もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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副題は『もしも、東郷一二三がペルソナに覚醒したら』です。


7/24『All-out』

相手の腸だと思われる部位に短刀を切りつけ、すぐさま後方へ下がる。

 見かけによらず、しぶとく俺達の体力を減らし続けるシャドウ麻倉の術中に嵌ってしまっているのか、ペルソナを発動する速さが全員鈍くなっているように感じる。限界が近いようだ。

 モナに前線の状況を伝える。

 

「マジかよ……メディア発動できるまでもう少しは掛かりそうだ。パンサーはどうにかできないのか?」

 

「ダメ、ちょっとキツい……! 飛ばし過ぎた、かもね……。ジョーカーは、どう?」

 

 ……。イシスに替えればなんとか体力を繋ぐことはできるけれど、そうすれば防御が心もとない。……けど……背に腹は……。

 

「東郷、システム!」

 

 突然、大きな風が吹く。

俺は思わず目を閉じて、その場で姿勢を崩した。相手もその影響にさらされているのか、踏み込んで攻撃してくるような気配はない。

しばらくその場で耐えて風が収まるのを待ちながら、うっすらと目を開けていく。

 

「おい、大丈夫か? ……随分と苦戦しているようだが」「いきましょう、ジョーカー」

 

 すると、後衛に回っていたクイーンとフォックスが目の前に立っていた。

フォックスとクイーンの手を取って立ち上がりながら、どうしてここにいるのかを問う。

 

「……それが分からないのよ」

 

 え?

 

「唐突に一陣の風が舞ったかと思えば、知らない間にここに来てしまっていた次第だ」

 

一体どういうことだ……? そういえば、スカルとパンサーはどこへ?

 

「ぐえぇ……」「い……ったぁ……」

 

 ……後ろの方――ちょうどフォックスとクイーンがいた場所で二人仲良くノびていた。

 この状況を鑑みると、どうやらさっきの暴風が、四人の位置を替えたらしい。

 

「大丈夫ですか? その……ジョ、ジョーカーさん」

 

 声をした方へ振り向くと、大理石に座っているくノ一の姿をした少女が、目は盤面の方に向けながらこちらを心配している。

 そっちこそ、上手くいっているのか? と、声を掛ける。

 

「ええ……心配には及びません。やはり偽物は偽物……大したことは。二面同時に、指して差し上げましょう」

 

 東郷システムは私の得意戦法ですから、とキリリとした笑みを浮かべて応じる一二三。

 いや、今は一二三じゃないのか……?

 とにかく。

 どうやら、彼女のペルソナの能力によって前衛と後衛を交代させたようだ。俺達のペルソナに、そのような能力を宿したことはないから……もしかしたら、彼女のペルソナはかなり特別なものなのかもしれない。

派手に尻もちをついたことで付いたマントの汚れを払って、禍々しい姿をしたシャドウ麻倉を見据える。

 

 事の始まりは、十数分前に遡る。

 俺と双葉が、シャドウ一二三と対局をしながらも、麻倉の認知通りに強いシャドウ一二三に思わぬ苦戦を強いられていると、突然本物の一二三が目の前に現れた。

 ドッキリ番組のようなご本人登場に驚いている一方で、一二三はさして驚いていないところに更に驚きながら、申し訳なさそうに喋る双葉の話を聞いていた。

どうやら、双葉が一二三に助けを呼ぼうとしたところ、場所を『双葉の自室』ではなく、間違って『テレビ局』と伝えてしまったらしい。そうして一二三は律儀にもテレビ局に来てくれ、偶発的に異世界ナビが起動して……今の状況になったようだ。

 とにかくその直後、シャドウ一二三は自分自身を……もとい現れた一二三をなじった。

 いや、シャドウ一二三が言ったことは彼女の行動を責めてはいなかったのだろう。むしろ、同意すらしていたかもしれない。

 しかし、気持ちの整理がついていなかった一二三はその事実を告げられ、深く……傷ついた。

何も言い返すことができないまま、絶望している彼女を見ていると居ても立っても居られなかった。

 だから、俺は……昨日の神田の神父さんから聞いた話を、一二三に。

 こうして()()()口調で話した一二三の真意を聞いた俺は、一二三がペルソナの光に包まれていくのを見た。

 彼女のトレードマークである花柄の髪飾りはそのままに、黒と赤を基調とした、一二三らしい落ち着いたスタイルのくノ一姿。幸い、怪盗姿がやや過激なパンサーと同じ轍を踏むことはなかった。

