英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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30話 緋猫

帝都ヘイムダルでの特別実習を開始したレト達。 早速、導力トラムで依頼の1つがある帝国博物館のあるライカ地区に到着した。

 

「ここがライカ地区……見晴らしのいい場所ですね。 それと何やら橋に水が流れていますが」

 

「あれは水道橋だね。ここは帝都随一の文教地区と言われていてね、依頼が出ている博物館はこの坂の突き当たりにあるよ。 隣接する形で、帝國学術院の敷地もあるから学術院生や教職員も多いよ」

 

「元々学術院を希望していただけ詳しいな」

 

へへんと自信満々に胸を張るレトを他所に、アリサ達は通りに隣接している店舗を眺める。

 

「へえ、いくつかのメーカーの本店もあるのね」

 

「楽器メーカーのリーヴェルト社、釣具メーカーのレイクルード社……どちらも耳にした事のある名前ですね」

 

「なるほど……確か釣皇倶楽部のケネスがここの出だったな」

 

「リーヴェルトも先ほど会った鉄道憲兵隊の女大尉の名前でもあったな」

 

リーヴェルトと聞き、クレア大尉の事はもちろん、レトはセントアークでの出来事も思い出す。

 

(セントアークより移店したらしいけど……リーヴェルト社、ヨシュアさんのハーモニカも確かリーヴェルト社製だったね)

 

「……レトさん?」

 

「いや、何でもないよ。 早く帝國博物館に行こう。 依頼人は顔見知りだからすぐに話が通ると思うよ」

 

首を振って話を終わりにし、道なりに進み突き当たりにある博物館に向かった。

 

「ここが帝國博物館……もう開いているようだな」

 

「帝国全土のみならず、諸外国の品も展示してある巨大な博物館。 歴史資料なんかも色々あってかなり見応えがあるよ。 学芸員の説明も分かりやすいし」

 

「へえ、ちょっと楽しみね」

 

「入場も無料みたいですし、さっそく入ってみましょう」

 

どうやらレトはここに来るのは久しぶりのようで、少しワクワクしながらも博物館に入る。 中は博物館だからなのか基本的に静かだが、奥からは展示物を説明している声が鮮明に聞こえてくる。

 

「わあ……なんか身が引き締まる感じね」

 

「かなり広そうだな」

 

「展示物を全部見ようとすると丸一日は潰れるよ」

 

「既に体験済みか……早く受付に依頼について聞くぞ」

 

受付の人に聞くところによると、依頼人は第一展示室にいるらしく。 レト達はそのまま奥に向かい、レグラムにもある十字の彫像の前に1人の学芸員の青年がいた。 すると青年はレトに気づき、声をかけてきた。

 

「あ、レト君! って事は、君達はもしかして……」

 

「トールズ士官学院、VII組の者だ。 こちらで依頼を出されたリルケ殿とお見受けする」

 

「ああ、僕です! 来てくれて助かりました! 早速ですがお話をさせてもらっても構いませんか?」

 

「とりあえず話を聞くだけなら。 受けるかどうかはその後でお願いするわ」

 

「確か古代遺物(アーティファクト)絡みの依頼でしたよね? もしかして新たに出土されたのですか?」

 

「そうだよ。 そっちのソファで待っていて、今現物を持ってくるから」

 

近くのソファに案内され、すぐにリルケが古代遺物らしき物を持って戻ってきた。 テーブルの上に置かれたのは特徴的な装飾が施された、2つの鋭利な石が鎖で繋がれている振り子だった。

 

見た目は古いが、軽く触っても問題ないくらい状態はよかった。

 

「これが古代遺物……随分と状態がいいですね」

 

「確かに、良すぎるくらいだね。 もしかして、僕達にこの古代遺物が“生きて”いるかの確認を?」

 

「その通り、話が早くて助かるよ」

 

「い、生きている……?」

 

アリサが古代遺物を前にして生物に当てはまる言葉を聞いて首を傾げ、レトが古代遺物は大まかに2つに分類されると説明した。

 

一つは機能や力を失ってただの模型と化したもの。 もう一つは現在もなお機能が生きていて超常的な力を震えるもの……レトはそう説明しながら自身の腰に懸架してある本に触れる。

 

(封じの宝杖みたいなものだね。 ま、この古文書も古代遺物みたいなものだし、ケルンバイターは……どうなんだろう?)

