英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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33話 表裏

軽い一悶着もあったが、今は落ち着きを取り戻して茶の席を囲っていた。

 

「でもまさかレトが皇族だったなんて……」

 

「後で詳しく話すけど、僕の存在を知っているのは皇族と宰相閣下、それと四大名門の領主と極少数の軍関係者、後はアルゼイド子爵閣下くらいかな」

 

「ラウラは以前から知っていたの?」

 

「うん。 旅の途中で教えてくれてな。 皆にも済まないとは思っている」

 

「いえ、事情があるのなら仕方ありませんよ」

 

丸いテーブルを3つ繋げ、そこで囲むようにお茶をしながらレトはリィン達に頭を下げる。

 

「マキアスもごめんね。 オリエンテーションの時はっきりと言ってなかったから」

 

「あ、ああ、気にしてないから気にしなくても……」

 

「ーーまあでも、マキアスが嫌いなのは貴族であって皇族じゃないよね?」

 

「……僕の葛藤を返せ」

 

「あはは、隠し事があってもレトはレトだね」

 

例え皇族であってもこの3カ月間、VII組として共に過ごして来た時間は嘘ではない……故にリィン達はレトが皇族であろうとも敬ったりはせず、いつも通りに話しかけられている。

 

「……会話の流れで気付いたんだけど、レトはお姫様を避けていたの?」

 

「うーん、アルフィンをいうより皇族を、かな。 はっきり言って僕の出自は不明……リィンに失礼だと思うけど、僕と皇族との関係はリィンに近いかな」

 

「それは……」

 

「まあそういう事。 と、言ってもどうやら父さん……現皇帝のユーゲント三世は僕の両親が誰なのか知っているようだし、知った上で僕を皇族として置いているのかもしれないね」

 

つまり現皇族とレトとの繋がりは不明確……これがもし口外でもされれば、貴族達がシュバルツァー男爵を非難した時の比ではないだろう。

 

「たとえどんな理由があろうとも兄様も兄様です。 いかに事情があろうともこんな可愛い妹を長い間放置するなんて」

 

「自分で可愛いって言うんじゃないの」

 

「フフ、姫様もそういった側面があって、私としては安心しました」

 

「あら? てっきりエリゼはご機嫌斜めだと思っていたのだけど……」

 

「最初はそうでしたが……お2人の熱い抱擁を見れば些細な事でした」

 

「エリゼ、あなたもやるようになったわね」

 

「ええ、おかげさまで」

 

2人の視線を交える間で火花のようなものが散る。 アルフィンはユーシスとラウラの方を向いた。

 

「ユーシスさん、お久しぶりです。 ラウラさんとは1年ぶりくらいでしょうか? お元気そうで何よりです」

 

「……殿下こそ。 ご無沙汰しておりました」

 

「殿下とはレグラムへ帰郷しようとした時以来……またお美しくならましたね」

 

「ふふ、ありがとう。 そうだ、兄様を支えてくれたお礼もまだでしたので、後程受け取ってはいただけないでしょうか?」

 

「では、ありがたく頂戴せてもらいます」

 

どうやらラウラとアルフィンは貴族と皇族としてではなく、レトを通じての交流があったようだ。

 

「……それはそうと、ラウラさんとはこの学院でご一緒できるかと期待していたのですけど。 やっぱりトールズの方に行ってしまわれたのね?」

 

「ええ、剣の道に生きると決めた身ですので……ご期待に沿えずに申し訳ありません」

 

「いえ、決心が揺るぎないようで何よりです。 それでこそ兄様(あにさま)()に相応しいというものです」

 

「で、殿下、お戯れを……」

 

「ふふ……しかしアンゼリカさんもトールズに行ってしまいますし……兄様もいる事ですし、こうなったらわたくしも来年そちらに編入しようかしら」

 

「ひ、姫様……!?」

 

アルフィンがトールズに転向すると言い、エリゼは驚き……レトは呆れ顔になりながらアルフィンをたしなめる。

 

「全く、アルフィンは兄さんに似てからかい上手だけど、あんまり友達を弄らないようにな」

 

