俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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鳥を見た

「それじゃあ、ノーラさん。こちらご注文の幻晶獣機の素体になります」

「はい、受領いたします」

 

 銀鳳騎士団での生活は、基本的に幻晶騎士(俺の場合はたまに幻晶獣機)漬けだ。

 寝て起きて飯食って風呂入ってまた寝る間、幻晶騎士なり幻晶獣機を作ってるか動かしているか、そのどちらかで大体説明できる。……まあ、俺はその隙間に気合で農業ねじ込んでるけどね!

 

 そして、現在の銀鳳騎士団で最もアツいのがエルくん専用の新型機作り……なのだが、俺はそっちと別口の仕事を任されている。

 それが、クール美人なノーラ・フリュクバリさんから依頼されたちょっと特殊な幻晶獣機の開発だった。

 

 ある日エルくんに紹介されたのは、ちょくちょくオルヴェシウス砦でも顔を見ることがあったこちらのノーラさん。その時説明されたところによると、ノーラさんはニンジャらしい。……エルくん、最近ニュアンスさえ通じればいいや的な説明が多いなあ。俺はそれでも通じるんだけどさ。多分「同郷」だし。

 ともかくそんなこんなで、ノーラさん……というかその所属元からの依頼という形で、新型というか特殊仕様の幻晶獣機を作ることになった。

 何度か打ち合わせをして決まった仕様は、出力が多少落ちてもいいからエーテルリアクタ単発型の小柄ですばしっこい機体。関節の駆動音は小さい方がいいことと、受領後にノーラさん達であれこれ改造したり後付けしたりするつもりなので素体状態で完成として渡して欲しい、とのことだった。

 渡した後ナニされるんですかねえと思わないでもなかったが、エルくんも承知の上ということは紛れもなく銀鳳騎士団としての仕事。砦の回りの畑を広げながら設計を考えて、きっちり作り上げました。

 

「仕様と整備・運用のマニュアルはこれです。問い合わせなんかがあったらいつでも連絡してください」

「ありがとうございます。素早く正確な仕事、痛み入ります。…………ところで」

「はい、なんでしょう」

 

 装甲がほとんどついていない、インナースケルトンむき出しの幻晶獣機。グランレオンなんかと比べると一回り小さくて出力も抑え気味だけど、だからこそ軽く、建造費用も安めで、小回りも利く割りに四足のパワーはしっかりと活かせる。将来農業用とするにはこういうのがいいんじゃないかな、と考えていたものを先んじて作らせてもらったようなものなので、俺としても感謝したい仕事だった。

 ので。

 

「……なぜ、注文していない狐の顔がついているのですか?」

「エルくんが『その方がカッコいいじゃないですか』の言葉と共につけることを指示してきました。サービスらしいですよ? あとノーラさんがシャドウラートの発案者だから、とも」

 

 サービス満点にしておきました。

 団長からの指示だからね。仕方ないね。

 

「そうですか。……ちょっと、かわいいですね」

「さようで」

 

 ノーラさんも気に入ってくれたみたいだし、いいんじゃないかな。

 

 

 この後、フレメヴィーラ王国の諜報関係者の間で背が低く、素早く、その割に積載量に優れた幻晶獣機がこっそり量産・導入されて高い評価を受けることになるが、そういう時代になってからいい加減経った後、ノーラさんがこっそり教えてくれたことによって俺は初めて知るのでありましたとさ。

 

 

 そんな感じで俺もいろいろ作ったりする中、エルくんの新型は着々と完成に近づきつつある。そうなったらきっとエルくんは自分の新型を使うことに夢中になって俺のことを忘れてくれるに違いない。

 そうしたら、ちょくちょく村に帰って今度こそ農業に帰るんだ……!

