もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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6/7『Theft』

 尋常じゃない量の雨が、頼りない屋根の上に降り注いでいる。

 時間は午前九時。普通なら学校の席に着いていて、船を漕ぐ杏の後ろ姿に釣られて俺も寝てしまうような時間帯だけれど、今日はモルガナを抱いてベッドで横になっていた。

 微妙に角度が悪いテレビの画面を見る。依然として世田谷区には大雨と暴風警報が発令されていて、今のこの大雨を見る限り、消えそうにない。

 つまり、今日は休校だった。

 いきなりポーンと休みが出来ると、何もせずダラダラしてしまう日が多い。本日も例に漏れずに暇を持て余す事になりそうだった。

 

「オイオイ……、昨日は勉強道具を一式買いに行ったんだろ? 勉強すりゃいいじゃねぇか」

 

 モルガナもモルガナでそれなりに気分が上がらないのか、俺の腹の上で丸くなりながらそんな事を言う。その通りだ。

 確かに昨日は勉強する気はあった。実際帰ってすぐさま行動に移すつもりだったのだ。しかし勇者フタバの介入によって、双葉のやりたい事リストを作るというタスクが舞い込んできたのだ。しかも最優先事項。実際それはものの一時間もかからなかったのだけれど、双葉が『おっ! スターフォルネウスじゃん!!』と言い出して勝手にゲームをやり始めた辺りから俺のスケジュールが狂い始めた。それまでの勉強に対するただならぬ意欲はかくも空しく消え去り、その積みゲーを一緒に崩した後時計を確認しれ見れば、ものの見事に勉強時間も消え去っていた。雨が降りしきる中双葉を送り届け、ご飯を食べて長湯に浸かり、気が付いた頃には短針がてっぺんを通過していた。恐るべし双葉。怪盗ばりに様々な物を奪われていった。

 

「ジョーカーの名が廃るぞ……。そんな下らない言い訳はいいから、今からでもやろうぜ」

 

 呆れ声でサッサと始めろと言わんばかりに尻尾を器用に俺の顔面へと多段ヒットさせてくるモナ。

 しかし総じて一度取りこぼしたものは、中々取り戻すのは難しいものなのだ。友人関係然り、スポーツの感覚しか……。

 

「いいからはじめろよ!」

 

 怒られた。

 いや、でも待て……何か俺は、しなくてはならない事があったはず。多分。勉強なぞ下らない事より、もっと大事で重要な事が……あ。

 ベッドから身を上げる。

 そのまま勉強机を通り過ぎて、階段へ。

 

「ちょ、どこ行くんだよジョーカー」

「ちょっと掃除してくる」

 

 

 

「なんできたの!?」

「掃除しに来た」

「訳が分からないよ……。てか、良く来たな。風邪ひいても知らないぞ!」

 

 いきなりの押しかけに動転しながらも、ちゃんと気遣ってくれる双葉。優しい。

 

「いや、でもちょっ……ええぇ……? 待って、ちょっと掃除させて」

 

 その掃除をしに来たんだけれど……。五分やそこらでどうにかなる程のカオスさじゃないと思うし。

 

「な、何故それを……ああぁ……あの時か。双葉ミスディレクション、した」

 

 語呂良いな、それ。一二三に教えてあげたいくらいだ。

 双葉誤方針。

 

「開けてほしい」

「やや、いやいや……いきなり人の部屋に上がり込むとか、ゴンゴドウダン。いくない」

「昨日、双葉も俺の部屋に来た」

「うう……」

 

 わたわたと慌てだす双葉。あまりにもここから話すのに慣れ過ぎて、向こうがどうなっているのかが大体分かってしまうようになった。このスキル、他にどこで使えばいいんだろう。

 

「ド……ドウゾ……」

 

