もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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最終章『Our ____ Ending』
9/8『Trip』


9/7

 

 結局、双葉が目を覚ますのを見届けられないまま、俺たちは東京を旅立つことになった。行き先はもちろん、いわゆるワイハー。

 出発時間ギリギリに竜司をキャッチした後、搭乗機付属のイヤホンをガンガンに鳴らしてアニソンを聞いている三島、どう突っ込むべきなのか分からない、尖ったセンスのアイマスクを着用している竜司が隣にして、俺は大きい飛行機の窓から一面に広がる海と今回の目的地を見た。

 飛行機を降りた後、どんな英語に対しても「アイファインセンキュー」と返している、日本人の恥をそのまま具現化したような竜司を見たりして、1日目のホテルの部屋は、三島と一緒だということを知った。杏は持ち前の英語力を発揮して、部屋割りも順調に決まっていたようだから……それこそ杏にとっては、ここハワイは得意とする場所なのかもしれない。

 ボリューミーな胸を持った女の人や、水着姿の杏や真を見てひとしきり鼻の下を伸ばしたりとひとしきり自由時間を堪能した後、ホテルへと戻った。

 カイちゃんのランキングで、ハワイにもあったファストフード店の社長が、怪盗チャンネルで槍玉に上がっていることを、三島から聞いた。気にはなる。気にはなるが、それはそれとして、ハワイに来てまで怪盗チャンネルに入り浸っている三島がそれなりに心配になった。いやまあ、双葉からLINEが来てはいないか、逐一スマホをチェックしている俺も、人のことは言えないのかもしれなかった。

 そして、忘れられない2日目が、始まった。

 

 

 

「やべー、さっそく日本に帰りたくなって来た!」

 

 竜司がそんな明るい声で言う。日本での怪盗人気は日に日に高まるばかりで、早速竜司は、自身の自己顕示欲の器を抑えられないようだ。

 

「落ち着きなさすぎ」

「今くらい忘れましょうよ」

 

 冷静な突っ込みを入れる真と杏。真に至っては、いつもより元気がないように見える。タクシードライバーの愚痴の聞き役は、かなりキツかったらしい。

 

「みんな冷めちゃってよお……なあ、お前もそう思うだろ、祐介?」

 

「どうだろう」

 

 話しかけられている竜司を見ないで、適当に返事をしている祐介。そんな時は大体、興味のある構図に目を奪われていることが多い。

 

「……ホントかよ……一二三は?」

「……え、あ、その……どうでしょう」

 

 せっかく話しかけられたのだから、何か気の利く返事を用意しようと考えたけれど、話の内容を聞いていないので何を考えれば分からない、と思っていそうな表情を浮かべた一二三が、祐介の隣で戸惑っている。

 ……え。祐介? そして一二三?

 どうしてここに? と俺が聞く前に、

 

「ってなんでいんの!?」

 

 と竜司が言ってくれた。竜司が近くにいると話の流れが速くなる法則が、自分の中で提唱されつつある。

 

「ロスじゃなかったの?」

「いや、嵐が本土に上陸しているとかで、急にロサンゼルス行きは中止になってしまってな」

「その結果、途中にあるハワイへ行くことになったんです」

 

 なるほど。

 

「まじかよ……。で、どっちが雨男なんだ? それとも、雨女?」

「まあ、順当に考えれば、一二三でしょうね」

「……え。どうしてです?」

「一二三って、先々月にあった花火大会、来てた?」

「……いいえ? 行っていません、けど」

「祐介は来てたわ。でも、雨は降ってないから……少なくとも、祐介は雨男じゃないのかも」

 

 ……なるほど。

 

「マジか。 一二三、雨、ハワイに連れてくんなよ?」

「……はい。善処します……」

 

 沈痛な面持ちで、苦々しげに歯を食いしばっている一二三。竜司の冗談を本気で受け取ってしまっているのだろうか。それとも決して雨は寄せ付けまいと、空に向かって念を送っているのだろうか。

 

「いやいや、冗談だから! ……あー、えっと、せっかく奇跡的に集まったんだから、一緒に写真でも取らない?」

 

 収集がつかなくなりそうなところに、絶妙なタイミングで助け舟を出してくれる杏。皆んなの同意が得られた後、近くにいた川上先生、もといべっきぃを呼んで、一列に並んでパシャリ。

 写真を確認。うん、いい感じに写っている。俺、杏、竜司、祐介、双葉、真、そして一二三。ワイハーの空気を吸って気分が軽くなっているのか、皆思い思いの表情で写真に写っていた。俺は川上先生にお礼を言って、彼らの元に駆け寄る。

 ……。

 …………。

 ………………?