「フフ、これも一種の友情の形です。 ですが、兄妹としての時間もまた大切……兄様が避けていた時間を埋めるためにも、今日は寮のわたくしの部屋にお泊りになってもらわないと!」

 

「僕を社会的に暗殺する気か」

 

皇族としてではなく、レトとアルフィンの普通の兄妹のやり取りを見てリィン達は苦笑する。

 

(なんか楽しい人だね)

 

(随分軽妙でいらっしゃるな)

 

(うーん、噂には聞いていたけど、実物はそれ以上というか、斜め上と言うか……)

 

(と、とんでもないな……殿下から皇族のオーラが目に見えてわかりやすいが、今のレトからもそれが見えるぞ)

 

(そ、そういえばレトってティーカップを置く時、結構勢いよく振り下ろすけど、物音一つ立てずにソーサに置いていたような……)

 

(……なんだか底知れない方に見えてきました)

 

エリオット達が小声で会話し、その会話はレトに丸聞こえだが……当の本人は特に気にせず菓子折りを口にする。

 

「ふふっ……リィン・シュバルツァーさん。 お噂はかねがね。 妹さんからお聞きしていますわ」

 

「ひ、姫様……」

 

「はは……恐縮です。 自分の方も、妹から大切な友人に恵まれたと伺っております。 兄としてお礼を言わせてください」

 

「に、兄様……」

 

「ああ、聞いていた通り……ううん、それ以上ですわね」

 

(あ、また始まった)

 

「え……」

 

アルフィンが頰に手を当てて頰を高揚さて、それを見たレトは呆れながら紅茶を飲む。

 

「——リィンさん、お願いがあります。 今後、妹さんに倣ってリィン兄様とお呼びしてもいいですか?」

 

「え゛」

 

「ひ、姫様!?」

 

(……レト、いいの? リィンに妹が取られちゃうよ?)

 

(いつもの事だよ。 気にするだけ無駄無駄。 エリゼちゃんもご愁傷様)

 

(い、いつもの事なんだ……)

 

半眼になりながらもレトは紅茶を飲んで無視を決める。 そしてエリゼの真に迫る勢いでアルフィンをたしなめた。

 

「……エリゼのケチ。 ちょっとくらいいいじゃない」

 

「ふう……そう言う姫様こそ、事あるごとに兄君と会いたい会いたいと何度も仰いましていましたね。 兄君はオリヴァルト殿下と言っていましたが、本当はどちら様でしたのでしょうか……?」

 

「ふふっ、もちろん……兄様(レト)よ」

 

「そうですか、お兄様(オリヴァルト)ですか」

 

『ふふふふ……』

 

アルフィンとエリゼは口元を抑えて淑女(?)らしく笑っているが、目が笑ってなく庭園内に不穏な空気が流れる。

 

(な、何この空気……)

 

(……お姫様も結構ブラコン?)

 

(ごめんねリィン、妹のワガママに付き合わせて)

 

(いや、気にしてないよ。 それにしても本当に殿下と兄妹だったんだな)

 

(正確には兄妹同然、かな……)

 

と、そこで膝の上で丸まっていたルーシェを撫でる手を止め、隣のアルフィンの頭を撫でて会話を止めた。

 

「あ……」

 

「さて、話を戻して……今日僕達を呼んだのは兄さんに合わせるためでしょう?」

 

「レトさんのお兄さんと……?」

 

「それってつまり、アルフィン殿下の兄君……という事は……!」

 

と、ちょうどその時、庭園内にギターを弾いたような音が響いてきた。 突然の出来事にリィン達は呆気に取られる。

 

(この音色は……)

 

「これは……」

 

「ギター……ううん、リュートの音?」

 

「来たみたいだね」

 

「あ……」

 

「——フッ、待たせたようだね」

 

庭園に入って来たのは白いコートを着てリュートを抱えた濃い金髪の青年がいた。

 

「……ご無沙汰しております」

 

「ハッハッハッ。 久しぶりだね、エリゼ君。 まー、ラクにしてくれたまえ」

 

