5月23日ーー
あの後フィーと言う名の猫が追加され、話の趣旨が変わりフィーの勉強を見る事になった。
日付が変わり、レトは目覚めると身支度を済ませて寮を出た。 写真部の活動でトリスタの町の景色を撮るようだ。
「ふむ……」
パシャパシャと、川や木といった景色を撮って行く。 その度に確認していると……
「うーん、やっぱり最新式の導力カメラは羨ましいなあ」
「まあ、撮ったものを確認できるのは便利ですね。 先輩が使っているのは撮ったものを全部現像してみないと分からないので手間暇がかかりますけど……これは1番良いものを選別して選べますから」
2人の旧式の中に最新式があるとどうしても羨望の眼差しをかけられる。 当然と言えば当然だ。
「先輩〜、やっぱり可愛い女の子を撮りましょうよ〜」
「はいはい、これも写真部の活動なんだから文句言わない」
「はは、でも人を撮るのは僕も賛成ですね。 人物をメインにして建物や自然を背景にして1枚に収める……良いとは思いませんか?」
「それは……そうだけど……」
「もちろん、偏り過ぎるのは行けませんけど」
それからしばらく、レックスの暴走を度々止めながら活動を続けていると……
ピリリリリリ♪
「はい、レトです」
『リィンだ。 ちょっと時間いいか?』
どうやら昨日から頼まれていた旧校舎の件についてだった。 先月は行けなかったので二つ返事で了承し、写真部の2人に断りを入れて旧校舎に向かった。
到着するとリィンの他にも今日の探索に協力してくれるようで。 エリオットとガイウス、アリサとラウラも参加し、合計6人での探索が開始された。
「……ちょうど1ヶ月ぶりかあ。 ちょっと怖いけど……やっぱり放っておけないよね」
「ああ……学院長の依頼でもあるし、少しずつ調べを進めていかないとな。 皆、よろしく頼む」
「ふふ、心得た。 VII組メンバーとしてしかと協力させてもらおう。 “魔物”が現れても、相手にとって不足はない」
「旧校舎自体にも興味はあるし。 魔物が出たら出たで面白いかもね」
「あ、あはは……さすが2人とも、心強いね」
「しかしその言い方だと、魔物を見た事ある言い方だな?」
「うん、あるよ」
リィンの問いに答えるようにレトは腰に懸架していた古文書を取り出し、ページをめくり一枚の写真を取り出した。
そこに写っていたのは不気味な気を纏う二本のツノを生やした、肉断ち包丁を持った鬼だった。
「うわぁっ!?」
「これは……」
「帝都地下遺跡に出現した1体だよ。 あの時は苦労したなぁー」
「うむ、とてつもない怪力の持ち主で、苦戦を強いられてしまった。 アークスの戦術リンクがある今では容易に倒せるだろう」
「そ、それでも倒したんだな……」
「じゃなきゃここに立っていないよ」
ケラケラと笑いながらレトは写真をしまった。
「まあ、それにしても……大まかに話は聞いていたけど、未だに信じられないわね」
「旧校舎内部の構造が変わる、か……」
レト、アリサ、ラウラには前回までの調査で判明した事を既に伝えてある。 しかし、信じられないのも無理は無いだろう。 急に形を変える謎の迷宮と化している旧校舎。 建物の構造そのものが変化するという事実が信じられないというような表情だ。
だがその表情をしているのはアリサだけで、レトとラウラは同じ経験があるのかという顔をする。
「信じられないのも無理もない……それについては、自分の目で確かめた方が早いだろう。 階段部屋に行けば嫌でも分かるだろう」
「そうだな。 さっそく確かめてみよう」
(先月と同じ構造を取っているかなぁ?)
