マル・アデッタへ   作:アレグレット

7 / 20
第七話 記者会見。そして、明かされる真実。

 

ミーナハルトは端正な姿勢で指定された部屋脇の待合場のソファーで一人待ち続けていた。

 

今朝ほど、突如情報3課課長に命じられ、まず人事局に、ついで宇宙艦隊司令部に出頭していたのである。

「・・・・・・・・。」

もう30分も待たされているが、彼女を呼び出した人物が現れる気配はない。

『・・・・・ドル・ビュコック元帥が記者会見を開始します。』

待合場にあるTVが先ほどからついていたが、さほど気にならないでいた。その注意が向いたのは、聞き覚えのある名前が読み上げられたからだ。

 

ミーナハルトが顔を向けると、会見場に杖を突いた老人とそれを支える長身の男性、そして補佐役の副官が背後に立つところだった。

『アレクサンドル・ビュコック元帥。我々が知りたいのは今の状況です。帝国は今どのあたりにまで来ているのですか?それに対する備えは?』

座るが早いか、報道陣からせき込んだように質問が飛び出す。

『帝国の正確な位置については現在機密情報のため言うことはできない。ただ、同盟領内を進行中であることは事実です。』

『それに対する備えは?予備役や退役軍人を召集したそうですが、どのくらいの兵員が集まりそうなのですか?』

『これも機密事項で言うことはできない。だが、召集自体は順調に行われております。皆さんの協力のおかげで。』

『艦艇の数は?どの程度そろえられそうなのですか?』

『現状ではバーラトの和約に沿って廃棄してしまったはずですが、これで勝てるのですか?』

『帝国に対する戦略は?』

矢継ぎ早に飛び出してくる質問に、アレクサンドル・ビュコック元帥は少し苛立ちを見せたようだった。

『おわかりかな、皆さん。この首都星ハイネセンには帝国軍の駐留部隊がまだいるのですぞ。そして彼らも間違いなくこの中継を見ているはずだ。皆さんは彼らに情報をもたらしたいのですか?』

この発言に記者たちは一斉に詰め寄った。

『それは心外な言葉だ!!我々はただ真実を知りたいだけだ!』

『市民たちは情報を知りたがっている!我々にはそれを伝える義務がある!!』

『政府は肝心なことを何も言ってくれない!せめて軍くらいは情報を出してもらってもいいではないか!』

『そうだ!!』

『そうだ!!』

老元帥がはっきりとと息を吐いたのがミーナハルトの眼に見えた。

『では、真実を知れば、満足なのですな?それがどんな受け入れがたい真実だったとしても。』

老元帥の言葉に記者たちは一瞬たじろいだ風に見えた。

『いかがですかな?』

挑むような老元帥の視線に刺激されたのか、記者たちが口々に肯定の言葉を返す。

『よろしい。では、率直に申し上げますが、現状同盟には帝国に対抗できる力は残っていません。』

ざわめきが記者会見室を駆け抜けた。記者たちが老元帥に詰め寄ろうとした時、

『我々がなすべきことは、いかにして帝国に有利な立場で降伏をするか、です。』

「・・・・・・?」

ミーナハルトの視線が当惑なものに変わった。有利な立場で降伏?それは記者たちも同じだったらしく、勢いがそがれ、自然と老元帥の話を聞く姿勢となった。

『わかりやすくたとえを言いますと、人間自分より非力な者に対しては居丈高になりがちです。仮に同盟が帝国に何らの反抗もせず、降伏したとすれば、帝国は同盟をどう遇するでしょうか。今の状態よりも良いものになるとは到底言えません。逆に同盟の意地を見せつければ、帝国は同盟を警戒し、少なくとも足蹴にするような真似はしないでしょう。』

チュン・ウー・チェン大将が一瞬ビュコック元帥を見つめたのが、ミーナハルトの目に映った。どこか、影のような物が見えたのは気のせいだったろうか。

 気圧された記者たちが、ビュコック元帥の話が終わると、呪縛から解放されたように話し出した。

『で、ですが、負けるとわかっていて戦うなど無駄死ではありませんか!?そんなことをするくらいなら、ハイネセンに籠城して帝国と長期戦を演じれば、補給線が伸びきった帝国軍はやがて引き返すはずです!!』