青年はエリゼにそう言いながらレトとアルフィンの隣まで歩いた。

 

「……だれ?」

 

「えっと、どこかで見たことがあるような……」

 

「フッ、ここの音楽教師さ。 本当は愛の狩人なんだが、この女学院でそれを言うと洒落になってないからね。 穢れなき乙女の園に迷い込んだ愛の狩人——うーん、ロマンなんだが♡」

 

本当に洒落になっていない事を口にしながらキザったらしく前髪をかきあげる。 と、そこでユーシスは青年が誰なのか気付き……レトは無言で紅茶を飲み、ラウラは苦笑した。

 

「えい」

 

「あたっ……」

 

と、そこでアルフィンが立ち上がり……どこから取り出したのかハリセンで青年の頭を叩いた。

 

「お兄様、そのくらいで。 皆さん引いてらっしゃいますわ」

 

「フッ、流石は我が妹……なかなかの突っ込みじゃないか」

 

ハリセンで叩いてきたアルフィンを賞賛し、次に青年は見向きもしないレトを見る。

 

「レミィも元気そうで何よりだ。 セントアークで牢屋に入れられたと聞いたが……心配は無用のようだね」

 

「どっかの誰かさんが1183年物のグラン=シャリネを呑んでなかったら、牢獄生活に慣れてなかったよ」

 

「フッ、そうだったね。 明かりも少ない牢屋の中、私は初めての痛みをレミィに貰——」

 

次の瞬間、レトはルーシェの首根っこを掴んで青年の顔面に投げ……ルーシェは青年の顔を引っ掻いた。

 

「にゃにゃにゃにゃーー!!」

 

「あいたたたたっ!!」

 

「どっかの無銭飲食の馬鹿のせいで無性に殴りたくなっただけだから」

 

瞬間、異様な圧がティーカップを持って目を閉じながらレトから放たれ、リィン達は無言で頷いた。 そして悟った……聞き返したら殺されると。

 

「いたたた……全くレミィもルーシェ君もひどい事をするじゃないか」

 

「…………(ぷいっ)」

 

「えっと……まさか……」

 

レトのアークスの治癒魔法で顔の切り傷を直し、ルーシェが膝の上に戻る中……青年は何事も無かったかのように仕切り直して自己紹介をした。

 

「初めまして、と言っておこう。 オリヴァルト・ライゼ・アルノール……通称“放蕩皇子”さ。 そしてトールズ士官学院のお飾りの“理事長”でもある。 よろしく頼むよ……VII組の諸君」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

レト達はその後オリヴァルト殿下の計らいで女学院の聖餐室に案内され夕食をいただきながらVII組設立の経緯とその思惑、そしてレト達にかける期待を彼の口から話してもらった。

 

色々と考えさせられる事も多かったが、レト達はオリヴァルトの期待に沿えるように気持ちを新たにし、話が終わる頃には夜になってしまい……エリゼの見送りで今は正門前にいた。

 

「見送り、ありがとうな。 しかしまさか、エリゼが皇女殿下の友達とは思わなかったよ」

 

「私としては、姫様のもう1人の兄君が兄様の御学友であった事に驚きでした」

 

「あはは。 僕も何気に驚いたよ。 世間って狭いものだね」

 

「……そういえば皇子がレミィって言ってたけど、もしかしてレトの?」

 

「……まあね。 一応、家族からレミィって愛称で呼ばれているんだ」

 

「ふふ、女の子みたいで可愛らしい愛称ね」

 

「顔に似合わず、とは言えないがな」

 

「……ん? ユーシス、それどういう事?」

 

「あはは、レトって結構整った顔しているからね。 女装したら案外行けるんじゃないかな?」

 

「……それ、エリオットにも言える事だから」

 

「フフ。 それで兄様……あのお話はどうなされるおつもりですか?」

 

「……うっ……」

 

夕食時にリィンはアルフィンに夏至祭初日の園遊会で行われるダンスのパートナーに誘われた。 普通なら問題ないのだが、世間はアルフィン皇女殿下の最初のダンスパートナーに選ばれた人は将来の相手になる、なんて根も葉もない噂が流れている。

