もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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7/21『Frontal』

「で? なんだよいきなり。俺らに相談したい事って」

 

「珍しいよね。いつもは私たちが相談されてる側なのにさ」

 

「そのくらい難しい議題なんでしょう。けど、いつもは頼っている人に頼られると、……なんだか……悪い気はしないわ」

 

「だな。なに、迷うことは無い。ただ俺達に打ち明けるだけでいい」

 

「ワガハイは大体知ってるんだが。まあ、ここは一通り言っておけよ。ヒフミの事」

 

 ルブランの屋根裏部屋。つまり自室。

 ついこの前までは、渋谷駅の渡り廊下をアジトにしていたのだけれど、ここ最近は屋根裏部屋に入り浸っていた。こちらとしては自分の部屋に呼んでいるようなものだから、とても楽である。

 ともかく。

 双葉にメジエドの一件を片づける助けをしてもらい、一二三から彼女の悩みを聞いた後、色々な事があった。といっても、まだ一日しか経っていないのだけれど。

 まず、メジエドに所属している複数の日本人の個人情報が、メジエドが開設しているHPに不正に載せられていた事。

 まだXデーには何日もの空きがあるが、怪盗団に優秀なハッカーが居たと分かった今、迂闊に怪盗団に手出しは出来ないでしょう……とは、チャット内での真。

 次に、一二三に対しての助言を思いつく事ができなかったという事。

 俺達みたいに、悩みを共有できる友人や相談相手を作ればいい……と言うは、将棋仲間にすら疎まれている一二三には無理な要件にも思えるし。

 かと言って、グラビア等の芸能界に顔を出すのをやめればいい……言うのは、『将棋界を盛り上げたいんでしょ?』という一二三に言われた言葉に刃向かってしまう。「嫌なら辞めちまえよ」というのは……正直、俺だけの決断で助言をするのは、少々気が引ける。

 という訳で最後に、この事に対して双葉に相談をしに行った。

「ぐぅ~~~……くぅうぅぅ……」

 

 が、机の上で爆睡していた。もろもろが終わった後、疲れからかそのまま寝ているようだった。

 頭と机の間で潰れている、まるでついたような餅を連想させる彼女の頬を触る事を、鬼の形相で耐えた事は言うまでもない。

彼女をそっとベッドの上に乗せた後、「さてどうしたものか」と考えていると、LINEのグループが賑わっている事に気付く。メジエドの件がひと段落したために、一度アジトに集まっておきたいという事らしい。

そうして皆が屋根裏部屋に集まり、双葉やメジエドについての確認や、雑談が始まった。

メジエドは今度どう行動するのだろうか云々。

双葉に対して、怪盗団としてどう接していけば良いのか云々。

俺はいつものように聞き手に周っていたが、時々一二三の事を考えてしまうときがあって――それを目敏く皆に察せられてしまったのが、俺が一二三の事を相談したキッカケでもある。

とにかく、コマゴマとした理由がいくつもあって――俺はこうして、友人の困りごとへの助けを別の友人に求めるという、ちょっと複雑な事になった。

 勝手に言いふらす形になってしまって一二三には申し訳ない……ので、せめて良案が出るまでは粘りたい。許せ一二三。

 皆に、今の一二三の情報を話す。

 

 彼女がグラビアの仕事をしている。彼女はそれを辞めたいと思っているが、『将棋界を盛り上げる為』に断る決意ができないでいる。

 人の意見に一々耳を傾けてしまう。元々はあまり気にしていなかったが、芸能界での仕事が増えるにつれて過激化、それが本業に悪影響を及ぼし、スランプに陥っている。

 その事に対して、自分の意志を貫いている怪盗団に羨望を抱いている。

 

「……うーん、なんだかよく分かんね。要は将棋に専念しちまえば良いって話じゃねーの?」

 

「ううむ、確かにリュージには分からんだろうな」

 

「ああん?」

 