 被っていた能面を剥がし、その勢いのまま「そこ、代わっていただけますか」と

 絶望的だった盤面の状況を瞬く間に回復させる一二三を見て、このままでは負けると見込んだのか、建物の奥へと消えていたシャドウ麻倉が顔を出し、とても描写できない体躯となって一二三を襲撃、これに俺達が応戦。

 こうして今のコロッセオは、戦闘と戦闘が入り乱れた混戦が続いている。

 

「食らいなさい!」

 

 真が、モンスターの容姿に構わず渾身のフレイを放つと、たまらずシャドウ麻倉は後ろ向きにのけ反った。

 

「核熱が弱点のようね……了解。ジョーカー、任せたわよ!」

 

 その隙を逃さず、真とバトンタッチをして、地面の駒を踏まないよう気を付けながらシャドウ麻倉に肉薄。その間に短刀を軽く握り、小さく振りかぶる――、

 

「アクセラレータ・田楽刺し!」

 

 ――や否や、俺の足元に香車が打ち込まれる。すると、振りかぶっていた短刀の刀身が段々とその大きさを増していき、

 

『グゥウッ……!』

 

 麻倉を捉える頃には、その体を貫通するほどに大きく、細く鋭くなった。俺はそのあまりにも凄絶な光景に少しだけ冷や汗を掻きつつも、身をえぐるように刀身をねじこみながら、反撃を食らわないよう後ろに下がる。……シャドウ麻倉が倒れるのも、時間の問題だろうか。

 

『お、お前ら……オレの建物で好き勝手暴れてくれちゃってよお? コスプレ集団の癖に……大人の世界を分かってないようだな。若いから何をしたって許させるとか、思ってるのか?』

 

「自分達の世界を……価値観を、俺達に押し付けないでくれないか」

「ええ。確かに何でもできるという道理は通らない……けど、それだけで大人の自分に従えと言う貴方の道理も通らないはずよ、麻倉。そうやって、若い子達の可能性を潰してきたのね」

「ヒフミも潰されるところだったんだよな……。そんな可能性、ワガハイ達が許さねえ!」

 

 気持ちと気持ちがぶつかり合う。……分かり合えることはきっと、二度とない水掛け論だろう。

 だからこうして決着を付ける。こうして俺達は、何人もの悪人を改心させてきた。

 

『長い物には巻かれればいいんです……。そうすれば、貴方たちにも平穏な日々が必ず……やってくるんですよ?』

 

 一二三の手によって、みるみる劣勢に立たされたシャドウ一二三が、おもむろに口を開いた。けれどその声は、掛かってきなさいと言っていた時とは似ても似つかない、弱弱しい声。苦しそうに息を吐いて、涙目でそう訴える彼女は、まるで俺達に、その考え方を認めて欲しいと言っているようだった。

 

「……っ、それは――」

 

 一二三が、彼女の赦しに呼応するように、口を開いた。だが、

 

「誰かに……何、巻かれる? そんな人生、こっちから願い下げ……だ。少なくとも……俺達は全員、そうだぜ」

「……!」

 

 一二三がハッキリとしたことを応えるより先に、いつの間にか復活していたスカルが食いつく。機先を制された一二三は驚きつつも……やっぱり。

 否定されて、それでも将棋を頑張っても……否定されて。

 だから、誰かに肯定されることは、きっと――息が詰まりそうなほど、嬉しいに決まっているはずだ。

 

「東郷さん……私たちは絶対、貴方の味方だから!」

 

 スカルの手を借りずに、ピョンと立ち上がったパンサーが吠える。

 その声に合わさるように、俺達全員は一二三の方を見る。

 そして……深く深く、頷いた。

 一二三の目に、何か光るものが見えたのはきっと、見間違えじゃないだろう。

 ――そして。

 

 

「王手!」「フレイラ!」

 

 ほぼ同時に、勝負を終わらせる声がコロッセオ中に響き渡る。

 総攻撃の、始まりだ。

 




活動報告に一二三のペルソナの説明等を載せました。もしよろしければご覧ください。

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