1話 入学式
「世界にはまだまだ知らない謎が沢山ある。 僕はそれを解いて行きたい」
自分の事も、周りの事も、世界の事も。 何にも知らなかった僕は、本当に無知だった。
だから知りたかった。 痕跡を辿って……謎を……探求して、考えて、発見して……真実にたどり着くと……
「でも、謎から解き明かされた真実は……まだ謎の途中でもあれば……時に、目を背けてはならない現実だった」
あの頃の僕は……時と幻、
◆ ◆ ◆
七耀暦1204年 3月31日ーー
帝都ヘイムダル近郊、トリスタ。 その東部にあるトールズ士官学院に人それぞれの思いを胸に新入生が次々とこの地を訪れていた。
そして、その中の1人。 駅前に植えられたライノの花が咲き乱れる中……
「クー……」
「スゥ……スゥ……」
駅前にある小さな公園、柔らかな陽射しが差し込むそのベンチの一角で……肩まである橙色の髪を金属製のバレッタで一纏めにしてベンチに寝て座っている青年と。 その青年の膝を枕にして寝ている小柄で銀髪の少女がいた。
「うん……?」
「お嬢様? おや……」
そこに、駅から出てきた長い青髪をポニーテールにした少女と執事服を着た老人が青年を視界に捉え、側に寄り少しの間の後……
「ーーレト。 起きぬかレト」
少女は青年の肩を揺すり起こそうとする。 すると青年はパチリと目を覚まし、青年は青い瞳を何度も瞬きする。
「……ふわぁ〜……よく寝た」
「よく寝た、ではない。 暖かいとはいえまだ春先、風邪を引いてしまうぞ」
「……あれ? ラウラ? それにクラウスさんも」
「おはようござます、レト様。 良き日和ですが、まだ外で寝るのには時期が早いのでは?」
「う〜ん……! 昨日夜更かししたし。 今日も早かったからかなり眠かったんですよ」
レトと呼ばれた青年は体を伸ばしながら答える。 ラウラは呆れながらももう1人の寝てい少女に視線を落とした。
「それよりもレト。 その者は知人か?」
「知人? ……って、うわっ!? 誰この子?」
「貴様は見知らぬ相手を膝枕していたのか……!?」
何を思ったのか、ラウラは怒髪の勢いでレトを睨みつける。 その変化にレトは慌てふためく。
「うわわわっ!? 僕は無実! 僕はやってません!」
「…………まあ、そうであろうな」
「へ……!?」
「お前は超が付くほどの遺跡バカだ。 大方、レトが寝ている時にこの少女がちょうどいい枕を見つけたと思ったのだろう」
「……この子が寝ようとしたのに疑問は持たないの……?」
疑問に思いながらもレトは少女の頭を優しく持ち上げ、ベンチから立ち上がり起こさぬよう優しく下ろした。
「無事に試験を通ったんだね。 勉強を教えた甲斐があったよ」
「うん。 そなたのおかげでこうして入学できた。 改めて感謝する」
「それはお互い様だよ。 僕もラウラのおかげで武の腕を磨くことができたんだから」
互いに礼を言い合いながら、レトは隣に立てかけてあった細長い包みを手に持ち。 その隣に置いていた古い本を腰のベルトに吊るした。
「それじゃ、行こっか」
「うん」
2人は並んで歩き出し、雑談をし……しばらくして士官学院の前、トリスタの町と両学生寮を繋ぐ十字路の辺りで足を止めた。
「それではお嬢様、ご武運をお祈りしております」
「うん、ありがとう。 爺も元気で。 父上の留守はよろしく頼んだぞ」
ラウラはクラウスが持っていた背の丈ほど大きい包めを受け取りながらお礼を言う。
「ハハ、心得ております」
「ーーあ、そうだ。 せっかくだから記念写真撮りましょうよ」
良いアイディアとばかりに懐から導力カメラを取り出した。
「それはいいな」
「ほらクラウスさんも」
「それではお言葉に甘えて」
それから学院を背景に3枚、3人2組ずつの写真を撮った。 次は3人の写真を撮ろうと思った所に……駅側から赤い制服を着た黒髪の青年が歩いてきた。
「ーー済みません! 少しいいですか?」
「え……」
「お手数ですが写真を撮ってもらいませんか?」
「あ。 それくらいなら喜んで」
黒髪の青年に導力カメラを渡し、青年は興味深そうにカメラを見るが……レトに声をかけられてすぐに写真を撮った。
「感謝する」
「いえ、大したことはしてないよ」
「あ、せっかくなんで君も撮りませんか? クラウスさん、お願いします」
「お任せください」
「さ、さすがにそこまでは……」
「これから同じ学院に入るのだ。 遠慮しないといい」
