もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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--/--『猫』

「だーっ、あっちー……」

 

 駅構内から出たら、意味分かんねえほどに暑かった。電車の中がキンキンに冷えてた分、余計に暑く感じる。

 

「もー、こっちまで暑くなるじゃん」

「そんなこと言ってもよー、暑いもんは暑いだろ」

「あーダメダメ、こっから暑いって単語言うのナシだかんね」

 

 隣で両腕をだらしなくぶら下げながら歩いてる(すげえ格好だ)杏も、やっぱこの暑さには参っているみてえだ。熱中症予防かどうかは知らないけど、高巻らしい派手なキャップを被っている。ずりぃ。

 

「いや、でもルブラン着くまで我慢我慢我慢! 着いたら、うんめぇコーラが待ってると思ったら耐えられる気がするぜ」

「コーラばっかり……ほんっと、舌が子供なんだから」

「は? そっちだってクリームマシマシのクレープいっつも食べてるだろうが」

「ちょ……あ、あれはいいの! そういうデリケートな話持ってくんのマジありえないんですけど」

 

 ギャルっぽい口調だな。ま、容姿には合ってる……けど!

 

「高巻が、コーラが何だとか言い出したからだろ!」

「でもクレープは関係ないじゃん!」

「――!」

「―――!」

 

 結局暑さでイライラしながら、言い合いもヒートアップしながら歩いてると、奇麗な模様があるドアの前に到着する。流石にいい加減暑さから逃げたかったから、俺は勢いよく扉を開けた。

 

「うーっすす、涼すぃい……」

 

 開けたらそこは、天国だった。クーラーがガンッガンにキマった室内に、今までオーバーヒートしてた頭が一瞬で冷やされる。

 

「こんちはー……って、あれ?」

 

 後から入って来た高巻が、不思議そうな声を上げる。

 

「なんだよ」

「皆……いなくない?」

「え……あ、確かに」

 

 いつもはカウンターの向こう側で、暇そうにニュースを見てるマスターの気配も、二階からアイツが降りてくる様子もない。けど、扉は開いていた。

 

「おいおい、不用心だな……ぁぁああああ!?」

 

 なんとなく奥に向かって歩いてたら、パンッパンに大きく腫れた頭のヒトが目に入る。さっきまで全然感じてなかった気配に、俺は大声を上げた。

 

「なっ……なんなのよ、もう」

 

 一回は俺の声で驚いてた高巻だけど、すぐにめんどくさいような落ち着いた声で俺に突っ込む。そこらへん肝、座ってるよな……どこぞの生徒会長とは違ってな。

 

「ひぃい!?」

 

 逆に驚いてたのは、目の前にいる腫れた頭のヒトだった。ビクッと上に伸びて、あわあわと手を無茶苦茶に動かしている。なんだこいつ。

 

「あん……?」

 

 冷静になって見てみると、その頭が謎に光ってるのが分かる。

 

「なんだよ、かぶりものかよ……」

 

 俺はガクッと肩を落とした。クーラーと合わせて、更に体温が冷えた気がする。

 

「へ……へい、らっしゃい!」

 

 かぶりものをしている謎の少女(少年?)も我に返ったのか、テーブル席から立ってお決まりの台詞を叫んだ。威勢はいいけど、緊張か何かで足がガクガク震えてるのが、ちょっと気になんな……。

従業員か? ……マスターが? こんなよく分からん人を雇ったのか?

 

「あ!……双葉、ちゃんだよね」

「え?」

 

 こいつは誰だと首をひねってると、結構すぐに高巻がその正体を言い当てた。確かに言われてみれば、かぶりものの中からオレンジ色よりの茶髪ロングがチラッと見える。

 

「違う。私はマスターが買い出しでルブランを空けたから、緊急従業員としてはせ参じたものである」

 

 握りこぶしを、自分の胸にトンと当てて応える緊急従業員……もとい、双葉。設定といい容姿といい、接しずれぇ。

 

「そーなんだ……じゃ、」

「言わなくても分かる。……そうじろーと一緒に、買い出しに出かけてる」

「そうなのか?」

 

 双葉一人……いや、アイツの彼女をルブランに一人置いて、スーパーに買い出しに出かけてんのか? したら少し、らしくない気がするな。

 

「……そうじろーが心配だから、重い荷物持つって」

「なる……」

「あー……」

「うん……」

 

 高巻、俺、双葉の順で、アイツが行ってしまった理由に相槌を打った。確かにそれは、あいつらしかった。

てかこれ今の状況、双葉と仲良くなるチャンスじゃねぇか?

