俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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農業を、革命する力を!

「ところでエルくんや、モートリフト1機もらっていい? 村に送って農業に使ってもらおうと思って」

「もちろんかまいませんよ。……あ、でもそれならもう何機か送ったほうがいいのでは?」

 

 ある日のこと。

 最近あんまり土いじりしてないなー、と思ったら唐突に村のことが気になりだした。今の時期だと、きっと新しい開墾の計画を立てながら追加の肥料の相談とかしてるころだろう。くそっ、混じりたい!

 そんなわけで、とりあえず俺の存在を忘れられないようにするためにモートリフトを送ろうと思いついた。

 

 幻晶甲冑、モートリフトタイプ。

 幻晶甲冑の中でもエルくんたちが使うハイスペックにして魔法能力が高くないと扱えないモートルビートタイプの簡易版。小型のマギウスエンジンを搭載して魔法面での操縦をサポートして、人間のサイズを一回り大きくした程度に収まり、重量物の搬送などに適したタイプ。

 そう、つまり農業のために生まれたような幻晶甲冑だ。そうに違いない。これぞ農業の神が俺をライヒアラに送り、エルくんと出会わせた意味そのものだ。多分!

 

 ……いやね、幻晶騎士や幻晶獣機が農業に向いているという持論は揺るがないんだけど、銀鳳騎士団として開発やらなにやらに携わると幻晶騎士のコストやらエーテルリアクターの希少さその他が身に染みてわかってきて。

 エルくんの騎士団だからその辺あまり気にせず使える状態ではあるけど、これを農業用に普及させるとか不可能に近い。

 その点モートリフトなら比較的量産もしやすい。まさに福音と言っていいだろう。

 農業を、革命する力を!

 

「いや、それには及ばないよ。1機送りつければ、あとは村の人たちが勝手に増やすだろうから」

「増やす。……もしかして、他は全部現地で新しく作ると?」

「うん。うちの村、基本的に『買うって発想がない』から」

 

 そんなものでさえ、うちの村の人たちならホイホイ自分達用に作ってくれるに違いない。あまりに自給自足が過ぎて外との経済的な関りが少々不安だったけど、最近は俺が銀鳳騎士団所属になったことで領主さまも目をかけてくれてるし、村に残してきた同年代の友人たちも教育の成果あって簡単な計算くらいはできる。きっと、俺が村に帰るころには見違えるほどに発展しているだろう。

 

「うぅ……俺も村の開墾手伝いたい」

「ま、まあまあ先輩落ち着いて。ほら、その寂しさは幻晶騎士開発で埋めましょう!」

 

 目蓋に映る故郷の畑が眩しい今日この頃。

 俺は変わらずエルくんや国王陛下に求められるがまま幻晶騎士のようなそうでないようなものの開発に勤しんでいます。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんな俺の、現在の開発テーマは「空を飛ぶもの」。

 エルくん発明の魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)があるから推進力には困らないし、既にこの装置を使って幻晶騎士を飛ばす方法、並びにその際のバランス制御に関するノウハウは得られているから、全くのゼロから作り出すのよりはよほど楽なはずだ。

 まあ、そうは言っても地に足をつけた幻晶騎士と、完全に空を飛ぶものとでは根本から違う。フレーム設計は新規になるんだよなー、と思いながら図面を引いていた、ある日のこと。

 

「先輩!!」

「なんだいエルくん」

 

 資料とか一か所にまとめておいた方がいいよね、ということで主に俺とエルくん、あとついでに各種パーツを新造するときに図面を引くナイトスミスの人たちが使っている製図室的な部屋の扉をドバンと開いて、エルくんがやって来た。

 そこまではいつものことだ。何か別のことをしている最中に画期的な構造を思いついたりすると、時に魔法すら使ってすっ飛んできて作業机にかじりつき、狂気交じりの真剣な目で図面を書き始めるのがエルくんという子なのだからして。

