もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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自己解釈があります。


10/7『Ringleader』

「……Aか」

 

 その名を呼ぶと、俺の背中を踏んでいた足がかすかに動いた。

 

「どうしてそう思う?」

 

 図星を突かれている(と思う)のに、Aはすんなりとは首を縦に振ってはくれない。あ、いや、俺はうつ伏せになってしまっているから、彼が頷いているかどうかは全くの想像なんだけど。

 俺を足で踏んづけているのはAだと思う理由は色んなことが考えられる。だから俺は手始めに、一番無難そうなカードを切ることにした。

 

「双葉の名前と、そして佐倉惣治郎の名前を知っている人が、そもそもあまりいないからだ」

 

彼からの反応はない。続けよう。

 

「多分お前も、俺達と同じ方法でパレスに侵入したんだろう。パレスに入る為のキーワードは、『佐倉双葉』、『佐倉惣治郎宅』そして『墓場』だ。墓場は虱潰しで当てられるかもしれないけど、どちらにせよ両者の名前を知っている必要がある。また双葉は高校に通っていない。だから、その二人の名前を知っているのは、俺の仲間を除けば後はマスターと、そしていつもルブランに通い詰めていたA、お前くらいしかいない」

「本当に? 中学校の同級生も、知っている人はいるんじゃないかな」

「双葉は中卒扱いになっている。双葉の引きこもりの原因が、彼女の母親の死と、その葬式での出来事にあったとすると、中学生でマスターの名前を知っている人はいないと思う」

 

 それに、マスターが引き取る以前は、双葉はまだ旧姓である『一色』を名乗っていたということだから、もっと可能性は低くなるだろう。

 

「じゃあ、動機は?」「動機?」

「僕が、ここに来ている動機」「ああ」

 

 すこぶるどうでもいい。というより、あまり彼に構っていられる暇があるのかって話だ。

 ……それにしても、やけに質問してくる犯人だな。でも、解決パートとしては、悪くない。

 

「じゃあ、一つだけ訊かせてくれ」「何?」

「双葉のパレスに来たのは、双葉を改心させるためか?」

「……ノーだ」

 

 改心させるために、パレスに来た訳じゃない。ということは、つまり。

 話はぐっと分かりやすくなる。

 双葉を廃人化させる目的で来たのだ。暇つぶしにここら辺をウロウロしていたのでもなかろう。

 

「それなら、今回の目的は双葉じゃない」と俺は言った。「俺だ」

「……どうしてそんなことが分かるのかな」

「多分、だけど」と俺は言った。「双葉を廃人化させること自体に、何かメリットがあるとは思えない。精々、俺が悲しんで、何かをする気力が起きなくなるだけだ」

 

 でも、犯人は、それこそが今回の目的なのだろう。

 

「俺が何もできなくなると、当然怪盗団が動かなくなる。悪い奴らを改心させることができなくなる。認知世界を使って、水面下で色々と動かれる心配がなくなる。だから怪盗団を快く思っていない連中は、怪盗団自体を潰すより、そのリーダーである俺を潰した方が手っ取り早いと考えた。でも俺は自分のパレスを持ってない。だから俺にとって一番近しい存在の、双葉に手を掛けた方が容易いと思った」

「あてにならない推論だね」

「頼んできたのはそっちだ。証拠が不十分すぎるくらいは、大目に見て欲しい」

 

 これでも、少ない時間で結構頑張って考えた方なんだ。それに、本当のところがどうであろうと、双葉に手を掛けようとしたのはほぼ確実。……だと、思う。

 

「そんなことより、ちょっと」と俺は言った。「そろそろ足をどかせてくれないか?」

「そんなこと?」とAは言った。「そんなこと、だって?」

「ああ、そんなことだ」と俺は言った。「こんなこと、双葉に比べたら限りなくどうでもいい話だ。俺に直接来ないで、双葉という弱点を突こうとしたお前の小賢しさには一言言っておきたくない訳でもないけど、今はそんな時間すら惜しい。……あ、あと、双葉が今どこにいるか、知っていたら教えてくれないか?」

「……」

 

 Aは言葉を失っていた。もしかしたら、憂さ晴らしに一言言わなかった俺の優しさに、彼は感銘を受けているのかもしれない。……いや、それはないか。

 

「彼女は、パレスに行ったよ」とAはようやく口を開けた。

 

 やっぱりそうか。でも……どうしてだ?

 何故双葉はパレスに向かった? 記憶を思い出して、気が動転していたのか? 悪い記憶が流れてくる奔流を潰そうと、単独でパレスを壊そうとしに行ったのか?

 ……それとも。

 

「……ずっと会いたかった、母親に会いに行ったのだろうか」

「いや、違うと思う。彼女は今、死んだ若葉さんのことなんて眼中にもないよ」

 

 え?

 

「じゃあ、誰に」

「君に会いに行ったんだ」

「俺?」

「うん」と彼は言った。「認知上の……彼女が『そうであって欲しい』と願う、彼女の中の君に、ね」

 

 双葉が認知していた……俺?

