興奮のあまり叫んでみました。 以上。
3話 学院生活
4月17日ーー
前触れもなく始まった入学式後のオリエンテーリングから約2週間が経った。 士官学院といえど、軍人として必要な知識、心得を学び、体を鍛えるだけではない。 かつては銃火器の扱いや戦闘訓練を重視する本格的な軍事学校であったが……入学式でのヴァンダイク学園長の言う通り、今となっては形骸化している。 そのため一般知識や芸術科目を学ぶ高等教育機関という側面が強く。 授業内容も相応の密度の濃さである。
「……はあ……」
「あはは、ドンマイ」
だが、そんな事があっても若き十代男女の拗れた関係の修復の方に頭を悩ませている青年もいた。 リィンは素っ気ない態度で行ってしまったアリサに、リィンはガックシと項垂れていた。
「……ん?」
「どうかしたの?」
「いや、どうやらまだ誰か寮に残っていたようだ」
リィンは視線を隣にある部屋……1階のレトの自室に視線を向けた。
「レト? 起きているか?………入るぞ」
ノックしても返事はなく、リィンはドアノブに手をかけて扉を開けると……
「うわぁ……」
「相変わらずだな……」
部屋の中は持ち込んだ本棚が壁の一面に4つあり、隙間なく本で埋まっていた。 だが、床にも至る所に資料や写真で埋め尽くされていた。 はっきり言えば汚い。 そしてその資料の山の下から人の手が出ていた。
「よいしょっ……と」
エリオットの手によって引っ張り出されたのは……ボサボサの橙髪が纏めてなくそのままで、制服の上着だけ脱いだワイシャツ姿のレトだった。
「クー………クー………」
「ま、まだ寝てるよ……」
「早く起きてくれ、遅刻するぞ」
「……う……う〜ん……?」
リィンに揺すられ、ようやく目を覚ました。
「ふわぁ〜〜……もう朝……」
レトは大きな欠伸をし、ボーッとフラフラしながらリィン達を素通りして部屋を出て行った。
数分後、レトが顔を洗って完全に目を覚まして戻り。 足の踏み場もない床を器用に歩いて数秒で身支度を整えた。 レトは2人に待たせた事を謝り、寮を出た。
「ふわぁ〜〜……」
「まだ眠そうだな」
「昨日は資料を分析している途中で気力尽きて寝ちゃったからね」
「レトって入学してからいつも夜遅くまで考古学の研究をしてるよね? VII組のカリキュラムだけでもハードなのによく勉強について来れるね?」
「これも慣れかな? 子どもの頃から研究に没頭してたし」
そんな他愛のない会話を交わしながら、3人は少し距離のある学院へ向かって行った。
◆ ◆ ◆
教官達の中でも飛びぬけて熱い授業を行うトマス教官が担当する歴史学ーー約1名、トマス教官の熱意に大いに答えていたーーが終わり、迎えた放課後。 明日が初めての自由行動日とあって、学院全体がどこか浮き足立っていた。
「そういえば、皆はクラブ活動は何にするか決めたの?」
エリオットは吹奏楽部、ガイウスは美術部に入る予定のようだった。
「僕はもちろん写真部だよ。 風景や遺跡などの建造物を撮るのがメインだね」
「確かレトって学院に来る前は結構自由奔放だったんだよね? どんな所に行っていたの?」
「そうだね……最初はリベールに行って、1年前はラウラと帝国中を旅してたよ。 ラウラとはその頃からの付き合いなんだ」
「なるほど。 良かったら今度、旅の話を聞かせてはもらえないか?」
「え……あ、うん。 まあ、そのうちにね……」
「?」
ガイウスのお願いに、言葉を濁したレトにリィンは不審に思った。
「次の予定はあるのか?」
「やっぱり次はクロスベルだね。 アルモリカ村付近の遺跡跡や古戦場に太陽の砦、月の僧院もあるけど……何と言っても星見の塔は絶対に外せないね。 あそこには古文書が山ほどあるって噂だし。 いやでもカルバートも捨てがたいし……アルテリア法国やレミフィリアにも行きたいし」