 だが今日はちょっと様子が違う。

 片手に図面らしき紙を持って、ずんずん俺の方へ近づいてきて……。

 

 ドンッ、と手で壁を打つ。

 

「先輩に、折り入ってお願いが」

「うん、わかった。とりあえず話を聞くよ。話を聞くから、壁ドンやめて」

 

 俺を壁際に追い詰め、片手を壁について顔を寄せる、いわゆる「壁ドン」状態でなんかお願いされました。

 やめて! エルくんのさらっさらの髪の毛が顔にかかってくすぐったい! あと扉に隠れてアディちゃんが見てるから! 完全な無表情で! シャレにならないくらい怖いから!!

 

 

「お願いというのは他でもありません。先輩がいま作っている空を飛ぶための幻晶獣機の脚部機構を、この通りにして欲しいんです」

「脚部? 着陸脚と状況次第では支持架に使うくらいしか想定してないから、よっぽど変なものでもない限り平気だと思うけど、これは……もしかして、ドッキング機構?」

「さすが先輩、お目が高い! 一目で理解してくれるなんて!」

 

 で、拝見した図面に書かれていたその意味。

 どうやらエルくんは今日も絶好調なようです。

 

 

「じゃあじゃあ、ついでに翼が光るようにできませんか?」

「できなくはないかもしれないけど、マナの無駄にしかならないから却下で」

「そこをなんとか! 僕の前前前世あたりが光る翼を求めているんです!」

「知らんがな」

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなこんなの開発を経て、色々と試験や山のような修正、時に部品の作り直しを経て、やってきました実地試験。とりあえず人というか俺を乗せて飛んでみることになった。

 

 のだが。

 

 

「何度も言わせないでください、先輩。これは銀鳳騎士団団長としての命令です。いい加減に聞き分けてもらいたいものですね」

 

 晴天で風が少ない日を選び、オルヴェシウス砦から少々離れた草原に引き出された鳥型の幻晶獣機。今日はひとまずここからとりあえず飛び立ち、無事に着陸することを目標としているのだが、そんな俺や立ち会ってくれているエドガー達各中隊長の前で、エルくんが冷たく言い放った。

 

「いや、だけどねエルくん」

「だけどもディケイドもありません。……仕方ないですね、もう一度だけ命じます」

 

 はぁ、とため息を一つ。

 わがままな子供を諭すように滾々と。

 

 

「……この機体の初飛行テスト、僕も一緒に乗ります!」

「危ないからダメだっつってんだろ団長」

 

 自分自身が全力のわがままをぶちかましていた。

 

「いーやーでーすーいーやーでーすー! 僕も乗ーりーたーいーでーすー!」

 

 あ、ついに寝転がって手足をじたばたさせ始めた。

 

 

 事の起こりは、飛行試験をするとエルくんに伝えたときのこと。

 そりゃあ重要な工程なわけだし、団長への進捗報告は必要不可欠。てなわけで農民生活で培った農業センスで天気を読み、よさげな日取りを決めてそれを伝えたのだが。

 

「じゃあ、僕も一緒に乗りますね!」

「は?」

 

 と、いうわけだった。

 ちなみに、当日となりここに至るまでの間にも「事前にコックピットに忍び込んでおく」「見つかって引きずり出されそうになると機体にしがみついて抵抗する」「引っ張る俺の手を噛む(ただし歯型がつく程度の甘噛み)」などなど狼藉の数々を働き、ついに騎士団長としての権力まで持ち出した。

 そんなことまでして、エルくんが団員に嫌われないか心配だ。

 

「駄々こねてるエルくん……かわいい!」

 

 訂正。そんな心配いらなかったわ。

 たとえ権力振りかざしてもアディちゃんは嬉々としてエルくんを愛でるに違いない。

 

 

「ふぅ、仕方ありませんね。中隊長のみなさん! 先輩を説得してください!」

 

