もしも、下宿初日に佐倉双葉と出会ったら   作:菓子子

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設定は出来る限り原作に準拠しています。
が、原作には色々と明かされていない設定がありますので、それらを解釈している場面が多少あります。
ネタバレ防止のため、第三章まで読み切られていない方は、感想欄をご覧にならないことをオススメ致します。
一部、原作の台詞をお借りしていたり、参考にさせていただいています。
『それでもいいよ!』という方は、どうぞお付き合いくださいませ。


第一章『From "Unknown" to "Known"』
4/9 『U.F.O』


 屋根裏部屋を半日中掃除していると、流石に小腹がすいてきた。

「言っておくが、あんまり部屋は期待すんじゃねえぞ」という佐倉惣治郎さんから言われた忠告の通り、趣を感じる木造の廊下一面に埃という埃がかぶさっている。

その上にもさらに埃が落ちている有様だから、掃いても掃いてもエンドレスで湧き出てくるような気がした。俺はその立ち込めるような粉をなんとか掃除した後、一息つく。

もうこのまま、寝てしまおうか……。

 ベッドをちらと横目で窺う。

 ううむ、やっぱりこちらも覆われている……流石に埃まみれで目を覚ますのは嫌なので、もう少し頑張らないといけないようだ。

では……アレを出すとしようか。

 眠気で落ちてしまいそうな目を擦りながら、もう片方の手でローソンのビニール袋をまさぐる。

ガラガラと特徴的な音を鳴らすそれを手に取って、階段へと向かった。

ギッ、ギッ、ギッ……と足を出す度に鳴る階段の音にちょっとだけ寒気を覚えながら、微妙に冷えた木の感触を足で味わう。

 電気を点けて、それでもなお薄暗いキッチンへ入る。ええと、ポットは……あ、あった。

 蓋をベリベリと剥がし、ポットに水を並々と注ぐ。タイマーをセットして前髪をいじりながら物思いに耽っていると、ここ最近の記憶がじわじわと蘇ってきた。

 犯罪、転校、下宿。一番初めの二字熟語がなければ、無限の未来に胸を躍らす晴れやかな展開かもしれないけれど、それが付いている俺にとっては中々に胸が痛い展開だ。俺の保護者兼観察者である惣治郎さんも冷たい印象だったし、これからの高校生活を考えると気が滅入ってしまう。あー…………。

 あれ、そうと言えば惣治郎さんはどこに行ったんだろう。「ちょっくらスーパー寄ってくる。勝手に外に出んじゃねぇよ」と言ってたけれど……近くにスーパー、あったよな?

そんなに時間が掛かっているという事は、何かとてつもない量を買い込んでいるのだろうか。ルブランを経営しているようだから、仕込み用かな?

 とつらつら益体のない事を考えていると、いきなり鳴った携帯の着信音にビビる。ただでさえ薄暗いんだから、やめて欲しいんだけど……惣治郎さんが忘れていったのだろうか。とりあえずそれが鳴りやむのを待つ。

 ……中々切れないな。

 首を限界まで伸ばして、画面に表示されている送信先を見る。ええと……『佐倉双葉』?

 佐倉?

 惣治郎さんのご家族か何かだろうか。しかし、惣治郎さんからはあまりそういった雰囲気には見えないし、そう言った話も聞いていないんだけれど。うーん……あ、ポット沸いてる。

 水を内側の線まで注ぐ。本当はそこまでキッチリとする必要はないとは思うけれど、何故かしてしまう。

 タイマーを三分にセット。その間に用でも足しておこうか……。

 椅子に座り込んで、スマホの画面を右へ左へとスクロールさせる遊びに興じていると、奥の方からカランカランと扉が開く音が聞こえてきた。どうやら、やっと惣治郎さんが帰ってきて――、

 

「そ、そーじろー……。ハラ、ヘッタ……」

 

 え、誰?

