「現役高校生探偵、『明智吾郎』くんです!」
「どうも」
彼の控えめな応答に重ねるように、黄色い声が小さなスタジオに鳴り響く。やっぱりああいった雰囲気の男子が、皆からは好まれるらしかった。では彼女はどんな反応をしているのだろうと、二つ右の席に座っている杏を覗き込んだ。
「……」
退屈そうに髪をいじっていた。うん、予想通りと言えば予想通りの反応だ。
そうしている間にも、MCによる内容のあるようでないような会話で収録が進行していく。本当に内容があるのかと、試しに五秒前くらいの会話を思い出してみる――、思い出せなかった。
「ズバリ聞いちゃうけどさ、最近の怪盗、どう思う!?」
怪盗。
その単語がMCから発せられると、一瞬明智も、一緒に座っている生徒も、MCも、居住まいを正したようにゴソゴソと動いた。どうやら、皆この話題を気にしているらしい。
斯く言う俺も。テレビで見ない日はない、といえば誇張し過ぎなのかもしれないけれど、それくらい明智は怪盗団騒ぎにつけてテレビに出演しているように思えた。曲がりなりにも俺と同世代なのに、ハッキリと自分の意見を出せているのだから、世間の注目も伊達ではないのだろう。
本当に、世の中には型破りの高校生がそこら中にいるようだ。
「正義のヒーローなんて、本当にいたら嬉しいと思いますよ、僕」
「へぇ、頭っから否定じゃないんだ」
「これでも僕、サンタクロースとか実在したらいいのにって、未だに時々考えますから」
かわいー、とか、分かるーなんて率直な感想が女子生徒を中心にして漏れる。
こうやって親近感を沸かせるような発言をして、高校生で探偵なんて想像もつかないような人なのに、それでも親しみをもってもらう……という、明智の悪辣な作戦。――と邪推してしまうのは、単純に明智が女の子からモテているという事への僻みだ。
「……チッ」
案の定竜司が明らかに苛立っている。その気持ち分かる。
「でも、もし本当に怪盗がこの世にいるのだとしたら……」
「僕は、法で裁かれるべきだと思います」
……!
「斑目画伯のした罪は、重いです。許されるような事ではありません」
「でも、それを法律以外の尺度で勝手にさばくのは、ただの私刑……正義から一番遠い行いです」
正義から、一番遠い、行い。
私刑。
リンチ。
「相変わらず凄いね! カリスマっていうか、なんか話に聞き入っちゃうよね」
MCは明智をほめちぎる。生徒の中にも、明智に賛同している人がいるようだ。
論理にスキがない、ように思えてしまうくらいの、力強い断言。表面だけの言葉を弄ぶような、胡散臭い人とは一線を画しているのを、情けなくも感じてしまった。
明智が有名になっている理由が、なんとなく分かる気がした。
「……あ、君はさっきの!」
収録見学が終わり、どうしたものかと迷っていると、横から声が掛った。
「会えてよかった、お礼が言いたくてね」
……明智だ。
お礼――とは、俺がアナウンサーに話しかけられて、明智と少し議論する形になったということを言っているのだろう。もちろんこのような場に慣れていない俺は、最後から最後までタジタジだったように思う。杏や竜司から顰蹙を買っていたらどうしよう……。
アドリブの弱さを、遺憾なく発揮してしまった。
「やっぱりアンチテーゼがなきゃ、アウフヘーベンは起こらない……」
アウフ……なんて?
