もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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文章力がマシになったらこの部分は書き直します。


7/23『Suddenly』

 終業式が終わり、待ち望んだ夏休みが始まる。

 夏休みを謳歌する上で一番の悩みの種だったメジエドについても、当面は考える必要は無くなった。だから、怪盗団のメンバーの喜びも一入だろう。

 期末試験が散々だったから、宿題を頑張らなくてはならない――という真の助言は、ひとまず脇に置いておくとして。

 何をしようか……と、階段近くの物置と化したそれにモナバックを置いて、考える。

 ……そうだ、一二三の所に行こうか。ちゃんと一二三について知る、とは、俺の夏休みの目標の一つだ。

彼女はそこまで自身の事をペラペラ喋る人物ではないという事を、一昨日の議論で学んだ。

 だから、神田に比較的足繁く通うべきなのは明白だから……モルガナにそう説明して、モナバッグをそのままに、財布とICOCAが入ったスマホをポケットに入れ、ルブランの階段を下りる。

 惣治郎さんは、常連客と話しているようだ……慣れた感じで客と話すマスターに一礼してから、俺はドアを開けた。

 

「おす……」

 

 するとそこには目を真っ赤に染めた双葉の姿が。

 ……。

 普通にビックリした。

 

「やべー、寝てねー、日の光が目に刺さる。……お、おぉ?」

 

 おぉ?

 

「こ、こんなトコロに寄りかかりやすそーな物体Xが……しめしめ」

 

 微妙に呂律が回ってない舌でそう言って、寄りかかった――俺の胸に。

 ……ここ、外、なんだけど。

 

「いーじゃん、別に。怪盗団の危機を救ったのは私、だからこれくらいのご褒美は許させるべき! ふぅぅ~」

 

 まるで風船が萎んでいくように大きな息を吐いて、そのままもたれかかる質量が重くなっていく。

 いや……しかし、別にもたれるのがどうのこうの言っている訳ではなくて、外で、しかもマスターの店の真ん前でしている事が問題であるからして。

 しかも、双葉の目にはやはり隈ができていて……昨日、丸二日寝ていたんじゃないのか?

 俺が双葉の肩を持つと、しぶしぶといった様子で俺から離れる双葉。

 

「二日じゃ全然、足りん。この疲れは多分あと二日分のストックいる。けど……大丈夫だ。今ので大体、回復した」

 

 マジか。睡眠時間が三日四日かかる疲労なんて、想像し難いけれど……そこまで大変な作業だったのだろうか。

 

「ある程度効率化は進められてるから楽っちゃ楽だけど……まー、相変わらず時間は掛かった。けどなぁ……コードが……ううむ」

 

 なにやらよく分からない単語を言った後、腕を組んでうんうん唸り始める。

 

「うー、や、そんな事は今どうでもよーし。コレよ、コレ」

 

 双葉は細い手でスマホを取り出して、多分もの凄い速さでスマホを操作し、あるサイトを俺に見せる。

『東郷一二三の全てを大暴露!? 孤高の棋士の家庭事情、超複雑!』……だって?

 

「読んでみたら、多分分かるが……まあ、ちょっとヘビーな話題も、ある。情報の仕入れ先が気になる所だけど……まあ、うん、耳に入れておこうと思って」

 

 双葉の言っている事を少しだけ耳に入れながら、一二三についての記事らしいそれを読む。

 父が体を壊していて……一人で働く母に頭があがらなくて……その母が、夜のお店で働いていて。

 ……。

 一二三の事を知りたいと思ってはいたが……皮肉すぎた。

 見知らぬ他者に干渉されることを恐れている一二三が、こんな記事を見てしまったらと思うと、ゾッとする。

 

「……完っ全にメディアのネタにされてるな。人でなし! ……まー、ヒフミもここまで晒されるってのは、予想外なはず、だ」

「行くんだろ? 今から……ヒフミんとこ」

 

 ……え、なんで。

 ハッタリか? ……いや、彼女にとってそれはないか。

 ……あれ。

 そもそも、どうして双葉は、俺の所に一二三の情報を渡して来たんだ?

 

「……」

 

 一瞬、固まる。

 

「……あ、あれよ。一昨日、一二三んとこ行くって言ってたじゃん。そんで、なんとなく」

 

 ……そうか。一二三の所へ行くと言った覚えは正直あまり無かったが、双葉がそう言うのならそうなんだろう。

 

「そー。……全く、女友達がよく居るなー、()()()()()は。三人目か?」

 

 う。

 そうだ、一二三へ行くことの理由を双葉に説明する義務を、完全に失念していた――やばい、全然考えてないぞ。

 

「……フフ、大丈夫だ」

 

 え?

 

「浮気をするフラチな輩とは違うという事を、私は会ってから今までで見抜いてる。……私を舐めるなよ?」

 

 ふっふーん、と手を腰に当て、胸を張る双葉。……そこまで言われると、少し恥ずかしかった。

 そうか……それでは、心おきなく、といった具合だ。双葉にお別れをして、四茶から神田に……あれ。

 

「? どうした?」

 

 バイバイ、と振っていた手を途中で止めた事を不思議に思ったのか、双葉は首を傾げている。

 そういえば、まだ双葉がここまでわざわざ来てくれた理由は分かっていなくないか? 一二三についてのサイトを見せたかったのなら、URLをLINEに貼ってくれれば良いわけだし……。

 

「ふふふ……勘の良いガキは嫌いだよ……」

 

 なんだそれ。俺はガキではない。

 何かキャラが入ったのか、クツクツと大げさに肩を揺らして笑う双葉。その目の隈も相まって、結構……いや、ちょっとだけ変な人に見える。

 そんな変な人は、人差し指をビシッと――俺の胸の辺りを指した。

 