俺達と双葉はそこまで接点はない。アイツからの話を聞く限り、合う趣味というのも中々ない気がする。高巻と双葉が好きそうなファッションも、全然違うっぽいし……。

 けど、ジョーカーの話となりゃ話は別だ。アイツが唯一、今んところどっちもよく知ってる人で、会話が弾みそうな話題な気がする。

 んじゃ、そうと決まれば。

 

「なあ、アイツんこと、お前はどう思ってるんだ?」

「……うぇ?」

 

 こういうときは、単刀直入に聞いてみるのが一番だ。てか、他に考えるのがめんどい。

 ……けど、一向に双葉からの返事は帰ってこなかった。むしろ顔が赤くなって(かぶりものなのに)、今にも爆発しそうなふいんきだ。……なんだ? 何が起こって――、

 

「いてぇ!」

 

 後ろから頭を一発揺らされた。涙目で後ろを振り向くと、鬼の形相で手刀を構えた高巻が仁王立ちしている。

 

「またそうやってデリケートなところにズカズカ入ってく。ほら、双葉ちゃん、赤くなってるじゃん」

「お前も見えんのかよ……」

 

 かぶりものをしてるのに。顔隠して被ってる意味、ないんじゃね?

 

「ぐぬぬ……リュージ、危険人物。ブラックリスト行きな」

 

 籠った声で、双葉は物騒なことを言いながら威嚇している。クソ、のっけから躓いちまった……。

 

「なぁ……どうすんだよ。俺はもうお手上げだ」

 

手刀を降ろした高巻に、俺はそう呟く。てか、もういい加減喉が限界。コーラのみてぇ。

 

「なぁ、ふた――」

「緊急従業員だ」

 

 その設定まだ続いてんのかよ。

 

「……キンキュウジュウギョウインサン。コーラ飲みたい……でーす」

「待ってろ、今出す」

 

 一応従業員としての役目を果たそうとはしてるのか、そもそも俺達と喋りたくなかっただけなのかは分からんけど、双葉はかぶりものをしたまま、器用にカウンターの向こうに行ってコップ、氷、冷蔵庫からコーラを取り出していた。

 

「へい、お待ち」

 

 中華料理屋の店員みたいな声を出して、カウンターの机にコトリとコーラが並々注がれたコップを置いた。俺は滑るように近くの椅子に座って、カップを一気に傾ける。

 

「……――~~んー!! あー、生き返るわ……」

 

 味から推測して、これはコカ・コーラか。やっぱうめぇ。

 

「おおっ!? リュージ……できるな」

「だろ? やっぱコーラと言えば、これだって」

「わかる」

 

 意外と双葉が乗ってくる。どうやらそっちもコカ・コーラ派か。

 

「え、えと……タカマキ=サン。……も、何か、飲む?」

「あ、じゃあ……コーヒー、アイスで」

「私……コーヒー、淹れられない……」

「そうなんだ……ええと、じゃあ何があるのかな――」

 

 と、杏と双葉が話をしていると、

 

「くぅ~~……う。あれ、リュージと杏殿、来てたのか」

 

 二階の方から、物音一つ立てずにモルガナが降りてきた。すっかり猫としての動作が板についてんのな。

 

「おっ、にゃんこ、起きたのか!」

 

 モルガナに気付いた双葉は、杏の注文を放置して階段の方に駆け寄っていく。

 

「わっ、何だお前……って、双葉か。……ちょちょ、やめろぉー!」

 

 猫なりの抵抗むなしく、双葉の手によって顔が伸ばされたりしわくちゃにされているモルガナ。あ、モルガナの声、双葉は聞こえてなかったんだっけか?

 

「ぐふふ、モルガナの顔は面白いな。止めろって言っても、止めてやらないからな?」

「……聞こえてないんだよな?」

 

 双葉はパレス、行ってねえし……あれ、でも電話はしてたんだっけ? あれはどっちに入るんだ? セーフ? アウト?

 

「ただいま」

 

 考えてると、ルブランの入り口についている鈴が鳴る。したら、いくつものビニール袋を両手に抱えたお人よしが、同じく帰って来たマスターの前で立っていた。

 

「おかえり!」

 

 これもまた驚異的な反射神経で(陸上のスタートダッシュくらい)、双葉はそっちの方に走って行く。目まぐるしい。

 

「大丈夫か? ケガしなかったか? ……よし、私に任しておけ。今すぐコーラを用意してやる……ペプシでな!」

 

 また颯爽と双葉はキッチンの方へ消えていく。俺達の時と対応、全然違くね?

 

「猫みてぇだな」

 

「「「猫のお前(モルガナ)が言うな」」」

 

 俺と、杏と、双葉の突っ込みが被る。今思ったけど、多分、双葉とは仲良くなれる気がするわ。

 あと。

 双葉、モルガナの声、聞こえてたのかよ。

 


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