 

 

 人は夢を見なければ生きられない。

 それは明日への希望と未来への懸け橋であり。

 

 ……ついでに、そうそううまいこと行くわきゃねーものなんだけどね。

 だって、俺たちの団長はエルくんだし。

 新型を作ったら、それにふさわしい派手な使い道を求めるのは当たり前だよね。今にして思えば。

 

 

◇◆◇

 

 

「クリストバル殿下、ご報告いたします」

「その顔、どうやらまた不愉快な話のようだな、ドロテオ」

 

 クシェペルカ王国王都、デルヴァンクール。この地がそう呼ばれていたのは過去のこと。

 いまやセッテルンド大陸西域にその名を轟かせたこの都に翻る旗はクシェペルカのものではなく、ジャロウデク王国のものとなっている。

 かつて西域を統一していた国家、世界の父(ファダーアバーデン)の再来たることを掲げるジャロウデク王国の電撃的な侵攻によって一夜にして陥落したこの都は、すでにジャロウデク王国クシェペルカ領中央護府となっている。

 王城にてクシェペルカ侵攻の総大将を務めるジャロウデク王国第二王子、クリストバル・ハスロ・ジャロウデクに報告を上げるのは彼に仕える参謀、ドロテオ・マルドネス。

 ジャロウデク王国有数の実力を宿す叩き上げの軍人であるドロテオの顔にはいま、苦渋の色が濃い。

 緒戦を快勝で飾り、王都の陥落、クシェペルカ王の討ち取りなど快進撃を続けたジャロウデク王国の侵攻がいま、停滞を余儀なくされつつある。

 

「申し訳ございません。……東方より、都市攻略の予定が遅れていると報告が上がっております。その中に、お耳に入れておきたい話が」

「ふん、クシェペルカの腰抜けどもの仕業にしてはやるではないか」

 

 王都を落とし、クシェペルカ王国は滅亡した。

 しかしそれによって国土の全てがジャロウデクの色に染まるわけではなく、各地に残る都市、貴族領を掌中に収める必要がある。そのために各地へジャロウデク王国の新兵器たる飛空船(レビテートシップ)と新型幻晶騎士<ティラントー>を派遣している最中だ。

 

 当然、闇に紛れて空中から王都に奇襲をかけたあの夜のように劇的に終わることではない。時間がかかることは承知していた。

 当然、抵抗はある。だがそれも、ティラントーと相対せばカカシ同然の旧式幻晶騎士<レスヴァント>しか保有しない旧クシェペルカ相手。鎧袖一触に進む……と思っていたのだ。

 

 東方から、悲鳴のような報告が上がるまでは。

 

「鬼神の噂は、依然変わりなく。前線の部隊が丸ごと消えるという事例は確認され続けています。……ですが、本日はまた別のご報告が」

「申してみよ。貴様ほどの男が、よもや根も葉もない噂を俺の耳に入れることもあるまい。意味のある報告なのであろう?」

「はっ、ありがたき幸せ。……兵たちの中で新たな情報が出回り始めています。曰く……」

 

 そして、もう一つ。

 ジャロウデクを蝕みつつある、怪異。

 

「『鳥を見た』と」

「……鳥?」

 

 ドロテオが告げるその言葉に、クリストバルは言いようのない不気味さを覚えた。

 

「東部の前線で目撃情報が上がっています。極めて高い空を飛んでいるようで目視では詳細が分からず、空の只中でほとんど動かず、羽ばたく様子もない。……そして、この鳥を見た者、あるいはその近くの部隊が必ず鬼神に襲われると」

「またあの忌々しい鬼神か……!」

 

 「鬼神」。

 それこそが、ジャロウデク王国の歩みを止めつつある姿の見えない脅威だった。

 ティラントーを配備し、各都市を落とし続けるジャロウデク王国。各地へ派遣した部隊のうち、いくつかが突如消息知れずになり、どれほど探しても見つからない、という事例が昨今続発していた。

 消えた部隊に所属していた兵がわずかに見つかることはあるが、その兵たちは口をそろえたように言う。「鬼神に襲われた」と。

 ほんの少しずつ、しかし確実に兵たちの間に恐怖の代名詞として広まりつつあるその名が、ジャロウデク王国の歩みを阻んでいることは否定しようのない事実だった。

 

「しかも、鬼神のみならずそれに付き従う別のものまで現れたという情報がございます。……四つ足で地を蹴り幻晶騎士を襲う、それはまさしく獣のようであったと」

「獣だと!? まさか魔獣がオーヴィニエ山脈を越えたとでも言うつもりか! そのようなことがあるというなら、魔獣番(フレメヴィーラ)の連中はとっくに滅んでいるだろうよ!」

「おっしゃる通りでございます。おそらく、これもまた鬼神の眷属と思われます」

 