 お、今度は数に頼りだした。

 この場に顔をそろえたエドガー、ディートリヒ、ヘルヴィ。ライヒアラ時代の同級生でもあるこの三人からお説教されたらさすがに俺だって折れるかもしれないな。目の付け所はいい。

 

「いや、ダメだろう」

「なん……!?」

「アグリの言葉ではないが、さすがに初試験ではな。危険に過ぎる」

「です……!?」

「ほら、私達って一応エルくんを守るためにいるわけだし?」

「とぉ!?」

 

 オンドゥルルラギッタンディスカー! と叫んで膝から崩れ落ちるエルくん。

 甘いな、三人ともエルくんと違って手段のために目的を忘れたりはしないのだよ。

 

「……そこを何とか、お願いしますよ先輩。フーンフーフフフフフー、フーフフーフフーン♪」

 

 そして今度はおねだり作戦か。

 後ろ手に手を組んで、体を揺らしながら上目遣いで寄って来る。

 しかも、いますぐ頭に竹とんぼ的なナニカを刺して空を飛びたくなるような鼻歌を口ずさみながら。ちゃんと歌うのはナシで頼むよエルくん。

 そのテの趣味の人だったら一瞬でころっと言うこと聞いてしまいそうな有様だが、しかし甘い。そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ。

 指を、パチン。

 

「アディちゃん、ゴー」

「エルくんかわいいいいいいいいいい!!!」

「ごっふぅ!? アディ!?」

 

 さっきからエルくんが繰り出すいろいろな表情に荒い息を吐いていたアディちゃんに許可を出すと、弾丸のような速度で突っ込んでエルくんの腰のあたりにタックルをかました。うーん、重心が低くていいタックルだ。体重差もあって真横に吹っ飛んだエルくんがちょっと心配だけど。

 

「よし、これで安心だ。じゃあ行ってくるわ」

「気を付けてね。私たちも一応幻晶騎士で待機しておくけど、あんまり遠くに行かれたら万が一のときに助けられなくなるわよ」

「お前のことだ、考えられる限りの対策は講じていると思うが、無事を祈っているぞ」

「団長殿も我慢の限界だろうからな。さっさと完成させて乗せてやれ」

「ああ、がんばるよ」

 

 とはいえ今がチャンス。

 エドガー達に後を頼みつつ、俺は鳥の姿をした幻晶獣機へと乗り込んだ。

 

「あああああぁぁ、待って! 待ってえええええ!」

「エルくんエルくんエルエルエルルルルくくくくくんんん! かわかわかわわわわわわわわ!!」

 

 ……なんか、腰にアディちゃんをしがみつかせたまま必死の形相で這いずって来るエルくんと、そんなエルくんの尻の辺りに顔を埋めて高速頬擦りしてるアディちゃんという正気度下がりそうなものも目撃してしまったことだし、彼らの精神安定のためにも成功させないとな、うん。

 

 

 ちなみにその後、幻晶獣機の飛行は見事成功。

 まだ試すことや追加の装備開発、この機体がどの程度の性能を発揮できるかの測定など山ほど作業は残っているが、ひとまずの目処は立ったと言える。

 代償というかなんというか、拗ねたエルくんはこのあと三日くらい口きいてくれなかったけど。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後もエルくんは絶好調だった。

 具体的には、国王位をリオタムス殿下に譲って先王陛下となられたアンブロシウス様と、その孫であるエムリス殿下から新しい幻晶騎士の開発を依頼されて作ったり。

 

「新型幻晶騎士はフレメヴィーラで生まれました。テレスターレを奪った賊の発明品じゃありません、我が国のオリジナルです。カザドシュ事変では少々後れを取りましたが、今や巻き返しの時です。……パワーがお好き? 結構。ではますます好きになりますよ。さぁさぁ、どうぞ。銀鳳騎士団のニューモデル、ライオン丸(ゴルドリーオ)タイガージョー(ジルバティーガ)です。快適でしょ? んあぁ、おっしゃらないで。装甲は厚め。でも装甲の軽量化なんて見かけだけで、夏は暑いし、よく滑るわ、すぐひび割れるわ、ろくなことはない。結晶筋肉もたっぷりありますよ。どんな脳筋(力自慢)の方でも大丈夫。どうぞ回してみてください。……いい音でしょう? 余裕の音だ、馬力が違いますよ」

