マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第八話 大いなる決意へのプレリュード

「帰ってきた・・・・。」

艦内に一歩入るなり――正確には車いすだったが――老人はつぶやいた。まさに奇跡的だったが、どこかでは当然のような気がしていた。というのは、あれほど悪名をとどろかせた戦艦が放棄されるはずはないと思っていたし、往年の鬼艦長としてこれまたその名をとどろかせた自分が生きていれば、きっとそこに戻ってくることになるだろうと思っていたからだ。

「どうですか、キャプテン。」

車いすを押しているのは、往年自分と共に暴れまわった部下の一人だった。戦艦レヴィ・アタンに戻ってくることを知った旧部下たちが一斉に乗り組みを志願してきたのだ。

「あぁ。何もかもが昔のままだ。」

自由惑星同盟の軍服を身に着け、しっかとベレー帽を目深にかぶり、杖を大事に抱え込んだエマニュエル老人は、しみじみと吐息を漏らした。部下は車いすを艦橋のかつての指揮官席へと押していった。レヴィ・アタンは未だにドックに入っていたが、いつでも進発できる用意が整っていると整備兵たちから言われていた。本来であれば宇宙に飛び出してからの乗艦になるのだが、この悪名高い戦艦の往年の艦長は一刻も早く乗艦したいと申請し特別に許可されたのである。

「悪くねえ艦だ、レヴィ・アタンだとか言ったな。」

後ろから声が聞こえる。

「おい!!てめえ、この艦を軽々しく呼ぶんじゃねえ!!」

部下の荒くれ共が一斉に剣呑な目つきで発言者を睨む。リオン・ベルティエ大尉はいっこうに気にする風もなく、艦内を眺めまわす。

「手前らは、丘の上では偉ぶった口をききやがるが、スパルタニアンで俺にケツを追っかけられた時にはどうなるかな?」

『何ッ!?』

「よせ。小僧共。」

エマニュエル老人の凄みのある声が一同を黙らせる。中でもチンピラ3人組は青い顔をしている。

「言ったはずだ。艦長はこの俺だ。余計な真似をすればすぐに半死半生でたたき出す。そうなれば元の路地裏に逆戻りだぞ。地べたに寝そべって帝国の奴らの足裏を嗅ぎたくなけりゃ、おとなしくしていることだ。」

「艦内ではあんたの指示を受ける。だが、スパルタニアンに関しては俺の意見を聞いてもらう。アンタが艦だけじゃなく、スパルタニアンに関してもこの俺を上回る技術を見せてくれるんなら、話は違うが。」

リオン・ベルティエ大尉は酒瓶を傾けて酒を飲んだ。酒臭い息を吐き出すと、一同が殺気をはらんだすさまじい目つきで彼をにらみ据えた。

「おい。マルコ。」

エマニュエル老人は部下の一人を呼んだ。嫌悪の目つきでリオンをにらんでいた浅黒い30代の兵が駆け寄ってきた。

「お前、何人かを連れてスパルタニアンの格納庫に行ってこいつの相手をしてやれ。スパルタニアンに関しては玄人だそうだ。」

「わかりましたキャプテン。」

マルコはしゃちほこばって答えたが、リオンと3人を見返す眼は異様なきらめきを放っていた。

 

 そう、レヴィ・アタンは隠されていたドックから回航され、ハイネセンの衛星軌道上に到着したのである。他の艦艇も続々と到着してきていた。

 

* * * * *

チュン・ウー・チェン大将とアレクサンドル・ビュコック元帥は迎撃の準備を着々と整えていた。あの滅入る様な記者会見の後、ビュコック元帥は数歳老け込んだように見えた。記者会見は生放送だっただけに、軍が発表した真実を知った同盟市民たちはパニックになり、関係窓口に電話をかけまくった。それは統合作戦本部の受付でさえ、例外ではなかった。

ロックウェル大将は厳重な抗議を宇宙艦隊司令部に送ったが、ビュコック元帥の一喝によって封殺された。

「抗議をするくらいならば、自分で記者会見に出てくれればよかったのだ。」

と、言葉を聞いていた幕僚、スタッフ全員がビュコック元帥に賛同する思いだった。自分たち実働部隊がこれほど苦労しているのに、統合作戦本部は補給、情報部長を除いて協力する者が皆無だったからである。

 

今や最後の抵抗を試みようとする気概のある者は悉く宇宙艦隊司令部に集まってきていた。中には統合作戦本部のエリート士官でありながら辞職届を統合作戦本部に叩き付けて、宇宙艦隊司令部への就職願いを血書して臨む者もいた。

