7月24日ーー
早朝……B班はA班より先に集まった後、一足先にトリスタ駅にいた。
「まさか帝都が実習先になるとはね」
「帝都出身はほとんどA班になってしまったが……レトも確か帝都出身だったな?」
「まあね。 帝都は僕の庭のようなものだから道案内は任せておいて」
「期待しないでおいてやろう」
「あ、あはは……」
と、そこにリィン達A班が駅に入ってきた。 列車が30分毎に来るという事もありすぐに乗車券を購入し、そのままホームの中に入り……先月と同じように連絡橋を渡りきった時に列車が到着アナウンスが流れた。
「やっぱり早いね」
「30分に1本は走っているからね」
それから到着した列車に乗り込み、帝都に向かって走り出した。 班ごとにボックス席に座ると、早速マキアスが帝都ヘイムダルについて説明を始めた
「ーーさてと、時間が無いから簡単に説明しておこう。 ヘイムダルは言うまでもなくこのエレボニア帝国の首都だ。 すなわち現皇帝、ユーゲント・ライゼ・アルノールIII世陛下がいらっしゃる都だな」
「そんな事は分かっている。 教科書的な知識ではなく、もっと実のある情報をよこせ」
「ぐっ……」
「……………………」
ユーシスの茶々を入れられたが、確かにその通りだと思ったマキアスはぐうの音も出なかった。
「えっと、ヘイムダルは16街区に分かれているんだ。 それぞれの地方都市並みの規模を持っているんだけど……帝都全体の人口は80万人を超えているって話だね」
「80万人……想像も付かんな」
「たしかにゼムリア大陸でも最大規模の都市だったわよね?」
「ええ、近隣諸国でいうと、巨大貿易都市として知られているクロスベルですら50万人……」
「南にあるリベール王国の王都グランセルでも人口は30万人くらいだからね。 地元の人でも偶に迷う人も出るくらいだし」
とはいえ、今回の実習はまだ分からない事があまりにも多い。課題を纏めてくれる人。そして今回の実習でA班、B班が泊まる宿泊場所も聞いていない。
サラ教官は駅に着けば案内人が待っていると言っていた為、結局その人物に頼る事になるのだろう。毎度のこととはいえ、この説明不足はどうにかならないものか。
(ま、地図無しの冒険は慣れているからいいけどね)
レトは心の中で少し笑みを浮かべ、10人を乗せた列車は帝都へと向かっていく。 数分程でヘイムダル中央駅に停車、列車を降りた10人を待っていたのは……
「ーー時間通りですね、皆さん」
「え……」
「あなたは……」
鉄道憲兵隊のクレア大尉だった。 面識が無かったマキアス、ユーシス、フィー、エマは誰だか分からなかった。
「鉄道憲兵隊だったか……」
「確か……クレア大尉、でしたよね」
「はい、覚えて頂いたようで何よりです。 3ヶ月ぶりくらいでしょうか」
「セントアークに向かう途中でお会いしたので、僕達は2ヶ月ぶりくらいですね」
レト達の話を聞き、マキアス達は彼女があの氷の乙女だと認識する。 ふと、レトはサラ教官から聞いていた案内人の話を思い出す。
「もしかして、あなたが今回の特別実習を?」
「いえ、あくまで今日は場所を提供するだけです。 正式な方は……あ、いらっしゃいましたね」
「ーーやあ、丁度よかった」
説明している途中にその人物が到着し、その人物が声をかけると……マキアスは聞き覚えがあるようで眉をひそめた。
「! こ、この声は……」
歩み寄って来たのはメガネをかけた、緑色の髪をした男性。 クレア大尉が道を開け、レト達の前に立つと……
「と、父さん!?」
「え……」
「……………………」
「て、帝国時報で見た……」
「革新派の有力人物、レーグニッツ知事……」
「マキアスのお父上か」
「ふふ、まあ一応は自己紹介をしておこうかな」
入学式のオリエンテーションの時にマキアスの父親が帝都知事だということは知っていたが、こうして会うのは初めてだったが……レトは顔を逸らしていた。
