マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第九話 巣立ちの時

 

「おおっと、そんな程度の腕前じゃ、撃墜どころかハンデにもならねえぞ。」

わずか数メートルの距離を死の閃光が走り抜けていく。リオンの搭乗するスパルタニアンは漆黒の宇宙を裂く中性子ビームを巧みに交わしながら飛翔する。時折、酒瓶を取り出してラッパ飲みをしながら、盛大に悪口雑言をまき散らしながらの演習である。

演習と言っても、相手は演習用からかけ離れた本気の攻撃を出しており、被弾すればただでは済まない。それを知っていながらリオンは助けを求めることもせず、久々の宇宙を堪能していた。敵は7機。それに対するこちらは1機だけ。

「3人の坊主どもを置いてきたのは正解だったな。この調子じゃ演習なんてほざいている間にあの世に直行することになったろうぜ。だが――。」

リオンは突進してきた1機を華麗にかわし、相次いで突っ込んできた3機をかわし、反転きりもみしながら、敵の砲撃を交わし続けていた。

「この俺を相手に、随分と舐めた真似、してくれたじゃねえか!!!」

リオンの表情が変わる。次の瞬間、彼は操縦かんに内蔵された攻撃ボダンを押していた。

 

 光球が明滅し、死の花火が上がったのをレヴィ・アタンの乗組員も他のパイロットたちも見ていた。

 

「野郎!!」

「よくもアーガスを!!」

「構わねえ!!親父さんには悪いが、本気でバラしちまえ!!」

スパルタニアンの荒くれたちは仲間の仇と言わんばかりに殺到してきた。それでいてフォーメーションは見事に整っている。リオンの機は彼らの近くをまるで翻弄するかのようにぎりぎりに飛んでいく。

 

「わっ!!」

「ぎゃっ!!」

「のあっ!!」

 

追尾しようとした3機が激突寸前となり、慌てて舞い上がったが、リオンの中性子ビームの反撃を受け、交わそうとするところを団子状態になって激突して四散した。

「これで4機!!」

リオンは手近の一機に襲い掛かった。相手は恐怖の悲鳴を上げて反転しようとするが、どでっぱらを狙撃されてあっけなく散ってしまう。

「5機!!」

リオンは残る2機を追っていった。先ほどの威勢はどこへ行ったのか、逃げるようにして交わし続ける2機をいたぶるように追尾し続け、散々に翻弄した挙句、斃した。

 

リオンは機のシミュレーションポッドから這い出てきた。顔を上げると、顔面蒼白になりながら仲間に手を貸されて引きずり出されていく7人のパイロットたちの姿があった。

「師匠!!」

例の3人組が駆け寄ってきた。

「かっこよかったっス!!」

「惚れなおしました。」

「さすがは・・・!!」

小僧たちをいなしながら、リオンはパイロット集団に向き直った。

「いいか、レヴィ・アタンだかなんだか知らねえが、艦の規律だのなんだのとほざくのは艦長だけで充分だ。貴様らはそんな寝言を言っている暇があったら、まずは自分の技量を伸ばせ。今のままじゃ10秒と持たずに間違いなくあの世行きだぜ。」

「・・・・・・・。」

皆シミュレーションポッドに乗り込む前に上げていた罵声と憎悪の塊を投げつける気力さえないようだった。中には足が震えて立てない者もいる。それほどリオンの技量は叩き付ける様などう猛さをもってパイロットたちを襲ったのだ。

「行くぞ、小僧共。」

3人組に声をかけ、さっさとリオンは格納庫を後にし始めた。

「生き残りたきゃ、そして、さっきのような目にあいたくなきゃ、死ぬ気で訓練して強くなるんだな。」

と、顔だけ集団に向け、さっさと去っていったのだった。

 

「艦長!!」

 

この様子を別室から見ていた古参の士官が憤りの声を上げた。

「わかっとる。彼奴には灸をすえてやる。だが、それ以上に灸をすえなきゃいかんのは、あっちのほうだ。儂は少々耄碌しとったらしい。あんな腑抜けに成り下がっていたとはおもいもしなかった。・・・・おい!!」

「了解であります!!」

古参の士官のわきにいた屈強な集団が口々に了解の声を上げると、一目散に格納庫に走っていった。これから据えられる灸を思うと、古参士官も戦慄を禁じ得なかったが、考えてみると無理もない事だ。もう半年以上もパイロットたちは実戦を経験しておらず、酒場でくだを巻くか、気勢を上げるしかしていなかったのだから。

「儂の車いすをベルティエ大尉のもとにやってくれ。」

艦長は従卒に命令した。

 