 悪いことは重なる。

 鬼神の名に加えて、さらにはもっとわけのわからないものまでジャロウデクの邪魔をしているという。

 ゆえに最近は「鬼神」の名のみならず、「鬼神率いる死神部隊」の名もまた兵たちを震え上がらせている。

 それもまた、先の「鳥」とやらに導かれるようにして部隊を襲っているというのだから、ただでさえ沸騰しやすいクリストバルの怒りは急速に熱を高めていく。

 

「それらの噂が合わさって、兵たちの間でこの鳥はこう呼ばれています。『鬼神の先触れ』、『凶兆の禍鳥』、『黒い鳥』、『何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥』、と」

「……っ」

 

 そんなクリストバルでさえ息をのむ。

 数多の兵の間を伝わる恐怖の感情が、その名から立ち上って来るかのようで。

 

 

「黒い、のか」

「いえ、別に黒いわけではないようです」

「ではなぜ黒い鳥と!?」

「さ、さあ……?」

 

 しかもなんかバカにされた気がした。絶対に許さない。クリストバルは、そう誓った。

 

「それで! 鳥は置いておくとして、その鬼神以外の獣とやらはなんと呼ばれている!」

「いまだ目撃情報が少なく、定まってはいないようですが多く兵たちの口に上るものがございます。尋常な獣ではなく、しかしこの西域において魔獣の名は伝説と同義。よって……」

 

 

◇◆◇

 

 

「……なんて噂になってるらしいですよ? 『野獣』先輩」

「その呼び名だけは絶対やめてねエルくん。万が一定着したら、何もかも捨てて村に帰って引きこもるから」

 

 などという情報が、ついさっきしばき倒して縛り上げて捕虜にしたジャロウデク軍の人たちの口から語られた。名誉棄損で訴えるぞ、くそう!

 

 

 ここは、フレメヴィーラ王国の西にそびえるオーヴィニエ山脈を越えた先、通称西方諸国(オクシデンツ)と呼ばれるちほーにある国の一つ、クシェペルカ王国。

 ……だったんだけど、なんか同じく西の方の国であるジャロウデク王国によって滅ぼされたらしい。

 以前から山の向こうがきな臭いという噂は聞こえてきていたが、事態急変の報を受けてエムリス殿下が世話になったクシェペルカを助けに行くと言い出し、そのための戦力として銀鳳騎士団が「銀鳳商会」と適当に名乗ってついていくことになったわけだ。

 

 俺たちが着いたころには、すでにクシェペルカ王国としての国体は消し飛んでいた。

 主要街道は西から東、北から南まで全て押さえられ、あとは各地に分散した貴族や都市を落とせば、はいおしまい。

 そんな状況だったので……エルくんが、歓喜した。

 

「周り全部敵ってことはとにかく殴り倒していいですよね! あと幻晶騎士とかその中のエーテルリアクタも貰っちゃっていいですよね!!」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 などという感じで、旧クシェペルカ王国東部をうろつくジャロウデク王国の幻晶騎士ティラントーはエルくんのエサになることが決定しました。

 俺がガルダウィングで上空から偵察して、イイ感じに他から離れている部隊を見つけて、エルくんのイカルガとたまに俺もグランレオンで襲撃。1機残らず機体やその残骸を頂戴して、控えていた銀鳳騎士団第三中隊のツェンドリンブルが回収して引き上げることの繰り返しだった。

 さすがに部隊の人間を皆殺しにしてるわけじゃないから噂くらいは広まってるだろうなと思ってたけど、誰が野獣だこの野郎。

 

 

「あ、あの……村を救っていただき、ありがとうございます……」

「いえいえ、お気になさらず。僕たちは『商品の仕入れ』に立ち寄らせていただいただけですから」

 

 捕虜にした人に八つ当たりしようか悩んでいた俺の耳に、声が入って来た。

 声の主は俺たちが殴り倒したジャロウデクの部隊に因縁をつけられていた農村の村長さんらしき人と、にこやかに応対するエルくん。

 エルくんてば、商会を名乗るものだからって「僕たちの商品は『戦力』。なのでミグラントと名乗りましょう!」と言ってたけど、多分誰にも通じないからやめてもらいました。

 でも名前はさておきやってることは同じだから、存外楽しんでるらしい。

 

「本来ならば、村をあげて感謝の宴を催すところ。ですが……申し訳ない、ジャロウデクの奴らに踏み荒らされて畑がこのざま。これでは、みなさまにお礼をすることさえ……!」

 