 

 みたいな感じのセールストークで引き渡してきたらしい。

 エルくんも満足、陛下と殿下も大満足だったと聞いた。

 

 と、暢気に開発だけやっていられたらよかったのだが、俺たちの所属は銀鳳「騎士団」。新型機開発の結果保有することになった戦力はそれなり以上で、時に戦力として頼られることもある。

 たとえば魔獣出没の際の討伐なら学生時代から普通にあった話。

 

 ……もっとも、あそこまでの規模の魔獣討伐することになるなんて、さすがに思ってもみなかったけど。

 

 

◇◆◇

 

 

「害虫殺すべし。慈悲はない。イヤーッ!」

 

「アグリのやつ、なぜ殻獣(シェルケース)狩りにあんなに熱心なのだ?」

「ほら、魔獣って畑を荒らすから……」

「積年の恨みというヤツだな。……オルヴェシウス砦にいつの間にかできていたアグリの畑にだけは注意しよう。うっかり幻晶騎士で足を突っ込んだりした日には何をされるかわからん」

 

 銀鳳騎士団の役目は新型幻晶騎士の開発。

 エルくんの趣味は最強の一機を作ることに注がれているが、量産型もいいですよね! という愉快な嗜好をしているため、結果として現状銀鳳騎士団が保有する戦力はフレメヴィーラ王国内でも屈指のものになっている。

 しかも設立から間もなく、国王直轄。構成員は身分の貴賤を問わずライヒアラ騎操士学園直送ということで、そりゃあもうしがらみのない戦力であると言える。

 そんな出自を見込まれて、ある日舞い込んできた先王陛下からの命。

 それが今俺たちの成している仕事、とある場所に向けて進行中の殻獣の大規模な群れの退治だった。

 

 巨樹庭園(ギガントガーデン)と呼ばれる、幻晶騎士と比べてもやたらめったら巨大な樹木からなる森の中に突如現れた殻獣の群れ。蟻のような生態を持つこの魔獣の習性の一つである、女王の巣分けが行われたらしく、信じられないような数の殻獣が大移動を開始したのだという。

 当然、その進行方向にあるものはただでは済まない。すぐにも国軍を派遣するべき事態だ。

 ……が、なんでもその進行方向とやらが機密性の高いところらしく、色々懸念される従来の戦力ではなく、少数精鋭の銀鳳騎士団にお鉢が回って来たわけだ。

 

 なので、俺は魔獣を狩る。

 俺がこの世で一番好きなことは農業。そしてその次に好きなことは、いつぞや村の畑を焼き腐った魔獣共の殲滅です。

 

「食らえ、殻獣ボンバー!」

 

「なるほど、殻獣を殴り飛ばすと、殻獣同士の甲殻がぶつかって破損する、と。いい手だな。……第一中隊、見ていたな! 武器は周りに山ほどある! 投擲という人の英知を見せてやれ!」

 

 というわけで、手近な殻獣をグランレオンの前足で弾き飛ばし、直撃した砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)の甲殻にひびを入れ、間髪入れず飛び掛かって爪とブレードでザクザクと傷口を広げたところに法弾を叩き込む。

 炎熱系の術式は、強固な殻に守られている内部を焼き尽くし、殻獣のつぼ焼き一丁上がりだ。

 

 ククク、昔村を襲ったのは殻獣じゃなかった気はするけど、魔獣であるという一点のみで俺にとっては十分すぎる理由になる。村を襲ったのはいいとしても畑を焼いた恨みは忘れてないぞ……!

