もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

41 / 72
間の章です。貴方達はこれらをご覧になってもいいし、ご覧にならなくてもいい。(ごーこんきっさ風)
『All out』の前書きを確認して、こちらにいらっしゃった方も同様です。



間章『夏休み』
7/26『新入り』


「あづかった……ヒートナントカ現象だっけ? マジ半端ねえな」

 

 マスターから出されたコーラを一気して、竜司はカウンターに項垂れる。「あざっす! 美味かったっす!」と乱暴ながら、真っ先にお礼を言っているところが、竜司の憎めない部分ではあった。

 

()()()()()よ、竜司。けど、ルブランはやっぱ涼しいね。汗かいてきた分、余計冷えてる気がする」

 

 シャツのネックをパタパタさせている杏。今そんなことをされると、俺が見ている角度なら、その、ギリギリ見え……。

 

「……」

 

 背後に座っていた双葉に容赦なく関節を決められた。痛い。

 

「……やっぱりちょっと、距離を感じちゃうね。双葉ちゃんは……ええと、話すのが苦手な子なのかな?」

 

 突然真に自分の名前を呼ばれて息をのんでいる双葉の替わりに、俺が首肯する。

 

「ふむ……それなら彼女と上手くやっているお前には、ますます唸らざるを得ないな。……流石は、俺の見込んだ男だ」

 

 ……この手の質問には、どう反応すればいいのか分からない。

 

「あはは、珍しく赤くなってんじゃん。ジョーカー唯一の弱点って感じだねー、覚えとかなきゃ」

「……そう言って攻められた時の対処法は、おいおい考えておくよ、杏」

 

 やはり、アドリブには弱かった。

 

「まーまー、いいじゃねえか、んなことは」

 

「今日集まってきたのは、コイツをいじるためじゃないだろう?」と話題をずらしてくれるモルガナ。

 

「せっかくオタカラが手に入って……そんで新しく入って来たメンバーとの親睦を深める為に、打ち上げをするって話、LINEでしただろう?」

 

 モルガナの『新しく入って来たメンバー』の部分で、心なしか皆の表情が変わった気がして、

 

「……そ、そーだよ、打ち上げ打ち上げ! あーどこ行くかなぁ。……やっぱ肉? それとも寿司?」

 

 竜司の、珍しい場のフォローが、今置かれている状況の複雑さを物語っていた。

 俺も含めて、ゆっくりと皆の目がある人の方に向いた。

 今日、地蔵のように全く喋っていない人に――それも、俺の背中で息を潜めている彼女ではない。

 

「…………え? そ、その……何でしょう」

 

 ギギギ、と音が聞こえてきそうなぎこちなさで、東郷一二三は愛想笑いを浮かべる。

 

「……さっきまでの話は、聞いていたか?」

「え……あっ! すみません、もう一度……本当にごめんなさい」

「や、そんな謝らなくても大丈夫……てか、そんなにかしこまらなくてもいいっていうか……」

 

 こちらが悲しくなってくるくらいの沈痛な表情を浮かべている一二三。

 ……やばい、彼女の話下手が皆に伝播してしまっていた。

 しかし、一二三はそこまで話すことが苦手という訳でもなかったと思うけど……俺と初めて会った時も毅然としていたし。

 

「あまり、大勢の前で話すことは……少し。逆に、将棋と同様、一対一で話す時は大丈夫なのですが」

 

 なるほど……?

 確かに授業で、皆の前で発表する時とかは少しだけ緊張してしまうときもあるが……そういう事なのか。

 

「……へえ、東郷さん、貴方と喋る時も丁寧語なのね」

 

 さすが真、よく見ているな。

 

「だな。ワガハイが居るときも、ずっとそうだった気がするぜ」

「あ、じゃあ別に私達だから、一歩引いて喋っている訳じゃないんだね。……ちょっと、安心したかも」

 

 一二三が一呼吸置いて、

 

「あ……はい。……お母さんにそう、教わりましたから」

「メールもそんな感じだしな」

「ええぇ!? おまっ……双葉、あの東郷一二三とメル友なのか!?」

「……それほどでも、なし」

 

 『あの』も何も、直ぐ近くに彼女がいる訳だが。そういえば竜司、前に一二三のことを可愛いとかなんとか言っていたっけ……。

 ともかく。

 やはり多少のぎこちなさは残るけれど、なんとかといった感じで会話に付いて行っている一二三と双葉。こうして会話していく内に、なんとか打ち解けてもらいたいものだ。

 そうして皆との距離を縮めるための第一歩として、打ち上げをしなければならない訳だが。

 

