え込んでいるのをアリサが気付いた。

 

「エマ? どうしたの、ボーッとして?」

 

「え……! い、いえ、なんでもありません」

 

「さて、競馬を見つけたとはいえ、どうやって連れて行こうか……」

 

「時間もない……ウルグラ!」

 

「グルオオオオッ!!」

 

いきなりレトの指示でウルグラが馬達に向かって吼え、馬達は恐怖で震え上がった。

 

「競馬がいきなり初対面で乗せてもらえるとは思えないからね。 慣れさせる時間もないし手っ取り早く御させた」

 

「全く……恐怖で操るなど邪道だぞ」

 

「ごめんごめん。 でも時間が無いのも確かだよ。 後15分くらいで競馬場が開かれる……その前にこの馬達を連れて行かないと」

 

「そうね」

 

「ですが、どうやって馬をここから?」

 

「僕は乗れるし、エマ以外は乗馬の経験はあるよね? そうなると6対4で馬が多いんだけど……こういうのはどうかな?」

 

レトの出した提案に、アリサ達は驚愕するも……頷いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

9時を過ぎ、ヘイムダル中央駅は少しずつ人が増え始めた。 遠くから遥々帝都に来た人々が今日の夏至祭を楽しむために駅を後にする中……馬が駆ける音が徐々に聞こえて来ていた。

 

「……ん?」

 

「なに、この音……」

 

「何か近付いてーー」

 

陰にあった扉を蹴破って、地下道から馬に乗ったレト達が飛び出してきた。 突然の事に市民は慌てふためく。

 

「うわあああっ!?」

 

「な、何々!?」

 

「う、馬ぁっ!?」

 

「はいはいごめんよー」

 

「すみません! 失礼します!」

 

アリサの腰を強く抱きしめ、後ろを向きながら追い抜いた市民に頭を下げるエマ。

 

レトが先導して道を開き、その後をアリサとエマ、そして騎乗していない2頭の馬と最後尾はガイウスとユーシスが並んで帝都を疾走した。

 

「おい、こんなにスピードを出して大丈夫なのか? 導力車もあるこのご時世で、交通法も無視して行けるのか?」

 

「クレア大尉に連絡済みだよ。 帝都競馬場に馬匹車を入れるための今も使っている正規の地下道までのコースに交通規制してもらっているから、ノンストップで行くよ!」

 

「で、ですがもっとスピードをーー」

 

「ハイヤー!!」

 

エマがスピードを落として欲しいと提案する前にアリサが速度を上げ、エマは悲鳴を上げながら腰に強くしがみ付くが……テンションが上がり気味のアリサはそんな事御構い無しに手綱を握る。

 

「きゃああああっ!?」

 

「あははは! ノルド高原を駆け抜けるのもいいけど、帝都を走るのもまた違った面白さがあるわね!」

 

「たしかに、馬が地を蹴る振動がまるで違うな」

 

「柔らかい平原と違って、ここは整備された硬い歩道だからな」

 

帝都を馬で疾走し、途中で競馬場に続く正規の地下道を通り……何とか10時、30分前に競馬場に到着した。

 

馬を見た支配人は嬉しさのあまり卒倒しかけ、だがこれからが本番だと気合を入れた。

 

ノルドで体験したとはいえ、乗馬に慣れていないエマは息絶えだえだった。

 

「ハアハア……つ、ついて行くだけでいっぱいいっぱいでした……」

 

「いい馬だな。 流石は帝都競馬場の出場するだけはある」

 

「ああ、とても強い馬達だ。 今の疲労もすぐに回復してレースに挑めるだろう」

 

そして定刻になり……競馬場での夏至祭を告げるファーストレースが予定通りに開催された。

 

「先ほどの疲労を感じさせない走りですね」

 

「むしろウォームアップが済んで調子が良いんじゃないかしら?」

 

「そうかもしれないな」

 

支配人の計らいでレト達は貴賓席からレースを観戦していた。 下の観客席もほぼ満席で大いに盛り上がっている。

 

「しかし、いくら緊急事態とはいえ帝都で馬を走らせるなんて思い切ったことをしたものよね」

 

「……こりゃ明日の帝国時報の一面に乗りそうだね」

 

「はぁぁ……それが一番心配です……」

 

「フン、それぐらい流すぐらいの気構えはしておくんだな」

 

「フフ、これもまた風の導きだな」

 


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