* * * * *

「あなたは・・・・。」

ミーナハルトは言葉を失った。パエッタ中将の事はよく知っている。知らないどころの話ではない。ミーナハルトもまた、ロボス元帥の幕僚をしていた時期があり、その際にパエッタ中将に度々会う機会があったが、かつての艦隊司令官が一介の少佐の家を尋ねるに至るに至るほどの相互知悉の関係はこれだけでは築けない。

「あがって良いかな。」

茶色の頭髪には白いものが混じっており、しわも刻まれていた。表向きにはできない苦難の日々を過ごした後がそこに見え隠れしていたのだ。かつて満ち溢れていた良くも悪くも頑迷と言っていいほどの覇気は今は見られない。

「でも、居間が散らかっていますし――。」

「君の息子さんの荒事は、ここに来る途中、数ブロック先まで聞こえていたよ。」

ミーナハルトは顔を赤くした。それでいて誰もこの家に抗議に来ないのは、このあたりに住んでいる人間は、もう自分たちくらいだけだったからだ。

「長くはいられない。今日は渡すものがあってやってきた。それだけだ。」

「・・・・・・・。」

ミーナハルトはパエッタ中将の顔を5秒ほど見つめると「どうぞ。」と言ってリビングではなく、台所に通すことにした。そこにはフリオの手は伸びなかったと見え、良く片付いている台所はそのままになっていた。

「あの方からだ。一度会いたいと言ってきておられる。」

パエッタ中将はジャケットの懐から手紙を出して、ミーナハルトに差し出した。あの方、と聞いたミーナハルトの内心を戦慄が走ったが、彼女は表向きそれを出さないようにしていた。

「返事は・・・今出さなくてはならないのでしょうか?」

「いや、私は頼まれただけだ。返答は君自身が行いなさい。」

パエッタ中将の態度はどこか冷ややかだった。それは自分にむけられたものではないことをミーナハルトは知っていた。

 

かつて、ロボスファミリーと言うほどではないにせよ、トリューニヒト派閥として共同歩調を取っていた時期は確かにあったのだ。

 

そう、あのアスターテ星域会戦までは――。

 

レグニッツァ、第四次ティアマト、そしてアスターテと散々に帝国軍に敗北した第二艦隊司令官は後にクブルスリー本部長の後任として第一艦隊司令官に就任するも、ランテマリオ星域会戦においてまたも帝国軍に敗北した。大会戦において、史上4度の敗北を経験した司令官は彼くらいだろう。

ふと、ミーナハルトはかつての上官を立たせたままであることに気が付いた。

「お茶をお出ししていませんでした。それに、お座りになってはいかがですか?」

「いや・・・・。」

断りかけたパエッタ中将は、

「では、少しだけ厄介になろうか。」

と、腰を下ろした。手元から端末を取り出していじったのは帰りの無人地上車を依頼したのだろう。ミーナハルトは黙ってお茶の支度をし、黙ってパエッタ中将に差し出した。沈滞していた食堂の空気に、ほんの少し、馥郁とした彩が立ち上る。それでも、二人の間に降りた重い沈黙の幕を上げさせるには至らなかった。

「閣下は、今度の戦いに参戦されるのですか?」

重い沈黙に、先に耐えきれなくなったのはミーナハルトだった。

「・・・・・・・。」

パエッタ中将は黙って紅茶を一口飲み、ソーサーに戻した。乾いた音が虚ろに食堂に響いた。

「私にはもうその力は残っていない。その意志もない。レグニッツァ、ティアマト、アスターテ、そしてランテマリオ。会戦のたびに敗北した私を、誰が受け入れてくれるというのかね?」

「それは・・・・。」

ミーナハルトは言葉に詰まった。ヤン・ウェンリー元帥の華々しい活躍と必ず対比されるのが目の前にいる中将である。ミラクルヤン、魔術師ヤンの活躍ぶりが必要以上に喧伝された側面は否めない。敗戦続きの同盟にとって、誰かを英雄に仕立てなくては、市民が納得しないからである。

 

だが――。

 

ミーナハルトは思う。誰かを英雄に仕立て上げるということは、誰かを悪玉に仕立て上げるという事にもつながるのではないか、と。

 

ヤン・ウェンリーの活躍ぶりを喧伝するについて、どうしても彼の上官であるパエッタの名前が出てくることは避けられなかった。ロボス・ファミリーではなかったものの、トリューニヒトとも悪くはない関係を築いていたこの司令官は、アスターテでの敗戦の後、トリューニヒトから一瞬にして切って捨てられたのだ。その代りに台頭したのがヤン・ウェンリーである。ヤン自身はどう思っていたのかはミーナハルトにはわからないが、見る人が見ればこうは思わないだろうかと思う。

 

パエッタを犠牲にしてヤンが司令官の地位を奪取したのだと。

 