 

「前者については博物館などに展示が許されているが……後者については許されず、原則として七耀教会に届ける決まりになっている」

 

「へえ、そうだったの」

 

「はい。 そのため、盗掘者も後を絶ちませんが」

 

「はは、レト君はもちろん、他の皆さんも勉強家ですね」

 

「それはそうと……この古代遺物をどうすれば? 古代遺物と言っても力の発動条件は色々ありますよ? 呪文のようなものを唱えたり、とある動作を起こす事とか」

 

「これは先日出土されたばかりで、それがよく分からなくてね。 君達にはこれを持って野外での調査をお願いしたいんだ。 その過程で何か分かれば報告して欲しい」

 

つまり、何も分からない古代遺物らしき物を持って検証して欲しいようだ。 考古学者のレトがいるからいいが、余りにも投げやり過ぎだと思われる。

 

「……リルケさん、もしかしてまたですか?」

 

「う、うん。 他に提出する課題があって手がつけられなくてね……それでどうだい? お願いできるかな?」

 

「私は賛成よ。 中々巡り会える機会じゃないし」

 

「そうですね……私もいいと思いますよ」

 

「俺も依存はない」

 

「古代遺物がどんなものか興味はある」

 

「言わずもがな……その依頼、お引き受けします」

 

B班は満場一致で賛成し、リルケは嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう! それではこれを、博物館(こちら)では暫定的に『相剋の振り子』と名付けています」

 

レトはリルケから相剋の振り子を受け取った。

 

「確かに振り子(ペンデュラム)みたいですけど、どうやって命名したのですか?」

 

「なんだったかな……受け取りに立ち会った学術院の人がノリで付けたような気がします。 夏至祭の展示目録に入れたいので申し訳ないけど正午まで検証してもらえれば」

 

「分かりました。 帝都内を巡回しながら試してみます」

 

依頼を了承し、レト達は一旦博物館を後にした。 相剋の振り子は取り敢えず5人で交代して待つことになり、異変が起きれば古代遺物、何もなければただの振り子となる。

 

最初はアリサが持つ事になり、アリサは片方のペンデュラムを揺らしながら、レト達は導力トラムでサンクト地区に到着した。

 

「っと、大きい教会ねえ……ルーレやトリスタの教会とは大違いね」

 

「サンクト地区は帝都の中でも歴史と伝統がある場所だね。 っで、目の前あるのがヘイムダル大聖堂、帝国の七耀教会の総本山だよ。 総大司教と言う人がいて帝国内の教会を統括しているよ」

 

「もしかしたらそのペンデュラムを問答無用で回収するかも知れん場所か」

 

「あはは……そのペンデュラムが古代遺物でしたらね」

 

教会を見ると不自然に静まり返り、時折老人の声が聞こえてくる。 どうやら、今はミサの途中らしい。

 

「あっちがエリゼちゃんが通っている聖アストライア女学院だね」

 

「後、アルフィン殿下もこの女学院に在学しているみたいですね」

 

「帝国の至宝とも言われている皇女殿下か」

 

(アレが帝国の至宝なら、他はそれ以上の国宝だよ……)

 

「? レト、何か言ったか?」

 

「なんでもない。 それで、教会の隣にあるのが帝都でも一、二を争う格式の高さで有名なホテルで……」

 

ホテルから視線を横に向け、道路を挟んだ場所に1つの建物があった。 その建物には木の葉の紋章、カルバード共和国の国章が掲げられていた。

 