 

「約束を守ってくれる。自分の言う事を聞いてくれる。自分のために尽くしてくれる。自分のことをだけをずっと見てくれる。そんな理想の彼氏を、佐倉双葉は自分の心の中に作り上げた。彼女はそのことを自覚していた。だから彼女は、自身のパレスの中へ入って行った」

「……」

「結局、彼女は彼女の中にいる君を愛していただけってこと」

「彼女の中にいる……俺」

「現実世界にいる君は、愛想を尽かされた」

「……それこそ」と俺は言った。「あてにならない推論だろう」

 

 でも、なるほど。

愛想を尽かされた、と言われれば心にくるものがあるけれど、確かに、心当たりはある。

 電話で語ったことは、双葉にとっては約束を反故にされたのだと感じただろう。ゲームの誘いに乗らず、学校に行ってしまった俺を見て、自分の言う事を中々聞いてくれないやっかいな奴だと双葉は思ったのかもしれない。

 背中から感じる力が弱くなっていた。それに乗じて、俺は体に鞭打って飛び起きる。

 

「うわっ!? ……ちょ、ちょっと」

 

 パレスまではまだ遠い。走っていってもその内バテてしまうだろう。足にも少し、疲労が溜まってきつつあった。少しの間だけ、歩いて調子を整えようか。

 

「だから、君がパレスに行っても意味がないんだって。どうせ、心を開いてくれないのがオチだよ?」

「うるさい」

「それよりもさ、あ、ほら、僕と話をしよう。君は興味がないのかい? 僕がどうして君を倒さなくちゃいけないのか。どうして君が怪盗団のリーダーだってことを、僕が知ってるのか」

「知らない」

「……っ、そもそも君は、あそこに行って何をしようってんだよ」

「ファイナ……」

 

 おっと。興が乗って変なことを口走りそうになってしまった。

 

「別に、普通のことをするだけだ」

 

と俺は言った。

 謝りに行く。ただそれだけのことだ。

 

「はぁ?」

「お前はもう帰っていい。俺が近くにいる中で、今から双葉を廃人化させに行く訳にもいかないだろ」

「ちょっと、待てって……」

「待たない。お前がどのような人生を歩んでいて、どのような事情で怪盗団を解散させようとしているのかは知らないし、分からない。全く気にならないことはないけど、今ちょっと、忙しいから。後にしてくれ」

「……ふざけるなよ」

 

 初めて、Aはその気取った喋り方を止めていた。

 

「はぁ……」

 

 俺は足を止めない。Aは俺に怒っている。申し訳ないけど、俺が今彼に対して無下な態度を取っていること以外、彼の怒りに全く心当たりがない。俺にとってAは、時々顔を合わせて喋ったりする『いい奴だけど、よく分かんない奴』でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。

 ……ん?

 今、遠くの方で砂煙が見えた。砂嵐だろうか? それにしても少し、規模が小さいようだ。そのミニチュア砂嵐は、もの凄い速さでパレスの方へ向かっている。気になる……けど、まあいい。

 

「わかった、じゃあ、こうしよう」と俺は言った。「これ以上、何もするな。そしたら俺たちは何もお前を咎めないし、団員にも君のことを話さない。それにほら、お互い、顔も割れていることだし」

 

 厳密には、立場がイーブンになった訳じゃない。Aが断然有利だ。警察との繋がりを持っている彼は、直ぐにこちらに監視を送って来るだろう。だから当分は、怪盗稼業を様子見する必要がある。

 俺は足を止めない。後ろから聞こえて来た足音は聞こえなくなった。どうやら諦めてくれたらしい。「お前に用はない」ということを伝えるのに、随分と時間が掛かってしまった。

 

「……僕は、君の彼女を廃人化させようとしていたんだ。どうして何も言わずに立ち去れる?」

 

 俺は足を止めない。双葉を廃人化させる計画は、俺が来たことでとん挫してしまった。殺人未遂は立派な犯罪だが、人を殺そうと思うところまでは、罪に問われることはない。

 

「怪盗団を炙り出すために、麻倉に一二三を贔屓に見てもらえるように、唆したのも僕だ」

 

 俺は足を止めない。一二三と一二三の母親の関係は、今はいい方向に向かっているようだし、麻倉も自分の非を世間に対して認めている。何も問題はない。

 

「……一色若葉を、」

 

 Aは、震える声で双葉の母親の名前を呼んだ。そう言えば、さっきもそのようなことを言っていたような気がするな。

 

 ……若葉さんの、名前を?

 

「……?」

 

 俺は、若葉さんの名前を出していないはずだ。あくまで、Aが知っているのは双葉と惣治郎さんの名前の二つだけだと思っていた。

 じゃあAは、どうして若葉さんの名前を知っている?

 

 

「一色若葉を、殺したのも僕なのに?」

 

 

 僕は、足を止めてしまった。

 Aにとって、それは俺に対して切ることのできる最後のカードだったのかもしれない。Aはそれに賭けた。それがどれほど双葉にとって辛いものだったのか、重いものだったのかを俺が悟っている可能性に賭けた。

俺はその賭けに負けていた。

 

「……そうか、お前が」

 

 黙ってやり過ごせばよかったのかもしれない。俺が今からすぐにパレスに行けば、どっちに転がるにせよ全てが終わる。万事が解決する。

 それでも、俺が立ち止まってしまったのは。

 

「お前がやったのか」

 

 全ての元凶がそこにいたから。

 




名前が伏せてあるのは、ジュス&カロに捕まえられたくないからです。

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