リィンが先導し、レト達は先月イグルートガルムと戦闘を行なった場所に向かう。 しかし、そこにあったのは……
「ーーえ……」
「こ、これって……」
(あれは……)
レト達の目の前には、階段など影も形もなく。 代わりにあったのは何かしらの装置と思われる巨大な台座が部屋の中央に鎮座していた。
「成程……確かに以前とは様子が違うみたいね。あの台座みたいなものは一体何なのかしら?」
「い、いや……俺達にもわからない。 あんなもの、1ヶ月前には影も形もなかったはずだ……!」
「だ、だよね……!? 地下へ続く階段まで綺麗さっぱり消えてるし……」
「サラ教官も時間のある時に調べてるみたいだけど……ここまで大きな変化があったという話は聞いていない」
「何者かが侵入して仕込んだにしては、大掛かりすぎるな。 再び構造か変わった……そう考えるのが妥当か」
「あ、ありえないでしょう……」
「ふむ……やはり似て非なる、か」
「結果は、同じそうだけど……」
6人は台座を見据え、しばらく考え込む。 リィンはここで考え込んでも仕方ないと思い口を開く。
「……ここで立ち止まっていても仕方がないな。 まずは、あの台座みたいなものを調べてみよう」
「そうだね」
リィン達は台座に乗り。 その間レトは導力カメラを構え、台座を一周しながら写真に収める。 寸分狂いなくシンメトリーなだと感心しながら後に続いて台座に乗る。
「どう? 何か分かった?」
「ああ、どうやら昇降機みたいでな。 今から地下2層にいこうと思う」
「わかった」
そして全員の準備が完了し、アリサが昇降機を操作する。 すると台座がゆっくりと降下していき、第1層を通過して第2層へで昇降機は停止する。
「……ここが第2層みたいね」
「先月までは確かになかったはずの階層だな……」
「もしくは、元からあったのを繋げただけか……ともかく僕達には考えられない現象が起きている訳だね(やっぱり
「ぶ、不気味だね……」
レトは部屋を見渡し……奥の方にある扉を見て、2ヶ月前のオリエンテーリングでも見たことがあるということに気付く。リィンはこの先に魔獣がいる可能性があると警告し……扉をくぐった。
地下第2層には当然魔獣もいたが、まずエレボニアでは見ることのない魔獣ばかりだった。 だが腕試しや鍛錬などには丁度よく、リィン達は戦術リンクを駆使して前に進む。
そしてちょっとしたギミックで迂回しながらも最奥に到着した。
「ここで行き止まりか……」
「となると……」
「ああ。 皆、気を引き締めて行くぞ!」
部屋に入るとすぐに正面に光とともに空間が歪み……そこから大きな扉の形状をした羽をもつ、蛾のような深緑色の巨大な魔獣が3体出現する。 ケルビムゲイトと呼ばれる3体の魔獣を前にレト達は得物を構え、臨戦態勢を取る。
ケルビムゲイトの2体が、目に当たる宝玉部分から緑色の光線を放ってきた。
「クレセントミラー!」
レトはアークスを駆動しながらリィン達の前に立ち、一瞬で発動し……迫って来た光線を跳ね返した。
「早い……!」
「す、凄いや……」
「レトはアーツにも長けているのだ。 さあ、我らも行くぞ!」
「ああ!」
リィンとラウラ、ガイウスは左右、真ん中のケルビムゲイトに向かってそれぞれ駆け出した。
「敵ユニットの傾向を解析……!」
「燃え尽きなさい……ファイヤ!」
エリオットは魔導杖を構え、ケルビムゲイトの弱点を探し出し。 アリサはリィンが向かうケルビムゲイトに狙いをつけて燃え盛る矢を放った。
「そこだ!」
リィン達3人がそれぞれのケルビムゲイトを相手にし、それをレトが遊撃、アリサとエリオットがフォローしていた。
「ーー解析完了! 地のアーツに弱いけど、僕のスロットに地のアーツが使えるクオーツが無いし……」
「地のアーツなら俺が使える!」
「わかった。 ガイウス、変わって!」
ガイウスが相手しているケルビムゲイトをレトが引き受ける事になり。 ガイウスは離脱するために十字槍が風を纏い、突きを放つ事によって渦巻く風を放った。 風はラウラのケルビムゲイトもまとめて貫いた。
「砕け散れ!」
ラウラはガイウスの援護により体勢が崩れた隙を狙い跳躍し、落下の勢いも入れて豪快な一撃を喰らわせた。 そしてレトとガイウスは入れ替わり、ガイウスは後方に行くとアークスを駆動させる。
「はっ!」
「やっ!」
リィンが相手するケルビムゲイトにリンクを繋いでいるリィンとアリサが順調に体力を削っていく。
だが、ケルビムゲイトは傷付くも反撃としてまた光線を放ったが、今度は直撃コースではなく横に少し逸れていた。 だが……
「うわっ!?」
「くっ……」
光線は後方の2人に向かい、地面にぶつかると衝撃が拡散し、余波でエリオットとガイウスの体勢は崩れてしまう。
「っ……アースランス!」
ガイウスは怯みながらも何とかアーツを発動し、大地から鋭い石の槍を突出させてラウラのケルビムゲイトを貫き……それにより消滅させた。
「よし!」
「次だ!」
1体が減れば戦況はレト達が有利になり、全員の士気が高まっていくが……突然、2体のケルビムゲイトは身を上に逸らすと……
ウオオオオオッ!!!
