もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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10/7『Reconsider』

>双葉が気になる。

 

 

 

 

 

 

「ごめん、帰る」

 

 と俺は言い残して、夢の国を出た。埋浜から四軒茶屋までは電車で約一時間。まったり椅子に座って考えていられる時間はなかった。

 遠くから一二三の声が聞こえた気がした。でも、振り向かないで舞浜駅を目指した。それだけ俺は、あの双葉からの電話に焦っていた。

 JL武蔵野線に飛び乗ると、汗がにじんだ額を手で拭いながら、電話の理由について考え始めた。

 双葉からの、遊びの催促の電話。いつ帰ってこられるかについての電話。何の変哲もない内容だし、なんならLINEで文字を打つだけで済みそうな話だった。だから、その話の内容から得られそうな情報はない。では問題とすべきところは、一体なんだ?

 なぜ、あんなLINEで済むような内容を、記者会見の直後にわざわざ聞いてきたのか。考えられる理由の一つとして、ただの偶然で、ただの双葉の気まぐれだった可能性がある。……でもそれは、俺の希望的観測以外の何物でもなかった。きっと意味があるはずだ。

 LINEじゃなく、電話。LINEは受信してから返信するまでに、時間的な猶予がある。しかし電話は、受信して出ればすぐさま要件を聞く必要がある。つまり双葉は、俺に対して早いレスポンスを求めていた? あの時間に、双葉は、俺の声と返答を聞くことを欲した。

 じゃあやっぱり、なおさらタイミングが重要になってくる。電話の直前には、奥村の記者会見。記者会見、で、奥村は改心した姿を衆目の目に晒した。そして、廃人化して、廃人になった奥村が、テレビに映し出され、て。

 

「………え?」

 

 何か今、糸口が見えた気がした。もう少し、深く考えてみようか。

 その時双葉は、何をしていたのか。民放ではほとんどが、一大企業である奥村フーズの記者会見の中継を行っていた。ルブランでもあの映像が流れてしまった可能性が高い。双葉が二階に居たとしても、俺たちのようにスマホで中継を見ることができた。

 双葉は、廃人化した奥村の姿を見た。廃人化とは、認知世界における自分が殺された時に起こる現象。

 

『認知訶学……と言うらしい。カガクの「カ」は、摩訶不思議の「訶」だそうだ』

 

 若葉さんの研究内容。

 異世界。認知。摩訶不思議。パレス。

 

『誤解するな。証拠はいっさいない』

 

 若葉さんは自殺ではなく、他殺によって殺された可能性。事件当日の若葉さんの隣には、双葉がいた。

 

『給食で出てくる苺、ケチャップついてるから注意しろ……とか?』

 

 双葉は記憶力がいい。いじわるをされた同級生の顔と名前すらしっかりと覚えているほどの記憶力だ。

 

『すぐ側に……双葉が、いた。手を繋いでいたのかもしれない。後ろについて、一緒に待っていたのかもしれない。……その状況で、その、犯人が若葉さんの背中を押せると思いますか? 双葉に、顔を覚えられるかもしれない、危ない状況で』

 

 できるだけ安全な状態で行いたかったら、双葉が近くにいない時にすれば良かったはずだ。しかし犯人は、容疑がバレる可能性を孕んだ状況で、リスキーな行為に出た。そう思っていた。

 でも。

 もう一つの可能性があった。双葉が近くにいるのに、双葉に見られる心配をせずに若葉さんを殺めることができる可能性。たった一つの、チート級の方法が。

 

「若葉さんは……」

 

 若葉さんは、廃人化させられた。若葉さんの研究内容が危ういと踏んだ、認知世界を知る()()が、認知世界を使って、認知世界に存在する若葉さんに手をかけた。何故なら、それが一番安全で、足のつかない方法だったからだ。

 双葉は見た。廃人化し、変わり果てた姿となった母親が道路へ投げ出されるのを見た。その姿が、記者会見で映った、廃人化した奥村と重なって見えた。だから、思い出した。全てを思い出した。

気が動転した双葉は、俺にLINEをせずに電話を掛けた。目の前に迫りくる過去から逃げようと、昔を振り切ろうと、俺に電話を掛けた。内容はなんだってよかった。明日遊ぶことでも、なにげない俺たちの話でも、先の見えない未来のことでもなんでもよかった。

 

「……まさか」

 

今のは全部、事実でもなんでもない俺の妄想か。乗りついだ電車は渋谷に到着しようとしているところだった。あと二駅。あと二駅待てば、全てが分かるはずだ。

 俺は何も映らない外を眺めながら、双葉に電話を掛け続けた。

 

 

 走って帰ってくると、髪が乱れたマスターが、ちょうどルブランへ帰ってくるところを見かけた。詳しい事情は聞かなかったが、ルブランで一悶着あったらしい。昔双葉を引き取っていた男が、ルブランに来るなり双葉に心ないことを言った。そして、双葉はルブランから出て行ってしまった。辺りを探し回ったがついに双葉を見つけられることはできず、双葉がルブランに帰ってきてはいないかと、一度戻ってきたらしかった。