『そうだ!負けるという前提で話をするなど、それでも軍のトップか!?』

『降伏などと言う言葉を司令長官自らが使うとはどういう了見ですか!?』

「馬鹿な人たち・・・・。」

ミーナハルトの口から洩れた蔑称の標的はビュコック元帥とチュン・ウー・チェン大将にではない。目の前のTV内で声を上げている記者たちにだった。彼女は自分自身で驚いていた。こういう感情を持つこと自体が随分と久しぶりのような気がしていたからだ。

『まだお分かりになりませんか。』

ビュコック元帥の声は怒りを通り越して、空しさをはらんでいた。どうしてわかってもらえないのか。そんな悲哀の色が元帥の口ぶりに漂っている。

『今の自由惑星同盟の軍隊の存在意義は何か。それはもはや帝国に攻め寄せることでも、民主主義の旗を守ることでもありません。女性、子供、老人、そしてあなた方一般市民を守ることなのです。強い自由惑星同盟の軍隊はアムリッツァで四散し、バーミリオン会戦で消滅したのです!!』

『・・・・・・・・。』

『このようなことを宇宙艦隊司令長官である私自身の口から伝えなくてはならないこと自体が、非常なものだという事にまだ気づきませんかな?』

『・・・・・・・・。』

『あなた方は、帝国に対する民主主義の旗を掲げ続けるなどという理想ではなく、如何にして安全な場所に逃げられるか、如何にして身を守るべき手段を構築するか、その有益な情報を市民の皆さんに伝える義務があると思いますな。』

『・・・・・・・・。』

『もちろん、あなた方に任せきりにはしません。軍としても最大限努力をしております。』

静まり返った会見場にビュコック元帥の咳払いする音だけが響いた。

『我々は最大限努力します。帝国に対して、自由惑星同盟を侮ることがないように、皆さんの人命を尊重し敬意を払うように、そうした感情を植え付けるべく最大限努力する。それが私に言えることです。』

『・・・・・・・・。』

『これ以上質問がなければ、ここで会見を打ち切りにしたい。もはや、説明すべきことは終わった。後は行動の時だからです。』

記者たちをしり目に、ビュコック元帥は副官とチュン・ウー・チェン大将に介添えされて立ち上がり、部屋を出て行こうとした。もはや部屋を振り返ろうともしなかった。

 

ビュコック元帥らが去ると同時に、TVはスタジオに切り替わった。さすがにコメンテーターもキャスターらもどうコメントしていいか測り兼ねていると言った表情であった。すぐにCMに切り替わったのもそのためだろう。

 もはや、TVの内容は彼女の頭の中には入ってこなかった。ずっと今の会見の様子を考え続けていたのだ。

「やぁ、随分とお待たせしてしまったようだね。申し訳ない。」

不意に肩越しに声を掛けられた。彼女は軽い驚きを胸に覚え、立ち上がって声の主を振り返り・・・もっと驚いてしまった。

 

 先ほどの会見場にいた人間が今自分の前にいるのだから。

 

「とりあえず入ってください。話はそこでしよう。」

チュン・ウー・チェン大将に声を掛けられ、やや夢見るような面持ちながら、ミーナハルトは彼の後について部屋に入った。部屋の中は簡素と言ってよかったが、デスクの上は少々散らかっていた。書類などが雑多に出ている。片付ける暇もないのだろうと彼女は思った。

「どうぞ、かけてください。」

チュン・ウー・チェン大将に指示されて、彼女はようやくソファーに座った。

「あいにくと手が足りないもので、インスタントコーヒー程度しか出せないのが申し訳ない。・・・あぁ、いいですよ。これくらいは自分で。」

流石に自分の6階級も上の人間にお茶の支度などさせるほどミーナハルトは神経が太くはなかった。慌てて手伝おうとするミーナハルトをチュン・ウー・チェン大将は止めた。二人の前にコーヒーカップが置かれると、チュン・ウー・チェン大将は彼女の表情を察して自分から声をかけた。