「マキアスの父、カール・レーグニッツだ。 帝都庁の長官にしてヘイムダル知事を務めている。よろしく頼むよ。 士官学院・VII組の諸君」
その後、クレアの案内を受けて駅内にある鉄道憲兵隊司令所のブリーフィングルームへと案内され、そこで席に座った彼等は改めて今回の実習の内容をカール知事から聞く事となる。
「すまないね、本当なら帝都庁に来てもらう所だったんだが……戻っている時間が無かったので、この場を貸してもらったんだ。 それでは早速、A班とB班の本日の依頼と宿泊場所を……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
時間が無いので早々と話を進めるカール知事の説明、軽く混乱しながらも止めるマキアス。
「どうして父さんが……流石にいきなりすぎるだろう!?」
「確かに……」
「あの、どういう経緯で帝都知事閣下が……?」
マキアスが混乱しているのが決して分からないわけではなく、リィンがカール知事にその理由を問いかけた。
「ハハ、すまない。 説明していなかったな。 実は私もトールズ士官学院の常任理事の一人なのだよ」
「ええっ!?」
突然の告白に、リィン達は驚愕する。
「そ、そうなんですか?」
「……………………」
「ユーシスのお兄さん、アリサさんのお母さんに続いて……」
「……さすがに偶然というには苦しすぎるな気がするな」
「………………(コクコク)」
3人いる常任理事全員がVII組に在籍している生徒の身内……どう考えても意図した事のようにしか思えない。
「はは、別に我々にしても示し合わせたわけではないが。 寧ろ学院からの打診に最初は戸惑わされた方でね」
「学院からの打診……?」
「やはりVII組設立に何かの思惑があるという事ですか?」
「いや、それについては私から言うべきではないだろう」
(……何考えているんだろう……あの人は)
思惑がある。 いや、あって当然だろう。 カール知事本人がそれを語るような事では無いのだろう。 最も、レトはその思惑を起こした人物に心当たりがあった。
「いずれにせよ、3名いる常任理事の1人が私というわけだ。 その立場から、実習課題の掲示と宿泊場所の提供をするだけの話さ」
「は〜っ……」
それで納得したのか、マキアスは大きな溜息をつきながら席に座る。
「あはは……やっと腑に落ちた気分です」
「ーー了解しました。早速お聞かせください」
「ああ、時間も無いので手短に説明させてもらおう。 特別実習の期間は今日を含めた三日間、最終日が夏至祭の初日に掛かるという日程となっている。 その間、A班とB班にはそれぞれ東と西に分かれて実習活動を行なってもらおう」
「東と西……」
「ヘイムダルの巨大さを配慮してのことですね」
二手の分かれるには妥当な配分だろう。それぞれ担当する街区が異なるということは、逆にこのエレボニア帝国の帝都ヘイムダルの広さを象徴しているようにすら思える。
「知っての通りこの帝都は途方もなく広い。ある程度絞り込まないと動きようがないが、ね。 そしてA班にはヴァンクール大通りから東側のエリア……B班には西側のエリアを中心に活動してもらうことになる」
彼等の実習活動場所を指定し、カール知事はレトとリィンにそれぞれ封筒を手渡す。 レトは封筒を受け取るが、それと一緒に鍵と住所が書かれているメモが入っていた。
「……これは」
「どうしたんですか?」
「鍵……?」
「ああ。 この紙に書かれた住所の事を考えるとこれは……」
B班のメモに書いてある住所はヴェスタ通り5-27-126と書かれている。 A班はアルト通りと書かれており、恐らくこの住所がこの実習中の宿泊先となるのだろう。
