もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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さて、三章は一二三パートになります。「双葉のお話だけ読みたい!」という方は、『All-out』の前書きだけを見て、後はすっ飛ばしていただいても構いません。



第三章『Wake Up, Get Up, Make Your Move!!』
7/20『Destination』


「では、始めよう……」

 

 そんな仰々しい事を言って、双葉は座り心地の良さそうな椅子にドカッと腰かける。

 彼女の目の前には、奇妙な文字がひっきりなしに羅列されているパソコンのモニター。

 そして、右手には買い込んでいたスナック菓子の類がぎゅうぎゅうに詰まれていた。いかにも、準備は万端だといった風情だ。

 

「コミュ力を爆上げしてくれた分の借りは返す。どうやって料理しようか?」

 

 パソコンを見つめながらニヤリと不敵に笑う双葉は、いかにもらしい『キャラ』に入っているように思われた。

 いや、これが彼女の素なのか……? 

とにかく、とんでもなく大げさなことはしてもらいたくない。双葉が本気になったら何をしでかすか分からない。という事は、俺が三ヶ月弱双葉と向き合って来た中で培った経験だ。

 

「却下。容赦なく行く。カレシを困らせたという業は深いぞ? 消し炭にしてやる」

 

 俺の提案お構いなしに、双葉は何をしようかもう既に決めてあるようだった。なら何故聞いた。

 頼むから、消し炭にはしないで欲しい。

 

「オイ、大丈夫なのか? ワガハイ、いくら教養があるといっても、双葉のレベルじゃ何をしてるか全く分らんぞ」

「お、おお、にゃんこだ。なんだ、腹が減ってるのか?」

 

 そう言って、双葉は俺目がけてポテチをポイっと投げかけた。

 

「それでも食べさしとけ。じゃあその内鳴くのやめるだろ」

「ワガハイは猫じゃ……! あー、フタバには声、聞こえてねえのか……」

 

 受け取ったポテチの裏面を見て、そのカロリー量が猫の標準的な一食分の摂取量を大幅に越えている事を確認する。

 小分けにすればなんとかいけるだろうか……。

 

「いや、大丈夫だ。これくらい、ワガハイの運動量なら一瞬で消費できるハズだ」

「…………」

 

 ……今度はモルガナの鳴き声には目もくれず、キーボードを信じられないような速さでタイピングをしながら、押し黙ってしまった。

 どうやら集中モードに入っているらしい。モルガナの『オイ、オーイ』という鳴き声にも全然反応しない。

 

「困ったな……。呼びかけにも応じないって、相当の集中力だぞ」

 

 呆れた声でモルガナはそう言って、ベッドに上る。軽い身のこなしだ。

 ベッドに上った後、猫特有の伸びを一つして、辺りをきょろきょろと見回し始めた。

 俺もそれに倣うようにして、辺りの様子を確認する。

 俺が今立っている右隅から見て、正面奥には外から見る事のできる冷蔵庫が冷気を放っていた。ざっと見た限り缶のようなものがいくつか見れるから、多分レッドブルみたいな栄養ドリンクを冷やしているのだろう。

 しかしその更に奥には、何日溜め込んだか知れないごみ袋が高々と積み上げられていた。それは今にも崩れ落ちてきそうな不安定ななりをしていたが、何故か全くビクともしていない。

 煩雑に積み上げつつ物質の重心を理解して計算しているという、双葉の才能の表れだろうか……。

 そのゴミのオブジェと言うべきそれを一通り眺めた後、視線をずらしてみればこのオブジェのみならずごみ袋がそこかしこに散見された。ここに足を運んで何回目かになるが、相変わらず部屋の中は……うん、少し大変なことになっている。

 

「にしても汚いよな。女の人の部屋とはとても思えねえぜ」

 

 ハッキリ言わないであげて欲しい。

 

「双葉のそれが終わるのは全く見当もつかないな……どうだジョーカー、この後予定が無かったら、この部屋を掃除していかねーか?」

 

 ううむ、やはり曲がりなりにもメジエドは世界的なハッカー集団らしいから、いくら双葉ができるといっても一分二分そこらでは無理だろう。その間、ずっとボンヤリキーボードのカタカタ音を聞いているわけにもいかないだろうから――、

 モルガナの提案に頷こうとした直前、ズボンのポケットから携帯の着信音が鳴る。

 ポケットから取り出して、送信先を見る……一二三からのようだ。

 

『こんにちは』

『すみません、今からお時間はありますか?』

『少しご相談したいことがありまして。いえ、忙しいようでしたら大丈夫です』

 

 実に丁寧な言い回しは、まさしく一二三の口調だ。

 ……しかし、放課後に一二三から連絡がくるのは珍しいな。けど掃除と、双葉を見届けなければ……。

 一二三のLINEとゴミのオブジェを見比べて、しばし考える。

 

「……一二三からか? いいぜ、ワガハイが見守っとくし」

 

 ……そうか。ではお言葉に甘えて――、

 

「あ」

 

 双葉がいきなり大きな声を上げた。その声に少しだけ驚き、手に持ってたスマホを床に落としてしまう。

 それを拾った――のは、双葉だった。

 

「ねえ、え、ええと、あのさ、パレスって――どんなとこなんだ?」

 

 何か言いにくい事を言おうとしているのか、いささか言葉が詰まっている双葉。

 双葉には怪盗団の手伝いをしてもらうのだからと、一応怪盗団の話や、アプリやその他諸々についてはかいつまんで話してある。もちろん、怪盗団総意の上でだ。

 その時にパレスの事も話してあるはずなんだけど……。

 

「一緒にパレス付いていったら……ダメ?」

 

 ダメ。

 それよりスマホ返して。

 

「ぐぬぬ……分かった。ホレ」

 

 あれ、案外すんなりと引き下がるのか。

 双葉からスマホを受け取り、モルガナと目を見合わせる。

 

「では……サラダバー」

 

 この時、双葉は少し笑っていたのを……俺は、見抜くことができなかった。

 

  一二三が何を悩んでいるのかについては、実は心当たりがなかった訳ではない。

 双葉と初めて学校へ行った後、一二三は今スランプらしいという話を電車の中で聞いていたからだ。

 スランプ……恐らく今も、棋士との戦いには勝てていない。

 それを一人で克服するというのは、やはり難しい。そして、なによりとても苦しい。

 将棋仲間も、神田の教会では一人も見た事がないから……孤高と付く異名の通り、彼女はずっと一人で戦っているのだろう。

 だから、将棋が上手ではない、俺に。

 と、つらつらと電車の中で、一二三のLINEを見ながら考えてから、ホームボタンを押した。

 すると、偶然『異世界ナビ』のアイコンが目に入る。

 

『双葉は、もしかしたら若葉の事をただ忘れてるだけなんじゃないのか』

 

 突然、先日マスターが放った言葉を思い出した。

 心の傷。

 心の――、歪み。

 …………。

 おもむろにスマホの上に乗せた指が、震えているのに気づく。

 何気なく、何気なく、何気なく、だ。

 そう自分に言い聞かせて、それでも一駅分躊躇って……何気なくを努めて、そのアプリをタップした。

 

『佐倉惣治郎宅の、佐倉双葉』

 

 そして、何気なく彼女の名前を言って。

 

 しかし――幸か不幸か。

 

 

 

 

 

「目的地が見つかりませんでした」

 

 

 彼女の名が、ヒットする事はなかった。

 


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