もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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5/15『Three』

「蒼穹をなす臥竜は、我が手に堕ちました。この厳しい局面を、貴方はどう生き残るおつもりです?」

 

 ……。

 

「感じる? この戦場にコダマする、犠牲となって散りゆくモノノフ達の、雷鳴の如き号哭……」

 

 ……………。

 

「眠れる獅子たる由縁の業火を見せよ……今、その力を解放せん! アルティメット・コメット・ジークフリートォ!!」

 

 …………………。

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って東郷は、深々と腰を曲げた。

 かという俺も、慣れないお辞儀にギクシャクしながら応える。が、頭の中は、今起こったことを整理することで手一杯だった。ハンデをものともしない力強い将棋に、考えもつかないような手を、ものの数秒で繰り出してくる思考速度。

 そして……。

 

「あの……勝負になると、その、熱くなってしまうんです。……引かれたでしょう?」

 

 なにより、一見寡黙そうな彼女の、過激な()()だった。いや、彼女自身は自覚はないのだろうけれど……どうしてだか、背中の辺りが痒くなってきそうな口調だった。

 ダークナニガシって、そういう事だったんだ……と、今更ながら納得する。

 ともかく。

 俺はそこまで引いていない、と言って、首を横に振る。

 

「そ、そうですか……なら、良かったのですが」

 

 実際そこまで引いていない。それにしても、女流棋士で美人でその口調と、随分キャラが濃すぎる気もするが。

 そして、どうして将棋を指している時だけそんな変わった性格になるのかが気掛かりだ。スポーツ選手の中には、大声を出してアドレナリンを出し、競技のパフォーマンスを上げる人がいるらしいが……彼女も、そういったことを実践している人なのだろうか。

 

「いえ……少し、違います。私はなんというか、自然と声が出てしまうんです。……ええと、あ、この駒……」

 

 東郷は他の駒よりは大きな、『王将』と彫られている駒を指でなぞる。

 

「これに、成りきってしまうんです。将棋盤は戦場、歩は足軽――」

 

 ふむふむ。

 

「――龍は『金龍』、馬は『ペガサス』」

 

 ……いきなりファンタジー風な名前になったな。

 

「ええ……それだけは譲れません」

 

 重々しく東郷は頷く。どうやらその呼び方が、かなり気に入っているようだった。

 

「と、とにかく、私が王将、そして周りの駒が私に仕える戦士達のような気持ちに……本気になると、なってしまいます。そうすれば自ずと、戦の局面や、状況の優劣が見えるようになるような……そんな気がします」

 

 なるほど……? なりきってしまう事で、得られる恩恵もあるのか。

 

「ええ……? あなたも、如何でしょうか?」

 

 いつしか落ち着いた表情になっている東郷が、柔和な微笑を見せる。

 そんな様子に思わず頷いてしまいそうになる。……やんわりと、断っておいた。

 しかし、こう話し込んだとしても……俺は彼女に、完膚なきまでに、そしてハンデありで負けてしまったのだ。対局が始まる前の東郷の言い方なら、この勝負に勝てば、将棋を教えてくれるということだったのだろう。しかし……、

 

「あ……その件なのですが……。新手の研究台としてであれば、その……どうでしょう?」

 

 

 ……え?

 

「確かに勝負には、勝たせていただきました。……しかし、一度は攻め入られてしまいました。それ即ち、私は攻め入られてしまう前に、貴方の攻めを対処することができなかったということです」

 

 確かに俺は序盤に、自陣の手駒をふんだんに使って、ただでさえハンデで駒が少ない東郷の陣地に切り込んだ。が、軽くいなすように捌かれて、反撃された訳だけど……。

 

「そうですね。やはり、詰めは少し甘かったかもしれません。……しかし、貴方はしっかりと、どの駒の長所を殺すことなく動かせているように思えました。……ほぼ、直観的に、です。……つまり、貴方には勝負師としての、勘があると……」

 

 ……。

 

「……そう思いました。……それもまた、私の勘、ですけど」

 

 と、そう言ってはにかむ東郷はやはり普通の女子高生のようで、勝負師や、棋士にはとても見えなかった。

 

 

 

 

「でかしたな!」

 

 また来てもいいかと東郷に告げて、そして別れて。

 神田の辺りで暇をつぶしていたらしいモルガナは、俺が教会の扉を開けた直後を見計らうように、奥の暗がりになっている所から顔を出した。このあたりのタイミングの良さで、少しずつモルガナと良い関係を結べていることを感じる。

 

「ちげーよ。おまえがボコボコにされてないかって、ヒヤヒヤしながら教会の窓から見てたんだ」

 

 ……そうですか。

 

「まーまー、そんなのはどうでもいいってことよ! 東郷と知り合いになれたというのはデカいぜ? 双葉が教えてくれた甲斐があったな~」

 

 別に本気になって隠すようなことではないのかもしれないが、取り立てて皆に話す理由がない以上、双葉のことは怪盗団のメンバーには話していない。

モルガナを除いては。モルガナにバレずに双葉と会い続けるのは、双葉の言葉を借りれば、無理ゲーというやつだから。

 

「けど、東郷……はかなり、頭のキレそうな人ではあったな。……どうだ、双葉とどっちが賢そうだ?」

 

 ……ううん。

 いや、確かに東郷と双葉は天才の部類に入るはずだけれど……なぜだか、全然違った印象があった。そもそも別ジャンルというか……まあ、性格という面では、双葉の方がかなり尖ったそれをしている気がするけど。

 では、フタバのその内気な性格を決定づけた原因はなんだったのだろうか。……ただの遺伝? 父親……マスター? じゃあ……母親は。

「オーイ、早く入れてくれよー」と矢継ぎ早やに言うモルガナを放ったらかして、何も閃かなさそうな議題にうんうんと唸っていると、前から来た男と肩をぶつけてしまった。

 俺がぼうっとしていたから当たったのだろうかと思い、「すみません」と謝る。

 

「……チッ」

 

 しかしその男は何も反応を示さない。……今一瞬、舌打ちのような音まで聞こえたような気がするし。そんなに邪魔だったのだろうか。

 

「……行こうぜ」

 

 俺がよろけた隙に入ったのか、鞄の中からモルガナの低い声が聞こえてくる。モルガナもモルガナで、何か彼に思うことがあるようだった。

 まあいい。

 今日はさっさと帰って、さっさと双葉にこれを渡しに行こう。「お勤め、ご苦労!」と双葉の変な労いの声が想像できる。

 短い時間だったとはいえ、将棋をすることになったので思ったよりも空は暗い。今、日は長い方だから、かなりの時間が経っているのかもしれなかった。

 スマホで一応時間を確認して、教会を後にする。東郷は、今も将棋に励んでいるのだろうか。

 …………この時。

 もしも男にも当たらず、この後起こるであろうもう少し先を考えていたら……きっと、あんな事にはならなかったのかもしれなかった。

 回避できたのかもしれなかった。

 けれど、今は……この大きな荷物を渡した時の、双葉の表情をただただ想像しながら、家路につく。

 自費だったらどうしよう……それはちょっと、想像したくない。

 


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