『今日はアキバでメモリの特売がある。だがしかし、急なバイトが入った。すまないが、買ってきて』
『また、バイト?』
『うん。ちょっとな。頼む、カレシ』
『分かった』
『感謝感激雨あられ:-)))) ハードディスクじゃないぞ、メモリな! 16GB!』
SNSのログと睨めっこするのをやめて、マルチタスクから消した。一緒に『美少女将棋』も消しておいた。対局中に、どうしてもデフォルメ化された一二三が気になってしまって、集中することができないと巷で噂の将棋アプリだ。
秋葉原駅で降りて、電気街口から出る。まだピークじゃない時間帯だけれど、それでも沢山の人がここメイン通りに詰め掛けていた。双葉と来るときは、間違ってもはぐれたりはしないよう細心の注意を払って歩いているからか、単騎でアキバに突入している今は、少しだけ心に余裕を感じた。
双葉に指定されたお店に入る。正直、メモリとハードディスクが、パソコンの中でどんな役回りをしているのかすら分からない機械オンチだから、何がどこにあるのかすら分からない。でも、人が殺到しているところを目指して突っ込めば、なんとかなるだろう。
……しかし、特売をしていそうな場所はない。店員さんに訊いてみるも、特売は午後の一時から始まると言われてしまった。今はまだ午前の十一時。早く来すぎてしまっていたらしい。
とはいえ、電気機器が揃っている店だけで暇を潰せるほど、もちろんギークな趣味を持っていない。少し早いかもしれないが、昼ご飯を食べることにしようか……。
お店を出て、適当に目に入ったところに飛び込む。券売機で『一番オススメ!』と銘打たれてあるボタンを押して、中へと入った。店内は思ったより混んでいて、カウンターの席に回される。
「んー、んまっ! トーキョーに来ても、やっぱこれは、外さないなー」
隙が無い、魅惑的なソースの香りが、どこからともなくやってくる。嗅いでいるだけで、お腹が減ってくるような気がする。
「んんー、定食かこれかで迷ったけど……染みわたる……」
……。
友達で来ている人たちが多いのと、厨房が忙しそうなのと、店員さんの声がとても威勢がいいから、あまり浮いてはいない。浮いてはいないけど、隣の席で実に美味しそうに齧り付きながら、一人食レポをしている人がいたら、どうしても気になってしまった。気になってしまうので、俺は眼鏡を器用に曇らせながら、横を見た。
女の人。栗色の髪の毛を、首元に少し掛かる程度に伸ばしている。表情は流石に見ることはできないが、声色から判断すると、ボーイッシュな印象があった。年齢は多分、俺より五つくらい年上だろうか……?
「……?」
あ、まずい、目が合った……気がする。いや、多分気付かれていないはずだ――、
「んん? あれ、あれあれ??」
――と思っていたんだけど。めっちゃ見てくる……それも、俺にお構いなしで。
妙な人に絡まれてしまったかもしれない。とりあえず、すみません、と謝って、その場をやりすごさないと。
「すみま――、」
「君……もしかして……」
その人は、とっくに箸を置いていた。なんだろう。一通り記憶の中を探ってみるが、やっぱりこの人とは初対面のように思えた。
「ペルソナ……使えちゃったり、する?」
え。
僕は固まった。
店員の威勢の良い声が、僕の鼓膜の中で反響していた。
「いやあ、やっぱ分かっちゃうもんなんだなー……って。なんかこう、ビビッときちゃった
的な? 懐かしいなー」
女の人は、第一印象と全く変わらない、快活な笑顔を放ちながら言った。
「それで、君は……うん……あ、そうなんだ。じゃあ、アイツと一緒で……君がリーダーって感じかな?」
リーダー……と言えば今、真が参謀役な訳で。しかし、強いて言うなら黒猫か。『猫じゃねぇ!』というモルガナの突っ込みが、聞こえてくる気がする。
「へー、そっちは猫なんだ」
意外にも、彼女は驚いた様子を見せない。
「ま、まあねー。……こっちは、なんてったって熊だから」
……くま?
「そ! それも、人に化けるクマ。その猫ちゃんも、人間になれる?」
……まあ、今は人になれるよう頑張っているといった感じか。
「ふうん。まー、色々あんだね」
と言ったのを皮切りに、女の人は大きな器を持って、ご飯を掻きこみ始めた。俺が今食べている量の軽く二倍はあるはずなのに、見る見るうちに具材が吸い込まれていく。信じられない光景だった。
「……よし、食った食った。もう入らん」
お腹に手を当てて、満足そうな笑みを浮かべている。とっても幸せそうだ。
「君に、聞きたいことは沢山あるけど……きっと、キリないかんね。我慢、我慢」
僕も聞きたいことは色々あった。多分、もう二度と会うことのない、僕達の数少ない先輩なんだろうから。
けど、これでいいのかもしれないと思っている自分もいた。先輩と出会えたこと自体が奇跡なんだから。元気で、大人になっている人がいる。それを知れた時点で、相当ラッキーに違いないんだ。
それに、ちょっと、セコい気もするし。
「でも」栗色の髪の先輩は、俺を見た。「一つだけ、質問に答えたげる。なんでも。とっておきの武術でもいいし、オススメのカンフー映画でもよし!」
アチョー、と声を出している俳優さんがよくしている構えをして、僕に言った。少しだけ考えて、よし、と一つ頷いた。もちろん、カンフー映画を聞くつもりはない。
「守りたい人を、出来る範囲で守りきること」
僕の質問に間髪入れずに、言い切った。
「あたしには二人いるよ。君にもいるのかな? ……いたらいいな。とにかく、守りたいなって思える親友を、んで……うん、ちゃんと守ること。それがあたしの中の、大切で正しいこと」
優しい声だった。何かを、誰かを、思い出しているようだ。
「でもね、頑張りすぎちゃったらダメ。焦ってもダメ。……きっと、あたしみたくゴーマンになる。自分に酔っちゃう。だから……自分のできる範囲で、精一杯頑張る! そんな感じ、かな」
照れくさそうに笑った後、彼女は席を立った。もう食べ終わっていたようだ。俺はまだ、頼んだ肉丼の半分以上も丼の中に入っている。楽しみながら全部、食べきれるだろうか……。
米粒一つも残さずきっちり食べ終えた後、俺はその店を出た。もちろん彼女はもう居なかった。
あれ以降一人で、俺はその店に一度も立ち寄っていない。
「……アキバ行ったのに、メモリ買ってくるの忘れた?」
四茶に帰った後、双葉にへそを曲げられたことは、言うまでもない。
あ、全然関係ないんですけど、千枝さんってめっちゃかっこかわいいですよね。全然関係ないんですけど。