 

が、上級階級の貴族の間ではこの噂が本気で取られている事が多く、角を立てないようにするには皇族とも縁のあるリィンが適任だった。 だが……

 

「リ・イ・ン?」

 

リィンに向かって何とも言えない圧を放っているレトだった。 その視線には以前リィンがパトリックに向けた視線と類似している。

 

(レトさんも避けていると言っておきながら、なんだかんだで妹さんが心配だったんですね)

 

(……シスコンの間違えだと思う)

 

(あはは、天川の衣で出来たドレスを貰っていたようだし。 同じくハンカチも大切に使っていたみたいだしね)

 

夕食の途中、アルフィンは手を拭く時にワザとらしくハンカチをリィン達に見せびらかした。

 

一見してもすぐに高級な一品と分かるハンカチに視線は集まり、あっという間に話の話題となって……レトは照れて顔を赤くしながらソッポを向いていたりする。

 

「はあ……姫様が兄様を誘うのでしたら、私はレトさんをお誘いしましょうかしら?」

 

「——え……」

 

突然振られた話にレトは呆けてしまい……どうしようかと悩んでいたリィンは一転、目が笑っていない笑みを浮かべてレトの肩を掴んだ。

 

「ハハ、それは何の冗談だ、レト?」

 

「痛い痛い痛い! 肩強く掴み過ぎ!」

 

(た、立場が逆転した……)

 

(付き合ってられんな)

 

(2人とも妹思いなのだな)

 

「——フフ、お戯れが過ぎました。 今の話は戯言と思って忘れてください」

 

「そ、そうしてもらえると……」

 

「そうか、良かった」

 

エリゼの冗談だと分かると、リィンは何か納得しながら手を離し……レトは痛む右肩を抑えた。

 

「トラムを使うとはいえ夜道は暗いので道中、お気をつけてください。 それでは皆様、おやすみなさいませ」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

エリゼはスカートを軽く摘んでレト達に礼をし、女学院に戻って行った。

 

「しかし、アルフィン殿下はもちろん、オリヴァルト殿下も噂以上の方だったな」

 

「ふふ、あの方は初対面の時からああだ。 それによくレトをからかっていた」

 

「面白い人だったね」

 

「家族同然とはいえ、レトの気苦労も底が知れんな。 ああいう手合いは引くより逆に押してみるといいぞ?」

 

「あはは、昔にやってみたよ。 顔真っ赤にして逃げたけど」

 

レトはやり返してやった、といった風な顔をしながら頷き。 リィン達は皇族の方にそんな事ができるレトに苦笑いしか出来なかった。

 

「しかし……あの方が俺達、VII組の産みの親か」

 

「あの軽妙さはともかく、改めて気が引き締まったな。 それ以外にも気になる情報を色々と教えてくれたし」

 

「ええ……私達の親兄弟、関係者達の思惑……」

 

「フン、それについてはキナ臭いとしか思えんがな」

 

「……確かに」

 

「ふう、兄さんも結構微妙な立場だしね」

 

理事を身内に持つ4人は、家族がVII組を支援する思惑に頭を悩ませる。

 

「レトの事も結構驚いたかも。 レトもあのリベールの異変の場にいたなんて」

 

「導力停止現象か……もしその現象が兵器化されれば世界は混乱の渦に飲み込まれるだろうな」

 

「半端なく濃い2カ月、いや3カ月だったよ、リベール旅行は。 でもゴスペルがなきゃそうポンポンと起きないよ。 ま……」

 

そこで言葉を切り、レトは懐を漁ると……丸くて黒いオーブメントをリィン達に見せた。

 

「……レトさん、その黒いオーブメントみたいなのは?」

 

「ゴスペル。 しかもオリジナルの」

 

「ちょ……!? なんて物を持ち歩いているの!?」

 

「帝都に実習に来たんだから何かに使えないかなーって持って来たんだ。 ま、使ったら使ったでこの帝都全域は数分の間、導力は停止するけど」

 

「……洒落にならないわね」

 

