もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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5/27『to “Known”』

 天井に架かっているファンがグルグルと回っているのを、火照った眼でボンヤリと見つめながら、俺は自身が犯した罪について考えていた。

 まず始めは暴行。スキンヘッドのおじさんを、怒りに任せ怪我を負わせてしまったやつ。これで俺の人生は急転、積み上げてきたものが一つ残さず爆発四散し、代わりに身に覚えのない、俺に対する悪い噂をトントンと積み上げることとなった。湯上りで頭がボーっとしているから、戯言が全然上手くないのはとりあえず置いておくとして……しかしこれにはれっきとした理由があったのだ。俺が恥じ入る筋合いはない。むしろ胸を張るべきだ。よってこれはノーカウント。

 そして不法侵入。曲がりなりにも人が住まうパレスであろうことか、土足と可笑しな装束を着て窓やら塀から侵入し、さらに盗みを働いた。……いや、これは認知世界のことなのだから、これも勘定に入れなくて良いだろう。

 つまり俺は、世間からはどう非難されようとも、自身のしょっぱい正義には反しないように一応心掛けてきたのだ。最近よくネタにされている、『一線を越えていない』ってやつ。

 ともかく。

 俺は未熟な高校生なりの考えと冷静さをもってして、万事物事を良く見つめ、そして生きていた。何も恥入ることはない……むしろ胸を張っていい半生を過ごしてきたと豪語してもよい。よかった。

 よかった……のだけれど。

 『女湯』と書かれた、中が見えないような構造をしているガラスに目を移して、先ほどやらかしたソレについて考える。

 恫喝。そして誘拐。外の世界を拒む少女を、卑劣な手段でおびき寄せ、すぐさま銭湯へ連行。怪盗の名に恥じぬ、圧巻の手際だと言っていい。

 しかしこれは、どう考えてもただの非道な犯罪行為であるという事実は、銭湯から出た後に、じわじわと俺の脳内に忍び寄ってきていた。

 湯冷めと共に、頭も冷めた。

 

「どうしよう……」

 

 頭を抱える。

 いや、どうしようなんて、どうしようにしても俺がした事は変わらないのだけれど。双葉が銭湯から出てきて「よしっ! 次は交番に行こう!」なんて言われてもおかしくない。されるがままだ。

 ……謝ろう。

 謝って済む話じゃないって事は、十分心得ているつもりだ。しかしまずは双葉に誠心誠意をもって謝罪の意を顕す。話はそれからだ。

 そう()()()()考えていると、富士の湯には見慣れない、オレンジ色の物がピンボケした目に映る。

 

「まだ風呂に入ってないのか? すげぇ顔、青いぞ?」

 

 双葉だった。

 諸々全て洗い流せたようで、染めた髪がいっそう艶やかになっている。出てすかさず眼鏡を付けたからか、少しだけレンズが曇っているように見えた。

 時間からすると、その長い髪を乾かすのに結構時間が掛かっていたのだろうか。

 

「ホントに? せっかく入んなら、もっと浸かる、べし!」

 

 台詞の通りベシッと人差し指を反らして、俺を指さす。か細い手でポージングをした双葉は、中々にキマッている。

 いやいや。

 それより、謝らないと。双葉独特の空気に流されてる場合じゃない。

 

「まーいい。疲れたし眠いしな。コーヒー牛乳飲みたい」

 

 すぐさま自販機へ走り、ビンのそれを買い蓋を外し、双葉に手渡す。「おー!」と声を上げながらも、それを受け取る。

 

「んじゃまー、後は……その……」

 

 言い澱む。

 なんだろう。心なしか頬が赤くなっているような気がするのは、お風呂あがりだからだろうか。

 

「……久しぶりに、UFO食べたい」

 

 

 

 双葉をルブランに上がらせ(幸い交番へは行かずに済んだ)、カウンターで待たせる。突っ伏すように机に頬を預けて、今にも寝てしまいそうな雰囲気だ。流石に寝るにはまだ早い時間だと思うけれど、まあ、眠たくなる気持ちも分かる。

