「ッシ! 早速当てようぜ!」
ここまでは予定通り。後は麻倉がこのテレビ局を何と認識しているかだが……。
「プロデューサーらしい認識の歪みを考えれば、そう難しくもないだろ。確か、彼は女性をターゲットにしているようだったな……なんだろう」
「……城、とか?」
『候補が見つかりません』
「ダメそうね。けど、その方向でいいと思う。前に城と認識していたのは、確か……鴨志田だったのよね?」
そう問いかける真に、杏はうん、と頷いた。
城か――自分を学校の王様だと思い、鴨志田の中の学校が変貌していった、その成れの果て。
その城の中には彼を守るお城の番人と、ひどい格好をさせられた杏と、何故かブルマしか履いていなかった女子生徒達が……あれ、もっとあったっけ。
何度思い出しても腹の立つ光景だったが、果たして麻倉も同じような光景を、テレビ局に投影しているのだろうか。
自分が王様で……アイドルやタレントを活躍させる場、それがテレビ局。
劇場――とかどうだろう。
『候補が見つかりません』
「ジョーカーもお手上げか。確かに舞台の演者とアイドルを重ねるのは良いかもしれねえ。けど……もっと何かないのか? 何かっていうか……例えばもっと規模の大きいものとか」
規模?
劇場でもかなり規模が大きい気がするけど。じゃあ……東京ドームとか?
「おぉっ、ぽいな。じゃあ、えーっと……スタジアム!」
視界が歪む。どうやら正解したらしい。
感覚の違和感から来る謎の疲労感におもわず俺は目を閉して、その場をやり過ごした。
足がふらつく。体勢を戻そうと、右足をふらついた方向に移動させる。
コツ、と聞きなれない音がした。
……?
目を開く。すると眼前には、ゴツゴツとした石畳が広がっていた。
日本のものではないだろう。むしろ、どっちかと言えば……ヨーロッパ寄りの。不揃いの形をした石材が、それでもさながらジグソーパズルのようにハマっている感じ。
じゃあ勿論、スタジアムと言ってもやはり東京ドームのように近代的なそれという訳にはいかないだろう。その辺り、何故か異世界はちゃんとしているし。
でも……ヨーロッパで、スタジアムって……なんだ?
「こ……これ……」
後ろにいた真が、何かとんでもない物を見たような顔をして、目を見張っている。
俺もそちらを見て――おお。
これは……。
「スタジアムって言うより……コロッセオ、よね」
真が目を向けたその先には、西洋らしい威容のある建物があった。
建築したての頃は、石材がその真っ白な輝きを放っていたであろうことは疑いのない、威圧感で満ちた円形競技場。写真で見たものとそっくりな、相変わらずのトンデモない再現度だ。
「ほぉお……すっげぇ。どこにあんだっけこれ。パリ?」
「ローマ。一回見た事はあるけど……まあ、こんな感じだったかな」
「え……!? 杏殿、行った事あるのか?」
「まあ……両親と一緒にだけど。けどまさか、もう一度見る事になるなんて。……しかも異世界で」
目をどんよりと真横に細めながら、そのコロッセオをじっと見つめる杏。これが強い欲望の歪みから生まれてきたものだと知っているからこそ、そんな複雑な気持ちになるのだろう。
「筆舌に尽くしがたい造形美だ……。やはり世界遺産という名がつくばかりのことはある。これが二千年前に建てられたというのか……信じられん」
各々の反応などお構いなしに、祐介は指で構図を切って自分の世界に入ってしまっている。どうやら、偽物とは言っても、実物大のそれを見る事は初めてのようだ。
杏が外国に行っているというイメージはなんとなく分かるけれど、祐介がヨーロッパに行っていないというのは少しだけ予想外だった。ヨーロッパに行けば、ルーブル美術館とか、サグラダファミリアとか……素人の俺でも目が肥えそうなものは沢山ありそうなのに。
「ああ……金がないからな。今は替えの服を買う事すらも、危うい」
全く、俗世から離れてしまったものだな……と実に満足げに頷く祐介。
なんとなく、あれ、この服つい最近も見たような……と思ったことが確かに数回あったが。
そういう事だったんだ……。
ともかく。
偽コロッセオを見て観光気分をずっと味わう訳にもいかないのでとりあえず、麻倉のパレスと思しきその建物に向かって歩く。