 

「先輩、この場はひとまず戦線を再構築できたので、僕たちは森の奥へクイーンの排除に向かいます。先行偵察をお願いできますか?」

「え、俺?」

「はい。ツェンドリンブルの3式装備も十分な機動力はありますが、森の中の入り組んだ地形では先輩のグランレオンが一番踏破力が高いはずです」

「あー、まあ確かに。それじゃちょっと行ってくるよ。……すぐついて来てね? 俺一人でクイーンの相手とか無理だからね?」

 

 でもさすがに旅団級のサイズと魔力が予想されるヤツの相手は勘弁な!

 

 全く、誰か一人でも幻晶獣機に乗ってくれる団員がいればよかったのに。

 一応何人かに試してはもらったんだけど、操縦感覚の違いと飛んで跳ねてを多用する必要からすぐに扱うのは無理だと言われてしまった。まあ、操縦席でげろりんとしなかっただけマシか。

 そんなこんなで、現在銀鳳騎士団でもグランレオンを万全に操縦できるのは俺とエルくんだけです。

 エルくんは最初に乗ったときからそりゃもう楽しそうに扱ってたよ。

 興奮のあまり、外部スピーカーから聞こえる言葉が。

 

「qkde! qkde! g@’fffffff!」

 

 としか聞こえなかったけど。なんて言ってたんだろうね?

 

 

 

◇◆◇

 

 

「なあエル、先輩一人で行かせて大丈夫なのか?」

「もちろん、大丈夫です。ほら、行き先は木に刻まれた爪痕でわかりますし」

「そういう問題じゃないと思うけど……」

 

 森の中を行く、エルとアディ、キッドの3人。ツェンドリンブル2頭引きの3式装備は巨大な木々が幻晶騎士の侵入を可能にするスケールと足元の安定を誇る巨樹庭園の中を、殻獣を蹴散らしながら進んでいく。

 その際の目印は、巨樹に刻まれた傷。先行しているアグリのグランレオンが付けたものだ。

 まあ、なんかあからさまに幻晶騎士の身長よりも高い所に真横に刻まれていたりするところからして、あそこまで飛び上がって木の幹を蹴るときついでにつけて行ったのだと思われるが。

 幻晶獣機が飛びついても揺るがない壁がそこかしこにあるこの森の中は、なるほど確かにグランレオン向きの戦場なのかもしれない。

 

――ガオオオオオオオオオオオオオ!!

 

「あ、あの鳴き声……!」

「間違いありません、グランレオンの咆哮です。どうやら先輩がクイーンを発見してくれたみたいですから、急ぎましょう!」

「おう!」

 

 その甲斐あってか、エルの頼んだ通りに一足早く女皇殻獣(クイーンシェルケース)を見つけてくれたようだ。

 かくなれば速やかに合流しなければアグリも危険だ。アディとキッドはツェンドリンブルを加速させ、森のさらなる奥を目指し。

 

 

「うぎゃああああああこええええええええ!?」

 

 巨樹庭園の木々と見まがうほどの巨体を誇る女皇殻獣の頭に乗り、ガスガス爪で殴りつけているグランレオンを見た。

 

「先輩、お待たせしました!! 今すぐ助太刀します!」

「ありがとうエルくん! こいつの足めちゃくちゃ硬いから気を付けてね!」

 

「……ていうか、先輩はどうやってあそこまで登ったんだ?」

「怖い怖いって言ってるけど、あれ多分女皇殻獣もそうだけど高い所に上って降りれなくなったことも言ってるよね」

 

 よくよく周囲を観察してみれば、女皇殻獣を取り囲む木々で螺旋を描くように新しい爪痕が見える。おそらく木の幹を足場にあそこまで飛び上がったのだろうが、本当に無茶をする。アディとキッドはため息をついて、多分これから確実にアグリ以上の無茶を、それも嬉々としてやらかすだろうエルを戦場へと運んで行った。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふう、女皇殻獣は強敵でしたね」

「そりゃまあそうだけど、なんかその言い方だとムカつくぞ先輩」

 