「まだ同盟も捨てたものではありませんな。こんなにも志願者がいるとは思いもよりませんでしたよ。」

リー・ヴァンチュン後方勤務部長代理が感慨深そうに言った。情報部長トーマス・フォード少将もうなずいている。

「真の人材はその国が本当に危機に陥らない限り見つけ出すことはできない、と古代の誰かが言ったように記憶しておりますが、それは本当でしたな。」

「感心している場合ではないぞ。目下のところ討議すべき問題は多くある。では、参謀長始めてくれんかね?」

ビュコック元帥の言葉に参謀長は各人の手元の資料に注意を向けさせた。

「時間がありませんから、項目を絞って協議することとしますが、それでもいくつかの無視できない問題はあります。」

 ビュコック元帥とチュン・ウー・チェン大将は幕僚たちと共に協議を重ねていたが、その中で無視できない材料は幾つかあり、消すことができていない。

 第一に、現在のところ、指揮官が圧倒的に不足しているという事である。クブルスリー大将は未だ病気療養中で身動きできなかった。無理をすればできないことはなかったし、クブルスリー大将自身も出撃したがっていたが、ビュコック元帥・チュン・ウー・チェン大将サイドとしては、としては自分らに万が一のことがあれば、最後の最後の頼みの綱は彼だと思っており、そのことを何度も話して納得させた。残された制服組の中でけじめをつけうるのは彼しかいないのである。

 次に候補に挙がるのは、パエッタ中将である。レグニッツァ、ティアマト、アスターテで惨敗した将官だったが、ランテマリオ星域会戦では劣勢の中、部隊をよくまとめて戦った。

だからこそ、ビュコック、チュン・ウー・チェンサイドは彼にもう一度戦ってほしいと願っていた。彼は退役願いこそ出していないものの、事実上予備役扱いで軍の職務から身を引いて余生を過ごしている。だが、再三の要請にもかかわらず、パエッタ中将がこちらに来ることはなかった。かつて帝国領侵攻の際に活躍したアル・サレム中将は重傷を負ったものの回復しているため、彼にも、と言う声はあったが、彼もまた再三の要請にもかかわらずこちらに来ることはなかった。

「仕方ありませんな、後はたたき上げのメンバーを昇格させるほかありますまい。幸いなことにカールセン閣下は続投を申し出てくれておりますし、かくいう私も引継ぎが終わり次第戦場にはせ参じる覚悟でいますよ。」

 と言ったのは、ザーニアル少将だった。彼の言う通り、残るはたたき上げのメンバーばかりだった。艦隊運用部長ザーニアル少将のほかに、マリネッティ少将、ラルフ・カールセン中将が参戦することとなったのである。

 

 次の目下の懸念はガンダルヴァ星域に駐留するシュタインメッツ艦隊が動くことはあるか、という事である。自由惑星同盟における戦力が少ない以上、シュタインメッツ艦隊と戦って勝ちうるかどうか、と言うところであったし、仮に勝てたとしても帝国軍本隊を相手に疲弊しきった同盟軍では勝ち味はさらに薄くなる。

「シュタインメッツ艦隊の正確な数はわかりませんが、おそらくその任務の都合上我々と同等の戦力は保有しているとみて間違いないでしょう。2万隻弱の戦力を相手に、混成艦隊の我々がどこまで戦えうるかは疑問です。また、勝ったとしても次に控える帝国軍本隊との決戦には大きく消耗したまま臨むことになり、勝算はさらに薄くなるでしょう。」

チュン・ウー・チェン大将が言った。

「ふむ、するとシュタインメッツ艦隊は放置しておくのが無難という事か。向こうは帝国臣民に危害が及べば即刻ハイネセンに向かって進駐する旨通達してきておるが、これは裏を返せば、こちらが手を出さない限りは向こうも手を出さない、という事を示唆して居るかな。」

「おっしゃる通りです。」

ハイネセンにおける帝国の1万余の文民武官は事実上の軟禁状態にあって、双方ともにできうる限り刺激することを避けていた。

 自由惑星同盟側は「警備部隊」と称して少なくない人数を配備して付近を通行止めにしていたし、帝国も指定された区域から出てくることはなかった。

「しかし、帝国軍本隊の先陣のビッテンフェルト艦隊がシュタインメッツ艦隊に合流してしまえば、話は別なのではないですかな?」

トーマス・フォード少将が疑問を呈する。

「貴官の意見にある可能性も無視できんじゃろう。だが、手出しはせん方がいいというのが儂の意見じゃ。ビッテンフェルト艦隊とシュタインメッツ艦隊を相手取って戦ったとしても、結果はシュタインメッツ艦隊を相手取った時よりも悪くなる、という結末しか儂には見えんからな。」

一同は唸り声を上げた。

「シュタインメッツ艦隊は放置する。」

ビュコック元帥が結論を出した。

「仮にシュタインメッツ艦隊がハイネセンに出撃するのであれば、儂らはハイネセンにいる1万余の帝国人を人質にとることとなるだけじゃ。むろん卑怯な手であることは百も承知じゃが、この際手段を選んではおれんからな。」