 明らかに惣治郎さんの声じゃない。女性……少女、の声? 随分と弱弱しいけれど……。

 

「なにゆえ電話でない……。HPがピンチ。あと3歩歩いたら、死ぬ。ゲームオーバー」

 

 妙にゲームチックな台詞に耳を傾けながら伺い見ると、そこには腹を手で押さえた少女がいた。

 肩や太ももが出た、やや奇抜な服にジャケットを羽織っている。

 特徴的なのはその大きな眼鏡と、鮮やかな赤に近い茶髪だ。流石に地毛ではないだろうし多分、染めてる。前からじゃあまり見えにくいけれど、耳にはめているのはヘッドフォンだろうか。

 

「……んん?」

 

 何かに気付いたらしい彼女は、鼻をスンスンとし始める。

 

「こ、この匂いは……!!」

 

 ユラリユラリ、ふらつきながらもある一点に吸い寄せられるようにカウンターにもたれ掛かった。

 彼女の視線の先にあるのは、みんな大好きカップ焼きそば『UFO』……それ、俺の。

 湯を入れて何分経っているかなんて、今の彼女には関係ないようだ。すぐさまUFOをキッチンの方へ持っていくと、俺の視界から消える。ややあって、水が跳ね返る音が聞こえてきた。……多分、湯切っているんだろう。

 そしてホクホク顔で、元々置かれてあった場所にカップ焼きそばを再設置する彼女。

 その脇に用意してあった箸を手に取るや否や、凄まじいスピードと凄まじく大きな音を立てながら麺を吸い上げていく。すげぇ、UFO食べてあんな嬉しそうな顔をしてる人、見た事ない……。作った俺としても、これ以上の反応はないな。なんだか俺まで嬉しくなってきて……いやいやいや。

 誰だこの子。

 そもそも俺はどうしてこうやって身を隠しているんだろう……。この構図だけ切り取ると、ただ和やかな食事風景をまじまじと盗み見ている訳で、なんだか余計な罪悪感が芽生えてくる。

冷静になれ、俺。

UFOを作ったのは俺で、勝手に上がって来て俺のUFOを食べたのは彼女。俺には全く非はないんだ。

 

「あー……。ワタシ、復活。やっぱり、焼きそばはコレに限るな……」

 

 カウンターにもたれ掛かって、今度は実に満足げに腹をさすっている正体不明の彼女。

 というかもう食べたのか。

 小さい体ながらとんでもない早さだ……とか感心してる場合じゃない。このままじゃ俺の待ちに待ったUFOを食い散らかされた挙句逃げられてしまう。

 よし。

 

「あの」

 

 声を掛ける。向こうを向いていた彼女が、姿勢はそのままでこちらを見る。

 

「……」

「……」

 

返事が返ってこない。

が、口が微妙に開いて、目をまんまるに開けているから、一目見ただけで驚いて言葉を失っているのが分かった。

 

「…………」

「…………」

 

 ……長いな。

部屋の空気が固まった心地がする。まるで時間が止まったんじゃないかと思う程に。

 

「……ええと……」

「……………………ひ」

「ひ?」

 

 「ひ」と言ったのは恐らく、息を吸い込んだからだろう。その証拠に、食べてる時はあんなに緩んでいた顔が、めちゃくちゃ引きつっていく。

 その後に起こることを予感させるには、十分すぎる表情だった。

 

 

「ひぇぇぇぇぇぇええええぇえぇぇぇええ」

 

 カウンター席を蹴り散らかして、一度躓きながらも立ち上がって扉へ一目散に走る。すると不思議な事に、ひとりでに扉が開いていく。

 

「あー、腰が痛ぇ……って、え、双葉!?」

 

 惣治郎さんだった。どうやら彼が絶好のタイミングで開けたらしい。

 ……ん? 今、双葉って……。

 

「お前、部屋から出て……うおお!?」

 

 その惣治郎さんまでもを突き飛ばし、彼女は外へと飛び出していった。

 散らかったカウンター椅子と、派手に尻もちをついた惣治郎さんに、空になったUFOの残骸と床に落ちた箸。

 彼女の正体に疑問は持ちながらも、そんな局地的過ぎる台風が過ぎ去ったような光景から、これを全部片づけないといけないのかという事に気付く。

 ……今日はあまり、眠れなさそうだ。

 


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