「それは――そこに物体Xがあったからだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 見切り発車で、それこそ連絡も入れずに俺は神田に向かうと――果たして、一二三はいつもの場所に座っていた。

 

「……」

 

 話しかけようと彼女の傍まで寄った時、俺はふいに違和感を覚えた。

 一二三が――将棋盤を出していないのだ。

 ただ、そこに座って、視線を床に落として……何も考えていないように見える。

 さっきから全然喋っていないし……いや、それはいつもの事か。

 ともかく、俺は一二三に声を掛けた。

 

「あ……こんにちは。なんでしょう、最近よく会いに来てくださいますよね……」

 

 ふふ、と言って笑って見せる一二三には、いつものような笑顔はない。

 もしかして、と思っていた事が、確信へと変わる。

 一二三は、もう……あの記事を、読んでいるのか。

 

「……ええ。貴方も見ましたか。……けど、もう良いんです……もう」

 

 もう、良い……だって?。

 

「……今日は、貴方にお願いをしに、来ました。ですから、今日貴方が来るという事は、読ん……いいえ、これはただの勘、ですね。我ながら、珍しいです」

「将棋の指南を、今日で終わりにさせてください」

 

 ……!

 どうして。

 

「私……将棋、辞める事にしたんです」

 

 ……。

 …………え。

 やめる、って。え、いや、それって……どういう事だ?

 

「そして、芸能界に入ります。麻……私の世話をしてくれている人にも、言ってしまいましたから……撤回はできません。……お母さんや、様々な人と話し合いました。貴方には、事後報告になってしまって……申し訳ないと思っています」

 

 何を……言って。

 状況が呑み込めない。

 だって――一二三の悩みを聞いてから、まだ二日しか経っていないんだぞ?

 これからという、時だって……思っていたのに。

 

「いいえ。そんな事……ないです。私の身の上話を聞いてくださったのが、たとえ二日前だったとしても……私は、その、結構前から……考えていたんです」

「読んだのでしょう……? あの記事を。お父さんは病で働く事ができず、お母さんに……全てを任せてしまっています。だから……私だけが、我儘を言っていられないんです。私も、生活を楽にしてあげたい。だから……仕方のない、事なんです」

 

 いや、それなら……どうして将棋ではなく、芸能界に?

 

「いいえ……もう、何も今は、新手が思いつかないんです。最近はスランプ気味でしたし……」

 

 ……それは、誰にでもある事だろう、スランプは。

 克服できないスランプがないという事は……一二三だって、知っているはずだ。

 

「……もう、二足の草鞋を履くのに疲れたんです。ずっとこんな調子でしていたら、世間も黙って見てはくれないでしょう……メディアも、あんな感じで。女流棋士という仕事も、ただの棋士とは違って……対局数も少ない。安定して勝っていかないと……また、生活を苦しめることになってしまいます。だから、お母さんや……麻倉さんは、芸能界の方が良いと、行って下さいました」

 

 ……ダメだ。

 全く、どう反論していいか……分からない。

 話が急すぎる。

 

「これで……いいんです。これで、お母さんの仕事も楽にさせてあげられる。お父さんも心配せずに見守ってくれる。……私も、その……大丈夫、なんです」

 

 大丈夫、大丈夫と言う一二三の言葉はどうしてか、俺に言っているようには思えなかった。

 まるで、自分に言い聞かせているかのようだった。

 この結末を納得できないでいる――彼女の、別の人格に。

 だって――当事者である一二三が……一番、苦しい顔をしているから。

 

「!! これは、その……」

 

 珍しく一二三が口ごもっている。

 やはり、まだ諦めきれていないのかもしれない。

 

「もう、放っておいてくださいま、せんか。……とにかく、指南は、終わりという事で。……それでは」

 

 最後に突き放すような事を言って、一二三はそのまま出て行ってしまった。

 ……。

 椅子に座りなおし、項垂れる。

 ……どうすれば、いいんだろう、と、声が漏れ出た。

 

「……もし」

 

 誰かから、声が掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……それはちょっと、偶然が過ぎるぜ。偶然すぎる偶然は、誰かの思惑が取り巻いてる……って事を、ワガハイはどっかで聞いた事がある」

 

 屋根裏部屋。

 モナバッグを置いてそのままで出て行ってしまった事をブイブイ言われてから、俺はモルガナと、ベッドに腰を落ち着ける。

 

「にしても、ヒフミか……どうやら、相当参ってるみてえだな。けど……麻倉、か。どこかで……聞いた事ないか?」

 

 言われてみれば、確かに……。

『お母さんや、麻倉さんに……』と一二三は言っていたけれど……そもそも誰だ。

 一昨日竜司らが言っていた――一二三のマネージャーとか、プロデューサーみたいな人なのだろうか。

 

「プロデューサー……待てよ……あ、そうか、分かったぞ!」

 

 モルガナがいきなり声を荒げる。

 

「麻倉史郎……前にアケチとテレビ局で喋ってた、アイツじゃないか?」

 

麻倉、史郎……? ああ、モルガナが、『どこかで見た事はないか?』って言っていた人か。

そうかもしれない。

それはさておいて……どこかで見た事あったっけ。と、モルガナが言っていた事をもう一度考え直してみる。

 ……。

 教会の前。

 前から来た男。

 肩が、ぶつかる。

 

 あ。

 あいつか……一二三と初めて会って後、教会から出てきた時に俺とぶつかった人。

 ぶつかられた時は随分感じが悪かったから……テレビ局で見た時は、全然気づかなかった。

 

「恐らくそうだな。……どうする? そのアサクラってのに言っちまったんだろ? じゃあ……そいつとコンタクトを取る必要があるみてえだな」

 

 ……そうしたら。

 アイツしかいないか。

 

「「明智」」

 


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