「まあ、本当は導力停止現象の正体はアンチセプトじゃなくて導力吸収現象なんどけど……それはともかく、浮遊都市(リベール・アーク)はとにかく凄かったよ。 都市内のオーバーテクノロジーも凄かったけど、崩壊する様は言葉も出なかった。 その時に撮った写真もあるから、実習が終わってトリスタに帰ったら見せようか?」

 

「……かなり興味あるかも」

 

「是非お願いする」

 

やはり浮遊都市には興味深々のようで、今からでも待ち切れない雰囲気だ。

 

「それにしても、ドレックノール要塞を襲ったあの男の子……カンパネルラだっけ? まさかあんな子どもにそんな背景があったなんて……」

 

「身食らう蛇……通称結社。 リベールの異変を皮切りに世界各国で暗躍している秘密結社。結社は世界を敵に回せるだけの力を持っている……分かっているのはそくらいだけど」

 

「……で、その組織にレトは誘われていると」

 

「異変の時に死んでしまった幹部の後釜に選ばれちゃってね。 国家は一つのオーブメント、なんて国家論を捕らえた女王陛下の隣で言うような人で……全く、いい迷惑だよ」

 

「……………………」

 

笑っているレトだが、その笑みには元気がなく。 ラウラはその変化に気付き、遅れてリィン達も気付いて変な空気になってしまう。

 

「えっと……サラ教官の経歴もちょっと驚きだったよね。 遊撃士かぁ……最近見かけなくなったけど」

 

「A級遊撃士といえば実質上の最高ランクの筈だ。 当然、フィーは知っていたのだな?」

 

「ん……猟兵団(わたしたち)の商売敵としても有名だったし。 何度か団の作戦でやり合ったこともあるかな」

 

「そ、そうなのか……」

 

「ハード過ぎるだろう……」

 

「ーーふふっ。 そんな事もあったわね〜」

 

噂をすれば影、後ろの坂から今話題になっているサラ教官が上がってきた。

 

「サラ教官……!」

 

「い、いつの間に……」

 

「やれやれ、あたしの過去もとうとうバレちゃったかあ。ミステリアスなお姉さんの魅力が少し減っちゃったわねぇ」

 

とくに残念がる素振りを見せずに茶化すかのように笑うサラ教官。しかし、最初から駄目な大人ぶりを拝見しているレト達からすれば今更こんな事を言われても特に何か言葉を返せるという訳ですらない。

 

「元々そのような魅力など最初からなかっただろう」

 

「サラ、図々しすぎ」

 

「なんですってぇ?」

 

少しだけ不満そうな表情を見せるが……すぐに話を戻そうとサラ教官は視線を後ろへ向ける。するとサラ教官の後ろからクレア大尉が歩いて来た。

 

「ふふ……皆さん、こんばんは」

 

「クレア大尉……」

 

「ふむ、これはまた珍しい組み合わせだな?」

 

「あたしの本意じゃないけどね」

 

クレア大尉の事……いや彼女の背後にいる人物が気に入らないからだろう、少しだけ棘を含ませた声音で返しながらサラ教官はクレア大尉と共に10人の目の前にまで移動する。

 

「知事閣下の伝言を伝えるけど明日の実習課題は一時保留。 代わりにこのお姉さん達の悪巧みに協力する事になりそうね」

 

「悪巧み?」

 

「ふう……サラさん、先入観を与えないでください」

 

「何かあったのですか?」

 

「その、実はVII組の皆さんに協力して頂きたい事がありまして。 帝都知事閣下に相談したところ、こういった段取りとなりました。 ですがこの場で話すのは憚られるので、ヘイムダル中央駅の司令所にて事情を説明させて頂きます」

 

用意されていた2台の軍用車に乗り込み、レト達は再びヘイムダル中央駅の鉄道憲兵隊司令所のブリーフィングルームへと連れられ、そこである事項を告げられるのだった。

 

「て、テロリスト!?」

 