 あれ?

 今、見てはいけないようなものを見てしまったような気がする。俺はスマホを開いて、もう一度写真の確認をしてみる。……おかしな物は、やっぱり写っていない。いるのは俺と、杏と、竜司と、真と、祐介と、一二三と……。

 最後のもう一人を認めた時、俺はスマホを落としてしまった。

 いるはずじゃない人。未だマスターの家で、爆睡を決め込んでいるはずの人。俺はフォックスに抓まれた気持ちになりながら、スローモーションで自由落下していくスマホを見た。

 しかし、万有引力の法則に従っているそれが地面に落ちるよりも前に、俺よりもずいぶんと背丈の低い彼女がスマホに触れた。一度二度、その手の中でお手玉をしながらも、ギリギリのところで胸の中で捕まえる。

 それを抱きかかえながら、上目遣いで見ていた彼女は、お手玉をした時にずれた眼鏡をクイっと上げて、ついでに自分の口の端も上げて、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「俺、参上!」

 

 言うまでもなく、双葉だった。

 

 

 閑話休題。

 まったく俺達の理解を超えていたけれど、ありのままさっき起こったことを話すと、ハワイに双葉がいた。それこそ本当に事態の収拾がつかない様子だったので、とりあえず場所を移して、双葉に事の顛末を聞くことになった。

 

「なんでって……別に? 来たかったから、来た。会えるかは正直、微妙だったけど……ま、竜司の馬鹿でかい声はハワイ全土に響くからな、余裕で見つかった。……ちなみにな、皆のホテルも調査済み&ブッキング済み!」

「フットワーク軽すぎんだろ……。てか、なん……下世話な話、カネはどうしたんよ。マスターが出してくれたのか?」

「ううん。自分で稼いだ」

「かせっ……はぁ!?」

 

 驚きの声を上げている竜司を余所に、俺の方を向く双葉。

 

「最近、私、一丁前にバイトやってたでしょ? あれ、全部この日の為。たかが移動するために五万円とか、足元見すぎっていうか、やっぱお金の掛からない自分の部屋ってサイコー! って感じだったけど……まあ、頑張った」

「双葉……バイト、できたんだ?」

「うん。元祖メジエド、なめるなよ?」

「でも……双葉、未成年でしょ? だから、惣治郎さんから、了解を得ないといけないはずよ」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 そう言って、胸を張る双葉。

 

『判子も勢いで押しちまったし……保険も、自分で払うとか言い出すもんな』

 

 一週間前、皆で海に行く前に、マスターが言っていたことを思い出す。思い出して、理解する。

 そうしてひとしきり双葉に対する質問があって、皆が「どうやら双葉は、本当に自力でここに来たらしい」ということを理解し始めてくる。

 ドヤ顔であらゆる問いに即答する双葉。顔を見合わせる、俺と一二三以外の怪盗メンバー。

 して、彼らが次に沸き起こって来る感情は。

 

「「「「……」」」」

 

 有無を言わさぬ、ドン引きだった。

 

『マジかよ』

 

 そんな言葉が喉から出かかっていることは、皆の表情を見て手に取るように分かる。しかし、僭越ながら言わせてもらうと、双葉と上手く付き合っていく上で、こういった言動には慣れていかなくちゃならない。

 一二三との将棋の再戦然り。

 異世界を一目見たいと思った情動然り。

 そんな双葉の半端ない意志の強さを、俺と一二三は知っている。常人ではすぐに諦めてしまうようなことを、まず成し遂げる前提で物事を考える突飛さと、そしてなにより成し遂げてしまう賢さを、双葉は兼ね備えているのだ。誰しも必ず困った一面があるというのはよく言ったものだが、双葉の場合はその頑固さが、そういった一面になるのだろう。それを本当の意味で理解して、そして受け入れることで、双葉とのコミュが始まっていく。

 ……いや、でも、流石にこの一件はビックリした。流石に引きはしないけれど、改めて双葉のヤバさを味わった気持ちだ。

 

「……いや、まあ、でもすげーな。好きな人を追いかけてハワイまで来るとか、どんだけコイツのこと好きなんだよ」

 