すると、その外観から見える縦に長いかまぼこ状の穴に一つずつ、なにやら彫像が置かれてあるという事が見えてきた。
「あれ、あんなのコロッセオには無かったと思うんだけど。なんだろう……?」
「昔、少なくとも建築当初はああいった彫像が置かれていたそうよ。……流石に、
真が間髪入れずにその知識を披露してくれる。確かに真の言う通り、こちらから見える限りはその像が全て、女性を模したそれであるようだった。なんなら裸婦像もちらほら見かけられた。
コロッセオは戦う場である。だからむしろ、その像には屈強そうな男や、強面のおっさんとかが相応しいだろう。
しかしその偽コロッセオには、何かで戦えそうには到底思えない、端正な顔をした女の人のそれしかなかった。
というか……これって……。
「あれ……この人どっかで……つーかテレビで見た事あんぞ」
竜司が見た事あるらしい人の像を指で指している。
けど俺は……ついに竜司が誰の事を言いたいのかはついに知ることができなかった。
なぜなら。
ある人はタレントで。
ある人はアイドルで。
一人一人が様々な服を着て……俺達を迎えているように見えた。
「「……」」
皆もその事にピンと来たのか、その場で立ち尽くす。祐介も驚きか、言葉が出ていないようだった。
俺も立ち尽くして、あくまでも鑑賞目的ではなく彼女たちを左から右へ見ていく――。
いた。
黒を基調とし、胸部には白のストライプが当てられた水着を着た一二三……の彫像が。
やはり……麻倉は、そういう目で彼女を見ていたということなのだろうか?
……少し動揺しているのが自分でも分かる。
いや、でも彼女はその水着を何かの撮影で着ていたような気がする。
たまたま麻倉が認知した彼女がその姿の一二三だった――という可能性は多分、他の像を見る限りはないか。
とにかく、麻倉の本音を聞いているまでは変な邪推もできないから……と自分で無理やり納得させて、コロッセオの内部を目指した。
そのかまぼこ状の入り口をくぐった途端に、辺りは暗くなる。が、内部はカモシダパレスを彷彿とさせる豪華な床や灯りがついてあって、それほど気にはならなかった。
パッと見た限りは、行けそうな道や開けれそうな扉はいくつかあったが……とりあえずは、肝心の場所――このコロッセオの一番内部である所の闘技場を目指すのが賢いだろうか。
その事を皆に告げた後、そのまま構造に従って内へ内へと歩みを進めていく。所々に棚や置物があるのを見つけて、やはり構造はともかく内部の様子は、麻倉の住処としてのお城のような感じである事をなんとなく想像して。
そして――割にあっさりと最奥部にたどり着く。
まず目に飛び込んでくるのは、からっとした日の光だ。異世界の空は全体的に暗い感じがあったからどうも少し違和感があるが……何か今から競技をするにはお誂え向きな気候だった。確かヨーロッパでは気候的に夏は乾燥しているらしいから……あれ、違ったっけ。
次に、今は何も映っていない巨大スクリーンが、スタジアムのてっぺんギリギリに埋め込まれる形で一つ二つ、対で鎮座していた。……これは流石にコロッセオには無かったと思うから、このパレス自前のものだろう。
最後に、やはり外観に劣らないその観客席の存在感。日よけが付いている席、傾斜面がそのまま棚田のように、階段状になっている席……様々な趣向を凝らした円形のそれらが、何層にも積み重ねられている。普段の生活で経験しえない非現実が、そこにはあった。
今にも競技場全体が、俺達に襲ってきそうな感覚に、俺は……まずい、さっきから普通に観光しているようなテンションになってしまう。
気を引き締めるために、忍ばせてある短刀に手を伸ばす……ふう、少しは落ち着いた。
まずは麻倉のシャドウを探さなくては。話はそれからだ。
「おや? 怪盗団か? まさかオレにプロデュースされたいのか?」
フン、という機嫌の悪そうな咳払いと共に、上から……いや、背後から声がかかった。
背後を振り返る……するとそこには、席の最上段でふんぞり返る、王様のコスプレをした麻倉の姿があった。
……あの辺りの年代が考える王様の格好は、どうやら皆同じなようだった。