半ば強引に青年も一緒に並ばせ、クラウスが3人を写真に収めた。 レトは導力カメラを受け取ると、画面を操作し撮られた写真を見た。
「うん。 よく撮れてる」
「だね」
横からラウラも覗き込み、レトは納得し導力カメラをしまった。
「近いうちに現像して渡すから」
「いや、その悪いって……」
「せっかく撮ったんだし、気にしなくていいよ。 それじゃあクラウスさん、僕からも子爵閣下によろしくと。 それとクラウスさんそろそろ良いお年なんですから体調にも気をつけてくださいね」
「お心遣いありがとうございます。 レト様も良き巡り合わせをお祈りしております」
クラウスが一礼した後、2人は青年にお礼を言いながらトールズ士官学院に向き直り、学院に続く坂を登って行った。
「そういえば同じ制服みたいだけど……もしかしたら同じクラスになるかもね」
「ふむ、そうなればレトには稽古の相手になったもらえそうだな。 そういえば先ほどの少女も同じ赤い制服を着ていたな」
「何か関係があるのかな? それにコレも」
レトは本とは反対側、左腰にあるトールズの名と有角の獅子が描かれた戦術オーブメントを取り出した。
「旧型とも新型とも違う戦術オーブメント……それに中心の窪みはなんだろう? クオーツを入れるにしては大き過ぎるような……」
「……考えても仕方あるまい」
レトとラウラは少し疑問に思いながら歩みを進めて行き。 答えが出ずにトールズ士官学院に到着した。
「ーーご入学、おめでとーございます!」
学院の校門を潜ったところで突如声をかけれた。 声のする方に目をやると、学生らしき2人がこちらに歩いてきた。1人は黄色いツナギを着た少しぽっちゃりした生徒。もう1人は、レトとラウラより2、3歳ほど年下に見える少女だったが、こちらは制服を着ている。
(先輩? この人が?)
チラっとラウラを見ると……彼女も同じことを思ったのか、少し困惑した顔でレトを見ていた。
「ラウラ・S・アルゼイドさん。それとレト・イルビス君、ーーでいいんだよね?」
「え、ええ……」
「間違いありませんが、どうして僕達の名前を?」
「ちょとした事情があってね。 触れないでくれると助かる」
あちらにもそれなりの事情があるらしく、それ以上2人はこの話には触れない事にした。 それから申請した品を渡す事になり、レトとラウラはそれぞれ得物が入った包みを渡した。
「はい、じゃあお預かりします。雑に扱ったりはしないから安心してね」
「ちゃんと後で返却させてもらうよ。 それじゃあ入学式は目の前の本校舎から左手の先、あの講堂で開かれるから遅れないようにね。 君達の学院生活が充実した2年間になることを祈ってるよ」
その講堂と見られる建物の方を手で示し、ツナギの青年は太めの顔つきに優しそうな笑顔を浮かべそんな言葉を口にする。
「慣れないことだらけで苦労するかもしれないけど、私達も全力でサポートするから頑張っていこうね」
「はい。 ありがとうございます」
「丁寧な案内、誠に感謝する」
2人は頭を下げて礼を言い。 少し疑問に思いながらも真っ直ぐ講堂へと向かった。
◆ ◆ ◆
「ーー最後に君達に一つの言葉を贈らせてもらおう」
ヴァンダイク学院長の話が続くなか、レトは視線だけを動かして周りの新入生を見ていた。
(2、4、6……9。 自分も含めると赤い制服を着ているのは10人か)
人数は赤が1番少なく、次いで白の貴族、次に緑の平民という感じだ。 そして、レトはその2組が綺麗に別れている事に、少し悲観を覚えていた。
「『若者よーー世の礎たれ。』。"世”という言葉をどう捉えるのか。 何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの2年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい。 ーーワシの方からは以上である」
(……………………)
ヴァンダイク学院長の言葉……とても素晴らしく聞こえるが、彼には複雑に聞こえた。
その後、入学の式典は先ほどの話で締めくくられ、閉会の運びとなった。 新入生達は案内に従いそれぞれ自分達が所属することになるクラスの教室へ向かわされたのだが……新入生が次々と講堂を後にする中、赤い制服を着た10人が残され、誰もが困惑していた。
「はいはーい。 赤い制服の子たちは注目~!」