 今すぐ心無い言葉を双葉に浴びせた彼を追いかけて、一つ思いっきりグーでぶっ飛ばしてやりたくなったが、そうしている時間も惜しいのでやめておいた。折悪しくルブランにその男が来てしまったことが、双葉が過去を思い出すことに拍車をかけてしまったのかもしれない。そう思った。二階に双葉がいないことを確認して、俺はルブランを出た。

 スマホを見ると、一二三から着信が来ていた。出るかどうかかなり本気で迷ったが、一度惣治郎宅を見て、それから電話に出ようと思った。しかし無視は流石に忍びなかったので、『今から惣治郎さんの家に行く』と謎のLINEを送りつけて、俺は旧・双葉の部屋を目指した。気づけば佐倉惣治郎宅の前にいた。

 マスターから借りた合い鍵を使い玄関に上がった。人の気配はなく、明かりもついていない。いるとしたら、自分自身の部屋だろう。

 ギッ、ギッ、ギッ……と足を出す度に鳴る階段の音にちょっとだけ寒気を覚えながら、微妙に冷えた木の感触を足で味わう余裕もないまま、二階につく。

 ドアノブを回した。鍵は閉まってなかった。

 

 

「双葉?」

 

 

 いなかった。電気もついていないから、当然だろう。鍵が閉まっていなかったのも、双葉がここで生活をしなくなったからだ。俺は切り替えて、身を翻そうとすると。

 聞きなれたバイブ音が、部屋の中で鳴った。

 その長方形に光る光源を頼りにしながら、俺は鳴り続けているスマホを手に取る。

 

「これ、双葉の……」

 

 双葉のスマホだった。送った着信元は、一二三からのようだ。そのスマホを取る前に電話は切れた。

 どうしてスマホだけがここにあるんだ? スマホがここにあるということは、双葉は一度、ここに戻ってきたということだ。その理由も気にはなるが、今は双葉の姿は見えない。スマホだけを置いて、どこかに隠れているという線も現実的ではない。

 じゃあ、双葉はどこへ行ったんだ? スマホという、現代のマストアイテムを手放してどこへ消えた? スマホだけを置いて、ここからワープしたとしか、もう思えな――、

 

「……あ」

 

 俺は自分のスマホを操作して、『異世界ナビ』を表示させる。

 

「……佐倉、双葉」

 

『候補が見つかりました』

 

「……双葉」

 

 俺の勘が正しければ。

 双葉は、今。

 そこにいるのか?

 

 

 

 

 双葉の思う認知世界は、かつてないほどの静寂に包まれていた。夜の砂漠。かなり冷えてはいるけれど、今まで走ってきた身だから、この涼しさは全く苦に……いや、流石に寒い。めちゃくちゃ寒かった。でも、そんな泣き言は言っていられない状況だった。

 遠くにピラミッドが見えた。かなりの距離がありそうだ。デスティニーランドにモルガナを放っておいてしまった今の俺には足がない。仕方がなく、俺は無心で走り続けた。今日は、パレス三周分は間違いなく走っている。

 

「やぁ」

 

 横から落ち着いた声が聞こえた。俺が立ち止まる前に、何かに足をとられてすっ転んだ。

 

「ロキ!」

 

 同じ、聞きなれない男の声。それと共に、前方に吹っ飛ぶ俺の体の向きは、いかにもイケメンそうなその声がした方とは真逆の方向にベクトルを変えた。何が何だか分からないまま、俺は冷えた砂に打ち付けられる。

 

「ぐ……」

「また会ったね。いや……この姿じゃ、久し振りかな?」

「なにを、」

 

 首を回そうとしたが、男は俺の頭を乱暴に掴んだ。そうやすやすと顔を拝ませてくれるつもりはないらしい。ということはやはり、男と俺は知り合いなのかもしれない。

 

「一回だけ回答する権利をあげよう。僕が誰なのか。当てたら頭を離してあげる」

「わかった」

「随分要領がいいね……」

 

 こんな時は従うに限る。

 でも、全く心当たりがなかった。俺の知り合いで、かつ異世界に行くことができて、かつ夢の国から一番早い電車で四軒茶屋に着くことができる人。俺の記憶の中で、そんな人は一人もいなかった。

 

「あの、ヒントは」

「ないよ」

 

 ふむ。ノーヒントで俺が答えることのできる問題。

 何かまだ、俺が思い出せていない記憶があるのだろうか? 走った直後にうつぶせになって、肺が圧迫されて、なんだか意識が朦朧としてきた。でも、諦めるには早すぎる。

 俺はボンヤリとした頭で、忘れられていた記憶を引っ張りあげた――。

 


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