「何してた」
「用があるのは隣の彼。貴方じゃない」
「尾行してまで聞きたかったのか?」
「それは……」
「とにかく今日は引け。見た感じおんなじ制服だから、また学校でも会うだろ」
立ち尽くしている俺を余所にして舌戦が繰り広げられる。今ここでその用件を聞き出そうかと考えてはみたけれど、あまり双葉には聞かれたくない話である事は明白だ。最近よく気配を感じていたのは彼女だったのか……。それにしても、制服のまま尾行とは中々……良く言えば大胆とも言える。
アメコミで顔を隠していたのは、多分気配を察知されたくなかったからだろう。しかし路上で視界不安のままフラフラと歩いたり、時々立ち止まったりしている様子を想像してみれば、どう見ても変質者のそれだ。逆に今まで気づかなかった俺が間抜けだったのかもしれない……。
「……そうね。じゃあ、また明日」
新島は苦々しい顔を浮かべて、左手に漫画を携えながら踵を返した。え、本当に帰るんだ。
双葉に警戒心を抱いたからかもしれない。という事は逆説的に、いつも尾行されている俺は舐められているという事なんだよな……。
「なんなんだアイツ……」
険しく目を細めて、口を一の字に曲げる双葉。さっきまでの逼迫したような雰囲気は鳴りを潜めて、いつもの感じになっている。瞳も動いていないし、小さな声でブツブツ呟いていない。
「まーいいや! 帰ろう! にしてもさー……その……」
この話は終わったとばかりに、左手でノートが入った袋を持ち上げながら両手を上げて伸びる。俺も釣られて伸びる。
思う存分伸びたかと思えば、今度は顔を伏せて、なにやら恥ずかしそうに肩をモジモジしている。
なんだろう。
「やっぱり……妹って思われるんだな、その、うん」
……。
あー……。
そういえば、そんな感じの事を新島が言ってた気がする。あの時は色々な衝撃があったのですっかり忘れていた。ううん、手を掴んでいたのは不可抗力があったとはいえしかし……。
どう返そうか迷って双葉をチラっと見ると、俺のレスポンスを待っているのか表情を固めたまま歩みを進めている。やべぇ、こっちまで恥ずかしくなってきた。
双葉は俺の事をどう思っているんだろう、とふと気になる。俺は双葉の友達でありたいと強く願っている訳だけれども、周りから見たらそう思われるとは限らないのだという事は、今知った。
俺がそうであると認識していても、彼女もそう思っている可能性は限りなくゼロに近い。という表現はあまりにも使い古されて陳腐なそれだけれど、つまりは使い古されている程大多数の人が感じている事なのだろう。俺は双葉といい友達でありたいと思っているが、双葉はそうじゃないのかもしれない。
そもそも友達と思ってすらいないかも。
それは、ちょっとリアルにへこむな……。
認識の齟齬。
認知。
歪み。
「なんか反応しろよー!」
と俺がへこんでいると、痺れを切らしたのか双葉が俺の脇腹をグーで突く。痛い。
「何も思いつかなかったらさっさと歩く! 曲がる! エスコート! 行くぞ!」
RPGの主人公とばかりに人差し指を前へ指さして悠然と歩みを進める双葉。最近やったゲームに触発されているのだろうか……。
「部屋まで案内する!」
「うーん……ここに来るの結構、久しぶり。ま、どこもかしこも、おひさなんだけどね~」
勇者フタバに先導されて行き着いた場所は、双葉の部屋でなく俺の部屋だった。
彼女は全然自身の部屋に入らせようとしない。何か知られたくない秘密があるのかと、眠った双葉を背負って入った時はあまり周りを見ないように心掛けた。けれど、不可抗力で視界に入ったものについては特に変わった事がなかった。
いや、まあかなり部屋の中は汚かったけれど。
自分の家で遊ぶより人のお家で遊んだ方が楽なんだろう……けれどあの部屋は俺にとって、中々掃除のし甲斐があった。
一日で屋根裏部屋を片づけた腕がなるぜ。
「スン……スンスン……しかし、人の部屋はやっぱり独特の匂いがあるな」
え……俺、そんなにニオう?
手の匂いを嗅ぐ俺を余所にして、双葉は買ったノートを取り出す。
「じゃーん。これに、ワタシがしたい事を書き込んでいって、出来たらそれに丸をする。そんな感じで使う、つもり」
死ぬ前にやりたいことリスト、みたいなものが一昔前に流行ったのを思い出す。ああいう用途で使うのかな?
「で、だ。それを確認して丸を付ける係を……その……もし良かったら、やって欲しい」
顔を伏せて、指の端と端を合わせて目を逸らす双葉。これが、彼女なりのお願いの仕方なんだろうか。
そういう事ならやぶさかでもない……けれど、別に自分で丸をすれば良いような気もするけれど。外に出れるようになって、その後は自分の行動次第でどうにもなるだろうし、誰の束縛も受けないはずだ。俺を挟む意味なんてあるんだろうか?
「ひ」
ひ?
……既視感があるような。
「ひとりじゃ多分、今はあんまできないと思う、から。今日も偶々来てくれなくっても、LINEで呼ぶつもりだったし。だから……必須アイテム的な?」
ああ……そういう事か。
つまりは自分で行動が出来るようになるまで、俺に見守ってほしいと言っているのだろう。その口実を、双葉は考えに考えて今日無理やり外に出たのかもしれない。そしてノートを買おうとした結果、そこで立ち往生してしまったのはなんだか、本末転倒な気がするけれど。
「いいじゃん……別に」
すねられた。
まあ、俺自身も願ったり叶ったりの話だ。一度外に出てそのまま終わりなのが一番良くないパターンだったから、こうやって双葉から行動を起こしてくれるのはとても嬉しかった。
双葉も、一生懸命変わろうとしている。
ノート代108円で元が取れすぎるくらいの事実を、俺は受け入れる。
「ホントに!? じゃ、じゃあ書こう……今すぐにだ!」
そうやって、時々つまらない話も交えながら、俺たちはそのノートに未来を書き入れていった。
雨脚が強くなる空模様も気にならない程に、その作業に没頭した。