もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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日記4 5/27-6/7

5/27(金)

 

 双葉と出会った。UFOを食べた後はそれなりにおねむだったらしく、口をモゴモゴと動かしながら眠ってしまった。そのまま寝させる訳にもいかなかったので部屋まで背負う事になったのだけれど、双葉の体はなかなかどうして軽かった。普段食べている物はどこに行ったんだろう。力学の神秘を感じた。初めて部屋に侵入してみると思ったよりも散らかっていて、何も踏まずに双葉をベッドへ乗せるにはそれなりの努力を要した。入った瞬間双葉は苦しそうな声を上げていたけれど、なにか悪い夢でも見ていたのだろうか。……例えば、わけのわからない野郎に拉致られる夢とか。

 

5/28(土)

 

 割と久しぶりに一二三のいる教会へ行った。前に行ってからだいぶ時間が空いているというのに、何も言わずに将棋を指してもらった。相変わらず一二三は強い。夜からテレビ番組の取材があるという事で早めのお開きとなったけれど、最後まで一二三は泰然自若としていた。将棋に対するすさまじい才能を除けばただの女子高生なのだから、何か別にしたい事とかあるはずなのに、まるでそれは運命だから仕方ない。と読んでいるかのような、割り切りの良さだった。何か、普通に遊びに誘っても良いのかもしれない。杏も竜司も、付き合ってくれるだろうし。いや……喜多川も、かな。

 

5/30(土)

 

 なんとか目標としていた期日には間に合せる事に成功した。

 

5/31(日)

 

 起きたらなんと夕方になっていて、しかも体の節々が痛い。モルガナが俺の腰の上で丸まりながら、別段なにもせずにボーっとしていると、双葉が目の前に現れた。どうやら、ルブランにまでならクエストクリアらしい。なるほど。一応なんか疲れていそうな俺の事は気遣ってくれているようだった。嬉しい。今のところはどうにか隠せているようだけれど、双葉の事だから割とあっさりバレてしまいそう。怖い。

 

6/3(金)

 

 教会へ将棋を指しに行った。何故かいつもの弁舌を振るわない一二三に乗じて攻め入っていると、『将棋モード』ではない普通の一二三の口調で詰んでますよ、と投了を促された。将棋でないモードにも太刀打ちできないのかと絶望の淵で佇んでいると、一二三がグラビアの撮影をする事になったのだと打ち明けてくれた。貴方といると、ついつい口が弾んでしまいますと言ってくれていたけれど、全然そんな自覚はない。ただ、俺からはあまり喋らないから場を持たせるために喋ってくれたのだと思う。閑話休題、――

 

「嫌、なのか?」

 

「……はい。どうして、分かったんでしょう……?」

 

 そりゃあ、そんなに嫌そうな顔をしていると、誰でもそう思うに決まっている。

 

「そう……ですか。ふふふ」

 

 右手で口元を隠して笑って見せる一二三だけれど、心なしか元気がないように見える。無理やり感情を流し出したような、そんな不自然な笑み。

 気を遣われているようだ。

 

「嫌なら、断ったらいいんじゃないか?」

 

 聡明な一二三の事だから、勿論その選択肢も十分視野に入れているはずだ。しかし、どうしても気になって聞いてしまう。

 

「ええ……しかし、『将棋界を盛り上げたいんでしょ?』とその界隈の人に言われて」

 

確かにそのための助力となるのならば、仕方のない事なのかもしれません。と一二三は続ける。

 

「私も、ただ一人ではここまで来れていませんし……。あの、教会の神父さんだってそうです。最近は、孤高の人だなんて烙印を押されてしまっていますが……たくさんの人に励まされ、励まし合ってそしてここまでたどり着いたのです。人という字は人同士が支え合っているように見えるという例えそのままですが……私が誰かのそんな後押しになれるのなら、躊躇っている時間は……ありません」

 

 言い切る。

 いつものように視線を落として、終わった譜面をじっと見る一二三。

その何気ない所作とは裏腹に――振り絞るように言った言葉には、強い感情が籠っている。

 誰かのため。

 その為なら、自分を切り捨てる事も厭わない。

 俺は、そう言っているように思えた。

 

「あ、でも貴方は見ないで下さいね。そのお写真」

「何故?」

 

 なにゆえ?

 

「……貴方はもう、将棋、しているじゃないですか」

 

 

 そんな事があった。俺は不覚にもそんな彼女をカッコいいと思った。正直に告白しておくと、俺……いや、俺たちはそれほどまでの意志と覚悟はないのかもしれない。周りの環境があって、助けたい特定の誰かがいて、個人的な感情もない交ぜになって俺たちは今こうやって生きていて。あっちに行ったりこっちに行ったり、貫いている事なんて何一つないんじゃないかってくらい適当に過ごしている人にとっては、やはり一二三のような強いココロを持った人に憧れてしまうんだろうか。俺も、そんな人になってみたいなぁ。……今日はこんな調子でずっと書いていけそうだけれど、これ以上ポエミーな語り口をつらつらと並べても、明日には恥ずかしくなってやけを起こしてしまいそうなので、これでおしまいにしておく。もう、ちょっと手遅れかもしれないけれど。

 

6/7(火)

 

 双葉に初めて怒った。完膚なきまでに叱った。そしてギャン泣きされた。惣治郎には言わないと約束されたけれど、盗聴器は直ちに取るよう言った。……その後めっちゃ落ち込んでいたけれど、何かフォローをしてあげるべきだろうか? 一応彼女も女子高生の年なのだから……大丈夫、だよな?

 


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