 その後、エルくんが大活躍して見事女皇殻獣を撃破。

 あとは主を失って統制が取れなくなった殻獣たちを元の防衛戦力である、銀鳳騎士団お披露目時に模擬戦の相手をしてくれた人たち――アルヴァンズ、というらしい――と一緒に残敵掃討をして、彼らが所属する砦に間借りして一息をついた。

 とは言っても、砦もなんだかんだ被害が出ているので、銀鳳騎士団はツェンドリンブルの輸送力と機動力を生かして資材をかき集め、砦の補修を手伝うことになった。

 

「はーい資材置きますよー」

「オーライオーライ、そこに下してくれ! ……それにしてもあの四足、こういうときにすさまじく便利だな」

 

 当然、グランレオンも本領発揮だ。こいつはむしろ戦闘よりもこういう時こそ役に立つ。

 四足の馬力で大量の荷物を引き、安定感のある荷物運びはアルヴァンズの人たちにも引っ張りだこだった。

 ついでにいろいろ頼まれる合間に砦の隅の土を掘り起こして、こっそり持ち込んだ巨樹庭園のよく肥えた腐葉土を持ち込んで畑化する極秘計画も万全……! 砦なんだから自給の方策も必要だよね……!

 

「はーい埋め戻しておくわねー」

「ヘルヴィの鬼ー!?」

 

 まあ、あっさりその辺の野望は潰えたんだけどさ!!

 ちなみに、このあと要塞の人たちのご厚意で正式にこじんまりした畑を作らせて貰えました。わーい。

 

 

 その後、どうやらこの場所の防衛に俺たちが駆り出されたのは、この砦が守っているものが極めて重要かつ機密性が高く、ついでにエルくんの望むものに深い関係があるかららしいと知らされた。

 そんなわけでエルくんは先王陛下と一緒に砦の奥へと入っていき、しばらくして帰って来たのは先王陛下一人。なんか、エルくんはしばらく出先で勉強してくるそうです。

 

 やったぜこれで無茶振りされなくて済む! なんて思ってないよ。本当だよ。

 団長いなくて寂しいなーとちゃんと思ってるよ。

 

 ……だって、俺に無茶振りしてくるのはエルくんだけじゃないし。

 

 

◇◆◇

 

 

 その日、フレメヴィーラ王国の先王アンブロシウスは先日殻獣に襲われかけたアルチュセール山峡関要塞を訪れていた。

 幸い要塞そのものへの被害こそ少なく済んだとはいえ、幻晶騎士には相応の被害が出たので修理や更新の必要はあり、このような事件はそう頻発するものではないが防衛体制の見直しも必要で、それ以外にも為すべき事後処理が山とある。

 本来ならば先王自らそのようなことに関わるものではないが、場所が場所。公にできる場所でも施設でもない以上下手な家臣に任せるわけにもいかず、こうしてアンブロシウス自ら数日に一度は要塞を訪れていた。

 

「親方ー! 資材が足りねえ! しかもこれがないとこの先の修理できねえぞ!」

「なにぃ!? またその口か! ……まあ仕方ねえか。ツェンドリンブルは砦の補修資材の輸送にかかりきりだしなあ」

 

 その折、ふと格納庫の近くを通りかかったときに銀鳳騎士団のナイトスミス達の声が聞こえた。

 内容は、どうやら先の殻獣退治で損傷した幻晶騎士修理の算段。銀鳳騎士団の機体は新型であるため、既存の機体と部品の融通が利きづらい。

 加えて、彼らの主な輸送手段であるツェンドリンブルは現在要塞とアルヴァンズの幻晶騎士修理のための物資輸送にフル稼働中だ。

 結果、エルネスティがエーテルリアクターの製法を学びに行っているのを待つ彼らは資材の調達に難儀しているようだった。

 申し訳なくも思うが、ここで自分が出て行っては逆に彼らを委縮させてしまう。せめて少しでも早くこの要塞の防衛態勢を立て直し、余裕を取り戻すことが一番の助けになるだろう。