 扉が開く。双葉を背負って来たのを入れれば、これで三回目か。ふむ……双葉が出られるようになった今でも、狭き門ではあるようだ。

 俺の部屋には普通に来るのに。

 入らせてくれない、理由。

 さてさて。

 中に入ると、部屋の明かりは消されていて、パソコンの画面からいびつな光が飛び出していた。その画面中央には黒いウィンドウが開いていて、緑色の英文字がびっしりと並んでいる。何をやっていたんだろう。

 ハッカー物の映画で、少し見たことがあるような気がするけれど。

 流石にパソコンの明かりだけでは掃除がままならないので、明かりをつけるボタンを探し、押す。改めて視界が開いたその先には、やはり多くのゴミだと思われる何かやゴミ袋が山積みになっていて、五分では到底終わるわけではないという事を再認識させられる。

 思ったより多い。

 彼女を運んだ時に見たものは、氷山の一角でしかなかったようだ。

部屋の外観を再確認。足元には切り取られた新聞が散らばっていて、左にはごみ袋積み所と化した物置がある。すこし視線を右にずらせば双葉を下ろしたベッドがあって、もう一つ右にずらすと、パジャマ姿の双葉が座り心地の良さそうな椅子で三角座りをしている。

押し入れらしいそれにはシールやら写真やらが……ちょっと待て。

 パジャマ姿?

 

「な、なんだよ……そんなジロジロ、見るな」

 

 おお……ホントだ。双葉がパジャマを着ている……。

 全体的にパステルカラーのようなピンク色で、そこかしこに小さなお花が添えられている。ううむ……筆舌に尽くしがたい可愛さだ。

 

「あんまり背は昔から変わってない。だから、人に見られない服はそのままだ」

 

 ……なるほど。

 

「BTW、掃除してくれるんなら……えっと、私はどうすれば良い?」

 

 三角座りで丸まりながら(?)、双葉は口をとがらせ……る。ううん、私服と何ら変わりはないはずなのに、どうしてだか目線のやり場に困る。新発見だ。

 

「取り敢えず、着替えてほしい」

「ふふん、了解した。では……」

 

 手の結びを解いて立つと、そのまま押し入れを開ける。そこから服を出すのだろうか……。

 

「サラダバー」

 

 パタン、と乾いた音がなる。

 そのまま入ってしまった。どうやらそこで着替えるつもりらしい。早速衣擦れ音が聞こえてくるし。

 ……。

 流石に無防備すぎる気が……。俺に押し入れを開けられる、とか考えるだろう、普通。

「そんなこと、出来っこないだろ?」なんて双葉にもなめられてるという線が濃厚だ。そんなに草食系に見えるのだろうか……。もっとガツガツ行くべきじゃないだろうか? と俺の悪魔的思考が語り掛けてくる。

 

「うん……んしょっと……」

 

 衣擦れ音。くぐもった声。

 やべぇ、俺には刺激が強すぎる……。やはり俺は草食系なのかもしれない。

 チキンとも言う。チキンなのに草食系とはこれいかに。

 おもむろに周りを見渡すと、双葉がいつもはめているヘッドフォンが目に留まる。これを使ってやり過ごそうか……双葉がいつも何か聞いているのか気になるし。ただの飾りなのかもしれないけれど、それにしては高そうだ。

 耳にあてがう。爆音のEDMが流れているかと思っていたけれど、なんというか、無音に近い音が流れている。

 

「ん……?」

 

これは、空気の音、だろうか。風が耳の辺りを撫でる感覚に近い。

 何か他に聞こえないのかと、耳を澄ます。すると……、

 

『はいよ、いつものな』

 

 これは……マスターの、声か?

 どうして?

 電話……しているようには思えないけど。マスターが接客をしている時のそれだ。

 ひょっとして……。

 

「あーあ」

 

 ヘッドフォンからではない、後ろから聞こえてきた声に反応して、振り向く。

 そこには、いつもの服を着た双葉が、苦笑いを浮かべて立っていた。

 

「バレちゃった」

 


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