迷いもなく答えた後。 顎に手を当て、フッフッフッ、と目を輝かせながら計画を語るレトに3人は少し引いた。
「そ、そうだ。 本といえば、レトっていつもその本を持ってきているよね?」
「ああ、これね。 これはゼムリア大陸各地にある古代遺跡が記された古文書だよ。 古代ゼムリア語で書かれているからまだ7割しか解読出来てないんだ」
レトは腰のベルトから取り外し、分厚く古びた本を見せた。 中を流すように開くと今使われているゼムリア語ではなく、3人はせいぜい途中にある挿絵しか理解できなかった。
「よくそんなのを持っているな」
「子どもの頃、父さんからポンと渡されたんだけどね。 何でも
「それは……七耀教会が回収に来るのではないのか?」
「大丈夫大丈夫。 その七耀教会の変な口調の神父さんが『まあ、そのくらいなら平気やろ。 大事にもっとき』って言ってたし」
「それはそれで大丈夫なのかなぁ……?」
「同感。 それでリィンはどうするの? もう決めた?」
「いや、正直、決めかねているんだけど……」
「まあそんな急いで決める必要もないよね。 あ、そうだ。 昨日ようやく導力プリンターが届いてね。 はいこれ、入学式の時の」
思い出しように古文書に挟んでいた写真を取り出した。 その写真にはトールズ士官学院を背景にラウラ、レト、そしてリィンの3人が並んで写っていた。
「別に気にしなくても良かったのに」
「いいからいいから。 もう自分の分も現像しちゃったんだし、貰ってくれないとこっちが困るよ。 それじゃあ、僕はこれで」
その後、先にレトはちょうど忘れ物を取りに来たようなサラ教官と入れ替わるように教室を後にした。
◆ ◆ ◆
4月18日ーー
今日は自由行動日。 学院生はそれぞれの休日を過ごしていた。 そんな中……
「クカー……クカー……」
昨日のHRでのサラ教官の言う通り、一日中寝てそうな勢いでベットの上でレトが爆睡していた。 ただし、その手には古文書が握られている事から、昨夜も夜更かししたようだった。 それが昼過ぎまで続いた。
ピリリリリ♪
不意に、側に置いてあったアークスが着信音を鳴らし始めた。 それにレトは反応し、起きようとした所……
「ーーうるさいよこのやろー!!」
寝ぼけながら容赦無くアークスに拳を振り下ろした。 バキッと、鳴ってはいけない音を立て、着信音は静まった。 それから数十分後。
「あれ? なんか壊れてる……」
完全に目が覚めたレトはアークスを手に持ち、少し考え。
「あ、あの時か」
と納得し。 身仕度を整えて学院へ向かい。 技術棟に入った。
「失礼します」
「いらっしゃい」
技術棟に入ると、中には黄色いツナギを着た膨よかな体型の男性1人しかいなかった。
「あ、入学式の時の」
「自己紹介がまだだったね。 ジョルジュ・ノーム。 ここの管理を任されてもらっている。 それで何かここにようかい?」
「あ、はい。 これなんですけど……」
左腰からアークスを取り出し、ジョルジュに渡した。 彼はアークスを手に取るとすぐに目を細めて観察する。
「……ヒビ入っているけど、ギムナジウムで訓練の最中に壊れちゃったのかな?」
「いえ。 寝ている最中に目覚ましのように鳴ったので止めようとしたらそうなりました」
「そ、そうか……」
予想外の答えに、流石のジョルジュも少し顔が引きつっていた。
「まあ、これくらいならすぐに直せるよ。 少し時間をもらうけどいいかい?」
「はい。 問題ありません。 できればそのままスロットの開放もお願いします」
「了解」
セピアを渡しながらジョルジュは頷き、早速修理を開始した。 その間レトは近くにあったテーブルに座り、古文書を開いて解読を進めた。 しばらくの間、技術棟の中では工具を動かす音と本のページを開く音だけがしていた。
「……よし、これで完了だ」
「あ、終わりましたか?」
「問題なく」