 『CLOSED』と掲げられた札を見ておや、と思うと、マスターはいなかった。どうやら、どこかに出かけているらしい。双葉は人が苦手なようだから、客がいなくて助かる。

 一応UFOを開けてあげたが、やはり箸のスピードが遅い。トロンとした目をこすりながらなんとか口に運んでいる様子は、チキンラーメンを食べるポニョを彷彿とさせる絵面だ。

 別に期待していたわけじゃないんだけど、滝のように麺を啜り上げるアレを久しぶりに見てみたいとは思わなかったと言えば、嘘になるけれど。

 そんな双葉を見つめながら、今日あった事を思い起こす。双葉から何百ものウイルス付きLINEが送られて、銭湯に誘って、OK貰って。

 ……そういえば、OKしてもらった理由が謎だよな。

 掘り返す度にボロが出てきそうな計画だったと思う。いくらマスターをやり込めたとしても、双葉が彼に泣きついたりしていれば、マスターは普通に業者を呼んでいただろう。少し、いやかなり不潔になったかもしれないが、最終二日とも家から出ないで我慢するという選択肢もあったはずだ。なのに彼女は今ここに居て、眠たそうにUFOをモソモソ食べている。それとなく理由を聞いてみようか……。

 

「あー……。たぶん、変化が欲しかったんだと、思う」

 

 変化?

 そう喋る双葉は思ったより、いや、普段よりも饒舌で、淀みなく言葉を紡いでいく。早すぎる頭の回転が眠気で中和されて、その、とてもいい感じになっているんだろうか。

 

「外に出ると、ホントに色々あるんだろうって思う。色んな人に出会ったり、迷ったり、なんだかんだで着いたり」

 

 双葉は語る。

 カックンカクンと、首を上下左右に振り回しながらも、語る。

 

「けれど、ヒッキーになってるとそれがない。5ch流し読みして、バズってるツイートを適当に読んで、アニメ見て、それだけ。何もない。」

 

 ワタシには、何もない。

 そう言って、双葉の口元が歪む。誰かに憐れんでいるような、誰かを笑っているような、様々な感情が綯い交ぜになったような表情。

 双葉はやっぱり、感情が豊かな子だ。と、場違いにそう思う。

 

「けどそれを、部屋から出ないと決めたのは自分だって、分かってる。ここから出ないのも、自分の意志だって。そうやって自分を縛って、締め付けて、そうして……出なくなった。自分一人じゃ……出れなくなった」

 

 まるで、自分の中にもう一人自分が居るかのように、自虐を込めて双葉は感情を吐き出す。それは堰を切ったように溢れ出した感じではなかったけれど、段々と、俺の心に染みわたっていく。

 自分の中のもう一人の自分……か。

 

「だから……フラグが、欲しくなった……私の人生を変えてくれる、ご都合主義のラノベ的な……展開を、いつしか、望むように……なった」

 

 そのフラグが……俺だった?

 

「…………」

 

 スゥスゥと、空気が漏れる小さな音がルブランに響く。そちらを振り向くと、双葉が目を閉じて眠っていた。頬がグニャリと変形して、なんか餅みたい。

 結局謝りそびれてしまった……仕方がない、また今度にしよう。

 実に弾力のありそうなソレを突きたくなる衝動をなんとか抑え込んで、椅子で眠りこける双葉を抱え込んだ。……想像以上に軽いな。

 ええと……まあ双葉の部屋まで届けようか。一瞬自分のベッドで寝させることを考えたけれど、それをマスターに見られてしまったらどう誤解されるか想像するだけでも恐ろしい。

 余ったUFOは後で片づけてっと……おや?

 パックの中身を見てみると、焼きそばがない。しなびた野菜も奇麗さっぱりなくなっている。

 つまりは、微睡みながらもちゃんと全部食べてくれていた訳で。

 

「フフフ……ごち」

 

 勝ち誇らしげに、そんな寝言を言う双葉に、不覚にもドキッとしてしまう。口の周の広範囲についたソースの跡が、苦戦しながら食した様子を物語っていた。

 双葉……なかなかやりおる。

 腕から伝わるほのかな重みを感じながら、そう思った。

 


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