 一方、村長さんを筆頭に顔をそろえて感謝の言葉をくれていた村の人たちの方は完全にお通夜状態。

 まあ、そうもなるだろう。俺たちが駆けつけたとき、ジャロウデク軍の幻晶騎士ティラントーが踏み荒らした畑は見るも無残な足跡だらけになっていた。

 ティラントーとやら、どうやら以前フレメヴィーラ王国から盗まれた機体が祖となっているらしい。エルくん発案の技術てんこ盛りなテレスターレを解析した技術が使われた形跡があり、綱型結晶筋肉やバックウェポンを搭載しているうえ、それらを活かしてパワーと装甲を重視しているため無駄に重い。

 そんなものが足を踏み入れたら畑はどうなるか。奴らはそのことを全く考えていない。

 なので、エルくんと一緒に襲撃するときはちょっと念入りに刻んで潰しておきました。畑を疎かにするものには、死を。

 

 だが奴らを血祭りにあげたからといって、荒らされた畑が元通りになるわけではない。

 これでは村の総力を結集しても、種まきまでに畑を元に戻すことができるかどうか。農民なら、そんなことは不可能だと誰でも分かる。

 

「大丈夫。心配いりません」

「……なんですと?」

 

 俺以外なら、だけどね。

 

 

 ちょっと失礼して、畑の土に手を入れる。

 一掴みの土を手の中でこね、指の間から零れる様を見て、匂いを嗅ぐ。

 

「いい、土です。ここは麦畑ですか。丁寧に畑を守り育ててきたんですね」

「……わかってくれるか、お若いの。だがそれももう終わりだ。おぬしならこの畑を戻すのがどれだけ難しいか、わかるじゃろう。少なくとも今年は間に合わん。そうなれば、年を越せるかどうかさえ……」

 

 少しだけ目を開いた村長さんが、しかし諦めのため息をこぼした。

 気持ちはわかる。同じ立場なら、俺だって諦めるしかないと思っていただろう。

 ……俺が、ユシッダ村の生まれでなかったなら。そして、銀鳳騎士団に入る前だったなら。

 

「わかりますよ。……この畑がちゃんと復活するってことを。出来ます。俺と、幻晶獣機なら」

 

 だって、今の俺にはこんなにも頼りになる機体があるのだから。

 

 

『どりゃああああああああああ!!!』

 

「お、おぉぉぉ!? なんだあの獣は!? すごい勢いで畑が、畑が掘り返されていく!」

「すげえ、踏み固められた土がこんなに深くまで!? 村長、これなら……これなら行けます! ……って、どこ行ったんだ?」

「何をしておるか、村の者が呆けていてもどうにもならん! 鍬を持て、種を撒け! あの獅子殿に続くのじゃあ!」

「お、おおー!!」

「てか村長気を付けてくださいね!? 去年も張り切り過ぎて腰が逝ったんですから!」

 

 

 てな感じで、行く先々の村でもし畑が潰されてたら必ず直しつつ、ジャロウデク王国に対する嫌がらせをする俺たち銀鳳騎士団なのでありましたとさ。

 

 

 ――のちに、ジャロウデクの魔の手を跳ね返した新生クシェペルカ王国の東部地方において、獅子が全知全農の神として崇拝されることになるが、それはまた別の話である。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 順調にジャロウデク狩りをしつつ生き残ったクシェペルカ貴族と交渉していたエムリス殿下とエルくんたちだったが、いかに銀鳳騎士団の戦力がジャロウデクを上回っているとは言ってもあくまで部隊単位でのこと。

 戦争における勝利に必要な大義も、仮に勝ったとしてその後に国を立て直すための支柱もないままでは、大勢が傾くことはなかった。

 接触を持った残存貴族の人たちも、希望を見い出してはくれるがいまいちノリが悪い。

 

 さてどうしたものかと悩んでいた俺たち一行であったが、そこに朗報が舞い込んだ。

 先日狐っぽい幻晶獣機を納入して、なんだかんだでクシェペルカ王国にもついて来ていたノーラさん。

 どうやら彼女たちによるジャロウデク側の情報収集の成果として、クシェペルカ王族の生き残り、正当な王位継承権を有するエレオノーラ姫の所在を突き止めたのだとか。

 

 となれば奪還しない手はない。

 第一から第三中隊を東方に残して貴族の掌握策を講じてもらっている間に、エルくんを中心とした少数精鋭部隊でお姫様たちを助けるための救出作戦が実行された。

 

