「ふぅ、やっと繋がった。……フフ、どうして電話が繋がっているかビビったろ? しょうがないなー、今なら教えてやっても……え、別にいい? そ、そっか。おう」
……。
「私が電話をした理由は他でもない! 一度パレスを見ておきたかったからだ! ね、見せて見せて」
……。
「その事は教えないといっただろ、って? ……ふっふーん、甘いな。見せないと言われて好奇心がうずかないヤツなんてない! 好奇心あらずんば人にあらずぇちょ、待ってタンマ切らないでごめんなさい」
ほぼ反射的に電話を切るボタンを押そうとしていた手を、すんでのところで引っ込める。
なぜなぜなぜ。どうじて俺は今双葉と電話を取っている? そもそもどうして電話が通じている? どうして俺がパレスにいることを双葉が知っている?
エンドレスに湧き上がる疑問に頭がショートしそうになる感覚に、どこかデジャブめいたものを感じながら、どうにか頑張ってそれらを脇に置いて。
「え……その声って……ええと、双葉ちゃん? ほんとうに?」
丁度俺の近くにいた真が、スマホから漏れて出てきた双葉の大きな声を拾ったらしい。
彼女も流石に、この事態には困惑しているようだった。たちまち皆も俺のスマホに注視して、驚いた顔をしている。
「え……繋がんの? ってか双葉って……アイツ?」
「驚いたな。風情のあるコロッセオに巨大スクリーン、そしてスマホとは……なかなかどうして、世界観が混沌としている」
「……おいジョーカー、どうして電話が繋がっているのかは謎だが……とりあえず、一応切っておいたほうがいいんじゃないか? ……あまりにも予想外すぎる。気になっちまうのは分かるが、不安な要素はなるべく一旦リセットした方がいいぜ」
……確かに。
モルガナのおかげで冷静になれた。今はとにかく、シャドウ一二三を将棋で打ち倒す方法を考えなくてはならないから――あれ?
今何か、ひらめいような気がしたんだけど。
ともかく。
パレスから出た時に、ちゃんと折り返して電話することを一応伝えておいて……俺はもう一度、その電話を切るボタンを――、
「待って!」
押そうとしていたところ、不意に誰かに肩を叩かれた。
真だった。
「よく、わからないけど……双葉ちゃん、将棋とても強いんでしょう?
あ。
そうか……俺は俺自身がどうにかしなくてはいけないという事に執着しすぎて、肝心なことに気付いていなかった。
仲間から託された一二三との将棋の対戦は、正直俺だけでは心細い。まだ戦ったことがないから分からないけれど、さっきのモルガナの言う通りなら、厳しい戦いになることは避けられない。
そして俺は、ハンデなしでは一度も一二三に勝ったことがない――つまり勝機すら薄いのだ。
けど、双葉は一二三との対局のプロフェッショナルだ。一二三に勝つために将棋の勉強をして、一二三に勝つためだけの勉強法を実践している。
その彼女が絶好のタイミングに電話で繋がってきた事は、渡りに船と言うほかなかないだろう。
もちろん今すぐ電話を切るべきなのかもしれないし、俺が、将棋が上手ければそれで済む話なのだが……こればっかりは、背に腹は代えられなさそうだ。
LINE通話をビデオモードにした後、スクリーンに映し出されているコロッセオに夢中になる双葉をなんとか宥めながら、今の状況と、今双葉にして欲しいことをかいつまんで説明する。
もちろんして欲しいことは、俺が打つ将棋の手助けをしてもらうこと。
「なる、オッケー大丈夫。多分まだ感覚は覚えてると思うし。……けど、二人で戦うってちょっとチートな気がするが。そのあたりはちゃんとナシつけてる感じ?」
『ええ! 大丈夫……です! 掛かってきなさい!』
双葉の疑問を口にする声に被さるように発せられた大きな声に、少しだけ思考が停止する。
え……?
突然彼女の声に呼応するようにあげられたそれに、俺は驚いて仲間のいる方を見た。
「え……? や、私じゃないし」
パンサーは長いツインテールをバタバタさせながら首を振る。
じゃあ誰だ……? クイーンでもない。
けど、この声はどこかで……。
『無視、ですか……、さきほどからずっとここで座らせられている人の身にもなってくれませんか? ええ』
二回目の声で俺はようやく、それが拡声器やら何やらで音が大きくなった、機械じみた声である事に気付く。
それと同時に、俺はコロッセオに無理やり設置されているスクリーンが目に入った。
そこには、やはり黒と白の水着を着て……さながら麻倉のように椅子にふんぞり返っているシャドウ一二三が映っていた。
『誰でもいいですよ……二人でも、三人でも。私は勝負をしたいんです……勝負をしなくては、ならないんです! さあ! 早くここまで下りてきてください』
そう言って、一二三は自身が座っている椅子とは対に置かれている椅子を指で指した。
声色や、言葉の端々に残っている丁寧語は、まさしく本物のヒフミのそれだったが……口調と、態度と、後は声の大きさが、かけ離れている。
そしてさらに機械を通して喋っているから、ボイスチェンジャーを使って誰か知らない人が、一二三の声を使って喋っているような錯覚を覚えた。
「一二三さん……いつもこんな感じなのかな?」
「いや、これはあくまでも麻倉が生み出した認知上のヒフミだ。ワガハイも一二三に会ったことがあるから断言できる。態度が妙にデカいのは……多分、パレスの主の性格に影響されているからだろう」
「へぇ、まあ認知ん時のパンサーも全然別人だったからな」
「それは言わない約束でしょ……」
他のメンバー達も各々混乱しているようだった。
ともかく。
俺が観客席から降りて、シャドウ一二三に指定された椅子に腰かけた。それはどうやら大理石でできているようで、見栄えはいいがちょっと座り心地は良くない。
その後、スマホの画面に将棋台を収め……たかったが、いかんせん将棋台がべらぼうに大きかったので、入りきらない。
「その辺りは抜かりない。パソコンには譜面出してくれるアプリ入れてるから……準備は万端だ、問題ない」
ふん! と電話越しからでも分かるくらいの息を吐いて、双葉は小さな画面の向こうで胸を張った。自信あり気のようだ。
『……準備はできたようですね? それでは……いきます! 7六歩!』
そうシャドウ一二三が宣言すると、そちらも大理石で作ってあるらしい大きな駒が自然と動き、歩が突かれる。将棋台が大きすぎてとても自分の手では指せないから、声で連動する仕組みになっているらしい。
7六歩……一二三曰く、プロ棋士の間でもよく指されている手だそうだ。初手だけでシャドウ一二三の実力を推し量るには流石に無理がある話だけれど、その初手を知っている分には、どうやら動かし方しか知らないような初心者という訳ではないようだ。
よし、と声を出して、気合を入れなおす。
そうだ、まだまだ序盤だけれど、一応の方針は決めておくために双葉と話し合った方が――、
「……やべえ」
――良いと思ったのだが、早くも問題発生らしい。
さっきまでの自信はどこにいったんだ。
「……この、勝負……」
やけに芝居がかった妙な間を開けながら、双葉は画面越しにキメ顔をして、
「……負けるかも分からん」
さっきも言ったように、まだ初手しか指されていないこんな序盤で。
そんな弱気な事を言った。
異世界では電話が繋がるのかどうかについてですが、その当たりの考察を活動報告にて纏めてありますので、気になる方がいましたらそちらをご覧ください。気になりませんでしたら『このお話(原作ではない)では電話が繋がるんだ』と思っていただければ。