 と言って、竜司が肩を組んでくる。

 

「そ、そそ、そんなの言ってないし! 来たかっただけだし!」

「……これが、ツンデレか」

「にしては、順序が逆のような気もするけどね」

「……? ねえ、一二三。つんでれ、って……何かしら?」

「な、なんでしょう……?」

 

 竜司が双葉に突っ込んだのを皮切りに、各々双葉の、ツンデレの可能性について語り出す皆。いつもより少しだけ皆の声が明るめなのは、双葉の性格になんとか折り合いをつけようと努力してくれているのかもしれない。杓子定規で双葉を見るような人はここにはいないということは信じているのだけれど、やっぱりなんというか、安心する。

 というかこの下り、前にもやったっけ? ……まあ、人との付き合いはその繰り返しなんだと考えたら、悪くはない話だろうか。

 

「……あ。そういえば、日焼け止め持ってくるの忘れた。ちょっと行って、買ってくる!」

「……あ。私もだ……」

「双葉も? じゃ、一緒に買う?」

「う、うぃ!」

「じゃ、私も付いていくわ。一二三も、どう」

「あ、はい。行きます」

 

 捌けていく女性陣。最近、彼女達の親密さが日ごとに増していっている気がする。微笑ましい。微笑ましいけれど、

 

「……行っちまったな」

「ああ。……暇であれば、クロッキーのコツでも伝授するが」

「やんねえし……」

「……」

 

 一方で男性陣は、肩身の狭い思いをなんとなく共有している、ような気がする。

 おかしいな。確かつい最近までは、男性の比率が多かったはずなのだけれど。

 という訳で、しばらくの間暇になった俺達三人組は、さっそく充てがわれた自由時間を利用して、ハワイで怪盗団の知名度を調査することになった。それこそ双葉曰く、エゴサーチというやつだ。ここの住民や観光客に「怪盗というものを知っているか」と聞きまくり、生きて行く上で欠かせない自己顕示欲を満たすことに躍起になっていた竜司は、

 

「あれ? ちょっとかわいくね? あの子にも話、聞いてみようぜ」

 

 突然、木陰で休んでいる女性を指さして言った。

 

「あ……自由時間、もうそろそろ終わりだよ?」

 

 俺達は彼女に近づくと、特に警戒する様子もなく、その女の人は俺達に話しかけてきてくれる。秀尽の生徒だろうか?

 

「そうだよ」女の人は頷く。「そっちの金髪の彼、行きの飛行機の中で騒いでたよね?」

「あ、花壇のとこで見た子?」

「ごめんね、驚かせちゃって。私、引率の3年。気晴らしして引き受けちゃったんだけどね。自由時間、持て余しちゃって……」

 

 なるほど、という事は、真の同級生か。

 

「おまたせー」

 

 遠くの方から、杏の活発な声が聞こえてくる。用事は済んだようだ。

 

「そろそろ行こうかな。じゃあ」

 

 ふわふわした髪型が特徴的な先輩は立ち上がって、俺達の前から姿を消した。

 

「ごめんね。待った?」

「いま話してたのって……誰か知り合いだったの?」

「いいや、たまたまだ。シュウジンの3年ということは、真の同級生か」

「うん、ほとんど話したことないけどね」

 

 木陰にいた彼女について話している皆の輪から少し外れたところに、双葉が呆然として突っ立っている。

 暑さにやられたのかもしれない。心配になった俺は双葉に駆け寄って、

 

「大丈夫か、双葉」

 

 と声を掛ける。しかし、

 

「……」

 

 俺の言葉に応じる様子はない。目は虚ろとして、地面のある一点を見ている。

 

「カレ……ナンパ……、…レシは浮気し……」

「双葉?」

「……っ!?」

 

 双葉が少しの間、身構える。でも、

 

「な……なんでもない! ……ごめん。ちょと、ボーっとして、た」

 

 直ぐにいつもの双葉に戻った。

 

「本当に、大丈夫か?」

「う……うん。大丈夫」

「ん? なんだよ双葉、今更ここに来たこと、後悔してんのか?」

「し、しし、してないし!」

 

 大げさに頬を赤らめて、竜司の軽口に反論する双葉。別に、変な様子はない。

 俺はちょっとだけその違和感の正体を掴もうとしたけれど、あまり深くは考えないでおいた。

 


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