「先ほどの会見を見ていたようだね。ああいう露骨な言い方は賛否両論あるだろうが、今は非常事態であるという事を理解してほしい。いつまでも幻想に浸ってもらっては困るからね。」

「いいえ、私も元帥閣下の言い方に全面的に賛同します。」

単なる形式的な受け答えではないことを彼女自身が良く知っていた。

「さて、あまり時間もないので本題に入らせてもらうが、君を呼んだのはある任務に就いてほしいと思ったからだ。」

ミーナハルトのいぶかし気な視線が彼女の言葉の代わりに彼女の気持ちを雄弁に物語っていた。

「君の経歴を見たよ。往年の新鋭戦艦の名副長として活躍したそうだね。」

「・・・・昔の事です。」

ミーナハルトは小声で言った。あの頃は若かった。わずか20代前半で新鋭戦艦の副長にまで登ったのだ。同期の誰もがうらやみ、彼女自身も誇らしい気持ちで勤務していた。

 

それが、後悔と嫌悪に代わったのは、ある事実を知った、いや、否が応でも大々的に知らされたからである。

 

「それに、私はもう戦場に出る気も、その資格もありません。」

ミーナハルトの硬い言葉がコーヒーカップに落とし込まれた。

「それは謙遜だと思うがね。経歴と武勲がそれを証明している。」

普通の軍人ならば、6階級上の人間とこうして向かい合っているだけで気圧されるものだ。だが、多少疲れた様子のこの女性は臆した様子は一切見せていない。もっともそれは、彼女から発せられる疲労したオーラのせいなのかもしれないが。

「書類の上では、です。閣下が仮に私の本当の姿を知れば、即座にこの話はなかったことになるでしょう。」

ミーナハルトは重いため息が胸から漏れ出るのをかろうじて自制した。

「息子が待っていますから、要件はそれだけでしたら、失礼してよろしいでしょうか?」

「君は独身ではなかったのか・・・・。」

動じることのないチュン・ウー・チェン大将が驚きの声を上げたのはめったにない事だった。

「はい。息子がいます。15歳の息子が。軍の書類には一切表記されていませんから閣下もおわかりにならなかったのは当然です。」

ミーナハルトは宇宙艦隊総参謀長の顔を正面から見返した。

「15歳?しかし、君は・・・・。」

チュン・ウー・チェン大将の脳裏で我知らず逆算の演算が始まったようだ。無理もない、とミーナハルトは思った。同時に、かつてない事だったが、この人物にはすべてをうち明けてもよいのではないかと思った。もう、誰もとがめだてをしないだろうし、とがめだてをすべき唯一の人物も、今は遠いところに行ってしまっている。

「私が一時士官学校で病気の為に長期療養生活に入ったことはそこに記載されています。」

ミーナハルトはチュン・ウー・チェン大将の問いただす視線をはね返しながら澄んだ声で言った。

「それが、妊娠期間だったという事かね?」

「はい。」

ミーナハルトの言葉にチュン・ウー・チェン大将は内心うめいた。ミーナハルト・フォン・クロイツェルは当時病気療養中にもかかわらず、学年第三次だった。病気療養がなければ、トップに上り詰めたのではないかと言われていただろう。

こんなことが世間に知れたら、大変なことになったはずだ。よく学校側も隠ぺいを施したものだ。

「当時同盟軍士官学校の副校長は、ラザール・ロボス少将でした。」

チュン・ウー・チェン大将の思いをくみ取ったかのようにミーナハルトが言った。

「まさか・・・・。」

チュン・ウー・チェン大将は想像の翼を広げ、ぞっとなった。まさかとは思うが、そんな馬鹿な・・・・。まさか、そんな・・・・。

「誰にも話していませんが、私の息子は私生児です。あの人との。」

チュン・ウー・チェン大将は愕然となった様子で目の前の女性を見つめていた。あの当時ロボスは既婚者だったはずだという事実も思い出していた。

「ラザール・ロボス少将は士官学校の副校長を務めあげれば、次は宇宙艦隊の司令官に手が届く位置にいたのです。一方、当時私は特待生でした。ご存じでしょうけれど、首席を始めとする特待生には幹部クラスの教官に面倒を見ていただくことが常でした。あの頃は晩年の劣化が嘘のようなはつらつさでした。」

