あれから、一年と大体半年が過ぎた。
俺が双葉に助けてもらってからの展開、及びAの処遇と怪盗団の行く末諸々は、完全に蛇足だから言わないでおく。……三人でAとの死闘を繰り広げてから向かった双葉のパレスのオタカラが、『何でも言う事を聞いてくれる認知上の俺』だったことなんて、言いたくない。
それを俺と一二三に見られて双葉は顔から火が出そうなほどに恥ずかしがり、何故か全裸だった認知上の俺を見られて、俺が恥ずかしがり、そして一二三も顔を赤くした。まあこれで、おあいこだ。
しかし、どうしても一つ気になったことがあった。一二三が、どうやって双葉を説得して、更にはペルソナに覚醒させたか、だ。将棋や神保町でのカレー等の折りに聞いてみたりしたのだが、一向に教えてくれる様子がない。
「寝取る、と言ったら。意外とそれが、双葉さんには効いたようです」
一度冗談交じりに言っていたことを、はてさて、冗談のまま受け取ってよかったのかどうか。
一二三はとっくに高校を卒業して、アマチュアから棋戦優勝を目指して頑張っている話は、昨日神田の教会で本人から聞いたものだ。
「ふぅ……」
下宿部屋を半日中掃除していると、流石に小腹がすいてきた。
「広いし安いし、清潔感もあります」という不動産屋から言われた文句とは反して、趣も何もないマンション部屋の廊下一面に埃という埃がかぶさっている。
その上にもさらに埃が落ちている有様だから、掃いても掃いてもエンドレスで湧き出てくるような気がした。俺はその立ち込めるような粉をなんとか掃除した後、一息つく。
もうこのまま、寝てしまおうか……。
ベッドをちらと横目で窺う。
ううむ、やっぱりこちらも覆われている……流石に埃まみれで目を覚ますのは嫌なので、もう少し頑張らないといけないようだ。
では……アレを出すとしようか。
眠気で落ちてしまいそうな目を擦りながら、もう片方の手でローソンのビニール袋をまさぐる。
ガラガラと特徴的な音を鳴らすそれを手に取って、流し台へと向かった。
足を出す度に、四月にしては冷えている廊下にちょっとだけ寒気を覚えながら、フローリングの感触を足で味わう。
電気を点けないで、なお薄暗いキッチンへと入る。ええと、ポットは……あ、あった。
蓋をベリベリと剥がし、ポットに水を並々と注ぐ。タイマーをセットして前髪をいじりながら物思いに耽っていると、ここ最近の記憶がじわじわと蘇ってきた。
怪盗、転校、受験。一番初めの二字熟語があったからこそ、俺の人生は波乱で、そして晴れやかな展開となったが、元の高校に出戻りになった後、『受験』という言葉が意味するところを嫌というほど痛感させられた。それでも、春や真の力をかりて、そこそこの大学に入ることができた。
因みに一二三はとっくに高校を卒業して、アマチュアから棋戦優勝を目指して頑張っているそうだ。
そして、待ちに待った入学式直後の下宿の掃除。また東京の学校に行くことになったから、マスターの家もそろそろ恋しくなってきたのだけれど、流石にそこまで迷惑は掛けられない。
あー…………。
あ、そういえば、入学式の、入学生代表の言葉。半分寝ながら聞いていたから、あまり話の内容までは覚えていないのだけれど、その声が、どこか彼女の声に似ていたような気がしなくもない。
いつだったか、『高卒試験って、今でも取れるらしいな!』と言っていたような気もするが……いやいや、まさか。
とつらつら益体の無いことを考えていると、もうポットが沸いていた。
水を内側の線まで注ぐ。本当はそこまでキッチリとする必要はないとは思うけれど、何故かしてしまう。
タイマーを三分にセット。その間に、玄関周りでも掃除しておこうか……。
しかしなんとなく集中できなくて、座り込んでスマホの画面を右へ左へとスクロールさせる遊びに興じていると、なんといきなり目の前の扉が開いた。
「」
その声を聞くまで、扉を開けた人が一体誰なのか見当をつけることができなかった。
でも、ただ一つだけ、分かったことがある。
「……おかえり」
俺はまた、UFOを二つ作りそびれてしまったらしい。
蛇足的なあとがきは活動報告にあります。