英雄伝説 時幻の軌跡   作:にこにこみ

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第4章
26話 それぞれの心情


7月17日ーー

 

トリスタは初夏を迎え、暑さに備えるため学生達の制服は夏服切りに変わっていっていた。

 

士官学院のカリキュラムが本格化する中、この時期ならではの……しかし士官学院ならではの授業も始まっていた。

 

「へぇ……皆早いね」

 

現在、レト達VII組はギムナジウムにある室内プールで水泳と言う名の軍事水練を受けている。

 

そして先に泳ぎ切ったレト達が後に続いて泳いでいくエマ達を見ていた。

 

(ん〜……エマを見ているとなんかローゼリアの婆様の顔がチラつくんだけど……何でだろう?)

 

「ーーって、あれ? レトは思ったより鍛えてないんだね?」

 

レトがプールを見ている間に話が変わっており、エリオットがあんまり鍛えられていないレトの身体を見て疑問に思った。

 

「本当ね。 鍔迫り合いでリィンを押し返す程なのに」

 

「基本的に僕の戦い方は力より技が強い事もあるけど……筋肉の方は効率良く力がつくように鍛えているから分かりにくいんだよね。 触ってみると分かりやすいよ」

 

ほら、と言いながらレトは右腕を差し出した。 恐る恐る3人は腕を触ると……

 

「何これ……カチカチじゃない」

 

「凄いな……見た目とは裏腹にズッシリとしている」

 

「うわぁ……! どうしたらこんなになるんだろう?」

 

「筋肉には赤筋と白筋の2種類に分かれていてね。 リィンのようにガッチリ見えている人は2つの筋肉の比率がどちらかに偏っているからなんだ。 別にそれが悪いとは言わないけど……2つの筋肉を効率良く平等に鍛えれば細腕ではありえない程の力が出せるんだ」

 

レトは見た目とは裏腹に出せる力の秘密を説明し、リィン達は納得した。

 

と、そこへレト達の後に泳ぎ切ったユーシス達がやってきた。 どうやらユーシスとマキアスはまた張り合っていたようで、相も変わらずに衝突していた。

 

それからサラ教官がいつものように気まぐれで授業内容を変え、それぞれが相手を決めるが……レトはリィンと相手をする筈がサラ教官に取られてしまい。 結果、すれ違っているラウラとフィーに混じる事になった。

 

「はあ……」

 

ラウラとフィーと並んで飛び込み台に立つレトは溜息をつく。 それをリィン達は軽くも同情する。

 

「レト、そなたも本気を出すのだぞ」

 

「それはもちろん本気でやるけど……」

 

「………………」

 

(居た堪れない……)

 

並んでいる順番は右からラウラ、レト、フィーとなっており。 2人の間に挟まれたレトは異様な空気に縮こまっていた。

 

そして、リィン達が見守る中3人は位置につき……

 

「位置についてーー始め!」

 

アリサの合図でプールに飛び込んだ。 体格ではフィーが不利で、水泳部のラウラが有利だと思われたが……レトとフィーもラウラに劣らぬ速さで並んでいる。

 

そしてあっという間に泳ぎ切り……レトが最初に壁に手をつき、僅差で遅れてほぼ同時にラウラとフィーが壁に手をついた。

 

「はあ……何とか勝てた……」

 

「……はあはあ……さすがだね……」

 

「ふう……そなたの方こそ」

 

互いに競い合い、レトは2人の距離が少し近付いたと思えたが……

 

「……なのにどうして、いつも本気を出さない……?」

 

「…………別に……めんどくさいだけ」

 

「…………やはり我らは、“合わない”ようだな……」

 

(何だろう……本気を出したはずなのに……もの凄く居た堪れない……)

 

1着で勝ったはずのレトは、ラウラとフィーの間に挟まれてさらに縮こまってしまった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

HRが終わり放課後……男子と女子に分かれて雑談をする中、やはり女子の方はラウラとフィーのすれ違いに悩み。 男子の方も頭を悩ませていた。

 

「……相変わらずか」

 

「水練の勝負の後でも揉めていたようだが……」

 

「フン、先月の実習も今ひとつだったそうだな?」

 

「ああ……色々あったが、結局最後まであんな調子だった」

 

「何とかしたいんだけどねえ」

 

決してそこの2人のように喧嘩をしている訳ではないのがさらに頭を悩まさる。 と、そこでマキアスは何かを思い出し、レトの方を向いた。

 

「そういえばレト。 結局あの少女は何者なんだ?」

 

「ん? ローゼリアの婆様の事? 前にも言ったけどよく知らないだよ、神出鬼没だし。 まあ、大方の予想はついているけど」

 

「予想? そのローゼリアって人が何者なのか?」

 

「うん。 エレボニア帝国の伝説・伝承にある魔女だよ。 ローゼリアの婆様が魔女なら色々納得できる点も多いし」

 

「それこそお伽話の話だろ。 あまり真実味があるとは思えないな」

 

「君は実際に見てないから言えるんだ。 あの人は……何か得体の知れない感じがするんだ。 エリオットもそう思うだろ?」

 