 

「……のはいいけど、なーんで陽動が俺一人なんだろうね?」

 

 お姫様たちが幽閉されているという、ジャロウデク風に言うと東方護府のある街、フォンタニエ。この街の中心にあるラスペード城が四方に備える尖塔のいずれかにお姫様とエムリス殿下の叔母上たるマルティナ様と、マルティナ様の娘のイサドラさんが別々に監禁されているのだとか。

 当然、誰か一人でも人質にされれば困ったことになるから、エルくんたちは幻晶甲冑を使ってこっそりと潜入し、同時に3人とも救出してくる手はずになっている。

 

「というわけで、先輩には陽動をお願いします。……別に、街中のティラントーを倒してしまってもかまいませんよ?」

「エルくん、勝手に人の死亡フラグ立てるのやめてくれる?」

 

 という感じのやり取りの末、俺はこうしてグランレオンで待機することになったのでした。

 まあ、俺はエルくんたちほど幻晶甲冑の扱いに慣れてるわけじゃないから、適切な役割分担だと思うけど。

 

 行動開始は合図ではなくスケジュール式。

 潜入を待ってから動き出したほうがいいのだが、何より隠密性が求められる都合上、発光信号なんかを使ってバレたらよくない。

 

「……さて、時間だな」

 

 だから俺は、エルくんたちが時間通りに動いてくれていることを信じて、グランレオンを起動する。

 さあて、クシェペルカの国を、人を、そして畑を荒らしたジャロウデクに鉄槌を下すとしよう。

 

 

◇◆◇

 

 

「ぁふ……」

「おい、弛んでるぞ」

「そう言うなよ。前線ならともかく、こんな街の警備なんて退屈にすぎる」

 

 フォンタニエは本来、交易で栄えた街だった。

 道は広く活気に満ちて、太陽が沈んでも明かりを灯す酒場からの笑い声が響いていた。

 だが今、この街に満ちているのは重苦しい闇とそれよりなお重いティラントーの駆動音だけ。支配されるとは、こういうことだ。

 前線からも距離が離れ、反乱抑止のために睨みを利かせるティラントーの騎操士にもどこか弛緩した空気が漂い始める、順調な侵略の最中。

 

 今日もきっといつもと変わらない。

 彼らに限らず、誰もがそう思っていた。

 

 

――ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 

 月を、星を轟かす、あの咆哮が響くまでは。

 

 

「ひぃっ!? な、なんだ!? 獣か!?」

「バカな! こんな夜中に、街中に、あんな吠え方をする獣なんて……」

「! 見ろ、上だ!!」

 

 突如街中にこだました、獣のものらしい咆哮。浮足立つティラントーのうちの一騎がその出所を突き止め、上方を指さした。

 

「なんだ、あれは……四足の?」

「ま、まさか……鬼神の使い魔!?」

 

 フォンタニエに多い、がっしりとした石造りの建物。その屋根の上に、「それ」はいた。

 月を背に、逆光の影に沈む明らかに人のものではないシルエット。

 爛々と光る眼に見下ろされて、ティラントーの騎操士が感じるのは根源的な恐怖。

 あれはきっと、自分という命より強いものだという生命の根底に刻まれた本能が発する叫びで。

 

「なっ、消え……」

「う、うわあああああああ!?」

 

 消えた、と思ったときには隣に立っていたはずのティラントーの姿がなくなった。

 慌てて振り向けば、そこには篝火にうっすらと照らされた街の闇に蠢く影。

 「黒騎士」の名の通り全身黒く夜ともなれば視認性の悪いティラントーが、「何か」にのしかかられて暴れている。

 襲い掛かったものの正体など、考えるまでもない。あの獣だ。すさまじい速さで飛び降り、襲い掛かって来たのだ。

 

 つまりは、敵だ。

 

 

 街には敵襲を告げる警鐘が鳴り響いた。

 緒戦から続く楽勝に浸っていたジャロウデクの騎操士たちに緊張が走り、襲撃者の下へ続々とティラントーが押し寄せて。

 

「ひいいぃぃぃ!? やめろ、俺を喰うなあああああ!?」

「ど、どこだ! どこに行った!? ……うわあああ!?」

「だ、誰か助けてくれ! 動けな……あああああ!?」

 