「向こうにあるのが、カルバート共和国大使館になるよ」

 

「共和国の……」

 

「前回のノルドで、実習で危うく戦争になりかけたわね……」

 

「ここも俺達には無用な場所だろう。 大方帝都の西の区画は回った。 後はドライケルス広場くらいだろう」

 

そうと決まり、レト達は次の依頼を受ける前にドライケルス広場に向かった。

 

導力トラムでドライケルス広場に到着し、バルフレイム宮前に向かうと……

 

「あら……あなた達?」

 

そこにはリィン達A班がおり、レト達は声をかけた。

 

「B班の皆……!?」

 

「へえ、あなた達も来てたんだ」

 

「君達は西側エリアの担当のはすじゃ……?」

 

「フン、抜けたことを……お前達も来ているだろう」

 

「そうか……ここはちょうど2班の担当が重なる場所になるんだな」

 

ドライケルス広場はヘイムダル中央駅からヴァンクール大通りをひたすら真っ直ぐ行く所にある広場、両班の担当と重なるのは当然だった。

 

「今し方、導力トラムで着いたところでね」

 

「ふふ、フィーちゃん、そちらはどうですか?」

 

「まあ、ぼちぼち」

 

「フフ、それにしてもこの広い街で偶然に出くわすとは」

 

「確かに……VII組どうし縁があるようだ」

 

それから両班は軽い情報交換をした。 どうやらA班の宿泊場所もギルドの施設だったようだ。

 

そしてエリオットから全員で昼食はどうかと提案があり、レト達はそれを了承し。 実習が一区切りついたらまた集まる事を約束した。

 

「それではな、皆」

 

「また」

 

「お互い頑張ろうね」

 

「うん。 そちらも気をつけて」

 

リィン達も分かれ、レト達は導力トラムの乗り場前で次の依頼について話し合った。

 

「さて、次は猫探し……なんだけど……」

 

レトは改めて猫探しの依頼内容が書かれた紙に目を落とす。 そこには探してもらいたい猫の特徴が書かれているのだが、問題は発見して捕獲したら連れてきてもらいたい場所なのだ。

 

「何で場所がカレル離宮なのよ……」

 

「今の時期、カレル離宮は一部一般公開されているからね。 中央駅から特別路線はもちろん、西の街道からでも行けるし」

 

「あ、あの……それよりも気になるのはその探す猫ちゃんの名前なのですが……」

 

エマは名前が書かれている欄を見る。 そこにはルーシェと書かれていた。

 

「ルーシェって、レトさんが飼っている猫の名前ですよね? 見た目も赤に近い茶色いフワフワした毛並みで特徴も一致していますし」

 

「……ちょっと待ってて」

 

レトは一言入れてアリサ達から離れ、アークスを取り出すとどこかに連絡を入れ始めた。

 

しばらくすると、何やら揉めている声が聞こえてきた。

 

「知り合いからの依頼だったのかしら?」

 

「それにしては穏やかではなさそうだな」

 

「何か事情があるのでしょうか?」

 

「当然だろう。 奴は自身について何も話していないのと同然なのだから」

 

遠くにいるレトを横目で見ながらユーシスはそう決めつける。

 

「何も話してないって、そんなわけないでしょう」

 

「事実、奴は帝都出身以外は口にしていない。 それに加えオリエンテーションの時、貴族ではないと言った」

 

「確かにそう言ったが、それがどうかしたのか?」

 

「……平民である、とも言ってませんね」

 

「…………! ちょ、ちょっと待って……この話の流れにカレル離宮を加えると……!」

 

「ーーお待たせ……って、何してるの?」

 

と、そこへ連絡を終えたレトが戻ってきた。 レトは先ほどとの空気の違いに不審に思うが、アリサ達は慌てて誤魔化した。

 

「い、いえ、何でもありませんよ」

 