しかし鴨志田よりは少しはマシな格好をしている。彼はマントを引きはがせば、さながら童話に出てくるはだかの王様になった。しかし麻倉のそれは、僅かに見える胸元から大げさな甲冑が重ね着されている。見るからに暑そうだ。
「そんなわけないでしょ! なんなのよあの彫像は、趣味悪い!」
入口やそこかしこに置いてあった何十体もの像に怒り心頭だったのか、ぶつけるように言い放つ杏。モデルとしてやっている身だから、俺達よりも怒っているに違いない。
「誤解するなよ。オレは彼女らに営業させてやってるんだ。ところで、キミたちなかなか人気があるようじゃないか? ここはひとつ……オレのプロデュースで芸能界のてっぺんを獲らないか?」
リアル麻倉と違わない多弁さの中に、俺は少しだけ違和感を覚えた。
営業……っていったか? 今。
ああ? と麻倉は顎をしゃくる。
「なんだ、そんな事も知らなかったのか? 怪盗さんよぉ。てっきり……まあいい、特別に教えてやる。若いアイドルとか女の子がする営業なんて、一つに決まっているだろう」
ニタリ、といやらしい笑みを浮かべて、
「枕営業、さ……厳しい世界を生き抜くためには、対価が必要なんだよぉ……ま、お前らみたいなコスプレ集団には分からない話かもしれねえがな!」
そんな事を、言った。
「……! なんてことを!」
「……救いがたいな。ではあの像は、そういう事だったのか?」
祐介はとんでもないことを、そしてひどく妥当な事を麻倉に言った。
そんな、まさか。
一二三を――俺は。
「お? なんだ、お前さっきの兄ちゃんじゃないか。大丈夫だ、まだ一二三ちゃんには手を出していない……
……コイツ。
「……フフ、思い出せば思い出す程笑えてくる。あいつ、全然棋士やめてくれなくてな。けど、一二三ちゃんの母親と協力して『皆のため』なんて説得したら、すぐ騙されてくれたよ! フフ、健気だねえ……一二三ちゃんは。それが自分の身を滅ぼすなんて露も知らないなんて! 名前も知らない他人の為に自分の夢を捨てて! 望まない格好で写真を撮られて! 訳の分からん奴とヤッたりしてな! ハハ! ハハハハ!! ……健気すぎて、泣けてくるよなぁ?」
……ゆるさない。
頭に血がのぼる。ほぼ無意識に俺は短刀を握って、そして――、
――真に肩を掴まれていた。
「……バカも休み休み、言いなさい。私たちがあなたを正しくプロデュースするわ」
珍しいじゃない、ジョーカー、と真はささやいた。
危ない……こんな挑発につられてしまったら、怪盗の面目が丸つぶれだった。短刀をしまって、ふう、と大きく息をはく。
「調子に乗んなよ、素人が! 表舞台に立てないようにしてくれるわ! ……ああ、あとお望みの一二三を出してやる」
おもむろに麻倉は手を叩いた。
すると、その音に合わさるようにして、パカッ、と競技場の地面が開いた。その下には、何やら大きな物体と、座っている人がかすかに見える。
それを唖然とした表情でみている内に、みるみる開いた地面は端へと追いやられて行って……地下にあったらしきもう一つのフィールドが現れた。
突然巨大スクリーンがつき、その座っている人がでかでかと映し出される。
水着姿の一二三だった。
麻倉の認知上の彼女だろう。
そして、そのフィールド殆どを占める
これは……もしや。
「ここは闘技場なんだからさ……あそこでちゃんとやってもらわないと。観客席でファイトなんて、ナンセンスだとは思わないかな? 郷に入っては郷に従え……の語源、知らないか?」
そう麻倉は言い残して、最上段の陰へと消えていった。
「え!? ……戦わねーの?」
「けど、あの一二三さんって所詮認知上のなんでしょ? 余裕じゃない?」
「いや……恐らく、麻倉は一二三の事を少なくとも『将棋の強い人』と認識しているだろうから、相応に強いだろう。と、ワガハイは思う」
「When in Rome, do as the Romans do.ね……どうする。誰が、する?」
真がそう言った瞬間、メンバーの視線が一気に俺に集まる。まるで、一二三の弟子なんだからそれくらいはしろよ、とでも言うような眼光だった。
本当にするのか……とたじろいでいると、急にポケットの辺りが騒がしくなる。
スマホを開いた。着信。
……。
着信主は……佐倉双葉。