「それは帝都滞在中のお前達の宿泊場所とその鍵だ。 A班B班、それぞれ用意しているからまずはその住所を探し当ててみたまえ」
どうやら既に特別実習は始まっているという事だろう。と、ここでカール知事は腕時計で時間を確認し、既に時間が残っていない事に気付き立ち上がる。
「おっと、そうこうするうちに時間が来てしまったな……」
「と、父さん?」
「これから夏至祭の準備で幾つか顔を出す必要があってね。 悪いが、今日の所は失礼するよ……っと、そうそう。 帝都内では君達が持つアークスの通信機能も試験的に働くようになっている。それでは実習、頑張ってくれたまえ」
「ちょ……!」
マキアスが止める間も無くそう言い残し、カール知事はブリーフィングルームから出て行った。 本当に短い時間の合間に来てくれてたようだ。
その後、カール知事は駅前に止められた車に乗り込むと……
(あの橙色の髪の少年、どこかで……)
今までずっと顔を逸らし続けていたレトの顔を思い出していた。
◆ ◆ ◆
駅から出て改めて帝都の大きさに驚きつつもクレア大尉がレト達を見送りし、両班は分けれて導力トラムに乗り込んだ。
導力トラムは西回りで出発し、辺境に住んでいるガイウスとエマは導力トラムから外の景色を見て困惑気味になる。
「ふむ、ここまで人が多いと少し驚いてしまうな」
「はい、それに頭がクラクラしちゃいます……」
「ま、そんなものね。 すぐに慣れるわよ」
「夏至祭になるとこれと比べ物にならないから、早めに慣れた方がいいよ」
導力トラムから流れる帝都の景色を眺め……しばらくして停車したヴェスタ通り前で降り、そこからは徒歩で通りに入った。
「ここがヴェスタ通り。 帝都の西側では代表的な商店街になるかな。 評判のいい宿酒場や雑貨店、人気のパン屋なんかがあるよ」
「へえ、どうりで良い匂いが……」
「ふふ、昼食にちょうど良さそうですね」
「その前に、先ずは宿泊先に向かうとしよう」
「道案内、お前に任せてもいいのだな?」
「うん。 多分そこの階段を上がった先にあると思うよ」
階段を上がり、しばらく右往左往しながらも甲板が建てられそうな一軒を見つけた。
「……うん、ここだね。 しかし、やっぱりか……」
「? やっぱりって何が?」
「ここ、元々は
と、そこでレトはハッとなり……無理矢理話を切り、アリサ達に背を向けて建物の方を向いた。
「……じゃ、早速中に入ろうか」
「おい、今聞き捨てならない事を言おうとしたな」
「ま、まあ口を滑らせたようですし、あまり追求しない方がよろしいかと……」
「そうね。 それに実習も始めたいし、早く中に入りましょう」
鍵を使い、レト達は中に入った。 実習で使われる事もあったのか中は綺麗に掃除されており、壁には支える籠手の紋章が掲げられているが、それよりもあちこちに張り出されている証明書の方が多かった。
レト達は二階にある宿泊場所に荷物を置き、一階のカウンター前で再び集まった。
「さて、それじゃあ課題を確認するよ」
「ああ」
「フン、今回はどうなることやら」
封筒を開け、中から実習課題を取り出した。 依頼は全部で3つ、内容は帝都地下の手配魔獣
出土品の危険性調査
猫探し
となっている。
「色々な依頼がありますね」
「フ、その方がやりごたえがあると言うものだ」
「B班の担当はヴァンクール大通りから西側のエリアだが……午前中に一通り回ってみた方がいいかもしれない」
「そうね。 早めにどこに何があるくらいは分かっておきたいわ」
「うん、依頼をこなしつつ導力トラムも使って一通りの街区に行ってみよう。 各街区の案内は任せておいて。 帝都は僕の庭みたいなものだから」
「はい、よろしくお願いしますね」
レトが胸を張って頼られようとする中、B班は特別実習を開始した。
「………………」
その光景を、ギルドの対面にある民家の屋根から覗く赤い影があった。