「君は何か勘違いをしているようだな。」

ミーナハルトは顔を上げた。パエッタ中将がこちらを見ている。

「私はヤン元帥・・・いや、ヤン・ウェンリーについては好きではない。結果こそ出しさえすれど、勤務ぶりはあまり賞賛すべきものではなかったからな。だが、だからと言って彼の作戦案を蹴り続けていたのは他ならぬ私自身だった。」

「・・・・・・。」

「彼の作戦を取りあげていたら、レグニッツァで我が艦隊の被害は少なくて済んだだろうし、ティアマトでは今のローエングラムを討ち取ることができたかもしれない。そして、アスターテにおいては、少なくともムーアの艦隊を救うことはできただろう。いずれにしても、私自身の決断が多数の将兵を死なせる結果となったことには間違いはない。」

こんなことを言っても、今更どうにもならない事だがね、とパエッタ中将は苦笑を浮かべようとしたが、それは苦渋の表情にしかならなかった。

「私たちは人間です。人間である以上、必ず情という物がどこかに入ります。」

「君は私を慰めようとしているのかね?」

「いいえ、事実を言ったまでです。」

ミーナハルトは静かに言った。

「そうか・・・・・。」

「ですから閣下、こんなことを言うこと自体何の資格もないことは重々承知していますが、まだあきらめになられるのはお早いのではないでしょうか?」

「・・・・・・・?」

パエッタ中将は意外な言葉を聞いたというようにミーナハルトを見た。

「君からそんな言葉が出るとは思わなかったな。往年のロボス元帥の絶対零度の妖刀と言われた君らしくない言葉だ。」

ミーナハルトはかすかに首を振った。その異名についてはもう聞きたくもない。パエッタ中将もそれを感じ取ったのか、それ以上広げようとはしなかった。

「閣下。閣下を責めようなどとする人間よりも、閣下を必要となさっておられる人間の方が多いはずです。ビュコック元帥も、チュン・ウー・チェン大将閣下も、皆あなたの参戦を心待ちにしておられると思います。」

「・・・・・・・。」

「私は先日チュン・ウー・チェン大将閣下とお会いしました。少なくともあの方は過去をいつまでも引きずるような方ではないと思います。」

「知っているよ。ランテマリオでの戦いの前に私自身も彼らと話をした。だが、もう遅いのだ。」

「・・・・・・・?」

「あまり余命が長くないのでね。」

「・・・・・・・!!」

 衝撃を受けたミーナハルトに、パエッタ中将は淡々と話した。すなわち、自分は重い放射線病におかされているのだと。

 

ランテマリオ星域会戦において、パエッタ中将の旗艦パトロクロスはまたも被弾し、核融合炉に損傷が及んだ。運良く助かったものの、パエッタは軽くはない放射能を浴び、治療中の身となってしまったのである。

そのことをパエッタ中将は淡々と話した。既に決まってしまった運命を受け入れる体制が出来上がっているのだろうとミーナハルトは思った。

「いっそ戦場で戦死してしまった方がまだよいのではないかと思うときがある。だが、私にはまだやるべきことがある。戦場には出られない。」

「やるべき事?」

「頼まれているのだ。ある人から。言っておくがそれは私事ではない。自由惑星同盟の存続にかかわることなのだよ。」

ミーナハルトはパエッタ中将を見た。様々な無音の疑問符が沈滞した空気をかき分けて彼の元に届いた。

「君には言えない。だが、覚えておいてほしい。戦場で命を賭すだけがすべてではない事を。そして、自由惑星同盟をどうにかしようとしている人間は、ビュコック元帥、チュン・ウー・チェン大将だけではないのだという事を。」

「・・・・・・・。」

「あの方たちを非難するつもりはない。その資格もない。だが――。」

外でかすかなクラクションが鳴り、同時にパエッタ中将の端末機が反応した。彼は重々しい動きで立ち上がった。迎えが来たのだ。

「お茶をご馳走様。」

言いかけた言葉をお茶の最後の一滴と共に飲み干し、かすかにミーナハルトにうなずきかけると、パエッタ中将はもう振り返ろうともしなかった。

「自由惑星同盟は、どうなるのでしょうか?」

玄関を出ようとする中将の背中にミーナハルトの声が届いた。

「君自身のことについては、君自身が決めることだ。もう、君はあの方の呪縛を受けてはいない。それが感じられないとするならば、それは君自身の問題だろう。」

ミーナハルトは自由惑星同盟のことを尋ねたのだ。だが、パエッタ中将はその問いの中に潜む真意を一瞬で見抜いたらしい。ミーナハルトは訂正もせず、ただ玄関の扉がしまるのを見つめているだけだった。

「私が、決めること・・・・自分自身で決めること・・・・・。」

地上車が遠ざかる音をかすかに聞きながら、ミーナハルトは立ち尽くしていた。

 


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