 正体不明の敵に、蹂躙を許した。

 

 フォンタニエの街は立派な造りをしているが、当然幻晶騎士の戦場となることなど想定していない。

 そのため街路は幻晶騎士が歩くことはできるが、それだけだ。ティラントーほどの重装の騎士であればまともに方向転換をすることすら難しく、レンガを削り、屋根に壁に穴を開け、それでいてなお相手の姿を真正面に捉えることすら難しい。

 

「路地に入って背中を合わせろ! 正面から相手をすれば、何者であれティラントーの装甲の敵ではない!」

 

 そう言って通路の前後に楯を構えたティラントーは、頭上から襲い掛かった爪に抉られた。

 

「どこだ、どこだ……どこにいるんだああああ!」

 

 広場に出て周囲を見渡したティラントーは、幻晶騎士のものとは異なる四足による独特の足音は聞こえるが姿を捉えることもできず、回り込まれて後ろから引きずり倒された。

 

「見えた、見えたぞ!」

 

 そのティラントーはしばらく暴れたのち、動かなくなった。

 おそらくマギウスエンジン辺りが破壊されたのだろう。その犠牲を無駄にしてはならない。残ったティラントーたちは広場へと集結し、謎の獣を取り囲んだ。もう逃がさない。必ずこの場で血祭りにあげ、ジャロウデク軍の進軍を妨げた報いを受けさせる。

 そう決意して、いたのだが。

 

 ズル、ズルル……。

 

 耳障りな音がする。

 辛うじて残っていた篝火がゆらゆらと照らす街の中に、牙がギラリと輝く獣の顎が浮かび上がる。

 音の正体は、たったいま破壊されたティラントー。

 首を上げる獣の口に、ティラントーの頭部が咥えられている。

 

 何かを引きずるような音は、ティラントーの頭部から胴体へとつながる多数の銀線神経(シルバーナーブ)が引き抜かれる音だ。

 それはまるで首ごと脊髄を抜くようなおぞましい光景であり、ティラントーたちは数で勝るにもかかわらずじり、と後退を余儀なくされ。

 

 ギ、ギギギギギ……。

 

 獣の顎に力が加わっていくのがわかる。

 口の中にあるティラントーの頭が異音と共にひしゃげ始め。

 

 ――バギン!

 

「ヒィ……!」

 

 砕かれ、ばらばらになって散らばる様を見せつけられて。

 

 

――ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 この夜の支配者があの獣なのだと、思い知らされた。

 

 

◇◆◇

 

 

 ちなみに、この獣ことグランレオンの操縦者はというと。

 

「これは畑を踏みつぶした分! これはクシェペルカを侵略した分! これはお前らの相手ばっかりしてて最近あんまり畑仕事できない俺の分! これはオーヴィニエ山脈の西に来て村とは風とか土とか違うよなって気分になった俺の分! そして、今日一度も畑仕事できてない俺の分だあああああ!」

 

 ほぼ私怨で殴っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 結論から言おう。作戦は成功した。

 エルくんたちはお姫様たち3人を無事に救出して、適当に街をひっかきまわしてから撤収した俺と合流して、長居は無用とばかりに東を目指す。

 移動速度が命ということなので、アディちゃんとキッドくんのツェンドリンブルと、ついでに俺のカルディタンクが輸送メンバーに選ばれ、ツェンドリンブル2頭とカルディタンクでそれぞれ荷馬車を引いていく。

 カルディタンク、こうして街道上を移動するだけだと荷馬車引いててもツェンドリンブルに負けないでやんの。

 救出さえ済ませてしまえば割と楽な話。どうせジャロウデクの幻晶騎士じゃ追いつけないし巡航速度で走ればいい……わけじゃない。

 

「エルくん! なんか空に変なのが!」

「おぉ、あれが噂に聞く飛空船とやら! 飛んでます! 本当に飛んでますよ!」

「自分の幻晶騎士で飛べるでしょエルくん」

「それはそれ、これはこれです!」

 

 アディちゃんが発見した、追撃の飛空船だ。

 ツェンドリンブルとついでにカルディタンクが幻晶騎士よりは足が速いとはいえ、さすがに空を飛ぶ乗り物には敵わない。しかも運の悪いことに西から東へ風が吹いている。これを天祐と乗った指揮官がいたのだろう。すでに飛空船は俺たちを射程に捉えるのでは、という距離まで迫りつつあった。

