もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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第二章『Confession Beneath the Fireworks』
6/6『Behind』


6/6

 

 定期テストが、あと一ヶ月まで迫っている。

 なんだあと一ヶ月もあるじゃん、と思っている方の気持ちは良く分かる。実際俺もそうだった。テスト勉強はテスト期間にすればいいだろ、と高を括って挑んだ結果、竜司や杏と肩を並べるという見るも無残な結果に。

いや、別にあいつ達をディスりたい訳じゃない。

それでもしかし、怪盗団が進学校の落ちこぼれ集団だという事実は少々、目も当てられない。

という訳で俺は、備えあれば憂いなしとばかりに筆記用具店に足を運んでいた。付箋、シャー芯、ノート……必要になってくるであろうと思われるものを、片っ端から詰めまくる。シャーペンって500円もするのか。高ぇ……。

ボールペンは一応、色んな種類のものを買っていこう。赤、青、オレンジ……あれ。

 

「あ……あわわ……」

 

 店の一角で膝を丸め、ノートを抱えたオレンジ色の物体Xがいた。

 言うまでもなく、双葉だ。

 

「お……おお!」

 

 双葉は俺の視線に気づいたのか、大声をあげて俺を目指して疾走する。危ないですので、店内では走らないようお願い申し上げます、お客様。

 

「やべぇ……死ぬかと、思った。銭湯行って、慣れたと思ったジブンを、今すぐにでも殴りたい……」

 

 なるほど……大体読めたぞ。

 俺に銭湯へ連行されて、一人でも外出できると踏んだ双葉は部屋から出た……ところまでは良かったけれど、人に酔って比較的静かな文房具店に一時避難したという感じか。

 ううむ、ポジティブで行動力があるという点は認めざるを得ない。

 しかし平日に双葉と会うのは随分久しぶりな気がする。いつもは暇な休日に俺が足を運んで部屋の前で喋っていただけだったから、こういうイレギュラーが無ければ会うのは中々難しい。

 マダラメのパレス攻略も相当に時間が掛かった訳だし。また一二三と会う時間も作らないといけないのだから、首だんだんと回らなくなってくる。

 

「うう……ちょっと、落ち着く。しばらくここで、待機な」

 

 そういって、双葉は俺の影に隠れて深呼吸をする。それを何回か続けていると、すーはーと繰り返す呼吸音に震えがなくなっていった。

 双葉がそうやって気を溜めている間に、俺は考える。確かに双葉が脱ヒッキーを成し遂げたのは喜ばしいことだけれど、どうしてそんな突然にそうしようと決めたんだろう。彼女が、ええと、ご都合主義的に部屋から出してほしいと望んでいた事は、あの日の述懐で知ることができた。しかしその日の俺の一つの行動だけで、彼女のしがらみが解かれて部屋から一人で出てきたというのは、ちょっと辻褄が合わない気がする。

 深読みしすぎなだけかもしれない。最近、少しこの性分が鬱陶しい。

 

「……あまり、あの部屋に閉じこもる事は好きじゃ、ない。だから、まー、大脱走だ。エクソダス!」

 

 大脱走。

 ……なにか、既視感があるような。

 しかし、店内で大声を出されるのは困りますお客様。

 双葉はあまり声の調節が得意じゃない。という事は大体勘づいていた。向こう何か月は惣治郎としか喋っていなかったのだろうから、まあ、仕方のない事だろう。

 

「けど、丁度いい所に来た。これなら、安心して帰れる。必須アイテムが揃ったぜ?」

 

抱えていたノートを掲げる双葉。何に使うつもりなんだろう。

 

「ふっふっふっ……それはまたのお楽しみだ! 楽しみは、またに取っておけ。残り物には福が……福がええと……scanfされる」

 

 なんて言ったんだ今。

 ともかく。

 俺は筆記用具諸々と、双葉のノートを持ってレジで精算を済ませた後、彼女と一緒に惣治郎宅へと向かった。ノートを渡すと、素直にありがとうと言ってくれたのは結構、嬉しかった。

 

 

「空がある。風が、気持ちいい。人が居て、喧噪があって、静寂がある。こんな感覚は、久しぶりだ」

 

 変に詩的な事を口にして、外の空気を目いっぱい吸う双葉。どこぞのディストピアから転生してきたようなセリフだなしかし……。

 

「ずっと部屋にいると、なんか時間が止まった気持ちになるんだ。ネットでニュースとか見ても、所詮は文字だから味気ない。だからなんか今は、生きてる、って、そんな実感がある」

 

 銭湯の日を除けば久しぶりのお外にテンションが上がっているのか、妙に饒舌な双葉。感動しているのはとても良いことだ。けどなんか、ここら辺がいーっとなるな。

 

「うるせーなー。いいだろー、別に……」

 

 ふてくされられた。

 

「逆に感動しない方が変だとワタシは主張する! 慣れすぎて、感覚が鈍って……きて……」

 

 反論を試みようとしかのか声を荒げた双葉が突然、何も言わなくなる。いきなりどうしたんだと少し頭を低くして顔色をよく見てみると、見たことのない剣呑な表情になっていた。

 そんなに機嫌悪くならなくても……ってうおっ!?

 

「……こっち」

 

 いきなり手を掴まれて、行き先とは90度違う道に引っ張られる。いきなりどうした、双葉。

 なんか自然な流れで手握られてるし……お客様。

 

「……次は、ここ」

 

 今度も同じ角度で曲がらされて、ついに佐倉宅とは真逆の方向に進む。なにか、忘れ物でもしたのだろうか。いや、それなら来た道を引き返せば良いわけだし……。

 声を掛けてみても、全然応じないし。目を見ても集中しているのか何かを必死に計算しているのか、ただ二つの瞳がビクビクと縦横無尽に彼女の目で動きまくっているだけだ。ブツブツと何か呟いているようだが、生憎今回は逆にボリュームが小さすぎて聞き取ることができない。

そんな調子で、右に左に早足で直進しては曲がって、曲がって直進してを繰り返す。俺はただ適当に行っているようにしか思えないが、真剣な双葉の表情を見ると、どうやらそうでもないらしかった。

 そして。

 

「……見っけ」

 

 双葉が、道で何故か漫画を読みながら歩いている女性を、俺を掴んでいる手とは反対のそれで掴んだ。え、ちょっと何やってんの、双葉。

 その女性は対して驚いた風もなく、アメコミを顔に当てて立ち尽くしている。彼女も双葉も何か悟った風に落ち着いていて、俺だけが取り残されているといった格好だ。全然状況が飲み込めない。色々突っ込みたいのと考えたいのとで思考が混ざって、ただ固まっているしかなかった。

 

「何やってる。尾行は、お前には向いてないと思うぞ。バレバレだし、簡単に見つかったんならただ付いてきてるのと同じだ」

 

 尾行?

 この見知らぬ女性……俺たちをつけてたのか?

 いや、見知らぬ女性じゃない。この輪郭と服装は、確かどっかで。

 

「……あなたに、妹さんが居たなんて。知らなかった」

 

 その女性は不敵に向き直って、顔を隠していたアメコミを下ろした。

 

「あなたの妹さんって、相当賢いのね。お手上げよ」

 

 彼女……新島真は肩を落としてそう言った。

 


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