淡々と話すミーナハルトの言葉の中にさらりとかつての相手を酷評した言葉が入ってきたが、聞き手のチュン・ウー・チェン大将にはそれをつまみ取る余裕はなかった。

「・・・・・・・。」

「息子を身ごもったと知った時、私は真っ先にこのことを彼に話しました。当然彼は降ろさせようとしました。でも、私は抵抗したのです。どうしてそうしたのか・・・今となっては私にもわかりません。」

「・・・・・・・。」

「私は病気療養という事になって隔離されました。彼が手配した病院に匿名で入院して出産し、その後は一時的に息子を養育院に預けたんです。可能な限り隠ぺいすることを条件に、彼は援助をしました。」

ミーナハルトは一つ嘘を交えていた。養育院ではなく、彼女の姉に息子を託したのである。息子の本名を明かさなかったのと同様、息子に関することはできうる限り秘密にしておくことにしていた。姉妹ともども私生児を生んでしまったのは何かの縁だったのか、と思わずにはいられなかった。帝国からの呪われた血がそうさせたのか。

「・・・・・・・。」

「順当に出世していくあの人には私と息子の存在は邪魔だったでしょう。だからこそ、私を前線に送り出したのかもしれません。待遇をよくするという建前の下で。」

「・・・・・・・。」

「結果的に、ロボス・ファミリーなどという言葉があの頃にはやりましたが、私もその一員として恩恵にあずかりました。最新鋭艦の副長として前線勤務を行ったのもその時です。ですが・・・アムリッツァですべてが変わりました。ロボス元帥は史上最悪の大敗をもたらした犯罪者として転落したのです。」

「・・・・・・・。」

「戦争犯罪人とまではいきませんが、ロボス元帥が退役した瞬間、一気に風当たりは強くなりました。当の本人だけではなく、ロボス元帥の周辺にいた人間にも。私が情報3課に自発的に転属願を出したのは、そんな折でした。もう、私にはあの席に座っている資格はないことを理解したからです。」

淡々と話すミーナハルトの顔には疲労の色がにじんでいた。チュン・ウー・チェン大将はコーヒーカップを持ち上げると、一気に飲み下した。コーヒーは冷めていて生ぬるい感触が喉を伝い落ちていった。ミーナハルトは黙って膝に両手をそろえながら、俯いている。話は終わったという態度だった。

「一つ言えるとすれば、君は間違いなく優秀だよ。」

チュン・ウー・チェン大将は長い沈黙の後に、そう漏らした。

「先日の暴動の際には的確な配置案を作り上げ、正確かつ適切な分量の情報をわかりやすくまとめた報告書も作ってくれた。並の人間ではできないことだ。」

「・・・・・・・・。」

「それを見込んで、君にある任務を授けたいと思っていた。だが、取りやめにしたい。ここでの話は忘れてもらって結構だ。」

「任務?」

何故だろう。どこかでほんのわずかに心が動いたのをミーナハルトは感じた。それは、好奇心が動いた、と言ってもいいかもしれなかった。

「もう、いい。忘れてくれ。」

今度はチュン・ウー・チェン大将が、話は終わったという態度を示していた。ミーナハルトは仕方なく立ち上がり、敬礼して部屋を出ようとした。

「息子さんを大切にしてあげてください。」

部屋を出ようとしたミーナハルトの足が止まった。

「・・・・あの子は私を母親だとは思っていません。」

そうつぶやくように言うと、彼女は部屋の主に顔を向けず、出ていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。