 

 が、それを幸いと思っているのはジャロウデクの側だけだろう。

 

「いいですねえ、どうやって飛んでいるのか是非知りたいです! ちょっともらってきます! 先輩も手伝ってください!」

「いや、俺が手伝うことなんてないと思うけど。あと強奪はどうかと思うな」

「ジャロウデク王国は以前テレスターレを強奪したから、今度はこっちの番ってことでいいんです! 敵の物は僕の物、僕の物も僕の物です!」

「なにその暴君理論」

 

 なにせ、こっちには航空戦力があるのだからして。

 カルディタンクが引く荷馬車に一応積んできたガルダウィングはおまけみたいなものだけど、エルくんのイカルガは完全にガチの空戦ができるヤツだ。残念ながら、輸送船的な運用が主である飛空船じゃあ、ねえ。

 

 そんな風に思いながら、とりあえず俺は飛ぶ。

 

「じゃ、キッドくん。話しておいた通りカルディタンクのハンドル頼むよ。普通にツェンドリンブルを操縦すればついていくようにはなってるから」

「お、おう。自分が乗ってない幻晶騎士も操縦するって変な気分だな……」

 

 その際、荷馬車を引くカルディタンクをどうするかについては、キッドくんにお任せすればいい。

 そのための方法は用意してある。

 

 

 クシェペルカ王国に来て銀鳳騎士団製というか俺が開発に携わった幻晶獣機たちを運用する中で、気付いた問題点が一つある。

 

 グランレオンとガルダウィングとカルディタンク、ほぼ俺一人しか操縦できねえ。

 

 イカルガのように、そもそもエルくんしか操縦できないというわけではない。

 誰が乗ってもそれなりに動かせるんだけど、実戦に耐えるレベルでの操縦となると俺かエルくんしかできないということが判明した。

 さもありなん、形も動きも何もかも幻晶騎士とは違うんだから、その辺は切り替えと訓練が必要だろう。

 なんか俺は普通にそれぞれ使えるけど。エドガー達には変態を見る目で見られたけど、そんなにおかしいことなのかなあ。

 

 ともあれ、これは何気に大問題だった。

 ガルダウィングで偵察して、グランレオンで襲撃して、行き帰りはカルディタンクで荷馬車を引く。これを一々乗り換えてやっていては面倒に過ぎる。なんとかもうちょっと楽にする方法は……と考えた結果編み出されたのが、この方法。

 異なる機体同士を、捻り合わせて通信可能な信号量を増やした銀線神経でつなぎ、マギウスエンジンに専用スクリプトを入れて外部からの遠隔操作を可能にしました。

 まあ、今のところ遠隔操作できるのは操縦が簡単なカルディタンクの走行くらいなんだけどね。とはいえ、こうしてガルダウィングの中からカルディタンクを操縦して、いざとなったら他の人にも操縦頼めるんだから楽なものさね。

 事前に用意してあったツェンドリンブルとカルディタンクの銀線神経接続ポイントをつなげて、操縦権を明け渡す。さて、俺はエルくんと一緒に飛空船の観察に行くとしましょうか。

 荷馬車の蓋を開き、ガルダウィングで垂直離陸。すでに飛空船に向かって一直線に飛んで行っているエルくんを追いかけて、空を舞った。

 

「せっかくです先輩! ドッキングしましょうドッキング! それで飛空船よりも高く飛ぶんです! 先輩と、合体したい……♡」

「必要ないから」

 

 ちなみにこの遠隔操縦技術、ガルダウィングに搭載しているドッキング機構の派生だったりもするけど、今は使うまでもないので置いておこうね。

 

 

◇◆◇

 

 

「……は? なんです、あれは。なんですなんですなんなんです! あれが噂の鬼神!? 飛んでるじゃないですか! しかももう1機……鳥!? 鳥なんですかあれは!? でもあきらかに幻晶騎士……それが、私の飛空船よりも高く!? 速く!? 飛ぶですってえええええ!?」

 

 何者かに奪われたクシェペルカ王族の身柄を追う、ジャロウデク王国の飛空船。

 鋭い洞察と天運によって選んだ進路の先で、異形の幻晶騎士に引かれるあからさまに怪しい荷馬車という、どう考えても怪しい集団を見つけてとりあえず叩き潰してから調べようと思った矢先、その集団から「何か」が空へと上がって来た。