「……そうだな。俺は全力で美術館を推させてもらうが」

「美術館でどう会話を弾ませればいいんだよ……やっぱ飯だろ、飯飯。……お前、何かねーの?」

 

 海……とか――、

 

「却下。クーラー生活の私にそんな苦行はマジ卍。秒で溶ける自信しかない」

 

 ――で、バーベキューをするのはどうだろう。

 

「おーっ、いいねー! なんだか、夏っぽいしな」

「……肉、食べ放題?」

 

 俺は背中にいる小さな健啖家に向かって、大げさに頷く。

 

「……カレシと二人なら」

 

 俺以外には聞こえないように、ボソリと呟いた。そんなことを言われると嬉しくない訳はないが、皆との仲を深めようという目的は全く果たせていない。

 と言っても、いきなり知らない大勢の人と海に行くという話も、少し難しすぎる話なような気がする。まずはその前段階として、一人ずつ喋れるような機会を取れば良いんじゃないだろうか。

 と、双葉の応答を待っている皆を無視する形でつらつらと考えていると、俺はある事に気付いた。

 

「双葉は……皆とは、仲良くならなくてもいいのか?」

 

 それは、双葉が怪盗団のメンバーと良い関係を築こうとはさして思っていないという可能性だった。

 一二三は麻倉パレス攻略を通して、怪盗団の一員となった訳だし……当然、彼女自身もそう望んでいる。

 けど、双葉はそうではない。ペルソナを持っていない彼女のような人が、怪盗団に関わることはこれまでなかったから……完全に失念していた。

 また、誰とでも仲良くなりたいという感情が、誰でも持っている訳ではないということも。

もちろん竜司や祐介なんかは癖が強いことは確かだけれど、皆俺には勿体ないくらい、いい奴であることは間違いない。けど、それはただの主観的な意見でしかなかった。

 だから、その為の確認。

 もっと、自分の世界を広げようという意思があるのか……はたまたもう、これで満足しているのか。

 俺が望んでいることを押し付けるのではなく、あくまでも双葉の意見を尊重したかった。

 

「……分からない。だって、リア友が右手で数えられないくらいに増えるとか……知らない、し」

 

 ……。

 

「……けど、カレシが楽しいって言うんなら……きっと、私も楽しい気がする。だ、だから……頑張る」

 

 一瞬瞳に不安そうな色を見せた後、しっかりと俺を見た。

 思わず目頭が熱くなるのを堪えながら、皆に双葉も行けることを伝える。一二三も、微笑をもって返してくれた。

 

「決まりだな。ではまた、LINEかなんかで連絡を取り合って、一二三と誰が会うのか、もしくは双葉と誰が会うのかを決めるとしよう。最終目標は……海で、バーベキューか」

「あれ、どうしたのモルガナ。やる気ないね」

「い、いや、全然そんなことはない……けど、ワガハイって真っ黒だろ? 光が吸収されて、焼けそうだぜ」

「そん時は冷たい水でもくれてやるよ。……けど、海はお預けかー。しゃーないけど、厳ぃな」

「夏休みは長いからね。ゆっくりいきましょう。あ……ねえねえ、東郷さん、いつでもいいんだけど、もし良ければ私に将棋、教えてくれないかしら」

「あ……はい、私で、良ければ」

「俺にも手合わせ願おうか」

「え……あ、俺も俺も! 美少女将棋の中の人と将棋を指せるとか、マジで――」

 

 先ほどまでの緊張感は、夏休みの話題でどうやら和らいだのか、各々自由に喋り出した。その輪の中に一二三が入っていることが、何より嬉しいことだった。

 

「……夏休み。今ずっと長期休暇してるから、全然実感がない」

 

 双葉は、皆が和気藹々と話している様子をボーっと見ていた。

 

「けど、カレシが学校に行かなくていいという事実はやばい。私、独り占めだ」

 

 ……別に独占されるつもりはないけれど。

 

「むー、言葉の綾だ。……けど、一ヶ月もあるなら……何でもできる気がする。色んな所、行こうな?」

「双葉が望むところなら……どこでも」

 

 こうして、長くて短い夏休みが始まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。