レトは立ち上がり、ジョルジュから修理されたアークスを受け取った。 どこを見ても新品のような仕上がり、彼の腕がよく見える出来だ。
「今度からもっと丁寧に扱ってくれるとありがたいかな」
「あはは、寝ている時は手の届かない場所に置いておきます」
お礼を言い、レトは技術棟を後にする。 すでに外は夕暮れになっており、時間が経つのは早いなぁ、と思いながらフラフラと目的もなく歩き……
「さてと……本当にギムナジウムで訓練するかな」
実技テストも近いとの事で身体を動かそうとギムナジウムに足を向けた。
「失礼しまーす」
「ん? 君は確かVII組の……?」
中には他にも部員らしき人がいたが、その中で部長らしき貴族の女性がレトに気付いた。
「はい。 レト・イルビスです。 すみませんが、少し鍛錬をしたいので武練場を使わせてもらってもいいですか?」
「それなら構わないよ。 ちょうど今日の部活動も終わった所だし、好きに使ってくれ。 使い終わったら鍵は教官室に届けてくれ」
「分かりました」
説明を受けながら鍵を受け取り、フェンシング部の人は武練場を出て行った。 その時、レトと同学年の貴族の男子が人睨みしてきだが、レトは気にせず槍を取り出し、構えた。
「すぅ……はあ!」
呼吸を整え、洗練された一突が空を貫く。 レトは周りを気にならず、一心不乱に槍を振り続けた。
「ふう……」
一通りの型を終え、一息つく。 外を見るとすでに陽は落ちておりギムナジウム内にも誰もいなかった。
「長居し過ぎちゃったな」
槍を下ろし、空いた腕で汗を拭う。 ふと、レトは武練場に立てかけてあった剣に目が行った。
「……………………」
何を思ったのかレトは槍を納め。 静かに、壁に立てかけてある剣を左手で取った。 そのまま中央に向かい片手で剣を構える。
「……っ……!」
横一閃、一呼吸の間に振られ。 続けて流れるように、しかし高速で剣が振られる。 次第に速度が上がっていき剣が搔き消え、次いでレトの姿が霞み始めた。
しばらくの間、武練場では人の姿はなく。 ただ踏み込みや剣が風を切る音だけが響いた。
「分け身……!」
広場を中心にして囲うように3人のレトが現れ……
『せあっ!!』
3人のレトが中心に向かって高速で接近、トライアングルを描くように剣が振られ……トライアングルの中心が3つの剣に斬られ、衝撃波が発生、破裂した。
ピシリ……
「はあはあ……あなたの言う通りだよ。 僕にはあなたが見初める程の剣の才があった……でも、それでも……!」
剣が彼の剣技に耐えられずヒビが走り、1人に戻ったレトは息を上げながら苦しむように呟いた。
コンコン……
「!」
不意に武練場のドアがノックされる。 レトはすぐさま剣を元の場所に戻し、中央に戻って槍を構えた。
「失礼する」
ドアを開けて入ってきたのはラウラだった。 水泳部に所属したらしく、今まで泳いでいたのかその髪は少し濡れていた。
「レトか。 そなたは確か写真部に入ったのではなかったのか?」
「別にフェンシング部じゃなくても自主練として使う事はできるでしょ。 ラウラこそ、こんな遅くまで泳いでいたの?」
「うん。 レグラムでも泳いでいたからな」
「レグラムかぁ……自分でやっておいて何だけど
「父上に聞いた所によれば我らが旅立った1月後に来たそうだ。 だが侵入も出来ず、大した成果もなく帰ったそうだ。 まあ、物珍しさに観光客が増えたとも言っていた」
「そりゃ湖のど真ん中にあんなのが現れればね……」
2人は昔話をしながらレトは槍を納めると、ラウラから受け取ったタオルで汗を拭いた。 その間、ふとラウラは武練場に立てかけてあった剣に目が行っていた。
「………………」
「………? ラウラ?」
「! いや、何でもない。 ただ稽古をつけてもらいたかったが、時間も時間だ。 早くここを閉めるとしよう」
「そうだね」
2人はギムナジウムを閉め、鍵を教官室に預けた後。 夕食を食べにトリスタの街へ向かった。