その見た目には似合わない獣のような叫びを放ち、全方向に衝撃波を放った。
「くっ!?」
「っ!」
「なんの……!」
その咆哮を間近で受けたリィン、レト、ラウラは怯むが……
「ティアラ!」
「ブレス!」
回復アーツが発動し。 エリオットがリィンに、アリサがレトとラウラの傷を回復させた。 3人は首だけを回して後ろを向き、無言で頷いてお礼を言った。
「はあっ!」
リィンは放たれた光線を避け、ケルビムゲイトの胸に横一閃斬り裂き……
「ファイアボルト!」
「アクアブリード!」
「ニードルショット!」
アリサ達が初級アーツを撃ち込み、集中砲火がとどめを刺した。
「はあああっ!!」
気合いを入れて大剣を振り下ろし、ケルビムゲイトの体勢を大きく崩した。
「崩した!」
「ーーせいっ!」
戦術リンクにより間髪入れずレトが距離を詰め、三段突きを入れ……最後のケルビムゲイトを消滅させた。 最後の1体を倒し、リィン達は上がっていた息を整える。
「はあ、はあ……今のは手強かったわね……」
「うむ……おそらくこの階層のヌシと言ったところだろう。 少々拍子抜けだったが」
「まあ、ラウラはそうだろうね」
戦闘が終わり、緊張が解けて大きく息をはきレト達は武器を収める。
「あはは……戦術リンクも上手く合わせられてる感じだよね。 それに、どうやらこの部屋が終点みたいだ」
「これ以上先には進めなさそうだな。特に、何かが置かれているわけでもないようだが……」
「ああ……」
ガイウスの言葉を肯定したリィンは、そのまま黙り込んでしまう。 どうやら考え込んでいるようだ。
「どうしたの? 考え込んじゃって」
「気になることでもあった?」
「いや……何だか1ヶ月前と同じだと思ってさ。 前回も、終点に辿り着いた途端に強力な敵が現れただろう?」
「……そういえば」
「ふむ……そうだったのか……」
どこか残念そうに声を漏らすラウラ。 だが視線はレトに向け、その視線に気付いたレトは無言で頷いた。
リィンはこれ以上先に進めないと判断し、旧校舎を出ることにした。 来た道を引き返し……外に出ると、既に時間は夕方に差し掛かっていた。
レト達が入ったのが昼間であることを考えれば、実に数時間もの間籠っていた事になる。
「ふぅ……思った以上に大変だったわね」
「うん、魔獣も1ヶ月前とは比べ物にならなかったし……」
「特に……あの昇降機の出現には驚かされたな。 すぐにでも、学院長に報告しに行かないと」
「教官にも声をかけておいたほうがよさそうだな」
「うむ、では早速行こうか」
「そうだな……ん?」
ふと、何かしらの気配を感じてレトは振り返る。 そこには誰もいなかったが、視線を下げると……
(あれ? 委員長の猫……って、そういえば名前聞いてなかった……)
「レト、どうかしたのか?」
「え!? あ、うん……何でもないよ」
ラウラはレトに声をかけ、レトは驚きの声を上げて誤魔化し。 また振り返ると……猫はどこにもいなかった。 リィン思達もレトの行動を疑問に思いながらも、6人は学院長の下に向かう事にした。
◆ ◆ ◆
「更なる地下へと下りる昇降機……まさか、そんなものまで現れるとはのう」
リィンは学院長室でヴァンダイク学院長と眠そうにしていたサラ教官に今回の旧校舎探索の結果を報告していた。
「あたしが一週間ほど前に調べた時は、そんなものは無かったのに。 むむむ、なんだか狐に化かされた感じだわ」
「それに、旧校舎は昇降機を見た限り、まだまだ地下に続いているようでした。 今は第2層より下へは行けないようですが……」
「それも結局のところ謎よね……ロックを解除する仕掛けがあった訳でもないし」
リィンの説明にアリサが補足する。
「学院長、旧校舎に地下があった事は
「いや、そもそも更なる地下が存在しているなど、ここ数十年で聞いた事が無い。 先日までは、確かに地下一階しか存在していないはずじゃ」
「存在しない筈のものが突然現れた事になるのか……」
「しかも昇降機なんてあからさまな移動手段が用意された上でだ。 いくら暗黒時代の遺跡とはいえ、どうにも不可解すぎる」