「……え!? あ、うん……そうだね」

 

マキアスに声をかけられて、先ほどから顔を俯かせて会話に参加していなかったエリオットは慌てて返事をした。

 

そんな事がありながらも部活動があるからと解散し、レトは中庭に出て1度身体を伸ばした。

 

「さて……明日は帝都に行ってパルムから届いているはずの天川の衣を取りに行かないとな」

 

また旧校舎の探索に参加出来ないと残念がりながらも、ゆっくりと古文書を読もうとグラウンドに向かった。

 

「…………だから…………」

 

「……わかってる……でも……」

 

「………………?」

 

グラウンドに降りようとしたところ、どこから話し声が聞こえてきた。 少し気になり、辺りを見回し……どうやら倉庫裏から聞こえてきたようで、レトは悪いと思いながらも倉庫裏に近付いた。

 

「……分からない。 ノルドの地では“資質”を見せることは無かったけど……」

 

「……ああもう、アタシも付いていけばよかったわ。 どう考えても“鍵”として機能している可能性が高いし」

 

「……でも……」

 

(………この気配は………)

 

気にはしたが、これ以上盗み聞きは失礼と思い立ち去ろうとすると……レトは足元にあった枝を踏んでしまった。

 

『誰っ!?/誰っ!?』

 

気付かれてしまい、レトは悪いと思いながらも倉庫裏に入った。

 

「……ごめん。 盗み聞きするつもりはなかったんだけど。 ってーー」

 

軽く頭を下げて謝り、姿勢を戻してレトは相手の顔を確認し……そこにはエマと、木箱の上に座っている黒猫がいた。

 

「あ、委員長だったんだ。 あれ、その黒猫は……」

 

「……………………」

 

「……レトさん……い、いつからそこに……?」

 

エマと黒猫は酷く驚いた顔でレトを見る。

 

「古文書を読もうとしてここに来たら話し声がして、どこからだろうと思ってね……でも、あれ? 委員長1人? 誰と話していたよね?」

 

「ええっ、それは……」

 

「ーーハッ! ま、まさか……」

 

レトの質問にエマと黒猫は動揺し……レトが何か気付いた顔をするとさらに動揺を露わにするが……

 

「エア友達?」

 

「違います!!」

 

「ごめん……そこまで深刻だったなんて……」

 

「だから違いますってば!!」

 

「なら猫に?」

 

「違……くはないような……じゃなくて! あ! アークスでお友だちと話してたんですっ! べ、便利ですよね〜、通信機能!」

 

「へえ、そうだったんだ」

 

まるで今思いついたような誤魔化し方だが、レトはさして疑わずそれを信じた。 だが、レトは視線を移して黒猫を見た。

 

「そういえば、その猫……前に部屋に入って来たけど……放し飼いだったよね? 名前はなんていうの?」

 

「え、ええっと……」

 

「………………」

 

「ーーこの子の名前はセリーヌって言います」

 

「…………!」

 

エマが黒猫の……セリーヌの名前を言うと、セリーヌは驚いた顔をしてエマを見つめた。

 

「セリーヌっ名前なんだ。 いい名前だね。 僕も猫を飼っていてね、ルーシェって言うんだよ」

 

そう言いながらレトは導力カメラを取り出し、エマに1枚の画像を見せた。 そこにはソファーに寝そべっている赤に近いフワフワした茶色い毛並みの猫が写っていた。

 

「この子が……可愛い猫ちゃんですね」

 

「セリーヌみたいに艶やかで綺麗な毛並みじゃないけど、抱き心地抜群なんだよね。 ちょっと触ってもいい?」

 

「………………(ぷい)」

 

「あはは、ダメみたいです」

 

セリーヌはソッポを向き、レトはあははと笑いながら撫でようとしてセリーヌに伸ばしていた手を下ろした。 エマも苦笑いをすると、セリーヌを抱えた。

 

「それでは私はセリーヌを町に連れて行きますね。 教官達に迷惑をかけたくありませんし」

 

「教頭とかに見つかったら厄介だからね。 気をつけてね」

 

「はい」

 

エマはセリーヌを連れてレトと別れ、学院を後にした。 そしてセリーヌをトリスタの駅前にある公園に離した時……

 

(……あれ? そういえばあの写真のソファー……かなり高級なものだったような……)

 

ふと、ルーシェが写っていた背景を思い出し、エマは疑問に思った。

 

(地精についても知っている考古学者で、あの魔力。 レトさんって……一体何者なんだろう……)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌日ーー

 

レトは朝から列車に乗り帝都に向かっていた。 目的は前回の実習で手に入れた天川の衣で出来た衣類を受け取るためだ。

 

列車は前回の実習の時と同じ時間で到着し、レトは駅を出て導力トラムでヴァンクール大通りに向かい、そこにあるブティック店に入った。

 

「すみません。 レト・イルビスと言う者ですが……注文していた物は届いていますか?」

 

「ああ、届いているよ」

 