疑問を答えるように、ワインレッドの髪をした教官らしき女性が声をかけてきた。 彼女は自分達に特別オリエンテーリングなるものに参加してもらうといい。 そして着いてきてと言うとさっさと講堂を出て行ってしまった。
「…………………」
「ふむ、レト。 これはどういう事だろうか?」
「ラウラ……よくは分からないけど、ついていえば解けると思うよ」
「ふふ、レトは変わらぬな」
少しワクワクしているレトを見て。 ラウラは少し微笑み、レトの後に続いて講堂を後にした。
◆ ◆ ◆
彼女について行くままに案内され、士官学院の裏手……古びた建物、旧校舎らしき建物に到着した。 10人が建物を不安そうに見上げて立ち止まる中。 先頭を行く教官は気分よさげに鼻歌を歌いながら悠々とその建物に向かい歩を進め、鍵を使って扉を開くと早々に中へ入って行ってしまう。
取り残される自分達。 辺りは林に囲まれており日が差し込まず暗く、古い建物と合間ってなんとも言えない雰囲気を感じさせる。 だがここで立ち止まっていても話は進まず、教官の後に続き建物の中へ足を踏み入れていく。
「…………?」
ふと、レトは立ち止まって振り返る。 辺りを見回し……ある一点をジーっと見つめた。
「レト、どうかしたのか?」
「…………ううん、何でもない」
ラウラに声をかけられ、レトは扉をくぐり中に入った。 建物内はホールのような構造になっており、明かりは窓の外から差し込む暗い明かりのみ。 教官は正面奥、一段高くなっている檀上に脇の階段から上がり、こちらへ向き直る。
「ーーサラ・バレスタイン。 今日から君達《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。 よろしくお願いするわね」
にっこりと笑みを浮かべながらそう名乗った女性教官……サラ教官の言葉に、彼らは驚きに目を瞠る。
「な、VII組……!?」
「そ、それに君達って……」
「ふむ……? 聞いていた話と違うな」
「あ、あの……サラ教官?」
それぞれが疑問に思う中、眼鏡をかけ長い髪を1本の三つ編みにした女子生徒がおずおずとサラ教官へ問い掛ける。
「この学院の一学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。 それも各自の身分や出自に応じたクラス分けで……」
「お、さすが主席入学。 よく調べているじゃない。そう、5つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ。 ーーあくまで“去年”まではね」
サラ教官は眼鏡の女子の発言に感心するように頷き、続けられた発したその言葉で気がついた。 去年まで、ということはつまり……
「今年からもう一つのクラスが立ち上げられたのよね〜。 すなわち君達、ーー身分に関係なく選ばれた特科クラスⅦ組が」
貴族クラスの白、平民クラスの緑。 どちらにも属さない赤の制服の意味がこの時ようやく明かされた。 ここにいる10人が何らかの理由でVII組のメンバーとして選ばれたわけだ。
「ーー冗談じゃない!」
と、突然生真面目そうな声が響いてきた。 怒り露わに叫んだ眼鏡の男子は、睨むようにサラ教官を見据えていた。
「身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」
「えっと、確か君は……」
まだ名前と顔を覚えていないのか、言葉を濁すサラ教官に。 深い緑の髪を短く几帳面に整えた男子は自分からマキアス・レーグニッツと名乗った。
「自分はとても納得しかねます! 身分に関係なくとは……まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」
……貴族を良く思わない人は必ずいる。 しかし、彼のはどこか嫌悪と言うより怒り、そして我が儘のような感情を感じる。 そんな怒りの声をサラ教官はどこ吹く風のように返し、それが帰って不満を募らせる。
「フン……」
と、そこで、マキアスの隣で金髪の男子が聞こえよがしに鼻を鳴らした。 不興を表すようなその態度にマキアスが教官からその男子の方へ顔を向け直す。
「……君、何か文句でもあるのか?」
「別に。 平民風情が騒がしいと思っただけだ」
(あらら、神経逆撫でしてるよ……)
少し鬱陶しく感じたレトは彼らの衝突を無視し、懐から導力カメラを取り出し。 記録された写真を眺めた。
(うんうん。 よく撮れてるよく撮れてる……って!)