「……その気持ち、ちょっと分かると思う。私も、貴方たちに出会うまでは、生徒会長として……うん、色々あったから」

 

「……そうだね。けど、どうすればいいんだろう……」

 

 杏が足を組んで真面目に考えだすと、周りも各々の姿勢で考え始めた。

 しばらくの間、沈黙が流れる。

すると――おもむろに口を開いたのは、竜司だった。

 

「あー、とりあえず、その、一二三ってーの? そいつのプロセッサーがそいつを芸能界に入らせてんなら、そいつに説得しに行きゃいーじゃん」

 

「プロデューサーね、竜司。……けど、そんなに単純なことなのかな。東郷さんは仕方ないって言ってるんなら、それをプロデューサーに相談しても意味なさそうだと思う」

 

「そうか? 彼女がその仕事に対して気が引けているのだとしたら、プロデューサーもなんとなく気づくようなものであるはずだが。なあなあの状態で続けているのも、その方の責任もあるだろ」

 

「そう決めつけるのは早いと思う。……とりあえず、彼女以外の要因を考えるのは止めて、東郷さんがちゃんと決められる方法を考えるべきじゃないかしら」

 

 うーん……と、どこからともなく唸り声が聞こえてくる。

 しかし、真の言った事が――やっぱり正しいか。

 確かに一二三が行き詰まっている要因は沢山ある。彼女の大変さを特に親身に分かってあげられる将棋仲間がいない事。その他大勢が(俺も含めて)、一二三を正しく導いてあげられていない事、彼女が将棋界を盛り上げたいと言う名目があるために、無下に断れない事――仲間たちが色々と話してくれている間に、本当に沢山の理由が挙げられた。

 けど、それはただ一二三に付きまとっているファクターでしかなくて……彼女が仕方ないと思っている限りは、それらを逐一取り除いたとしてもまた新たなトゲに絡まってしまう。

だから、やっぱり一二三が『キッパリ辞めます』と言える意志を持てるような、そんなフォローをしてあげなくてはならない……のだろうか。

 そのために俺は、なんと言えば良いのか。

 考える。

 彼女が喋っていた事を、ボヤっとした思考のままグルグルと思い出す。

 ……。

 …………。

 ………………ダメだ。

 一二三が格好良く中二的台詞をキメている事しか思い出せねえ。

 いやそれは冗談だけど。

 しかし……一二三は、あんまり自分の事は語っていない事に思い至る。

 いつも一二三は俺に将棋を教えてくれていて。

 そして、いつも俺の相談役に回ってくれていたのだ。

 そんな――尊敬すべき先生のような彼女の悩みを、俺が打破する事ができるのだろうか?

 ちゃんと考えるまで、彼女の事を全然知らない事すら知らなかった、この俺に。

 ……。

 ダメだ……考えすぎは、マイナス思考の、元。考えすぎはマイナス思考の元。

 一二三直伝のおまじないを頭の中でかみ砕くように咀嚼して、ふぅ、とため息を吐く。

 周りを見る。各々考えてくれているようだ――竜司は少し飽きているようだが――幸い俺のグダグダな思考はバレていないらしい。

 よし。

 大体の腹は決まった。

 今回も、正攻法で行こう……双葉のように、だ。

 まず相手の事をちゃんと知る。その上で、結論を出す。

 スマートな方法とはとても言えないが、一番着実で現実的な道だろう。

 となると、長期的な計画になりそうだ。

 双葉にはなんと言えば良いだろう、ちゃんと話せば、分かってくれるだろうか。

 

「……おや? 何か良い案が浮かんだような顔をしているじゃないか……ところで、今はもう、夕食時のようだぞ」

 

 と、祐介が言うと、まるで狙ったかのように祐介自身の腹が鳴った。

 連鎖的に竜司のお腹も。

 その音で少しだけ間が空いた後、皆の視線が俺に集められる。

 ……どうやら、ルブランで食べて帰る気満々らしい。

 


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