店長らしき男性がカウンターの下から洋服が1着入るくらいの箱を取り出した。 中を見ると……そこには明かりで煌びやかに輝く緋色に色染めされた天川の衣で作られたドレスがあった。

 

「おお……! 色染めも仕上げも完璧……流石パルムですね」

 

「そう言ってもらえると。 私も長年この仕事をしていますが、こんな美しい絹は初めてです」

 

(蚕じゃなくて蜘蛛の糸なんですけどね)

 

レトはここに天川の衣を持ち込み、無理を言って早急にパルムで作ってもらった。

 

機織りは時間がかかるもの……天川の衣で無ければここまで早く仕上がる事はなく。 レトは心底から感謝した。

 

「ありがとうございます。 最高の1着になりました……ん? これは……」

 

レトは礼を言いながらドレスを戻そうとした時、箱の隅にハンカチがあるのに気付いた。

 

「このハンカチは? 手触りからしてこれも天川の衣で出来ていますが……」

 

「それは糸が少し余った言って勿体ないからと作ったそうですよ。 サービスだそうですから遠慮なく受け取ってください」

 

「それでは遠慮なく」

 

レトは再びお礼を言って店を後にし。 続いて郵便局に向かい箱をある場所に配達を依頼し、レトは用が終わるとその後はフラフラと帝都を歩いていた。

 

しばらく大通りを通っていたが、気まぐれで人通りの少ない路地裏に入ると……

 

「ーーッ!?」

 

いきなり背後から殺気がレトの身に降りかかった。 レトは確認する前にその場で飛び上がり、一軒家の屋根に飛び乗った。

 

高所からしか見えない緋色の大地を踏みしめ、一軒飛び移った後振り返ると……

 

「な!? 貴方は……!?」

 

「ふ、ふふふ……ここで会ったが千年目……覚悟する事ですわ!」

 

そこにいたのは少し古風な感じの服を着た女性だった。 彼女はレトを指差しているが……

 

「…………誰ですか?」

 

「なっ!?」

 

当の本人は首を傾げた。 それに対して彼女は驚愕し……剣を抜いて剣先をレトに向けながら怒りを露わにする。

 

「あ、貴方、この私を忘れたと言うの!?」

 

「いやだって貴女達のマスターが印象が強過ぎて覚えていられませんし……そもそも名乗っていませんよね?」

 

「くっ……」

 

正論を言われて女性……デュバリィは一瞬怯むが、何かを思い出したのか顔を俯かせて剣を握る力がこもる。

 

「……認めません……認めませんわ……貴方があのお方のーーだなんて……!」

 

「……え……?」

 

レトは彼女の言った言葉が一瞬理解出来なかった。 だが、デュバリィはそんな事御構い無しに、レトに向かって剣を振るった。

 

「危なっ!?」

 

「ええい、大人しく成敗されろですわ!」

 

「そんな無茶苦茶な!」

 

「ふふっ、剣帝など名ばかり。 貴方を倒せば剣帝に勝利したという事実を得られますわ……!」

 

「……………………」

 

レトはデュバリィの浅はかな野望にジト目で見ながらも神速の剣戟を避け続ける。

 

彼女の剣は読み易く、レトは淡々と避け……左手に出現さけたケルンバイターでデュバリィの剣を弾き返した。

 

「なっ……!?」

 

「少し感情的な剣ですね。 とても読み易いですし、今思い出しましたけどハーメルの時の剣より乱れています」

 

「くっ……未熟者の分際で生意気な……!」

 

レトは目を細めながらデュバリィを睨み……ケルンバイターを肩に担ぐ。

 

「結社に身を置かないとはいえ、貴女に勝利を与える程、剣帝の名は軽くはありません。 こんな白昼堂々やり合う気はありませんし……」

 

レトはデュバリィから視線を逸らさずに横に歩き……その歩いた軌跡にレトが残っていた。

 

「なっ!?」

 

『じゃ、そういう事で』

 

分け身で8人に分身し、デュバリィに背を向けて四方に散った。

 

「は、8人って……私でも3人が限界なのに……!」

 

デュバリィは自身が分け身が出来る人数の限界の倍以上の分け身を見て戦慄し、追いかける気力も起きなかった。

 

「ーーたった一月であそこまで腕を上げるか……奴の目は慧眼だったわけだ」

 

「ふふっ、うちのデュバリィがああも簡単にあしらわれるなんて、ウカウカしていると足元を掬われそうね」

 

「あ、あなた達、いつからいましたの!?」

 

呆然としているデュバリィの背後から2人の女性が現れた。

 

「ふふっ、いきなり走り出してなにかと思ったら……あの子に惹かれでもしたのかしら?」

 

「そ、そんなんじゃありませんわ!!」

 

「我らは魔都に向かう前の下見として帝都にいるというのに……剣帝を目にした瞬間、目くじらを立てて追いかけて」

 

「あ、あんな子どもを剣帝と認めるんじゃありませんわよ! 私は認めません……剣帝も、マスターのーーである事も、絶対に! ぜ〜ったいに、認めませんわーー!!」

 

デュバリィの子ども染みた叫びが、帝都の空に大きく響いた。

 


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