「ハハ、ごめんごめん。君との議論が、とても有意義だったってこと。あんなにハッキリと意見をぶつけてくれる人、僕の周りにはあまりいなくてね。大人たちは……」
明智の言っていることをそっちのけで、俺は明智を観察する。本当に印象が良くて、誰からも好かれそうだというような感じだ。それがどこか作り物めいてみえてしまうのは、やっぱり俺の僻み嫉みも入っているのかもしれないけれど。まあ、芸能界では人当たりが良くなくては叩かれたりするご時世なんだから、ある程度はそうなってしまうものなのだろう。本心だけでこの世界を渡っていけるひとは、もしかしたら殆どいないのかもしれないし。
「ハハハ、そんなに邪険に見ないで欲しいな。確かに……そうだね、僕が思っている事と君が思っていることはある意味、真っ向から対立してる。けど、そんな感情理性は抜きにして、僕と君とは仲良くなれると思うんだ。また君と議論してみたい、という下心はあるんだけれど」
そういって、明智は苦笑する。そんな明け透けな物言いが、俺にはどうしても引っかかってしまうんだけれど……まあいい。
どうしても猜疑心はぬぐえないけれど、やっぱり明智はいい奴だと思う部分もあるし。それに――。
『法律以外の尺度で勝手にさばくのは、ただの私刑……正義から一番遠い行いです』
あの断定に、俺はまだ反論ができていない。
代案なき否定は禁ず。
つまり、俺は今明智に宿題を出されているのだと思う。怪盗団を続ける意味、意義。それをなあなあにしたまま、目を逸らしながら、堂々と怪盗行為を続けられるくらいには、俺も肝が据わっていない。
ここ数日で、俺は考えすぎる性質があるみたいだし。ならばその答えが出せるまで、明智とはたまに話すようにしよう。
「本当に! 良かった、実は断られる可能性の方が大きいような気がしていたからね……。本当に、秀尽には面白い子が多いよ」
……ということは、秀尽にも親しい知り合いがいるということか。
こいつ、顔も広いのか……。天才は大体人見知りだって思った時もあったけど、明智は本当に完璧超人なのかもしれない。
「また会えるのを楽しみにしてるよ」
明智が言う。それに俺は、ああ、と短めに応える――。
「やぁ! 明智君じゃないか!」
「え? ああ、麻倉さんでしたか」
虚を突かれた明智だったが、すぐに切り替えて麻倉というらしい人と話し始める。やっぱり顔が広いな……。
「いやぁ、流石は明智くんだよね! 君なら、頑張れば芸能界だけでも生きていけるんじゃないのかな? その気はないかい? オレは女性が専門だけど、明智くんならプロデュースさせて欲しいくらいなんだよね」
「ハハハ、じゃあ僕も頑張っちゃおっかな。その気になれば、是非麻倉さんにお願いさせてください」
「もちろんさ! ああ、けど……今は、ちょっとね。大切な取引先ができそうな所なんだよ。だから今はちょっとアレだけれど、いやいや、明智くんがそう言ってくれるなら……」
今度は麻倉……さん? という……ええと、プロデューサーを観察。観察と大仰な事を言っているけれど、単に俺がその会話についていないだけだ。どちらの会話も速すぎて、追いつけない。そういう時は、黙って相手の出方を窺うしかない。
その後一言二言交わして、その麻倉さんはどこかへ行ってしまった。ずっと俺が立ち尽くしていたのに気づいたのか、明智は苦笑して、深いため息をついた。
「麻倉史郎さん、って人。プロデューサー。何回も芸能界に誘われているものだから、僕も少し困っちゃうよね」
その台詞を嫌味なしに言えるのは凄いな。もしそれを竜司に言わせてみれば、杏に蹴られる事必至だ。
「あ、もうこんな時間だ。ごめん、また直ぐに用事があったんだ。それじゃあね!」
そう言って、明智もどこかへ行ってしまった。残されたのは俺一人。竜司もトイレから全然戻ってこないし、杏も先に行ってしまった。
「おい! ワガハイを忘れるとはいい度胸だな」
突っ込みが鞄の中から聞こえてきた。モルガナ……は、うん、忘れていなかったぜ。
「嘘っぽいなぁ。まあ、それはいいとして……アイツ、どこかで見た事はないか?」
明智?
「違ぇよ。まあいいけどな。もう芸能界なんて懲り懲りだぜ。また変な奴に絡まれてるし」
それは、明智か。
「色々言われたしなぁ。杏殿も、少し考えていたようだから……ひょっとしてジョーカーも、揺らいだりしてないだろうな?」
それは……もちろん。
けれど……ちょっとだけ、胸につっかえるものを感じているのも、事実だ。
怪盗は正義なのだろうか。それとも、正義から一番遠い行いだろうか。
正義なんて言葉が抽象的すぎて、それを一人で抱え込むには少々、重すぎる話題だと思うし。
……色々な人に、聞いてみようか。