十字ボタンを操作しながら写真を流し見していると、ある一枚に目が止まった。 そこに写っていたのはライノの木を背景に先ほど寝ていた自分だった。 その証拠に隣にいる銀髪の少女もレトの膝枕で寝ているのが写っていた。
(ちょ、ちょっとラウラ……! これいつの間に撮っていたの!?)
(ん? ああ、それか。 中々絵になっていたので勝手ながら導力カメラを拝借して撮らせてもらった。 断りもなく撮った事は謝ろう)
(それはそうだよ! ラウラは機械オンチなんだから、変な所を弄って壊れでもしたら……)
(……1度、真剣に話し合う必要がありそうだな……)
慌てながら導力カメラを隅々まで確認するレトに、ラウラは顔を暗くしながら腕を上げて握り拳を握った。
「ーーはいはい、そこまで」
いつの間か話は進んでおり。 男子2人を喧嘩を止めるようにサラ教官が手を鳴らし会話を強制的に止めた。 それと同時にラウラも正気に戻り、少しため息をついて腕を下ろした。
「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。 そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
「くっ……」
マキアスも蒸し返す訳にはいかず、歯噛みしながらユーシスから視線を引きはがしていた。
「オリエンテーリングって、一体何なんですか?」
「そういう野外競技があるのは聞いたことがありますが……」
「確か、地図とコンパスを使って目的地へ最短でゴールする競技のはず……」
だか特別の意と、眼鏡の女子の言う通り野外で行う競技。 こんな室内で行うようなものではない。 そこで黒髪の少年がふと何かに気づいたように声を上げる。
「もしかして……門の所で預けたものと関係が?」
「あら、いいカンしてるわね」
赤い制服の生徒のみが持ち込みを指示されていた荷物、それがこのオリエンテーリングに関係していると予想したらしい、サラ教官はその言葉に笑みを浮かべると。 体を生徒達に向けたまま後ろへ下がっていき壁際にあった柱へ手を伸ばす。
檀上の奥側であったため生徒達からは死角となっていたが、そこにはボタンがあった。
「ーーそれじゃ、早速始めましょうか♪」
言うなり教官がボタンを押し込むと……辺りが振動するような揺れが生徒達を襲った。
「お……」
「っ……!?」
次の瞬間、足元……床そのものが蓋を落としたように割れ傾き、彼らは床下に広がる闇に滑り落としていく。
「ーーやっ」
「ラウラ!」
「レト!」
だが例外がおり、銀髪の少女がワイヤーを天井付近の柱に引っ掛けて落下を防ぎ。 レトもポーチから鉤爪ロープを取り出し……同じく柱に引っ掛けて落下を防ぎ、ラウラをもう片方の手で掴んだ。
「ん……邪魔」
「グハッ!? ちょっと痛いから辞め痛ッ!?」
「おい其方! 辞めぬか!」
「ゆ〜れる〜、ゆ〜れる〜♪ 風船のようなグフッ!?」
「ん、陸戦用」
引っ掛けた場所が近かったらしく。 3人はーー銀髪の少女が一方的にレトを蹴っているーー離れるのと激突を繰り返して空中で大きく揺れていた。
「あんた達仲良いわね〜」
それを面白半分で眺めていたサラ教官は、腰から大型の導力銃を取り出し。 柱に、2人を宙に留めているワイヤーと鉤爪ロープの接点を狙い……
ババンッ!
『あっ……』
「バイバーイ♪」
接点にあった柱が撃ち抜かれて砕け、笑顔で手を振るサラ教官を最後に。 3人は地下へと続く暗闇へと落ちていった。