 そう考えて、アンブロシウスはそのまま通り過ぎた。

 

「よし、アグリ。ちょっとひとっ飛びこのリストに上げた資材、オルヴェシウス砦から取って来てくれ。大至急な」

「またそれぇ!? ……実は俺、砦の隅に本格的に許可をもらった畑の手入れが」

「あとにしろ。畑は逃げない」

「ちくしょー!!」

 

 最後に聞こえたアグリの言葉に、きっとグランレオンでオルヴェシウス砦へと戻るのだろうと考えて。

 距離からして、グランレオンの足でも往復に丸一日程度。今日はもうアグリの顔を見ることはないと概算し。

 

 

「ただいまー。取って来たよー」

「……なにぃ!?」

 

 その日の夕方、当たり前のような顔で帰って来たアグリを見てめちゃくちゃ驚くことになる。

 

 

◇◆◇

 

 

「倉庫に下ろしておいたから確認しといてね、親方」

「おう、ありがとさん。いやー、運べる量が少ないとはいえあっという間に持ってきてくれて助かるな」

 

 親方からの依頼で、銀鳳騎士団の本拠地であるオルヴェシウス砦まで資材を取りに行ってトンボ返りすることになりました。

 いやまあ大して難しいことでもないし、操縦訓練にもなるからいいんだけどね? それにしてもさすがにまだ慣れないから疲れるのは仕方のないこと。よし、とりあえずちょっとでも畑に手を入れよう。

 よく肥えた土に塗れていれば元気になるのは農民の習性だでよ。

 と、思って格納庫をあとにする……。

 

「その話、まことか」

「……はい? ……せ、せせせ先王陛下!? なぜここに!?」

 

 つもりだったのに、なんか真正面に先王陛下が立ちはだかっていたんですが! あばばばば、王族オーラの圧が!

 

「昼頃におぬしたちが話しているのを聞いた。今日ここからオルヴェシウス砦へ向かい、つい先ほど戻って来た。そういうことだな?」

「は、ははぁ! おっしゃる通りで!」

「だが、オルヴェシウス砦との距離は決して近くない。人馬騎士の足でも往復すれば日を跨ごう。いかにしてその時間を縮めた?」

 

 しかも、なんだかすごい食いつき。

 いつの間にか両肩掴まれてるんですが!!

 

「え、えーと……あれを使いました。グランレオンに続いて開発した鳥型の空を飛ぶ幻晶獣機の試作型、名は<ガルダウィング>です」

「空を、飛ぶ……!」

 

 俺の言葉半ばで駆けだした陛下の行く先には、ついさっきまで俺が乗っていた新型、ガルダウィングが羽を休めていた。

 

 その姿はまさしく鳥。見た目の印象としては、鷹や鷲のような大型の猛禽類に近いだろうか。

 翼をたたんだ駐機状態での全高は幻晶騎士の胸程度。飛行時の翼幅は幻晶騎士の身長よりも高いが軽量化を徹底してあるので、ツェンドリンブルやグランレオンどころか普通の幻晶騎士よりも軽い。

 こんな姿なので当然インナースケルトンからして新規設計になったこと、マギウスジェットスラスタのマナ消費量の多さに対応するため全身の装甲、特に面積の大きい翼部分のほとんどに蓄魔力式装甲(キャパシティフレーム)が採用されている。

 離着陸はエルくんから教わった空気圧制御の魔法によって機体を浮き上がらせるので滑走路はいらず、その状態でスラスターを使うことで垂直離着陸も一応可能だ。そうすると燃費は悪いけど。