「ええ、そういった名前で呼称せざるを得ないでしょう。 ですが……目的も、所属メンバーも、規模と背景すらも不明……名称すら確定していない組織です。 唯一判明しているのは共和国と帝国の紛争を仕掛けようとした、猟兵団バグベアーを雇った男が所属しているという事のみ」

 

「そのテロリストが、明日帝都で何かをやらかすと?」

 

「ええ、明日の夏至祭初日。 そこで何かを引き起こすと我々は判断しています。 帝都の夏至祭は三日間ありますが……他の地方のものとは異なり、盛り上がるには初日くらいです。 ノルドで起こった事件から一ヶ月、彼等が次に何かをするならば、明日である可能性が高いでしょう」

 

「ま、あたしも同感ね。 テロリストってのは基本的に自己顕示欲が強い連中だから。 他の猟兵崩れの男達が顔隠している中、自分だけ堂々と顔を明かしている以上、正体をばらすことで注目を集めている。 そろそろ本格的に活動を開始する筈よ」

 

「最初は戦力が整っていないからそれを揃えてたって事か。 今は事を起こしきれるだけの戦力が揃ってると見える」

 

軍と事を構える準備が出来たのなら……テロリストの目的は恐らく旗揚げだろう。自分達の名を世に知らしめるために。

 

「そこから派手に決起して一気に動く……まぁ、テロの基本だね」

 

「……成程」

 

「そ、それで私達にテロ対策への協力を……?」

 

「ええ、鉄道憲兵隊も帝都憲兵隊と協力しながら警備体制を敷いています。 ですが、とにかく帝都は広く、警備体制の穴が存在する可能性も否定できません。 そこで皆さんに遊軍として協力していただければと思いまして」

 

「ま、帝都のギルドが残ってれば、少しは手伝えたんでしょうけどね」

 

サラ教官は白々しく、遠回しに非難の言葉を浴びせていく。恨み等もその言葉には触れられているのだろう。しかし、当のクレア大尉からすれば言葉を告げる相手は見当違いだ。

 

「……あの、サラさん。 遊撃士協会の撤退に鉄道憲兵隊は一切関与していないのですが……」

 

「そうかしら?少なくとも親分と兄弟筋は未だに露骨なんだけどねえ」

 

「それは……」

 

(兄弟筋……あ、それってクローゼさんから聞いた軽薄そうな先輩、確か名前は……)

 

「ま、その兄弟筋も今はクロスベル方面で忙しそうだし」

 

「………………」

 

サラ教官の言葉に対し、何も答えずに無言を貫くクレア大尉。 だが今は遺恨を連ねている場合ではなく、話を畳んだサラ教官は改めて協力するかどうかをレト達に聞く。

 

「どうかしら、君達。特別実習での活動内容として受けるも断るも君達の自由よ。断った場合は、当初の予定通り、知事閣下から課題を回してもらうわ。夏至祭絡みの細々とした依頼は色々とありそうだしね」

 

受けるかどうか……リィンとレト一度顔を見合わせ、その後VII組全員と視線を向ける。全員が首を縦に振ったのを確認し、自分達の決意を告げる。

 

「VII組A班、テロリスト対策に協力させていただきます」

 

「同じくB班、テロリスト対策に協力させもらいます」

 

「……そっか」

 

少し嬉しそうにしみじみとした様子で10人の意志を感じ取る。クレア大尉も嬉しそうに笑うと、彼等の好意を受け取る。

 

「ありがとうございます、皆さん。 では詳しい内容について説明させて頂きます」

 

クレア大尉が説明を始め、その内容を真剣に聞こうとする中……

 

「にゃー」

 

「そういえば先から思ってたけど……その猫、なに?」

 

「うちのルーシェです。 触ってみます」

 

「ええ。 うわっ、何これ、すっごくフワフワ……いつまでも触っていたいわね」

 

「にゃおん」

 

「ーーコホン。 それで(チラ)……皆さんには(チラ)……当日この地区の巡回を(チラ)」

 

(クレア大尉、ルーシェが気になっているわね……)

 

(触りたいのかも)

 

(ふふっ、クレア大尉も可愛いが好きな女性なのですね)

 


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