 迎撃の法弾、ではない。それは確かな質量と、あからさまに見たことのない常識外れな姿をした2機の幻晶騎士だった。

 1機は、禍々しい面構えになんと6腕。バックウェポンの概念はジャロウデク王国にも普及しているが、それにしても常軌を逸している。なにせ異形の上に、飛ぶのだ。

 空とはジャロウデク王国が有する飛空船の領域。まさかそこに幻晶騎士で殴り込みをかけようなどと、尋常なモノではありえない。多分これが噂の鬼神だ、と誰もが確信する。

 そしてもう1機、これは鳥。

 まっすぐ飛んでいるだけならあるいは鬼神よりも速い、しかしただの鳥ではありえない巨大な、装甲に覆われた翼。これもまた幻晶騎士的ななにかなのだろう。

 

 それを見て発狂しているのは、飛空船の生みの親たる天才、オラシオ・コジャーソ。

 本国にいるだけでも栄達が約束されているというのに、飛空船が現場でどのように使われているか見たいという理由で戦線へと赴き、今もこうしてクシェペルカ王族追撃の船に乗り込んで来たよくわからない人物、というのがジャロウデク軍の者たちからの評価であり、その見方が間違っていなかったことは、なんかよくわからないことにめっちゃ怒っていることからも明らかだった。

 

「ふおおおおおお!? 私の飛空船の上を飛ぶとかいい度胸じゃないですか! ちょっと艦長! いますぐ飛空船をひっくり返してください! あの鳥が見えません!」

「無茶を言わんでもらおうか!?」

「というか艦長、降下中のティラントーが鬼神に次々撃墜されています! このままでは、本艦にも被害が……!」

 

 血走った眼で繰り出された無茶ぶりにも律儀にツッコミを返すドロテオだったが、事態はそんなことに構っていられる状況をとうに通り過ぎていた。

 飛空船は現状の西方諸国において無類の力を発揮する航空兵器であるが、その理由の多くは「他国が同様の兵器を持っていない」ことに起因する、空を飛び、幻晶騎士を輸送できることにある。

 つまり、飛空船よりも高く、速く飛ぶものが現れればその優位は崩れ去る。

 まさにいまこのとき、しかも2機も現れたことで証明された事実、そのままに。

 

 以前から噂が流れていた鬼神と、おそらくもう1機はこれまた噂の的だった「鳥」と見て間違いない。

 それらが旧クシェペルカの王族を奪還し、飛空船に襲い掛かって来た。

 勝てるかどうかはわからない。それどころか極めて不利で、しかも間違いなくこの情報は値千金。

 無理をして挑み、屍を晒すか。

 生き恥を晒してでも逃げ帰り、この脅威を伝えるか。

 飛空船の指揮を執るドロテオの胸中に襲来した葛藤の結論は。

 

 

「おのれ、鬼神! そして……鳥ィ! 特に鳥! 空を飛ぶことしか考えてないっぽい鳥ィ! あなたは、あなただけは絶対に許しません! 必ず私のこの手で、その羽引きちぎって地上に堕としてあげますからねええええええ!!」

 

 そんなもの関係ないとばかりに窓にへばりついて怨嗟の叫びをあげるオラシオのことは放っておいて、決断を下した。

 

 

◇◆◇

 

 

「……んひぃ!?」

「どうしたんですか、先輩?」

「い、いやね? なんかよくわからないけど、こう……初めてエルくんに会った時のような感覚に襲われて」

「なるほど。つまり、先輩のファンが増えたってことですね!」

 

 ……そうだね、不安(ファン)が増えたね。

 空域を離脱する飛空船から離れ、なんかいつの間にか別の幻晶騎士に襲われているツェンドリンブル達の下へと急行しながら、俺は異様なほどの悪寒に襲われるのでありましたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

「というわけで、みなさん。助けたはいいものの塞ぎこんでしまった王女殿下を慰める方法を考えてください」

「……あんたは次に『そういうときは畑を耕すのが一番』と言うわね」

「そういうときは畑を耕すのが一番……ハッ!? やるなヘルヴィ!」

「やるな、じゃないわよこのド農民!」

「褒め言葉ありがとうございます!!」

 

 西方諸国を軒並み巻き込んだ動乱、大西域戦争(ウェスタン・グランドストーム)は、まだ始まったばかりである。


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