 エルくんの機体であるトイボックスが人型のまま空を飛ぶためスラスターの推力で飛んでいるのに対し、燃料タンクを兼ねる翼が生む揚力で飛んでいるので航続距離は長い。

 とは言ってもまだまだ新開発1機目なので積載量は少なく、大規模輸送には向かない。ちょっとしたお使い程度がせいぜい。武装だって辛うじて法撃用の杖を1本積んでるだけだし、間違いなく銀鳳騎士団に所属する機体の中で最も戦闘能力が低い。

 

 ……とはいえ、先王陛下は一日と掛からずオルヴェシウス砦との往復を成し遂げたことにいたく興味を引かれたご様子で。

 

「……しばし、待っていろ」

 

 の一言から本当にちょっとだけ待っていると。

 

「今からおぬしには首都カンカネンへと飛んでもらう。そして城に詰めているだろうディクスゴード公爵にこの書を届け、返事を持ち帰るのだ。出来るか?」

「……ハイ、オマカセクダサイ」

 

 わーすごい名誉ー。

 先王陛下手ずから渡されたのはくるっと巻いた紙なんだけど、王家の紋章入りの封蝋で綴じられてやんの。

 ……紙一枚だけど、責任の重さで過積載状態になりませんかねえ!?

 

「うむ、頼んだぞ。無理に急ぐ必要はないが、あの機体でここから首都までの往復にどれだけの時間がかかるか知りたい。無事に行き来することを心掛けよ。……おう、そうであった。いきなりあの機体で首都を飛んでは魔獣と間違われるかもしれん。この旗も持っていけ。この旗と合わせて銀鳳騎士団の旗を掲げておけばおそらく首都の騎士たちも事情を察しよう。さすれば、この国の中でおぬしを害する騎士はいない」

「……アリガタキシアワセ」

 

 うーん、さすが先王陛下ってば気遣いの人。

 今度はうっかり撃墜されないようにって、王家の勅命を受けた特使のみが使用を許される旗まで貸してくれましたよあっはっはっはっは!

 

「……親方、これを機体につけて。絶対外れないように。もし地に落ちたりしたら後追いで俺の首も落ちるから。そしたら絶対絶対絶対に化けて出るから」

「……おう、お前さんも辛いな。安心しろ、魔獣に襲われても外れないようにしといてやるから」

 

 ちなみに、このあとカンカネンには無事たどり着くことができました。

 旗のおかげもあって一発の法弾も飛んでこなかったけど、なんか首都の全戦力集めたんですかみたいな無数の幻晶騎士のただなかに着陸させられて、これまたたくさんの騎士たちに前後左右挟まれて王城へと連れていかれたけどね!

 

 その後引き合わされたディクスゴード公爵は、手紙を渡すまではめちゃくちゃ険しい顔だったけど、一通り読んだら今度はすごく優しく接してくれるようになりました。出してくれたお茶菓子美味しかったです。

 

 ……でも、「ああ、こいつも自分みたいにこれから先思いっきり振り回されるんだなあ」みたいな目で見るのやめてくれませんかねえ!?

 

 

◇◆◇

 

 

 この後、アンブロシウスは予想をはるかに超える早さでアルチュセール山峡関要塞へと帰還したアグリが確かにディクスゴード公爵からの返事を携えていることを確認。

 とにかくガルダウィングの量産化に着手するよう銀鳳騎士団と国機研に命じ、後に来る大航空時代に先駆けて空飛ぶ幻晶獣機による高速連絡手段を獲得することになるのだが、それはまた別の話である。

 

「よし、葉物野菜はそろそろ食べごろだな。エルくんが戻って来るころにはサラダくらいなら振る舞えそうだ」

「それはいいとして、アグリ。収穫までもっと日数かかりそうな野菜やらあの辺一帯の麦畑はどうするつもり?」

「この要塞の人たちが世話してくれることになってるから大丈夫。……ククク、これでこの要塞の人たちはすでに農業の虜よ。一度自分で育てた作物の味を知れば二度とは戻れんからなぁ……!」

「そのノリで銀鳳騎士団を農業集団にしようとしたらただじゃおかないから、それだけは覚えておきなさいよ」


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