「何かしら原因はあるはずだけど……学院長、何か心当たりは?」
「ふむ、そうじゃな……」
レトの質問を受け、学院長は目を閉じて記憶の中に何か関係のありそうなものが無いのかを探す。 しばらくの間、考えこんでいたが……ふと何かに辿り着いたのか目を開く。
「……もしかしたら、かのドライケルス大帝に関係あるのかもしれんのう」
帝国中興の祖、帝国に住んでいるのなら必ず知っていると言われるほど有名な偉人。
「あの獅子心皇帝に……?」
「うむ。 学院が設立されてから、代々の学院長には大帝からの“ある言葉”が伝えられておる。 あの建物……旧校舎を、来たる日までしかと保存するようにとな」
「き、来たる日って……なんですか……?」
来たる日……まるで予言や予見のような事を考えての言い伝えのようだ。 エリオットの当然の疑問に対し、緊張しながら質問する。 学院長は答えられる範囲で答えた。
「その言葉の意味する所は未だに分かってはおらん。 250年前に獅子戦役、そして聖女サンドロットにまつわる話だという説もあるがのう」
「聖女サンドロット……!」
その言葉に全員が反応する。 かの獅子心皇帝に並び、武の道において彼女の名を聞かない事はないだろう。 ことラウラも、リアンヌ・サンドロットを目指し日々剣の腕を磨いている。
「槍の聖女、リアンヌ・サンドロット……獅子戦役の時代、大帝と共に鉄騎隊を率いて戦場を駆け抜けた救団の武人」
「七耀教会にも聖女として認定されているとも聞いているし。 帝国人なら誰もが知っている歴史上の著名人だね」
「辺境にある俺の故郷にもその名前は伝わっているな」
「聖女には確かに様々な伝承やミステリアスなエピソードがありますけど……それも、あの旧校舎に関係があるということですか?」
「確かなことは言えんがのう。 だが、最近になって起き始めた異変……かの大帝の言葉が全くの無関係とも思えんじゃろう」
「そうですね……」
とはいえ、来たるべき日とは何なのか。あの旧校舎には何があるのか。分からない事があまりにも多すぎる。憶測の域を出ないが、謎は解明の兆しを見せてくれない。
「ーーま、憶測の段階だし、気にしすぎることもないでしょ。 今後も、追々探っていけばいいわ」
「そうさせてもらいます。 こういう謎はゆっくりと解いて行くものですから」
「本当にご苦労だったのう、Ⅶ組の諸君。 話が長くなってしまったが、心より感謝させてもらうぞ。 今後、また旧校舎に向かうのであれば、是非報告をしてほしい」
「はい、わかりました」
報告が終わり、六人は部屋を出る。そして一息吐きながら改めて解散する前に最後の会話をする。
「皆、お疲れ様。 おかげで助かったよ」
「ふふ、気にしないで。 それに、ここまで関わったからには何とか謎を突き止めてみたいわよね」
「そうだな……いい修練にもなりそうだ。 またあの場所を探索するときはいつでも呼んでけくれ」
「うん、リィンばかりに押し付けられないしね。 依頼の手伝いとかも、遠慮なく言ってよね?」
「ああ、必要になったら頼ませてもらうよ」
「それじゃあ、また寮でな」
1ヶ月後の自由行動日に再び旧校舎を探索する際にはまた集まろうということになり、そこでレト達は一旦解散するのだった。
レトとラウラは本校舎を出ると学院を出て帰路に着く。
「やはりあの旧校舎は……」
「うん。 ラウラが考えている通りだと思うよ。 かなり省略化と縮小化はされているけど……帝都地下遺跡と同じ法則性がある」
「そうか。 もしかすると、終着点にはおそらく……」
「まあ、その話は諸説あるからね。 かの獅子戦役では複数体確認されているし」
「現時点で皆に伝えるのはまだ早急か……我らがあの旅で得られた事実は、とても信じられるものではないからな」
「それがいいよ。 今は……伝承は伝承のままの方がいい」
夕日が指す中、レトとラウラは意味深な会話を交わし、公園を曲がって寮に帰ろうとし……その公園で、身を丸めて寝ていた黒い綺麗な毛並みの猫が聞き耳を立てていた。