「そ、それでどうだったの? 依頼人はやっぱり知り合いだった?」

 

「うん。 とりあえず見つけてくれるだけでいいって。 ルーシェに居場所なら大体予想はつくからすぐに見つかるよ」

 

「それは頼りになる」

 

「それでその猫は一体どこにいるんだ?」

 

「いや、恐らくは……ーーいるんだろう?」

 

「え……」

 

突然、レトは上を見上げながら誰かに声をかける。 アリサ達はレトの行動を不審に思うが、次の瞬間……赤い影がレトに飛び込んできた。

 

おっと、と言いながらレトはその影を受け止める。 レトの腕の中に収まったのは依頼に記載されていた猫の特徴と一致している猫……ルーシェだった。

 

「にゃー」

 

「か、可愛い……!」

 

「この子がルーシェちゃんですか……実際に見るとフワフワ感が割増に感じますね」

 

「ふむ……先ほどまでは風を感じなかったが、今はこの者の風を感じられる……」

 

「どうやら俺達の後をついて来ていたようだな」

 

ルーシェの大きさは両腕で抱えるくらいのセリーヌとは一回り小さく、レトは肩の上に乗せた。

 

「おい、まさか連れて行く気ではないだろうな?」

 

「依頼人とは話はついたし、僕の身内だし実習期間中は面倒を見てくれって言われたんだ。 心配しなくても大丈夫だよ、ルーシェは賢いし皆に迷惑はかけない」

 

「そ、そういう心配では……」

 

「まあ、カレル離宮に連れて行く時間もないし、レトが面倒を見るのならそれに越した事はないわね。 けど、先ずは……抱かせてもらえないかしら?」

 

アリサは先ほどから爛々とした目でルーシェを見ていた。 どうやらルーシェの毛並みに惹かれたのだろう。

 

顔色一つ変えないルーシェがご機嫌なアリサの腕に抱かれる中……古代遺物を検証するため南オスティア街道に出ていた。

 

「とにかく色々やってみたけど……」

 

「まるで反応がありませんでしたね」

 

「後思いつくのは戦闘時くらいだが……街道まで出る羽目になるとはな」

 

「依頼に手配魔獣があったが、それではリィン達との昼食には間に合わないからな」

 

「さて、どうしたものかね」

 

レトは相剋の振り子を手に考え込む。 それを肩の上からルーシェも見ており……前足を出してチョイチョイと触ろうとする。

 

「うーん……あ」

 

あらゆる方向から振り子を見ると、鎖に何か書かれていた。

 

(……古代ゼムリア語で書かれいる。 えっと……)

 

「………………」

 

「ーー示せ」

 

ルーシェが見守る中書かれていた文字を呟くと……振り子が独りでに浮き、回り始めた。

 

「なんだっ!?」

 

「振り子が勝手に……!」

 

アリサ達が驚愕する中、振り子の一つがレトの前で止まった。

 

「レトを指した?」

 

「いや、どうやらその振り子はレトの本を指しているようだ」

 

「あ、もしかしてこのペンデュラムって……古代遺物を探し出す事が出来るのかな?」

 

「古代遺物を特定する古代遺物……ややこしいわね」

 

振り子はレトを指しており、それとは別にもう一つの振り子が帝都方面を指していた。

 

(この方角……バルフレイム宮がある方角だ)

 

「とにもかくにも、これで依頼は達成ね」

 

「博物館に戻ってリルケさんに報告しませんと」

 

「古代遺物だったのだ。 展示できないと残念がるだろうな」

 

結果的に古代遺物が生きている事が判明し、レト達は博物館に戻ってリルケに報告した。 リルケは大変残念がったが、仕方なしと諦め依頼を完了させた。

 

そして昼は少し過ぎてしまったがリィンからの連絡をもらい、ヴァンクール大通りにある百貨店で遅めのランチを取ったのだった。

 


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