「ですが、シュタインメッツ艦隊が強硬強襲することは本当にあり得ないでしょうか?」

リー・ヴァンチュン後方勤務部長代理が尋ねた。

「その可能性はゼロではないよ。だが、少なくともシュタインメッツ提督自身はカイザー・ラインハルトの指令や意向を無視しうる人間ではないと思う。確実ではないのだがね。シュタインメッツ艦隊にとっても、無用の犠牲を払うことは潔しとしないだろうし、カイザー・ラインハルトの『楽しみ』を奪うような真似はしないだろう。」

と、チュン・ウー・チェン大将。

「・・・・戦場で最後の同盟軍と一戦を交えるという事ですな。」

ザーニアル少将の言葉に一同沈鬱な表情を浮かべた。カイザー・ラインハルトのその性質は常に戦いを欲していたことは後世の歴史家がひろめたことによってよく知られているが、この当時であってさえ、彼の戦いぶりは、その目的はともかくとして、その色合いだけは敵においても広く知られているところだったのである。

「そういえば、まだ舞台をどこにするか、司令長官閣下はおっしゃられていませんな。一世一代の晴れ舞台です。よほど御存念があろうかと思いますが。」

トーマス・フォード少将の言葉に、ビュコック老元帥は笑い声を上げた。

「このような老いぼれが一世一代の晴れ舞台などと言う言葉に似合うと思うかね?ま、それはそれとして儂も随分とそのことは考えた。貴官らの前で負けるなどと言う言葉は不吉そのものかも知れないが、負けるにしても敵を戦慄させる負け方をしたいと思っておる。」

チュン・ウー・チェン大将を除き、一同がいぶかし気な顔をしたので、

「わからんかね?ヤン・ウェンリーがやろうとしたことを、儂もやってみるというのじゃよ。そう・・・・。」

ビュコック元帥は皆を見回しながら言った。

「戦場において、カイザー・ラインハルトを倒すことだ。」

老元帥の放った一言は会議室の清浄な空気を飛んで、一同の鼓膜に飛び込んできた。それが一陣の戦慄を引き起こすのに一瞬の間があった。

 

 

* * * * *

ミーナハルトは自宅の自分の部屋で額に手を当てていた。階下でズシンズシンという音が響くのは、フリオが荒れ狂っているからだろう。時折喚き声ともつかぬ罵声がする。

「クソッタレ!!同盟の腰抜けのクソッタレ!!クソォッ!!!!!」

息子が荒れるのは記者会見が原因だった。そのようなものに無関心そのものだと思っていたので、こんなにも息子が荒れるのはどうしてなのか、ミーナハルトにはわからなかった。血相を変えて叩き壊している息子をしり目に二階に駆けあがってしまったからだ。

「なんでだよ!!??どうしてなんだよ!!??クソッタレ!!クソが!!!!!」

家具をひっくり返し、滅茶苦茶に叩き壊す合間に聞こえてくるのは慟哭とも言っていい感情だった。

 

どうしてなんて・・・自分だって聞きたいくらいだ。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。あの時、あの頃から、アムリッツァでの大敗から、自分の人生は急速に変わってしまった。いや、もっと前か。あの子を身ごもってしまった時から、自分の人生は急速に変わっていった。違う。何故なら自分はあの子をおろさなかったからだ。

 当時は確固たる理由もなかった。しいて言えばあの人に一度だけ逆らってみたかったからだったのかもしれない。だが、そうまでして生んだあの子を自分は愛していたかと言われると、わからない。そうだ、愛していたかと言われれば、答えはノーだ。何か義務的な範疇から一歩も出ないままここまでやってきていた。

 

 それがあの子を傷つけ、ああいう風にさせてしまったのだとしたら?

 

 ミーナハルトは顔を両手で覆った。どうしてこんなことになってしまったのだろう。ミーナハルトは不意にどうしようもなく自嘲したくなってしまった。どうしてかわからないが、何故か同盟とあの子の事を同じ事象としてとらえてしまったのだ。同盟末期はひどいありさまだった。政治家たちは理想を追求することをやめ、ただ自分たちの保身のみに走り、ミーナハルトの所属する軍もまた自らの出世を最優先とし、同盟市民たちも帝国打倒を睡眠の習慣のようにしか考えなくなってしまった。

 

そう、全ての人間が考えることをやめてしまったのだ。その結果――。

 

 

自分も含めて、何一つ解決できないまま、同盟は滅びゆこうとしている。

 

 

不意に部屋が静かになったことに気が付いた。暴れるのをやめたフリオはどこかに出て行ってしまったらしい。また部屋を掃除しなくてはならないと思いながらもミーナハルトは強い倦怠感に襲われて動くことができなかった。

 

チャイムの音がした。動くことが億劫でミーナハルトは動かなかったが、彼女をして立ち上がらせるほどチャイムの回数は多かった。

 

リビングがひどい惨状になっていることを横目で見ながら、ミーナハルトはドアを開けた。インターホン越しに誰かを確認する気力は失せていた。

「久しぶりだな。」

顔を上げた。見覚えのある顔だった。パエッタ中将が立っていた。

 


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